時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

空家の怪 30

2008-06-20 13:08:14 | 別名分室陰陽寮利休庵
 闇の中に静まり返ったお寺の中。・・・・・・・・・・。ふわっと、宙にあらわれたうさぎが手に持った玉を床の間に飾られた絵の前に置く。
 玉から、煙のようなものが立ち昇り、人のかたちを象った。着物を着た三十過ぎぐらいの男。きょうきょろとあたりを見回す。
「ここは・・・。」
 玉のなかで眠っていたら、声が聞こえた。ここにいて、念願を果たせ、と。男の前にうさぎが立っている。
「主から伝言なのだ。ここは、お寺だから沢山人が集まる。存分に話を聞いてもらえ。満足したら、ちゃんと成仏しろよ。」
「はあ、なるほど・・。」
「あ、それから、もし、悪さしたら、酷い目に合わすぞって。」
「ひえええ。」
 見てくれはかわいいうさぎの生き物ならぬ、魔的な光りを放つ目。見つめられて、男は怯えながら、こくこくと頷いた。
「満足いくまで、小噺を聞かせて観光客を喜ばせるのだ。じゃあな。」
 うさぎは、噺家の霊をそこに置いて、もときた式神が通る道を帰ってゆく。
「ああ。今日はいい仕事したあ・・・。帰ってケーキセット頼もうっと。」
 うさぎが飛び跳ねながら帰って行く。
 万怪異お悩み解決します・・・とは、看板に掲げていないが、町家風の佇まい喫茶「利休庵」、京の街角にはそんな場所がある。

          おわり


 ああ、長かった。やっと、終わった・・・。
        へんてこな話を、最後まで、読んでくださった方
        ありごとうございます。よろしければ、コメントに足跡を。
        次の作品まで、しばらく間があきます。
        今度は、また、過去の時代へ。
        もしも、こんな興味深い、歴史上の人物がいるよと、
        これもコメントに書き込んでいただければ、うれしいです。
                               みん兎
         

空家の怪 29

2008-06-20 12:39:14 | 別名分室陰陽寮利休庵
明月はあいかわらず、閑古鳥が鳴く状況でぼけっと机に座っていた。すると、ばたばたと人の気配。中をのぞいたのは、年配のおばちゃんで、明月と目があうと幽斎のことを訊いた。どうやら、常連さんのようだ。しばらく、体の調子を崩して休んでいると伝えるとさっさと、おばちゃんは机の前の椅子に座りこむ。
「張り紙がしてあって、こちらで見てもらえって・・・。お弟子さんなの?」
「え?・・・ああ、はい。」
 いつのまに、張り紙が・・・明月は思いながら、おばちゃんの相談を聞く。そのおばちゃんがかえったあと、次々と客が来る。皆、幽斎の常連さん、ばかりだ。どいつも、こいつも、くせものばかりだ。明月は、幽斎のすごさを痛感した。まったく・・・本当に勉強になりますと、最後の客が帰ったあと、一息いれながら思う。
 外で声がした。数人の足音。
「あ、どうぞ。お先に。」
「いいんですかぁ。あ、休憩時間待ってるだけなのかな?」
「ええ。そんなところ。」
 順番を譲る声がして、まだ、いたのかと明月が座りなおす。
「こんにちわあ。この間の先生が言ったとおりになったでぇ。」
「あ、この間の子たち。今日はどうしたの?」
 ばたばた・・と三人。ハーブティに釣られてやって来た子たちだ。
「あのなあ・・聞いてよ彼氏のことなんだけど・・・。」
 と、相談がはじまる。占いが終わり、彼女達が嬉々として帰っていったあと、ひょこっと莉々が顔を出した。
「こんにちは。差し入れ持ってきました。うさぎさんは?」
莉々は時々、ふらっと訪れるようになっていた。彼女は、式神うさぎをいたく気にいっていて、それとセットで明月のことも気になるようだ。また、みょうなやつに懐かれたなと、明月は思い。ふと、珍しく及び腰のうさぎの姿を思い出し、にやっと笑いながら、うさぎを呼び出した。
「もこもこ。」
 すっと宙にうさぎの姿が現れる。そこに莉々の姿を見ると、反射的に逃げの体勢をとっている。それでも、おやつのマドレーヌを彼女が差し出すと、受け取りむしゃ、むしゃ食べ始める。咀嚼しながら、しゃべるうさぎ。
「・・むぉ、と、と、ちが・・と・・明月・・・用は?」
「あ、ちょっと待ってて。いま、作るから・・・。」
 明月は、荷物の中をさぐる。あるものを取り出すと、机の上で作業を始める。ああでも、ない、こうでもない、どういう順番だっけか・・・。
 莉々が寄って来てのぞく。
「折り紙?何を折っているつもりなの?・・・船?」
「・・・・・・いや、鶴。」
「折り方、違うから・・・。」
「そう・・・・。」
 仔細をさっしたらしく、莉々が横合いから、折り方を教える。やっと、完成した。
「・・・・・下手ね。」
 まるで、折り紙を知らない外国人が始めて折ったようだ。どうやったら、こんなにバランス悪く出来るのだろう。左右の翼の太さがちがう。莉々はそれでも、自分がやるとは言わず、もうひとつ完成させるために、明月が悪戦苦闘している横で、見ている。
出来上がったふたつの折鶴が机にのっている。
「気持ち伝わるといいわね。」
「・・・・・・。」
 不恰好な折鶴を、もこもこに持たせる。
「今日俺のところにたくさんの客が来た。皆、幽斎さんを待っている人達で、ようすを訊いてった。たくさんの人たちがあなたの帰りを待ってますって、伝えてくれ。」
「うさ急便、なのだ。」
 式神うさぎは、姿を消した。
「俺、これから利休庵に行くんだけど、いっしょに行くか?」
「ええ。」
 莉々を連れて、利休庵へ。
 カウンターに座り、のんびりとしていると、からんからんとベルの音。辻が入って来た。
「あ、明月さん。この間のお寺、苦情がありました。」
「・・・・・・・もしかして、掛け軸か?」
 明月がやっぱりか・・という顔をしている。お寺で、最後にやってきた武士は、掛け軸に描かれたものだったのだ。最期のその姿をどういうつもりで映しとったものか、本人の無念と呼応して、そこに魂が縫いとめられていたのだ。昇天してしまったから、もしかしたら、絵そのものが駄目になったのかもしれない。辻は、それを聞くと、う~んと唸り、でも首を振る。
「絵は古いから薄れても構わないんだそうです。それより、幽霊がでる・・・というのが密かな売りで、観光資源だったらしく、呼び戻してくれってクレームです。」
「ああっ?呼び戻せぇ?・・・無理だよ。俺はいたこじゃない。」
 明月が叫ぶ。それでも、ふと頭をよぎった考えに、ぽんと手を打ち、代わりのものを憑けると言った。辻が首をひねる、その目の前に、ごそごそとジャケットのぽけっとから、数珠ブレスレットのようなものを取り出す。時々数珠ブレスレットをしている人を見かけるが、少し違う。玉が自由に、取り外し出来るようになっている。ひとつを取り出し、また、式神うさぎを呼び出す。それを憑けて来いと命じる。それから、マスターから、便箋をもらう。
「毎日の読経の声を聞いて、あの絵の主は成仏する気になったと言っていました。その替わりといってはなんですが、また、新たに道で拾った迷える霊が救われたがっているので、どうかお寺へ置いてやって下さい。害はない奴ですが、大勢の人に話を聞いて欲しいやつなので、人の集まる御院内は、最適だと判断し和尚様におまかせします。今後は、それにも経を聞かせてやってください。また、和尚様のありがたいお経と説教を生きている方にもぜひ、聞かせてやってください。・・・と。」
 ぶつぶつ口のなかで唱えながら、明月は書いている。
 出来上がったメモ書きのような手紙を、封筒に入れ、辻に渡す。
 辻は、受け取りながら、ほとんど詐欺だな・・と心の中でつぶやく。あのままあそこで、成仏出来ないのも可哀相だからいいかと、明月の案を肯定する。
 だいたいあの寺へ集まってきていた霊を成仏させてくれというのが依頼内容で、あの武士だけは例外だなんて、変な話だ。仕事はきちんとこなしたし、公的機関なので、本当はアフターケアがどうとか、まあいいかと思う。それを、持って出かける辻と入れ替わりに、鴨居がまた、野々宮を連れてやって来た。
「いやあ。どうも、また、怪しい物納、物件の解決をふられてしまって・・・。」
「そりゃまあ、気の毒に・・・。」
 マスターも明月も野々宮を慰める。
 妙な事件は、野々宮に押し付ければいいと思われた。以来、野々宮も、たまに、ここを訪れることがある。




