時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

中華ファンタジー 12

2010-01-29 11:54:14 | 中華ファンタジー
朝、まだ日の明けないうちに、朝食を済ませ、後かたづけをする。旅先なので、携帯食の干し肉と薄い粥を啜っただけで、散らかるという程でもないが、念の為、たき火などの痕跡を丁寧に隠す。日が出て来てから、出発する。
 少し行ったところで、子牙が、馬車を止めた。淑人と、小燕子が顔を出す。
「どうした?」
「いや、私の気のせいかもしれませんが・・・。」
 はるか彼方に土煙が見えたような気がしたのだ。地面に耳を充て確認する。小燕子が伸びあがって、向こうを見ている。それから、同じように地面に耳を充てる。
「多いね。15・・・いや、20。馬で、集団が真っ直ぐこっち向かっている。」
「盗賊か?こっちは、馬車つきで、足が遅くなる。ここで、待ちかまえて、反撃するか。」
 子牙が応える。淑人を見た。
「このまま、真っ直ぐ進もう。弓がある。手綱は、小燕子に任せて、我らは弓を。」
 淑人は、車の中から弓矢を取って来て、子牙にも渡す。
 御者台には、彼らが立ち、小燕子は、後ろの車のから、手綱を持つ。
「小燕子。そうだ。そのまま、真っ直ぐだ。速度を保て。」
 向こうから、平原を土煙を上げて、迫って来る一団。こちらに、旅の一行がいると見なすと、手に手に刀を振りかざし、まっすぐにこちらへ速度を上げて来る。三日月のように反った刃がぎらぎら輝いてるのが見える。一斉に馬が左右に別れ、こちらへ向かってくる。獲物を左右から囲むつもりだ。
「うわっちゃあ~。やる気満々って感じ。」
「だな。」
 小燕子の軽口に、淑人は、唇でだけ笑い。弓をつがえる。先頭の敵が、射程距離に入るのを図る。子牙の狙っていた敵が一歩前に出た。
 シュッ・・・!見事に敵の頭に命中し、落馬した。続いて、淑人も。次々、矢を放って、敵を確実に落としていく。残り八人程。敵はちょうど二列。
「小燕子。速度を上げてあの真ん中に突っ込め。帳の中から姿を見せるなよ。子牙は、右だ。」
「ええ?」
 淑人が弓を中に放り込み、剣を構える。隣の子牙も剣を構えている。
「あいつが、頭目か・・・よし。」
 淑人は、屋根に上ると、速度を上げた馬車から振り落とされないように、肩膝をついて構えている。
「淑人さま。何て無茶なことを。私が参ります。」
 飛び移る気でいるのだ。子牙が慌てて叫ぶ。
「人出がないのだから、仕方なかろう?同時に、馬車の荷も、守らなくてはならない。子牙は、右の奴らを。」
 言うが早いか、狙いを定めて跳躍する。盗賊は、上から来る敵に慌てて刀を振りかざすが、一瞬の出来事で間に合わず、どかっと頭部に蹴りを入れられて落ちる。馬を上手く、ぶんどった淑人は、馬首を返し、後ろの敵と刀を交えて行く。子牙は子牙で、反対側に取付いて、これも最初と別の敵と戦ってる。
残る最後尾の賊が空の御者台に飛び移る。飛び移った瞬間、帳をめくって、飛び出した剣に突かれ、地面に落ちて行った。
敵はもう残っていない。小燕子は、御者台に座り、馬の速度を徐々に緩め、止める。
賊の馬に乗った淑人たちが追いつく。
「やったね。その馬、どうすんの?」
「盗賊の物だ。どうせ、どこからか盗まれたものだろう。この辺に放っておけば、勝手に元の場所に戻るだろう。」
「ええ~。貰っておけばいいじゃないの。」
「盗賊たちの持ち物を持っていれば、いらぬ災厄が降りかかるかもしれない。」
「そういうもんかあ・・・。」
 首を傾げる小燕子に、子牙が腹の底から豪快に笑い飛ばす。
