目的の場所についた。
角に柳の木が生えていたが、何のことはないふつうの四辻である。ここは、四方が築地の土の壁の角がつくっている辻だ。道は、四方向とも、ずっと、高い壁が道の向うまで続いている。大小いろんな家が雑多にならんでいるほうが、圧倒的に京の風景としては多いので、これだけすっきりとどっちも、同じ眺めというのも少ないのではないか・・・。
条件が整ってる。
通りを吹き抜けていった風。思ったよりも、強い風が吹き抜ける。風が、横合いから、車にあたれば、止める原因になりはしまいか・・・?周子は、姿を隠すための虫の垂れ衣がまくれあがらないように、風を避けて、場所を移動した。
牛車の車輪が刻んだ轍がくっきり浮かんでいた。この間の、雨でぬかるんでいたから、こんなふうにくっきり一つに集約されていたのだろうか。ぬかるんだ道を楽に進むには、すでにある轍の上を通るほうが車の負担も軽いだろう。
あまりにも、何もないので、三人ともしばらくじっと佇んでいた。
春風が周子(あまねこ)の姿を隠している薄い紗をやわらかく揺らしていく。ゆらゆら揺れる、布が少し鬱陶しくて、手で押さえる。もう一度、よく辺りを見回してみる。?辻に入る手前に、目を留めて、つかつかと近寄っていく。
「姉上?」
「知則どの。車が必ず揺れるところって、ここではないの?」
後ろを振り返って、周子(あまねこ)が指差す。指差した先は、轍が一層深く、土が削り取られていた。
「上を通ると言っても、夜だもの。きっちりとこの上をなぞって行くことなど不可能だわ。ここの土、他のところより柔らかくない?」
ぽんぽんと足で少し削り取ると、ちょっと粘土質の土が変わりに顔を出した。
「なるほど、轍を刻みやすくなっているんだ。乾いてくると、ぼこぼこのままだな。ここで、車が揺れるのか。」
弦月が、興味深かそうに、辺りを見ている。
「うむ、それをいうなら、あっちも微妙に段差があるような。待てよ、止めて降りるとしたら、あの辺りだ。いやはや。出る出ると思っているから、転んだだけで、大騒ぎになるわけだ。最初に、言い出した肝の小さい奴のせいですな。」
その時、辻をいっきに強い風が吹きぬけた・・・・・・!
ざああ・・・・!ばさっ・・・!
「きゃあっ。」
「うわっ。」
「うっ!」
同時に驚きの声があがる。
柳だ。柳のしなる長い枝が、風にあおられて、急に、近くに立っていた彼らの方へ。
柳の緑の葉っぱが、頭や頬、肩を打っていく。
治まって、ほっと一息。
「場合によっては、これも効果的ですなあ・・・。京の辻というのは、風が駆けやすくなっとりますから・・・。」
と、弦月。
知則も、周子(あまねこ)も肯定するように、頷いた。それから、三人とも、くすくす笑い出して、ひとしきり笑い終えると。
「帰りましょうか。姉上。」
「ええ。」
連れだって、道を引き返す途中で、人だかりがしている。
大きな屋敷が隣り合って建っている一角で、立派な門前に、人が集まってわいのわいのやっている。集まっているのは、大半は、手足のむき出しになっている衣を身につけた人が多い。中には、こざっぱりとした水干烏帽子姿で、どこかの雑色か、お屋敷のご用をつとめる職人、あるいは商い人といった感じの人も混じってはいるが、これは面白半分といったところ。
弦月が、首を横に振って、近付かないようにと示す。
「どうも、いけますんな。後ろからもまだ、人が来る。知則どの。姉君を、人波に連れてかれないように、気をつけて。壁際ぎりぎりのところで、やりすごしましょう。」
「何だ。これは・・・。」
どうにか、人波にさらわれることもなく、彼らのいるあたりに人はいなくなったけれど、押し寄せて行った人は、視線の先で、人だかりが倍に膨れ上がっている。
弦月が、難しい顔になった。
「扇動している奴がいますな。こりゃ、一騒動起きそうだ。」
「どこに?」
伸び上がって確かめることもなく、前のほうに、一際声の大きい連中がいるのがわかる。周子(あまねこ)は、それよりも、何気なく見た、騒いでいる連中の側で、面白そうに見ていた人物にが目にとまる。周りの熱のはいった連中とは対照的に、冷たい笑いを浮かべていたからだ。なのに、彼が一言、二言、言葉を発すると、騒いでいる連中がそれに反応して、ますます過熱していく。それにつれて、まわりも、面白いくらいに、反応していく。
「道を戻りましょう。巻き込まれでもしたら、大変だ。」
弦月の言葉に、頷いて、じっと前の方に気をとられている周子(あまねこ)を促す知則。
そこを離れた直後だった。
門前を守っていた武者たちが、いきなり表れた、その数に圧倒されているうちに、どやどやと、群集が中へ入って行く。
その後どうなったのか、確かめることも出来ず、係わりにならないように二人に急かされて、周子(あまねこ)は、家に戻った。
後で、ことのあらましは知ることが出来た。
その日、花見の宴の行われていた屋敷へ、何を思ったのか、民衆が乱入してきて、大騒動だったということだ。わっと、沢山の人々が屋敷の庭中に溢れて駆けまわり、庭中を踏み荒らして、追い立てられる間にあっという間に、外へ駆け抜けて行ってしまった。庭は、ぐちゃぐちゃ。幸いにも、盗まれた金品はなく、失なったのはせいぜい、宴に供された酒と肴ぐらいのものだ。その日のうちに、京中に噂がめぐり、周子(あまねこ)も、それを耳にした家の者たちが面白おかしく語ってくれるのを聞いたのだった。