空家の怪 28

2008-06-20 12:30:01 | 別名分室陰陽寮利休庵
奥の中庭の見えるスペース。端に椅子をいくつか寄せてベットのようにして、幽斎が横たわっている。息も浅く、顔色も白い。ぱっと見には、生きているのかよく判らず、明月は入り口のところで身を硬くして、寄っていく。
傍にいたマスターが、微かに微笑んで頷いてみせたので、ほっと肩の力を抜く。
 マスターの方が先に歩みより、幽斎が眠っているのでカウンターの席へ座るように、皆に勧める。マスターがカウンターの向うへ行き、冷えた体が温まるように、甘酒を出してくれた。
 ふうふうと、しばらくは無言で甘酒を皆、飲んでいた。
マスターが、幽斎から聞いた話を明月に伝える。やがて明月が、ぽつり、ぽつりと、あの折鶴が砂と化し、舞い飛んだ思い出の欠片の話をした。
最後に残した故人の思い・・・。幽斎に伝えてやらなければならない。
「・・・ごめんなさいか。あとに残す幽斎さんのことが心配だったんだな。」
 マスターが言う。野々宮が思い出を見たあと、救われていたのは故人も同じではないかと言ったこと。それ故にごめんなさいの後の言葉は、幽斎に向けられたものではないかという推量に対して感想を述べたのだ。
端っこにかけて、それまで大人しくしていた、莉々がふいに庭の方を向き、ちょいちょいと、明月の服のそでをひっぱる。気をとられて、明月がそちらを向くと、奥に寝かされた幽斎が目を開けて聞いていた。
 起き上がろうとしているので、駆け寄って押し止めたが、きかないので、助け起こして座らせる。幽斎は椅子の背にもたれかかって力なく座っている。
「すまんかった・・・。明月君にも、マスターにも助けてもらったようだ。」
 形代のことを言っているのだ。跳ね返ってきた術が軽減された。けれども、まだ、助かったことを受け止めかねているようだ。
「助かってよかった、じゃあなかったら、俺責任感じてこの仕事、辞めてたかも。」
「それは・・返しの風が吹くのは覚悟のうえだ。当然の報いというものだよ。」
「いつもなら、そう思うんだけど・・・。武器をかざしている人間には、それが自分の上にも降りかかって来ることは当たり前の現象だ。相手もそのつもりだろうから、遠慮せず返してやれっていうのが、死んだじいさんの教えでした。俺もこの種の仕事を引き受ける時はそのつもりだけど、さすがに、事情を知っているとそうもいかない。」
 明月はちょっと怒ったような顔をしている。幽斎がじっとその様子を見ている。
「あんな何十年も前のしかけ、しかも、誰も傷つかないやつですよ。それどころか、傷ついているのは、幽斎さんじゃないですか。もう、いいですよ。十分じゃないですか。それよか、こつこつ、やってきたことを続けてください。寿命が来るまで、あなた自身のことも大切にしなきゃ、また、罪がふえますよ。」
「・・・・・・・。」
 いっきに言いたいことを言って、黙った。幽斎は、はとが豆鉄砲をくらったような顔をして、驚いている。しばらく、言葉につかえていたが、やっと返事をした。
「・・・・そうだな・・うん。しばらく体を休めたら、また続けるよ・・・。」
 ほっと、暖かい空気が流れ、明月の前に、コトッとカップが置かれる。美夜が珈琲を淹れて持ってきたのだ。辻や野々宮も、カウンターから成り行きを見ていて、彼女に入れてもらった珈琲を飲んでいる。莉々だけは、ロッキングチェアーの傍に行って、カモミールティを飲んでいる。うさぎと、同じものを飲んでいた。
「幽斎さんも、今、何か飲まれますか?あ、水のほうがいいかしら・・。」
「いや・・・わしも珈琲を。出来れば、牛乳で半分割ったやつを。」
「あ、カフェオレですね。」
 美夜は、手馴れたようすでささっとカフェオレを淹れて持ってきた。
「美味い。」
 幽斎は、マスターの方を見てにこりと頷く。マスターが、うれしそうにしている。気になっていたことを訊いた。
「幽斎さん。時々ポケットに入っているものを手で確認するようにしていましたけれど、何かはいっているんですか。」
 訊かれて、幽斎は中のものを出した。折鶴。出したとたん空気にとけるようにゆっくりと消えて行った。
 恩人の女性が亡くなる前、握っていた折鶴だ。折鶴はふたつあった。彼女が、仏壇に亡くなった人の位牌の替わりに飾っておいてあったのと、いつ織ったのかわからないが、新たにひとつ。新しい方を握りしめていた。幽斎はそれをずっと持っていた。仏壇のほうのは、最期の姿を映しとって、あの家に仕掛けた。
「・・・わしはまだ、生かされている・・・・。」
 ごめんなさい・・・とは、最期に見たその人の姿。聞き取り得なかったその後の言葉さえ含み、故人の気持ちを時を越えて受け取った。幽斎は、そっと目じりを袖で拭った。
 姿かたちだけを写し取っただけのつもりだったが、どうやら故人の思いの欠片も封じ込めてしまったようだ。
「詫びてももう、言葉は届かない・・・・。」
 あんな痛々しい姿を晒し続けたなんて、酷いことをしたものだ。幽斎は、かすれた声で呟く。これでは、まだまだ、あの世には、呼んでもらえそうもない、と。
「マスター。また、来てもいいかね・・。」
「もちろん。お待ちしていますよ。」
 ずっとひとつ所にいたことがなく、人との縁を結んで来なかった。たまに、顔を見たくなったり、ゆっくり時間を過ごしたくなる場所をつくってみてもいいかもしれない。それが長い贖罪にずっと耐えていく力にもなるかもしれないと、幽斎は思い、明月にもマスターにも礼を言って帰って行った。
 今、幽斎は、ゆっくりと休養をしている。