「淑人さまの言うとおりだ。小燕子。よくそんな浅い思慮で、護衛などをやっていたなあ。」
「そりゃ、護衛の時は、危険は極力さける方向でいくもん。盗賊とまともにぶつかることはまずないようにしなきゃ。荷駄の警護なんて、あたしは頭数のひとりだから、指示に従って動くだけだけど?淑人さまだって、無茶やってる。」
「言われてみれば、そうだな・・・。私も、こんな無茶の連続をしどうしだとは思わなかった。」
 自ら進んで、騒動を拾って歩いている。君子には、程遠い行為だ。この調子で、目的が果たせるのか。見渡せば、行けども終わりのない平原の景色が目に映り、徒労を感じ、淑人は、少し情けないような、顔を歪めて、笑う。
 馬車に乗り込んで、出発する。しばらく、走ると、辺りの景色が変わって来た。丘陵地帯に入ったのだった。

中華ファンタジー 11

2010-01-29 11:38:32 | 中華ファンタジー
  二
 荒涼とした大地が、延々と、広がっている。
 風が吹くと、乾いた土が舞い。視界に映る景色は、どんよりと汚れた色に見えた。
 高い山ひとつなく、平原が広がる。
 その平原を一両の旅の馬車が進んでいく。
 馬の牽いて行く馬車は、簡素で、木材を四角く組み立てた箱型をしている。
 木を貼った横板は、かなり隙間風が入り込むが、旅の途中で雨に降られても、雨風がしのげて便利。いかにも、旅の一行といった趣。
 夕闇の迫る頃には、曇より黒い雲が広がる雲間から、曙色の光が漏れて、不思議な光景が広がっていた。
 今夜は、この辺りで野宿だな。小燕子は、一度、空を仰いで、その下に広がる平原を見やり、何処まで行っても集落の影の見えないのを確かめて、ため息をつく。
「子牙。今日は、この辺りで、野宿だね・・・。」
「そうだな。下手に町で、泊まってこの間のようなことがあっても困る。それにしても、この国は、どこに行っても荒れた大地ばかりだ。」
 馬車の手綱は、子牙が操っている。後ろの車の扉のかわりに垂らしてある布から顔をのぞかせ、小燕子は、彼の隣に座って、前方を見遣る。
「まあ、この辺りの平原は、だだっ広くて、土も硬いから、昔から人が住んでないところだけれど、あの国境の町の荒れようは酷かったね。前は、活気があって繁盛してたのに。」
「前?」
「あ、うん。小さい頃だけど。その頃は、この国は栄えていたよ。」
 鈞の国と、この国は、隣同士だけど、間に高い山が聳えていて、往来はしにくい。鈞の国自体が、海と領土を接する国々とは高い峻険な山が点在し、その合間を縫って、他国と往来出来る道が存在する。こちら側には、往来に便利な川も流れていないから、小燕子が、他国へ行くには、この道筋を使うことはまずない。それでも、直接、この辺りに、荷駄を運んで来るとか、そんな仕事が入れば別だが。どうりで、こっち方面に縁がないはずだと、つぶやく。あの町の荒れようでは、商品の往来などあるはずもない。
「子供の頃?小燕子、それじゃ、あまり時は経っていないんじゃないか?」
 子牙が太い眉を寄せる。
「10年は経ってるよ。あの頃、この国は、平和だったから、父さんを追っかけて、母さんと来たんだ。小っさかったから、普段は連れてってもらえなくて留守番なんだけど、この国は平和で、安全だったから。」
「留守番?父親を追い掛けてって、どういうことだ?」
「いつも留守番は、爺さん、婆さんと。父さんは、ふらふら出かけて、帰ってこないことが何日も続くから。我慢できなくて、母さんが追っかけてくの。仕事は、今のあたしと同じようなことしてる。」
「特殊な家庭だなあ・・・。というか、家族いたんだ。」
「あ~・・・うん。たぶん、皆どっかで生きてるよ。」
「たぶん?」
