目の前に、田園風景が広がっている。京の内にだって、空いたスペースに畑を見かけることもあるし、ちょっと郊外に出れば、田んぼが広がる光景は、目にすることが出来る。
別に、田や畑が珍しいって、わけでもないけれど、目に映る山並みも、すでに収穫を終えて、藁の積み上げられた田に、夕日が当たって金色の景色が美しい。「わあ・・・。」日の沈む前の一瞬の感動。ゆりは、頬をほころばせる。
雨水(うすい)も、同じ思いであるらしく、馬をとめた。隣りで、中将も、景色に魅入っている。
「いつまでも見ていたいものだが、夕景色というのは、ほんの一瞬だな。」
「そうですね。つい足をとめてしまった。・・・先を、急がねばならないのに。」
「その目的の家は、この辺りのはずだが・・・。」
きょろきょろと、あたりを見回す中将。雨水(うすい)の後ろで、ゆり前方の山際の塀に囲まれた大きな家を指さす。
「このあたりで、大きな家って、あれくらいしか、ないんじゃないですか?」
近くの村を通過した時に、訊いて来た。確かに、ここら辺りでは、あそこしかなさそうだ。日も暮れかかっているから、先を急いだ。
門を潜る。門といっても、国司の館のように、誰かが守っているわけでもなく、立派ではあったけれど、開けっ放しで、取次ぎもいない。仕方なく、中へ入って、ちょうど、庭先を歩いてきた人を捕まえて、案内を乞う。
「あんた方誰だね?」
不審げな顔の、年配の男は、比較的こざっぱりした格好をしていた。胡散臭いものをみるような目で、無遠慮にこちらを見ている。別に、まとのに会わせてもらえれば、どうでもいいけどと、心の中でゆり。少し横柄な感じがする。首を傾げ、再度同じ質問を繰り返そうとする。それを、遮って、中将が首を横に振る。これこれ、こういう者から連絡が入っているはずだがと、この辺りで有力な豪族の名をあげた。すると、きゅうに、得心いったように頷き、笑顔になった男は。
「それなら、聞いております。京の偉い方の子弟が訪ねてこられるとか。大臣さまだったか、大納言さまだったかのご親戚と、うかがってますが・・・。いや、一行は、同時に、二件だったかな・・・。」
大納言・・・・。父上先回りして、手配をしてくれたんだと、ゆりは思う。中将が、大様に頷く。
「ふむ。連絡は行っていたか。右大臣どのの甥は、私だ。頭の中将である。こちらは、大納言さまのゆかりの、雨水(うすい)どのという。」
「ゆかりの・・?」
首を傾げた男に、耳打ちする中将。
「身分は明かせぬが、大納言さまが懇意になさっている方だ。失礼のないようにな。」
「へ、へへ・・・。」
高貴な身分を想像して、こくこくと頷く男。中将は、次に、ゆりを示す。
「そして、我らが友の、ゆり君。まだ、童形だが、これでも、京ではちょっとした有名な陰陽師だぞ?侍女のまとのを心配して、ようすを見に来た。」
「へえ・・・ほう・・・。」
「早く、取り次いでくれ。」
「は、はい。」
男を促すと、慌てて中へ、駆けて行く。中から、今度は、小太りの中年男を伴って出てくる。その男が主人なのだろうか。やたら、満面の笑顔で出てきた男は、ゆりたちを中へ案内し、部屋へ通されると、歓待された。
目の前に、酒肴が並んでいる。
手をつける気になれず、いらいらしながら、ゆりは、酒盃を手に持ち、やたら愛想のいい女が酒を注いでくれるのを見つめている。
目の前には、この家の跡取りと称する男たちが座っている。先ほどの小太りの男もその一人だが、年齢は様々。まとのの大伯父だというこの家の主は、今、病の床にあり、彼には子がなく、従兄弟の子や、孫だのが集まっている。まとの本人が、いない。
で、こちら側。歓待を受けながら、ちらりと、ゆりは隣りに目をやる。
隣りは、中将。その向こうが雨水(うすい)。雨水(うすい)は、中将の先ほどの家人への耳打ちにより、一番上座に座らされている。
「ゆりどの、気になりますか?」
中将がゆりに、呟く。雨水(うすい)を示す。
酌をしてまわる女は、他にもいた。今、酒を注いだ女が、雨水(うすい)にさりげなく体を寄せて、座った。ゆりは、眉を寄せる。