空き家の怪 27

2008-06-20 12:20:19 | 別名分室陰陽寮利休庵
くだんの洋館では・・・・。空間が見事に捻じ曲がっていた。色んな部屋の、光景が、着物の帯のように切り取られて、ぐるぐると広がっていた。
 居間のガラス窓に近い位置に立ち、野々宮、辻、美夜、莉々たちがいる。美夜の結界の中にいたから、彼らのいる場所の周りだけ正常だ。
 部屋の景色が描かれた帯が色々にとり散らかっているようだ。野々宮と辻が口をあけてみている。
「・・・何を迷っているのかしら。そろそろ、終わってもいい頃なのに。」
 莉々がぼんやりつぶやく。
「明月さんが失敗したってことですか?」
 辻が青ざめてききかえす。かわりに、美夜が口を開く。
「莉々、あんたなあ。こんな時に不安にさせるようなこと言わないで。」
「昨日伺った話。知り合いの人に術が跳ね返るってことで、迷っているのですか。」
「たぶん。・・・でも、引き受けたからには、投げ出すつもりはないと思います。」
 野々宮が口をはさみ、美夜が答える。辻は、だいたいの事情を察した。
「でも、この状況。目がまわるなあ・・・。」
 辻の言葉に、振り返った莉々が、ライターを持ってないかと聞く。辻は、煙草を吸わないから持っていないので首を振ると、横合いから、野々宮がさっと自分のライターを差し出す。
「こんな時に、たばこを吸うのか・・・・。」
 たぶんに棘を含んだ言い方なのは、この状況にいらついてきていたからだろう。野々宮の不機嫌そうなもの言いに、莉々は全く無反応で、ありがとうとだけ言って受け取る。
 ポケットから、使いさしのキャンドルを出して火を点けた。足元に置く。
「この状況なら少し、もとに戻せるわ。香りが充満するまで待って・・。」
「莉々。方法があるなら、さっさと出しぃな。」
 美夜が呆れたように、叫ぶ。
「あら、結界のなかで皆大人しく待ってるつもりだったじゃない。どのみち、終わったら、元に戻るわ。これの効力は一定期間だけだから・・・。」
 ああ、もう、はい、はい。と、美夜。辻と、野々宮がふたりのやりとりを面白そうに見ている。
 莉々は、抱えて来たバイオリンケースから、バイオリンを出す。
 そこへ、宙にふわりと、うさぎがいきなり現れた。
「伝言なのだ。莉々とやら・・・形代にする効力のある人形を持っていないかと、明月が聞いて来いと言った。」
「きゃあ。うさぎさんっ。かわいいっ。」
 莉々は、はしゃいだ声を出す。ふわふわで、とってもラブリーとか、式神うさぎには意味不明のことを叫んで、抱きしめようとする。
「う・・・何なのだこの人間。そ、それより、返事、はやくしろと言われているのだ。」
 宙に浮いた状態で片方だけ、足をひっぱられ、逃げ腰で、うさぎが急かす。
「持っているわ。ほら。」
 藁人形ですか・・・・?うさぎも、その場にいた他の面子も凍りつく。よく見ると、藁で編まれているのではなく、生のハーブで形造られている。
「その体のところに、持ち物とか・・・本人の体の一部。爪とか。あ、髪の毛ぐらいがいいかしら?それを入れてあげると、りっぱな形代になるわ。時間がないなら、心臓付近に身につけて。」
 何かの呪いみたい・・・。聞いていた他の面子は思う。莉々はうさぎへ形代にする人形を渡した。うさぎは、それを受け取ると、脱兎の如く、そうそうに退散していった。
 見送って、莉々がバイオリンを弾き始める。
 充満し始めた香りを追って、意識を集中するためなのだが、見ているだけのものには、音にあわせて、元に戻っていくように見えた。パズルが完成するように、散らばっていた帯が無くなり、だんだんすっきりした絵になり、最期に一枚の絵になる。もとの、リビングの風景になった。
 ふうと、全員体から息を吐いた。ぴきっ。やっと、もとに戻ったと思った時、どこかで空気が凍り、それが割れるような音。その後、ずっと、静けさが流れた・・・。
 美夜と莉々が顔を見合わせて、にっこりしている。
「終わったのですか?」
 辻がほっとしたように聞いた。
 足音がして、扉が開き、明月が姿を見せる。手のひらにまっぷたつに破れた折鶴が乗せられていた。皆のところに来たところまでは、確かに載っていた。
 皆が注目する中で、それはさらさら・・と砂のようになり、解けて風に吹かれたように舞い散り、消えていった。
 きらきらと粒が舞い・・・輝きが言葉を蘇らせる。
「あ・・・。」
 野々宮が、声をあげた。彼が聞いた女性の声。明月がしっと指を立て、静かにするように合図する。光りの粒に混じって、思い出が皆のところに伝わってくる。
 子供と女性の思い出・・・。子供といっても、小さな子ではないが。子供はおそらく、幽斎だろう。術を仕掛けた本人の思い出なのか、それとも、故人の思い出なのか・・・。呪いを封じ込めたものに、大事な思い出を封じるとも思えないから、おそらく、故人の残した思いのかけらなのではないか。粒は、きらめいては思い出を映し出し、ひとつ、またひとつ、と消えていく。
 もう、ほとんど消えてしまった欠片を見ながら、自然とそんな考えが浮かび、最後にぱっと一際かがやくように、残っていた粒が集まり、花火のように飛び散り、残りの遺志を皆に聞かせた。
ごめんなさい・・・・。と聞こえる。野々宮の聞いた声。
「あなたに、帰る場所を失くさせて・・・悲しい思いをさせて、か。」
 もう、もとの静けさに戻った室内に明月の言葉が響く。誰からともなく、溜息が漏れる。
 野々宮が明月の方を見る。
「あれは、思い出ですかね・・・。故人は、おそらく幽斎さんの存在に救われていたのではないでしょうか・・・。」
「?」
「それが、子供だったこともあるだろうけれど・・・待っていた人と繋がりがある彼と、過ごすことで、成就しなかった願いの形を手に入れたんじゃないですか・・・。寂しさをうめていた。」
「・・・・それじゃあ、最後の言葉を伝えた方がいいかもしれないな。」
「あの・・・幽斎さんは?」
 心配そうに様子を伺う野々宮に、明月はおそらく大丈夫だろうと、呟く。明月も確信が持てない事柄なのだが。
「それじゃ、早く。利休庵に戻りましょう。」
 辻が気をきかせて、皆を急かし、車に乗せる。
 町中の利休庵まで、戻って来た・・・。