「あっちこっち流れて生きてるから、うちの家族は。っても、拠点にしている所は、いくつかあるんで、行ったら会えることもあるし、何かあったら、連絡もつく。」
「・・・・・・・・・。」
 子牙は、絶句している。後ろの幕が開いて、淑人が顔を出した。
「なるほど、そんな環境に育ったんならば、今の小燕子の暮らしは納得がいく。武芸の出来る女なんて、今まで見たことがなかったからな。」
 あの魔女のことは思い出したくないので、あえて除外。物言いたそうに、じっと見ている小燕子に、淑人が無言でひとつ頷く。小燕子は、にっこり笑い。
「公子さまの身分じゃ、まわり、しとやかな人ばっかりでしょう?あたしの周りは、武芸は出来なくても、あの飯屋の女将みたいに、大の男を一喝したり、負けないくらい口の達者な女なんか、掃いて捨てる程いるよ。生きてくのに必要だからさ。あたしの場合は、身を守るため。それが、飯のタネになっちゃったけどね。」
「それから比べると、私など、足元にも及ばないな。」
「なんで?武芸も、大したもんじゃない。」
「学問も武芸も、与えられるから、ただまじめにこなしてきただけだ。必要か・・といわれれば、疑問だったな。公子の身分ではあるが、後継ぎからは外されてる。まあ、もっとも王だって、実際、政ごとをやってるのは、絽氏だから、ただ、生きてればいいなんて状況に近い。何ひとつ必要としない・・・。」
 上にも下にも、兄弟はいる。長幼の順だけではなく、淑人の母の実家は、絽氏に逆らって滅ぼされた一族なので、彼のもとに太子の位が回って来ることはない。幼い時に、母が亡くなっていたので、命拾いしたくらいなのだ。だが、王の位などには、執着がないからいい。けれど、国政のすべてを臣下が決め、王がそれに口出しできない状況を無念の念いでみつめていた。彼と同母の姉が、泣く泣く、遠い国へ人質も同然な状況で、嫁入りしたのを唇をかみしめて見送った。それを決めたのは、王ではない。古の賢人の書には、国政を臣下が牛耳るようになって、王が政務を顧みなくなって久しくなると、国を失うという。
そのとおりかも知れない。しばらく、忘れていた・・胸の中に収めきれない思いを見つめ、淑人は口を閉じている。
「でも、淑人さま。今は、役に立ってるじゃない?まじめにやって来てよかったね。」
 小燕子のなぐさめに、淑人は、軽く首を横に振って遠く、前方を見た。
「でもさあ、鈞の国の針樺山に行くのに、何で遠回りしていくかねえ。」
「足取りを消す為だって、言っただろう。」
 一旦、他国へ出、横断して回り込み、やはり国境を隔てている針樺山へ行く。そうすれば、どこを目指してるかわからないからだ。
追手がいるからわかってはいるのだが、頬杖をついて、行く手の空を見ながら、小燕子は、盛大にため息をつく。
「はあ。でも、この前みたいな事がこれからまた、起こるんじゃ、こっちの道を選んだのは間違いじゃなかった?」
 国境沿いの町で、ひと悶着あった。町に泊まれる宿屋は一軒しかなく、しかし、そこは、どろぼう宿だったのだ。あとで確かめたら、まともな人は、伝手を頼って民家に泊めてもらうのだという。宿に泊まるのは、怪しげな連中ばかり。知らずに泊まったまともな客から、みぐるみばかりか、命を絶たれることもあるという。泊まった彼らが、すぐに気付いて、剣の使い手でなかったら、どうなったことか。命を落としていたかもしれない。
「あの町は、鈞との国境で、まだましだと訊いたぞ。どういうことだ。この国には、役人はいないのか。」
「あの町みたいな、ぽつんと離れた位置にある町なんかは、目が行き届かなくて、そんなことはよくあるというのは、わかるよ。でも、中央へ行くほど酷いってんじゃねえ。何か、干ばつで、飢饉の起こった地方じゃ、とうとう吃人(チ―レン)が出たっていうじゃないか。ひどい有様・・。やっぱ、戦ばっかやってる王さまは、駄目だね。」