隣りの中将のところにも、酌婦は回ってきて、べたべたしていくのだが、さすがに綺麗どころなんか見慣れているのか、全くアウトオブ眼中といった感じ。ま、そりゃそうか。内裏や、上級貴族の女房たちみたいな、一級品の美人を見慣れているんじゃ、目の前の彼女たちは、ただの田舎娘たちか・・・。ゆりは、自分の目の前で、流し目よろしく、こちらに笑みを送っている娘をみて、苦笑した。それにしても、袿無理やり重ねてるなあ・・・。京ぶりを意識したのか、とりあえず、一張羅をたくさん重ねてきたのか、着慣れていない印象だ。
う~ん。この、いかにも誘ってますって、サインはなんなの・・・。そう言うと、中将の口の端が笑う。
「おや。ばっちり、そのとおりです。今夜、忍び込まれないように気をつけて。」
「まさか・・・・。」
「ゆりどの。結構、人気ありますよ。」
「いや、中将さまほどでも・・・って、あれ、また、さっきの女の人。雨水(うすい)に。」
「気になるんだろう?」
「いいえ。中将さまは、慣れてらっしゃいますね。ほとんど、まったく動じないといううか・・・あれ?」
雨水(うすい)も、困惑してないなあと、ゆり。
「彼も、だろう?・・・不遇だったとはいえ、美しい女たちは見慣れているだろうから。ゆりどの、眉間に皺寄せてどうしました?」
「・・・・・・・・・いや、別に。」
そのとき、雨水(うすい)と目があった。ゆりの表情をみると、うんと頷いて、近くの人に、何事か囁いている。その人から、順番に、対面に並んで座っている、相続人たちの間で、囁きが広がっていき、あの、小太りの男が口を開いた。
「まとのさんは、今、こちらの家にはいらっしゃいません。近くの知り合いの尼さまの庵に移っていらっしゃいますから、明日には呼びに行かせましょう。もう、夜も遅いですし。今日はこちらで、お休みになって下さい。あの、まとのさんの主は、高名な陰陽師だとか。」
きたか。やっぱりと、ゆりは身構える。話は、物の怪を退治して欲しいと、続く。承知するか否かは、準備もありますからと、返事は引き延ばした。
ともかく、まとのにあってからだ。ここへ来てから何となく感じる、ここの人たちの感じの悪さが気になり、いつもと違い、ゆりは慎重な態度に出る。探るような視線を感じるのだ。
宴がお開きになり、各自、休む部屋へと引き取った。
別に、田や畑が珍しいって、わけでもないけれど、目に映る山並みも、すでに収穫を終えて、藁の積み上げられた田に、夕日が当たって金色の景色が美しい。「わあ・・・。」日の沈む前の一瞬の感動。ゆりは、頬をほころばせる。
雨水(うすい)も、同じ思いであるらしく、馬をとめた。隣りで、中将も、景色に魅入っている。
「いつまでも見ていたいものだが、夕景色というのは、ほんの一瞬だな。」
「そうですね。つい足をとめてしまった。・・・先を、急がねばならないのに。」
「その目的の家は、この辺りのはずだが・・・。」
きょろきょろと、あたりを見回す中将。雨水(うすい)の後ろで、ゆり前方の山際の塀に囲まれた大きな家を指さす。
「このあたりで、大きな家って、あれくらいしか、ないんじゃないですか?」
近くの村を通過した時に、訊いて来た。確かに、ここら辺りでは、あそこしかなさそうだ。日も暮れかかっているから、先を急いだ。
門を潜る。門といっても、国司の館のように、誰かが守っているわけでもなく、立派ではあったけれど、開けっ放しで、取次ぎもいない。仕方なく、中へ入って、ちょうど、庭先を歩いてきた人を捕まえて、案内を乞う。
「あんた方誰だね?」
不審げな顔の、年配の男は、比較的こざっぱりした格好をしていた。胡散臭いものをみるような目で、無遠慮にこちらを見ている。別に、まとのに会わせてもらえれば、どうでもいいけどと、心の中でゆり。少し横柄な感じがする。首を傾げ、再度同じ質問を繰り返そうとする。それを、遮って、中将が首を横に振る。これこれ、こういう者から連絡が入っているはずだがと、この辺りで有力な豪族の名をあげた。すると、きゅうに、得心いったように頷き、笑顔になった男は。
「それなら、聞いております。京の偉い方の子弟が訪ねてこられるとか。大臣さまだったか、大納言さまだったかのご親戚と、うかがってますが・・・。いや、一行は、同時に、二件だったかな・・・。」