空家の怪 26

2008-06-13 14:28:55 | 別名分室陰陽寮利休庵
 この人に恥じないように・・・と封じた呪いを一度だけ、封印を解いた。あの家に忍び込み、仕掛けをしたのだった。
 昔話が、走馬灯のように、今、幽斎の頭に蘇る。けれども、すべてを語るには鮮やかすぎて、言葉がとぎれる。必要な部分をなるべく抜かないように、ぽつり、ぽつりと、断片的に話した。聞き終わって、マスターが頷く。
 マスターは、幽斎の言葉から、その裏にある個人が経験したことの重みを想像して、溜息をつく。背中をさすってやりながら、片方の手でそっとエプロンのポケットをさぐり、中から人型の紙を取り出し、気付かれないように、それに幽斎の息を吹きかける機会を伺った。目をつぶったところを見計らって、ふっと彼の息の前に紙を泳がせる。そっと、背中に貼り付ける。これで、どこまで防げるか自信はないが・・・。
「珈琲の思い出も、その人とのことだったんですね・・・。」
 うっすらと目を開けた幽斎が、答える。
「帰ってこなかった待ち人の好物だそうだ。・・・おかしな話だが、暖かい幸せに浸ってしまえばよかったんだが、落ち着くと、自分のやって来たことの意味にさいなまれてなあ。奪ってきた命にはかえられんと思うが、ずっと贖罪の意味で助言を続けてきた。不幸なやつがわしのように、間違った道をとらぬように・・・。人は気持ちしだいで、一線を踏みとどまることが出来ると、思うから。」
「・・・・・・・・。」
 幽斎さん、それではますます明月君が後悔する。悪いが、形代を身代わりにしてショックを和らげさせてもらいます。大事なうちのお祓いしを失くすわけにはいかないですからねと、心のなかでマスターが語りかける。
 向うは、今、どうなっているだろうと、見えるわけでもないのに、マスターは宙に視線を彷徨わせる。

空家の怪 25

2008-06-13 14:19:58 | 別名分室陰陽寮利休庵
 ぼんやりと、青い光がすううっと立ち昇っては彷徨っているのを見ていた。何もわからなければ、夏の夜の蛍の飛び交う光景のようだ。道の真ん中をふらふらと怪我をした人が歩いていく。水、水と言いながら、顔半分が赤く染まっている。目だけがぎょろっと、黒く光っている。幽斎は、それと目を合わせないようにさりげなく、自分の気配を殺し、目を逸らした。関わってはいけない。それが、何か知っていた。
 ふと、近付いてくる人に気付き、そちらを向く。
「ほう。あれが、見えるのか・・・・。さりげなく、気配を消したな今。」
 今度は、れっきとした人だ。さっきのは、死んでしまった人。幽斎がそれを見分けて、本能的に避けたのを指摘した。兵隊の格好をしていたから、復員して来たばかりの人だろうと思った。年は、そんなにいってない筈なのに、髪が真っ白だ。暗い瞳をしていた。
 幽斎が身寄りもない、記憶も確かではない子供だと知ると、その人物はついてくるかと言った。幽斎はふらふらと立ち上がりついていった。その日から、彼を師と呼ぶ。師は、呪いを専門に行っていた。幽斎には、才能があったらしい。月日もたたぬまに、易々と教えられるまま、習得していった。二年と少し・・・。師と呼んだ人と過ごした。その頃には、師の仕事のかわりも努めることが出来た。どこで、幼少時をすごしたか、普通の人にはあるべき記憶が欠けているせいだろうか。呪いを行うことに抵抗を感じず、その為知識がはいっていったのだろうか・・・。師とは日常、ほとんど会話することもなく、幽斎は黙々と与えられた仕事をこなしていた。それによって、人が死んでいくことなど、何とも思わず、手伝っていた。
 ある日、例によって、呪いを引き受けたその最中、相手もそれを阻止する術者を雇い、放った呪いが跳ね返って来た。幽斎は意識を失った。気がつくと、師は隣りに倒れ、息をしていなかった。大掛かりなものだったので、幽斎は手伝っていたのだが、師の死の原因は彼が主導で行っていたからなのか、それとも、幽斎をかばってくれたからなのかはわからない。少なくとも、日ごろの言動からは、弟子の命など顧みないかと、幽斎はその頃思っていた。次の日から、代わって幽斎が師の仕事を受け継いだ。
 それも、しばらくの間だ。
やはり、呪詛を返されて、幽斎は気を失った。気がつくと、体も力が入らず、あんな状態でふらふらとよく外へ出られたものだと、今でも思うが、外へ出て、無意識にある場所を目指して歩いた。時々、師が亡くなる前、よく、通りかかった家。その家は、当時珍しい洋館であり、どこかの外国いるかのような庭。草花が咲き乱れ、したたるように光りにあふれた、夢のような光景だ。そこへ行く時だけは、幽斎にないはずの感情を呼び起こす。どうせなら、あれをもう一度見てから、斃れたいと思い続け、辿りつく。目を閉じた。
幽斎が暖かい、柔らかい感触に目を開けると、ふとんに寝かされて、その家の中にいた。ちょうど、ようすを見に来たこの家の人が、彼の気がついたのを見ると、ぱっと顔を綻ばせ喜ぶ。白い細面の顔。少しばかり、悲しげな表情の瞳。笑っても、どこか線の細い女性だ。この家の人だ。いつかの時に庭で見たことがある。ああ、この人だ・・・師が時々この家の近くで立ち止まって見ていたのは・・・。会いたかった人ではないか。直感した。
どうして、あんな所に倒れていたのかと聞かれ、上手くかわせなかった幽斎は、この場所を見知っていた経緯を話してしまった。
拾ってくれた人が、このすぐ傍によく立ち寄っていたと・・・。
「どうして、あの人は戻って来てくれなかったの・・・。」
やはり、関係のある人だったんだ・・・。幽斎が目を見張り、口ごもっていると、微かにその女性が微笑み、安心させるように頭を撫でてくれた。彼女が待っていた人は、戦争が本格的に始まる前、大陸へ渡り、一旗あげるといって、それっきり、行方が知れなくなってしまっていた。彼女の家は、金持ちであり、そのままでは両親が許さなかったから、てっきり失敗して帰るのを躊躇っているのかと思っていた。
「もう、誰も反対する人なんか、いないのにね・・・。」
 線香のにおい。家のどこかに仏間があり、毎日手向けられているのだろう。幽斎はそこまで漂ってきた香りに、彼女の他は誰もいない、この家の静けさを感じた。
「・・・・一度だけ、訊ねたことがあるんです。どうして、声をかけないのかと・・・。声をかける、資格はないと。とても、暗い瞳をしていました。」
 戦争から帰ってきて、変ってしまった人など、よく聞く話である。大陸で、何か大変な思いをして、帰国したのだと彼女は思ったようだ。繊細そうなその雰囲気。とても、受け止めきれそうにもないと、子供心にもそう思い、師と自分のやって来た仕事については、黙っていた。ただ、寝かされている場所がふわふわと暖かく、まだ少しそこにいたかったからかもしれない・・・・。
「・・・そう。きっと大陸で大変だったんでしょうね・・・。あなたも、まだ子供なのに、記憶を失くして、町角にいたなんて、かわいそうにね・・・・。」
 幽斎の手をぽんぽんとあやすように、握ってくれた。その彼女は、最期には、自分の傍まで帰ってきてくれていたのだと、涙をながしながら、自分に言い聞かせるように呟いている。
 暖かい。手の感触に、ほっとしながら、幽斎は眠りにつく。再び目覚めた時、その女性は、彼を家においてくれた。急な病に倒れなければ、もしかしたら、彼を伴ってこの家に帰る機会があったかもしれないあの人。あの人が拾ってきた子だから、家族になりましょうと言って・・。幽斎は、暖かい人の家というものをはじめて知った。
 以来、呪いの術は封印した。一人前になるまで、ほんの三年間ほどではあるが、その家で過ごす。それから、今のように占いをして、生計を立てた。師は、表向きは占い師をしていたので、そちらの知識もあったのだ。時々、その家に顔を出す毎日。ある日、幽斎にところに病院から電話がかかってきた。
 あの家が、騙し取られてしまったのだ。度重なる不幸に耐えかねたのだろう。ショックで倒れて、幽斎が駆けつけたときには、うわごとを繰り返すばかりで、しばらくすると息を引き取った。