角に柳の木が生えていたが、何のことはないふつうの四辻である。ここは、四方が築地の土の壁の角がつくっている辻だ。道は、四方向とも、ずっと、高い壁が道の向うまで続いている。大小いろんな家が雑多にならんでいるほうが、圧倒的に京の風景としては多いので、これだけすっきりとどっちも、同じ眺めというのも少ないのではないか・・・。
条件が整ってる。
通りを吹き抜けていった風。思ったよりも、強い風が吹き抜ける。風が、横合いから、車にあたれば、止める原因になりはしまいか・・・?周子は、姿を隠すための虫の垂れ衣がまくれあがらないように、風を避けて、場所を移動した。
牛車の車輪が刻んだ轍がくっきり浮かんでいた。この間の、雨でぬかるんでいたから、こんなふうにくっきり一つに集約されていたのだろうか。ぬかるんだ道を楽に進むには、すでにある轍の上を通るほうが車の負担も軽いだろう。
あまりにも、何もないので、三人ともしばらくじっと佇んでいた。
春風が周子(あまねこ)の姿を隠している薄い紗をやわらかく揺らしていく。ゆらゆら揺れる、布が少し鬱陶しくて、手で押さえる。もう一度、よく辺りを見回してみる。?辻に入る手前に、目を留めて、つかつかと近寄っていく。
「姉上?」
「知則どの。車が必ず揺れるところって、ここではないの?」
後ろを振り返って、周子(あまねこ)が指差す。指差した先は、轍が一層深く、土が削り取られていた。
「上を通ると言っても、夜だもの。きっちりとこの上をなぞって行くことなど不可能だわ。ここの土、他のところより柔らかくない?」
ぽんぽんと足で少し削り取ると、ちょっと粘土質の土が変わりに顔を出した。
「なるほど、轍を刻みやすくなっているんだ。乾いてくると、ぼこぼこのままだな。ここで、車が揺れるのか。」
弦月が、興味深かそうに、辺りを見ている。
「うむ、それをいうなら、あっちも微妙に段差があるような。待てよ、止めて降りるとしたら、あの辺りだ。いやはや。出る出ると思っているから、転んだだけで、大騒ぎになるわけだ。最初に、言い出した肝の小さい奴のせいですな。」
その時、辻をいっきに強い風が吹きぬけた・・・・・・!
ざああ・・・・!ばさっ・・・!
「きゃあっ。」
「うわっ。」
「うっ!」
同時に驚きの声があがる。
柳だ。柳のしなる長い枝が、風にあおられて、急に、近くに立っていた彼らの方へ。
柳の緑の葉っぱが、頭や頬、肩を打っていく。
治まって、ほっと一息。
「場合によっては、これも効果的ですなあ・・・。京の辻というのは、風が駆けやすくなっとりますから・・・。」
と、弦月。
知則も、周子(あまねこ)も肯定するように、頷いた。それから、三人とも、くすくす笑い出して、ひとしきり笑い終えると。
「帰りましょうか。姉上。」
「ええ。」
連れだって、道を引き返す途中で、人だかりがしている。
大きな屋敷が隣り合って建っている一角で、立派な門前に、人が集まってわいのわいのやっている。集まっているのは、大半は、手足のむき出しになっている衣を身につけた人が多い。中には、こざっぱりとした水干烏帽子姿で、どこかの雑色か、お屋敷のご用をつとめる職人、あるいは商い人といった感じの人も混じってはいるが、これは面白半分といったところ。
弦月が、首を横に振って、近付かないようにと示す。
「どうも、いけますんな。後ろからもまだ、人が来る。知則どの。姉君を、人波に連れてかれないように、気をつけて。壁際ぎりぎりのところで、やりすごしましょう。」
「何だ。これは・・・。」
どうにか、人波にさらわれることもなく、彼らのいるあたりに人はいなくなったけれど、押し寄せて行った人は、視線の先で、人だかりが倍に膨れ上がっている。
弦月が、難しい顔になった。
「扇動している奴がいますな。こりゃ、一騒動起きそうだ。」
「どこに?」
伸び上がって確かめることもなく、前のほうに、一際声の大きい連中がいるのがわかる。周子(あまねこ)は、それよりも、何気なく見た、騒いでいる連中の側で、面白そうに見ていた人物にが目にとまる。周りの熱のはいった連中とは対照的に、冷たい笑いを浮かべていたからだ。なのに、彼が一言、二言、言葉を発すると、騒いでいる連中がそれに反応して、ますます過熱していく。それにつれて、まわりも、面白いくらいに、反応していく。
「道を戻りましょう。巻き込まれでもしたら、大変だ。」
弦月の言葉に、頷いて、じっと前の方に気をとられている周子(あまねこ)を促す知則。
そこを離れた直後だった。
門前を守っていた武者たちが、いきなり表れた、その数に圧倒されているうちに、どやどやと、群集が中へ入って行く。
その後どうなったのか、確かめることも出来ず、係わりにならないように二人に急かされて、周子(あまねこ)は、家に戻った。
後で、ことのあらましは知ることが出来た。
その日、花見の宴の行われていた屋敷へ、何を思ったのか、民衆が乱入してきて、大騒動だったということだ。わっと、沢山の人々が屋敷の庭中に溢れて駆けまわり、庭中を踏み荒らして、追い立てられる間にあっという間に、外へ駆け抜けて行ってしまった。庭は、ぐちゃぐちゃ。幸いにも、盗まれた金品はなく、失なったのはせいぜい、宴に供された酒と肴ぐらいのものだ。その日のうちに、京中に噂がめぐり、周子(あまねこ)も、それを耳にした家の者たちが面白おかしく語ってくれるのを聞いたのだった。