大納言・・・・。父上先回りして、手配をしてくれたんだと、ゆりは思う。中将が、大様に頷く。
「ふむ。連絡は行っていたか。右大臣どのの甥は、私だ。頭の中将である。こちらは、大納言さまのゆかりの、雨水(うすい)どのという。」
「ゆかりの・・?」
首を傾げた男に、耳打ちする中将。
「身分は明かせぬが、大納言さまが懇意になさっている方だ。失礼のないようにな。」
「へ、へへ・・・。」
高貴な身分を想像して、こくこくと頷く男。中将は、次に、ゆりを示す。
「そして、我らが友の、ゆり君。まだ、童形だが、これでも、京ではちょっとした有名な陰陽師だぞ?侍女のまとのを心配して、ようすを見に来た。」
「へえ・・・ほう・・・。」
「早く、取り次いでくれ。」
「は、はい。」
男を促すと、慌てて中へ、駆けて行く。中から、今度は、小太りの中年男を伴って出てくる。その男が主人なのだろうか。やたら、満面の笑顔で出てきた男は、ゆりたちを中へ案内し、部屋へ通されると、歓待された。
目の前に、酒肴が並んでいる。
手をつける気になれず、いらいらしながら、ゆりは、酒盃を手に持ち、やたら愛想のいい女が酒を注いでくれるのを見つめている。
目の前には、この家の跡取りと称する男たちが座っている。先ほどの小太りの男もその一人だが、年齢は様々。まとのの大伯父だというこの家の主は、今、病の床にあり、彼には子がなく、従兄弟の子や、孫だのが集まっている。まとの本人が、いない。
で、こちら側。歓待を受けながら、ちらりと、ゆりは隣りに目をやる。
隣りは、中将。その向こうが雨水(うすい)。雨水(うすい)は、中将の先ほどの家人への耳打ちにより、一番上座に座らされている。
「ゆりどの、気になりますか?」
中将がゆりに、呟く。雨水(うすい)を示す。
酌をしてまわる女は、他にもいた。今、酒を注いだ女が、雨水(うすい)にさりげなく体を寄せて、座った。ゆりは、眉を寄せる。
隣りの中将のところにも、酌婦は回ってきて、べたべたしていくのだが、さすがに綺麗どころなんか見慣れているのか、全くアウトオブ眼中といった感じ。ま、そりゃそうか。内裏や、上級貴族の女房たちみたいな、一級品の美人を見慣れているんじゃ、目の前の彼女たちは、ただの田舎娘たちか・・・。ゆりは、自分の目の前で、流し目よろしく、こちらに笑みを送っている娘をみて、苦笑した。それにしても、袿無理やり重ねてるなあ・・・。京ぶりを意識したのか、とりあえず、一張羅をたくさん重ねてきたのか、着慣れていない印象だ。
う~ん。この、いかにも誘ってますって、サインはなんなの・・・。そう言うと、中将の口の端が笑う。
「おや。ばっちり、そのとおりです。今夜、忍び込まれないように気をつけて。」
「まさか・・・・。」
「ゆりどの。結構、人気ありますよ。」
「いや、中将さまほどでも・・・って、あれ、また、さっきの女の人。雨水(うすい)に。」
「気になるんだろう?」
「いいえ。中将さまは、慣れてらっしゃいますね。ほとんど、まったく動じないといううか・・・あれ?」
雨水(うすい)も、困惑してないなあと、ゆり。
「彼も、だろう?・・・不遇だったとはいえ、美しい女たちは見慣れているだろうから。ゆりどの、眉間に皺寄せてどうしました?」
「・・・・・・・・・いや、別に。」
そのとき、雨水(うすい)と目があった。ゆりの表情をみると、うんと頷いて、近くの人に、何事か囁いている。その人から、順番に、対面に並んで座っている、相続人たちの間で、囁きが広がっていき、あの、小太りの男が口を開いた。
「まとのさんは、今、こちらの家にはいらっしゃいません。近くの知り合いの尼さまの庵に移っていらっしゃいますから、明日には呼びに行かせましょう。もう、夜も遅いですし。今日はこちらで、お休みになって下さい。あの、まとのさんの主は、高名な陰陽師だとか。」
きたか。やっぱりと、ゆりは身構える。話は、物の怪を退治して欲しいと、続く。承知するか否かは、準備もありますからと、返事は引き延ばした。
ともかく、まとのにあってからだ。ここへ来てから何となく感じる、ここの人たちの感じの悪さが気になり、いつもと違い、ゆりは慎重な態度に出る。探るような視線を感じるのだ。
宴がお開きになり、各自、休む部屋へと引き取った。