空き家の怪 24

2008-06-13 14:07:29 | 別名分室陰陽寮利休庵
翌日の午後。いつもは、ランチのお客がいるはずの利休庵には人っ子一人いない。
 幽斎だけが、やって来た。・・・・・とても、顔色が悪い。マスターは、何くわぬ顔で、注文を聞いた。幽斎は具合が悪そうに、奥の中庭に面したテーブル席に行き、椅子に寄りかかるようにしている。食欲がないので、珈琲だけでいいと言った。
 注文を聞いて、ゆっくりと珈琲を淹れ、幽斎のもとに運んでいくと、彼はマスターの顔を見上げ、にこりと穏やかな笑みを向けた。
「昔話を聞いてくれんか・・・。今日はもう、客は来ないだろう?」
「やはり・・・。」
「私もこの種の仕事をしなくなって長くなるから、この前は、気のせいかと思ったが、上手いもんだ、見事に結界が張られているね。」
「・・・・・。」
 幽斎が頷き、店の隅のロッキングチェアーの方を向く。ひとにらみすると、ふわっと、うさぎが姿を現す。
「おかしな気配がすると思ったら、式神じゃないか。あれは、あんたのかい?」
 マスターが首を横に振る。
「では、明月君か・・・。ずいぶん古くて強い式神を使ってるんだな。これほどのやつを扱える人間なんてそうそういないだろう・・。いくら、仲介屋のあんたのところでも、そんなにはいないだろう。」
「そうですね。あなたは、彼の実家のことをご存知でしたか?」
「いや。名は聞かなかったが、推量は出来る・・・。」
 幽斎とマスターの会話を聞いていたうさぎが急に、耳をぴくぴくと動かす。ふわっと、宙に浮いていきなり姿を消した。呼ばれていったのだと、マスターは思う。幽斎は目を細めている。
「呼ばれて行ったか。もしかして、その先は・・・・。」
 くだんの洋館の場所を、幽斎は言い当てた。やっぱり、関わっていたのかと、マスターは溜息をつく。携帯をポケットから取り出し、中止を知らせようとボタンを押そうとする。すっと、幽斎の手が遮る。
「もう・・・遅いだろう。はじまっとる・・・」
「幽斎さんっ。」
 ぐらりと傾いた幽斎。苦しそうに机につっぷして、それでも言葉を紡ぎだす。
「・・・・いいんだ・・・どうなるかは、一度経験したことがあるから、分かっている。あの時は、命拾いしたが、今度は・・・・だから、息のあるうちに言っとく。これは、当然の報いなのだよ。」
 術そのものは、大したものではない。たんなる嫌がらせに近いものだ。その頃にはもう、命を奪うような術には躊躇を覚えるようになっていたから・・・・。けれど、高齢である。仕掛けた呪いが、返ってくれば、体がもたないかもしれない。言わずに、連絡を絶って野たれ死にしてもいいと思ったが、それでも、明月に後悔を残したくないから、ここまでやって来た。もちろん、自分が死んでしまったら、影を落とすことになるが・・・。ふとしたことから、知り合って、少なからず因果を含んでしまった。納得のいく形を残しておいたほうがいい。
 幽斎はぜえぜえと喘ぐように、息をした。見かねて、マスターが背中をさする。
 あの時、言えなかった本当の答え・・・。良心に値しない奴ら・・・とは、幽斎自身も含まれるのだと。贖罪という意味でずっと、誰かのためになるようにとやって来た。他に生きていくすべをもたなかった・・・。昔、呪いを請け負って、命を殺めて来たことへの、消極的贖い・・・・・。だから、いつかこんな終わりが来ても、受け入れるのだと伝えたい。終わらせることを望んでいるのだ。やっと・・・・。それを、明月に伝えて欲しい。ああ、そうか・・・気持ちを受け取って欲しかったのだ・・・。今更ながら、幽斎は気付く。長く生きていても、彼にはそんなふうに思える人はいなかった。苦しい息の下で、自嘲の笑みが浮かぶ。幽斎が過去を語り始める・・・・。 人生で一番始めの記憶とは、皆いくつぐらいのものなのか。幽斎は、幼少時の記憶はない。あたりまえに、家族に囲まれていたのか。それとも、捨てられてどこかで養われていたのか・・・わからない。気がつくと、焼けた町の瓦礫を眺めながら、道端に座っていた。おそらく、十歳。おそらくというのは、わからないからだが、拾ってくれた人がそれくらいかと言っていたから、十歳。大きな戦争が終わって、町はまだくちゃくちゃで、幽斎のような子供はあちこちにいた。