 手綱を取っている子牙が、失笑する。
「喧嘩っぱやい、小燕子が、言うじゃないか。」
「あたしは、見て見ぬふりが出来ないだけ。困る人がいなきゃ、手は出さない。戦は、別だよ。手の出しようがないだろう?」
 小燕子は、肩を竦める。彼女の肩で、結わえた髪がぴょこんと生き物のように跳ねる。淑人が、目を細める。
どちらか一方に加担したところで、戦そのものが止まなければ意味はない。
「・・・それにしても、たった数年で、国が荒れるなんて・・・・。」
 吐息のような感想を漏らす。
 馬車を止めて、その夜は、そこで野宿だ。

中華ファンタジー 10

2010-01-22 08:57:43 | 中華ファンタジー
 森の木々は高く、密集して、丈の長い雑草が間を埋めている。わずかに人が通れるほど、刈り取られた部分が道として延々続いていた。どこへ向かっているのか、不安になりながらも、ともかく外へ向かう。
「これは、あの魔女の仕業かな?」
「さっきの場所じゃなくて、他にも住みかあったりして?」
 もともとやって来た道は、兵たちと出くわすかもしれず、仕方なく反対の方向へと進んだのだが、これはあきらかに外敵の侵入を防ぐ為にやったものだ。
 淑人と小燕子があきれたように、あたりを見回す。まるで、迷路のようなつくりだ。日の位置が時々確認出来たので、進む方向を違えることもなかったのが救いだ。
 子牙が、進む方向を指さす。
「やっとこの雑草の壁の道が途切れているようですよ。」
 光が両側から漏れているように見える。子牙は、剣の柄に手をやり、用心しながら進んでいく。後ろから同じように、淑人も小燕子も付いて行く。
「・・・・・!」
 沼だ。踏み込めば、じわじわと足が沈むだろう。沼は、視界の利く限り、延々と続いている。高い木が生えている場所が、点在していた。その足元に雑草が生い茂っているのを見るとおそらくその辺は、堅い地面なのだろうが、雑草のせいで、沼との境が見えず、足をうっかり進めると危険なところとなっている。
 目の前の高い木を見つめる。ここからしか、安全に進めない・・・・・・。
 向こうの木とこちらの木。高い木の間を吊り橋がかかり、そのいくつかの橋を渡って行くと、どうやら硬い地面につけるようだ。
 先は、見えない。
「行くしかないな。」
 終わらない迷路に、うんざりしながら、三人は、吊り橋を渡り始める。
 いくつか渡り終えたところで、後ろががやがやとうるさいので、振り返る。声がこちらに流れて来た。
「何なんだ!この場所は・・・?」
「隊長!あれを見てください。公子の姿が!」
「おお!どうやら迷って正解だったようだ。捉えるぞ!」
 とはいえ、兵たちの数は多く、吊り橋は、一度に沢山の者は通れない。
 淑人は、慌てて子牙に。
「まずい。あいつらがもたもたしている間に、早く、向こう側につかなくては。子牙、外套を頭からかぶって顔をみられるな。先を行け。」
「?」
「顔を見られたら、林じゃないとわかるだろう。」
「あ・・はい。」
 外套といっても、マントのように厚めの生地を前でたすき掛けに腰のところで端を押さえて、背を覆って、着用していただけの代物だ。走りながら、子牙は、腰の辺りの布の端を引っ張り出して、一枚の大きな布に戻し、がばっと頭からかぶる。そのままでは動きにくいので、頬っかぶりした時のように、顎の下で無理やり結び目をつくって脱げないようにした。
 兵士たちが後ろの方に追って来るのを後に逃げる。
「わあっ。」
後ろの方で叫び声が聞こえた。続いて。
「あれは、私の獲物だよ。おどきっ。」
 淑人たちが振り返ると、鶺鴒魔女が追って来ていた。吊り橋を行く兵の頭を飛び越えて、先を行こうとしている。邪魔になる位置の者はおかまいなく、蹴飛ばして、下に落としている。彼女の毒々しい雰囲気と。さっき作った顔のこぶのせいで、よけいに、凄い形相の化け物にしか見えない。
 兵たちの足が止まる。
「わあっ!化け物っ!」
「逃げるな!馬鹿者!」
 隊長の声に叱咤されて、仕方なく気丈な者が魔女に攻撃をしかける。魔女は、剣を片手にそれをいなしながら、先へ進んでいる。
 振り返って見ていた小燕子が、目を瞬く。
「早く。吊り橋の終わりのところにっ!まだなの?」
 一番前を行く子牙が叫ぶ。
「やっと終わりのようだぞ!」
 吊り橋をおりると、硬い地面。
広がった緑の地面に、いくつかの小屋が立っている。
「何だ?」
 人の気配が近づくと、それぞれの小屋の中から見張りのごつい男たちが出て来た。
 皆、手に手に、青龍刀を持ち、顎髭をはやし、筋骨隆々といった感じで、いかにも柄が悪い。侵入者を見ると、間髪をいれず、攻撃をしてくる。
 小燕子が、一番に敵に向かって行き、剣を抜いて、ほんの一閃しただけで、相手を倒す。
「弱っ。人相悪いだけかっ。次っ。」
 剣を構える小燕子の目の前を、子牙の姿が掠める。
 どすっ。どすっ・・と、これも難なく、斬り伏せず、剣元で鳩尾や肩口などを殴って、失神させている。どすっ。今度は、反対のほうで、淑人が敵を斃すのを見た。小燕子も、先を争うように敵を片づけていく。
 ほんの少しの間に、全員を斃し、気がついても追ってこれないように、縛っておく。
「こいつら、あの魔女の趣味じゃなさそうだけど・・・仲間かな?」
 小燕子が首を傾げる。
「何の為の見張りだろう?」
「小屋を覗いて見ましょうか?」
 子牙に頷きながら、淑人は自らも、小屋に近づいて行く。
 一番近くの小屋をのぞいて、びっくり。
 ひょいと、一番後から中を覗いた小燕子が、素っ頓狂な声をあげる。
「うわあ。人が捕まってるよ。何か、格好いいお兄ちゃんばっかり・・・。」
 とは言っても、戸はなく簡単に出ていけそうだが、両足に鎖がつけられている。見張りもいたので、簡単には、逃げられなかったのだろう。
 皆、一心に何か作業をしていたのだが、手を止めて、驚いた顔をしている。
「あっ、これ。」
 見覚えのある銀の簪の模様。小さな宝玉の欠片を、指で、つつくだけでぼろりと剥がれる。
「どうした・・?」
 淑人が、手に簪を持って考え込んでいる小燕子に訊く。うんと頷いて、骨董屋のところで見た粗悪品の飾り類の話をしてやった。
「なるほど、粗悪品のもとは、ここか・・・。脅されて造らされていたんだな。宝玉類は、ひょっとすると、盗品・・・かな?」
 近くにいた男に問いただすと、彼らは皆、魔女に捕まり、連れて来られたのだという。
「へえ。今度骨董屋の親父に話してやろうっと。」
 そう言って、小燕子は、その簪を懐にしまう。
とりあえず、追ってのことが気になるので、早く逃がしてやろうと、焦り、小燕子が試しに剣で斬ろうとしたがもちろん切れるわけがない。
 一番力のある子牙が、一人の鎖を何とか断ち切ったが、これでは時間がかかってしようがない。
そうこうしているうちに、魔女が追いついた。
 淑人は、鎖を断ち切った男と、子牙に。
「見張りはすべて斃した。魔女も、斃す。お前たちは、後ろから、国の兵が皆を助けに来ていると告げてまわれ。」
「淑人さま。それならば、私が。」
「兵たちは、あの魔女に怯えて、足が止まっているようだ。けれど、そのまま引き返しもしないだろうから、いずれ追い付く。子牙は、顔を見られるとまずいから、姿を現すなよ。それから、逃げる方向を示してやるんだ。」