空家の怪 23

2008-06-06 13:58:06 | 別名分室陰陽寮利休庵
 明月は、食後の珈琲を飲みながら、湯気の向うに灯心斎を見ている。結局、何も訊けないまま、幽斎が帰ることとなった。
 からん、からん。お客が一人、早足で駆け込んできた。野々宮だ。彼は、マスターがレジで幽斎のおあいそをしているところに声をかける。
「明月さんでしたっけ、辻さんに訊いたら、夕飯はここで食べているかもしれないと言っていたから、来てみたんだがいるかい?」
 マスターがにっこり笑いながら、奥を示す。ありがとうと、礼を言って、野々宮が明月の座っているテーブルの方に急いでいく。何事かという顔をしている明月に。
 野々宮は、挨拶もそこそこに、話を始める。
「例の洋館の件ですが・・・。遺族の方に、直接話しを聞いてみました。やはり、持ち主は、何故か住みたがらなかったということで・・・ですが、ぼそりと、身内同士でつぶやいた、あんな家欲しがるから・・・・というのが、聞こえちゃいましてね。気になって、過去の名義の変更やら、なかったのか調べてみたんですが・・。」
 そこで、明月に話を遮られた。
「野々宮さん。ゆっくり話は伺いますから、とりあえず、座って、何か飲み物でも飲んで、落ち着いてからでいいですから・・・。」
明月が、入り口付近を気にしているのに気付き、野々宮は振り返る。店内に他の客がいて、会計をしているのを見て、黙る。気まずい顔で、椅子に座った。
 幽斎が出ていくのを見送って、明月と野々宮が同時に溜息をつく。マスターがもの問いたげにしている。けれども、野々宮の話が先だ。
 野々宮の調べでは、物件は持ち主が建てたものではないということだった。元の持ち主は、遠い縁戚関係にある人だったということだが、どうも、騙し取ったようなかたちで、あの家を所有したらしい。元の持ち主は、もう随分昔に亡くなっている。
 明月がう~んと唸りながら、聞く。
「・・・亡くなったのは昭和30年になる前か・・・でも、怨霊ではないしな・・。」
「え?祟りと違うんですか。」
「どうして、そう思われたのですか?」
 反対に質問され、野々宮が躊躇しながら、答える。
「その・・・私が逃げ遅れた原因。ドアのところで立ち止まった時の・・・。声が聞こえた気がしたんです。あ・・気のせいかもしれないんですがね。」
「どんな声?」
「ごめんなさいって・・・。女の・・・若くはない感じでした。」
 聞きながら、明月の目がちょっと泳ぐ。女・・・・。確か、丑三つ時の仕掛けもそうだったなと、考える。頷いて。
「なるほど。それで、下見にも付いて来たわけですね。出来れば、関わりたくないって顔してるのに不思議に思っていたんですよ。」
「あ、わかりますか・・やっぱり。あんまり、悲しそうだったんで、気になって。」
「それにしても、怨霊にしたら、変ですよね。そのせりふ。」
「・・・・・・。」
 明月は、マスターの方を向く。
「マスター。厭魅って、そんな長い期間効力があるものかなあ・・・?」
「さあ・・・・長くかかることがあるとしても、入居して直後というからには、かなりの長期間だよね。大昔の政権争いならともかく、そんな長いこと術者が面倒みてくれるだろうか。呪いの依頼なんか受ける奴らなら、法外な値段だよ。」
「うん・・・。」
 野々宮が、腑に落ちない顔をしている。
「あの、そんなに高いんですか?」
「そりゃあ、術者の命かかってるから・・・。かけたはいいが、呪いが跳ね返されることもあるからね。何ぼもらっても、俺なら嫌だよ。」
「へえ・・・ちなみに、相場はどのくらい?」
「そんなん訊いてどうするの。」
明月の口がむっとへの字になる。
「いやあ。税務署ですから、参考までに・・・。」
「言っとくけど、看板なんかあげちゃいない。そんな、裏街道を行く連中をどうやってみつけるのさ。」
「あ、そうか、宗教法人てわけでもないのか・・・。」
 やれやれ・・・。脱線して、雰囲気がいっきに気の抜けたものになる。そこで、マスターが気がかりなことを訊ねる。幽斎のことだ。何者なのだと訊く。マスターは、彼を警戒していた。明月には、幽斎の私生活まではわからない。何者かと訊かれれば、占い師だとしか言えない。マスターが眉を寄せた。
「明月君、一体どういう知り合いだい?」
「・・・昔、けんかばっかしていた頃、世話になったことがあって・・・。俺が、今、占い師やってるのも、結局、あのとき影響を受けたからかな・・・。」
「ああ・・・なんか、急にまじめになったときのね。じゃあ、気にすることもないのかな。」
 マスターは、その頃の明月のようすも知っているので、納得している。しかし、それにしては、明月がはぎれが悪いので、もう一度、注意深い目をむける。
「あの家に漂っていたハーブの香りが・・・。」
 野々宮が目をまるくして口をはさむ。
「ハーブ・・・。それ、初めてあの家を訪れた時にもしていました。」
「うん。原因はわかっているんだけれど・・・・・。」
 と、明月は渋い顔をしている。莉々のことを話した。現場で不審な女を見て、今朝また、町中で出遭ったこと。彼女がくれたハーブのリースは魔よけであることや、なぜか、帰りに彼女が幽斎のところへ寄って同じ物を置いていったことなども、話す。
 聞きながら、マスターが腕を組んでいる。
「莉々ちゃんなら、怪しい子じゃないよ。いや、行動は時々怪しいけど・・・。」
「マスターの知り合い?」
「美夜のね。どっからあんな良い人材を見つけてきたのか、時々、仕事をふってるみたいだ。この間、店にも来てくれて、ハーブティのサンプルをみやげがわりに置いて行った。」
 ほらと、ハーブティの葉の入った袋を見せてくれた。莉々はしばらく外国へ行っていたのだ。ハーブのことを学びに、魔女修行とか言っていたが・・・。
「・・・・・なるほど、美夜はマスターの良い後継者だよ。」
 明月がげんなりした顔で呟く。仲介屋をするための人脈を作る能力・・・。マスターの顔がうれしそうに輝く。・・・ったく、親ばか。心のなかの呟き・・・。
「なんだか、源氏物語のなかの一節を思い出すよね。」
 マスターが、知識のない野々宮にも、分かりやすい例えをひいてきた。生霊と化して、源氏の君の正妻に祟る愛人の、六条の御息所の話だ。古典の授業などで、軽くあらすじなどを紹介するから、どこかで聞いた事があるはずだ。御息所は、源氏の恋人のひとり。いわゆる三角関係の感情のもつれというやつだ。御息所は源氏の正妻の葵の上が憎らしかった。実際には、その正妻と源氏の仲はうまくいっていないから、その妬みは筋違いにちかいものだが、その思いは生霊と化すほど強い念だ。葵の上の実家では、怨霊に苦しめられる葵の上のために、加持祈祷が行われ護摩が焚かれる。その怨霊を調伏する際の香の香りが、目覚めた時の御息所の袖から、髪から染み付いたようにする。燻らした覚えのない香りに、自分が生霊とかしているのではないかと、自覚し始める場面。
 魔よけの香りが、全く別の場所で漂っているなんて、象徴的な感じがする。
 明月は、初めて幽斎に会った時見たあの目を思い出す。遭魔ヶ刻・・完全な闇になる前の時刻。昼と夜との間を行ったり来たりしているような、揺れる印象。明月達のような仕事をする者のなかには、時々その種の人間がいる。ふうっと、溜息をつきたくなった。これでは、ますます、疑がわしいではないか。
「幽斎さんなら、明日も、昼飯を食べに来るって言ってたよ。どうする、さぐりを入れてみてから、祓うかい。」
 マスターの言葉。首を横に振る明月。
「方法は、別にさぐりをいれなくても変りません。それより、ここに引き止めておいてくれますか?」
「ああ。でも、もしそうだったら、彼に相当なダメージが帰ってくるよ。」
「・・・・そうでないことを祈ります。」
 マスターが頷いて、野々宮にやはり立ち会うのかと訊く。当然と言う彼に、マスターが提案をした。
「もしものことを考えて、莉々ちゃんに助っ人を頼んでもいいかい?」
 マスターは何を危惧しているのか、そう言った。明月がこくんと、頷く。明日の、予定を確認して、明月も野々宮も帰って行った。


空家の怪 22

2008-06-06 13:46:12 | 別名分室陰陽寮利休庵
最後に、少し影の薄い人がやって来た。明月は、あっと思って見ていたが、幽斎はそれに気付くこともなく、他の相談者と同じように接し、その人も納得して帰って行った。
「今の・・・・。」
明月がぼそぼそ話す言葉に、幽斎が目を丸くした。幽霊を占ってやるのかという言葉に、幽斎が軽い驚きをもって、しばらく明月を見ていた。
「こんな時間だからなあ・・そんなこともあるのかもな。長いことこの仕事をやってると、色んなことがあるものだよ。」
 ははっと、幽斎は軽快に笑う。もうそろそろ、客足も途絶える頃だろうから、手あてをしてやろうと言った。
 幽斎の荷物の中に、湿布薬がある。長く腰掛けていると、あちこち痛くなるので、色んな種類が取り揃えてあるのだそうだ。腫れているところに、湿布して、傷には、絆創膏を貼って手あてをする。手持ち無沙汰というか・・・黙っているのも悪い気がして、明月はとりあえず、気になったことを口にした。
「ぱぱっと、占って帰しちゃえばいいのに、随分長いこと話を聞いてあげるのですね。」
「占いに頼りたくなるからには、悩みがあるからだろう。それなりに、吐き出してしまわねば、結果を伝えてもそれをどうするかにも、迷いが生じる。・・・私は自分の占いにはもちろん自信を持っているが、その結果をどう受け止めて、今後どうするかは相談者次第。それによっては、また、行き先も変ってくると思う。結局は人生を切り開いていくのは自分だ。」
「じゃあ、占いなんかやめればいいのに・・・。」
「そうだな・・・。でも、そうすると、明日から、私は食べて行けなくなる。」
 幽斎は、笑う。眉をひそめる明月。
「もうこんな爺さんだからなあ。他に出来ることもない・・・。まあほん少し関わった人たちの心のおもりを少しでも軽く出来たらなあと思ってやってるんだ。出来れば、良心的にやっていきたいんでね。」
「良心的に・・・・その価値がないやつらでも?」
 幽斎がおやっという顔をした。心の中の思いを露呈してしまって、明月はしまったと口を押さえる。けれど、どのみち名前も知らない、どこの誰ともわからない間柄なのだと思い直して、体から力を抜く。どういう反応が返ってくるかわからないが、もう、いいやと明月の事情を伝える。さっきの質問の幽斎の答えを聞いてみたかったのだ。
「陰陽師って言葉知ってますか・・・?信じられないかもしれませんが・・。」
 明月がぽつりぽつり、語り始める。幽斎は始め少し、目を見張ったが、じっと話を聞いている。陰陽師という言葉は、古めかしいが、明月の生まれた家は、怨霊を祓ったり、、呪いなど受けた人を助けたりすることを生業としてきた家系だ。といっても、安倍某とか賀茂何々とか有名な家系とは違う。起源は全くはっきりしないがたまたま何代か霊能者が続いたため、家業として確立してしまった家なのだろう。それでも何代も続いている為、顧客も代々とか、紹介されたりとか、飛び込みではあまり依頼は来ない。それでも、十分やっていけるような家だ。けっこう法外な値段を惜しげもなく払う依頼主たちのなかには、どうにも、人間として好きになれない人物も多い。呪いを受けても当然だと、明月が思うような人物ばかりだ。はっきり言って、同情できるようなものは少ない。ずっとこんなことを続けて生きるのかと思うと、ぞっとする。
 明月の話を聞いている幽斎は、筮竹を手で弄びながら、話の区切りがついたところで口を挟む。
「古い占いの起源には、陰陽道も関わっている。もちろん、言葉は知っているよ。こんな商売だから、未だにそういう家業も存在していることも・・・・。信じるかと、聞かれれば、君はさっきこの世の者ではない相談者を見分けているからね。信じるよ。実を言うと、夜中に商売をしているせいか、これまでも少しばかりおかしな相談者も混じっているのは気付いていた。私にとっては、此処へ来て自分なりに答えを得て帰ってくれればどちらでもいいがね・・・・。当たる占いには、閃きというか、霊感のようなものは必要だから。うむ・・・。」
 幽斎が、じっと明月を注視している。
「ぼうず。家業を継ぐのが嫌なら、継がないって言ってみたか?」
「え・・・そんなの、訊くまでもないじゃないですか?今も手伝わされてるんですから。」
 明月の答えに、幽斎が苦笑した。
「いやはや、反抗出来る親がいるっていうのはうらやましいことだな。私は、幼い頃に二親を亡くしているから・・・。でも、ぼうずを見ていて、ひとつだけわかるよ。」
「?」
「ばうずは、心の中に、人として駄目なものは駄目と、正と邪を分けられる物差しを持っている。荒れては見えるが、年寄りにまで乱暴をすることはなかった。」
「・・・・・・・・。」
「ただ、無茶をするばかりでは結局なにも得られない。そればかりか、自分を傷つけるだけだというのは、わかるな?反抗する気力があるなら、一度正面きって、思っていることを親にぶつけてみるといい。」
 明月はうんと言わず、黙りこんでいた。
「だめか・・・?さっきからのぼうずの言葉使い、最初の印象からすれば、存外穏やかで、丁寧なものの言い方も出来るから、きちんとした暖かい家庭で育ってきたんだと思っていたが・・・。」
「それは・・・・。」
 明月は、う~んと考えてしまった。言ってみるだけでも、言ってみるかと、その時には思っていた。いつまでも、何にでもつっかかっていることに飽きていたのかもしれない。
 明月の心の動きを感じ取って、幽斎がさっきの質問の答えをくれた。
「良心に値しない奴ら・・と言ったが、私は、たかが占いだから、別に放っておいても命に別状はないかもしれないが、悪い卦が出ていたら必ず伝えるね。それが、私の商売だから。ぼうずの場合は、依頼主の命に関わるんじゃないか?」
 目の前で死なれたら、気分が悪い・・・。明月は、ずるずると不満を抱えながらもやってきたことに、今更ながら気付き、同時にすとんと、腹に答えが納まる感じを味わった。
 自分は、これからどうしたいのか、先のことを逃げずに考えて行かなければならないのだ。
「ぼうず。答えはでたか。」
「はい。」
「じゃあ。もう、家へ帰れ。」
「色々、ありがとうございました。」
「たまには、珍客も、いいさ。」
 明月は、幽斎に礼を言って、その日は帰って行った。それから、時々、差し入れを持って、夜中にふらりと明月が幽斎のもとに現れた。そのまま、邪魔にならないように弟子のように傍に控え、幽斎と客のやりとりを見ていく。それも、だんだん、間遠になり、明月が随分久しぶりに、その場所を訪れた時、幽斎は姿を消した。
 占いの館で再会した時は、互いに驚いたものだ。明月は、自分が占い師を目指すきっかけとなったこの幽斎を尊敬しているから、すなおに、再会を喜んでいる。
 初めて見た時の、あの昏い目の印象・・・。それでも、それ一回きりで、そんな目をしているところを他に見たことはなく、忘れていたことだ。ふいに、記憶を呼び覚まされて、明月は動揺した。今まで、幽斎のまわりに、呪術的な雰囲気を感じたことはなかった。なかったのだが・・・・・。喉に刺さった小骨のようだ。疑いを完全に打ち消すことができないなんて。幽斎のコートからは、魔よけの香を燻らしたように立ち昇ったあの気配も、今は消えている。

空家の怪 21

2008-06-06 13:35:42 | 別名分室陰陽寮利休庵
幽斎と、明月と知り合いになった経緯・・・・。明月がまだ、中坊の頃、それはそれはけんかばかりしていたのだ。ちょっとしたことで、きれてけんかすることなど、しょっちゅうだった。
 あの日も、繁華街を歩いていて、やはり、つまらないことから、口論になり、けんかになった。結果は、明月の惨敗で、ずたぼろの状態で、道に転がったままの彼を、幽斎が拾ってくれた。真夜中すぎ、人通りも少なくなっていたから、助けてくれる人などもいない。人が通ったとしても、あきらかに喧嘩かなにかで、ずたぼろの彼と、関わりあいになうのをおそれて、声をかけることを躊躇っただろう。ぼろぼろの状態でも、明月は、しっかり意識はあり、たんに起き上がるのが面倒になって、通りに転がっていただけなのだ。
 ぽつんと、通りの端に、提灯の灯りが灯っており、白い布で覆われた机の向うに、幽斎は座っていた。提灯には、易と書かれていた。
「加減を知るやつでよかったな、ぼうず。」
 幽斎が机の向うに座ったまま、ぽつりと呟く。明月は、通りの端に転がったまま、きっと睨みつける。幽斎は、それを軽く無視した。
 しばらく沈黙がながれた。吐く息が白い。明月はぼんやりと動く気力もないまま、白い呼気があがっていくのを見ていた。すぐ傍に人の気配がして、そちらに目を向けると、幽斎が立っていた。湯気のたった素焼きの湯のみを手にしている。明月に差し出す。
 あの時、どうして彼の差し出した湯のみを受け取ってしまったのか・・・。ただ、真っ白な髪と好々爺めいた雰囲気と相反して、その目は昏くて深い。日暮れと夜の間の、微妙な暗さ・・・夜だけど、夜ではないような・・・。逢魔ヶ刻という言葉を思い出す。まさか、魔物というわけではないだろうが、何となくつっかかる気も失せて、幽斎の差し出した湯のみを受け取ってしまった。明月が、茶を飲み干したあと、ぼそりと礼を呟くと、幽斎は眉を開いて、意外そうな目で見る。それから、うんと頷く。
「どうやら、動けるようだな。ここに寝ころがっていては商売の邪魔だ。どいてくれんか。私らには、その日の暮らしがかかっているんだ。」
「・・・・・・・・。」
 幽斎は、明月の反応を見ているようだ。心持ち首を傾げて、掬い上げるような視線だ。年寄りの説教か・・・明月は思った。
「どこへも行くところがないなら、せめてその脇にでも座っていてくれんか。」
「え・・・・?」
 てっきり、子供は早く家に帰れとか、どこか別の場所へ行けと言われるのかと、思っていた。
「事情は人それぞれあるだろうさ。このまま追い払ったところで、どこかでまた転がってそのままぽっくり逝かれても、寝覚めが悪い。その辺におったら、様子がおかしければ、救急車を呼ぶことも出来る。・・・手あてがして欲しくなったら、言ってくれ。」
 幽斎はもう、易と書かれた提灯ののった机の向うに座っている。明月は、のろのろと立ち上がり、その机の傍に行き、すぐ隣りの地面にうずくまった。
 膝を抱えて、ぼんやりと見ていた。こんな真夜中に、結構人がやってくる。幽斎は、さきほど、明月に見せた昏い目はしていない。かといって、明るい暖かな顔なのかと言えば違う。自分自身はほとんど出さず、ただ、相手の話を聞いてやるだけであった。合間、合間に、幽斎が言葉をはさみ、その度に相手の警戒が弛むのがわかった。
これは、どちらかといえば、カウンセリングのような・・・・占いなどでは、ないではないか。易なら、明月にも方法はわかる。さっきから、幽斎は、まったく占うそぶりもない。ようやく、相談主の気持ちがほぐれたところで、やっと幽斎が占いを始めた。
結果が出た。相談内容に合わせて、適当にごまかすのかと思っていたが、そのままを伝える。悪い結果の場合でもそうだった。ただ、そのあと、相談主の為を思う言葉が、掛けられ、彼らは皆、納得して、自分なりに答えを見つけて帰って行く。
手品を見せられているような気分だった。