 淑人はそう言って、自分達がやって来た方角を指さす。
ここには、沢山の者が捕まっている。彼らが助けを求めて、そちらへ向かえば、よけいに狭い吊り橋が混乱するだろう。
理解して、子牙は、自由になった者を促して、小屋を回る。
「来たよ。淑人さま。どいてて、このおばさん。あたしが、やる。」
「小燕子。私が戦う。何度も、女の子に守ってもらうわけにもいかぬ。」
「え?大丈夫なの・・・。」
 返事もせず、淑人が剣を抜き、横に水平に構える。
 彼を見つけると、毒々しい紫の衣が風のようにはためき、こちらへ迫って来る。
 きらりっ。下から上へ、魔女の手にする剣が風を裂くように動く。
その動きは軽やかで、さっき斃した奴らとは格が違うのは一目瞭然。
淑人の剣が魔女の剣が一閃するのを邪魔するように、弾く。
魔女は、横に跳び退って、また一閃。
淑人が、後ろへ回って、切り伏せようとすると、魔女は、くるりと足で円を描くように、身を低くし反転し、やり過ごす。魔女の剣が、下から淑人の剣を弾き返す。そのまま間髪を入れずに、彼女の剣を持つ手が、沈んだ。魔女の剣は、今度は、くるり、ななめ上へ腕を狙う。切っ先をぎりぎりでかわし、後ろへ逃げずに、一歩踏みだす。淑人が相手の懐に飛び込んだ。剣元を深く、みぞおちに打ち込む。
「うっ。」
 魔女の手から、剣が離れ、淑人の腕に体が倒れる。
 気を失った魔女を受け止める淑人に、小燕子の手が、縄を差しだす。
「その小屋にあったから、これで縛っとこうよ。」
「そうだな。」
 魔女を縛り、適当に地面に転がしておく。
「やるじゃん。淑人さま。結構強いんだね。」
 小燕子が手を上に掲げる。
それに答えるべく、ぱしっと音をさせて、淑人が、手を軽く弾く。
 魔女が倒されたのを見て勢いよく大勢の人が吊り橋の方へ駆けて行く。
 その一人を捕まえて。
「向かって出くわした兵に、事情を話して保護を求めろ。賊はここに捉えてあるから、捕縛して事態を収拾しろと、第四公子が言っていたと伝えるんだ。」
「え?こ、公子さま・・ですか?」
「そうだ。後から来る兵は、正規軍の中でも、精鋭のはずだから、お前たちも安心して、保護を求められるだろう。私は、先を急ぐので、共に事を処理できないのが残念だと、隊長に伝えてくれ。」
「は、はい。どこへ、行かれるんで?」
「旅に出るんだ・・。これから、自由になる。」
「?」
 淑人は、それ以上答えず、男を促す。男も、ずっと捕まえられていて、やっと解放されたので、深く考えず、一度頭を下げると、重い足を引きずって、それでも走るように逃げて行った。
 吊り橋の上で、兵たちは足止めを食らい。逃げて来た人は大勢いるので、その公衆の前で、淑人を捕えに来たとは言えず、その場は、賊を回収し、一旦引き揚げざるを得なくなった。その間に、淑人たちは、距離を稼ぎ、ある程度、足取りを遺しながら、隣の祁の国との国境の高い山を越え、まんまと逃げきることが出来た。

       (天地一砂鷗 二へ)

中華ファンタジー 9

2010-01-22 08:54:12 | 中華ファンタジー
 一方、淑人と子牙は。
「!」
 目を醒ますと、腕を縛られ、見知らぬ場所にいるのに茫然としている。意識がまだ、完全には覚醒しない感じで、もどかしく首を横に向けると、少し離れたところに子牙の同じような顔を見つける。縛られてる腕は上から吊り下げられた縄に戒められて、足も近くの柱から延びた縄に括りつけられている。
「・・・私たちは何で、こんなところに宙づりにされているんだ・・・?」
「どうやら、一服、盛られたようですな。あの茶屋の女将でしょう。」
「やたら愛想がいいのは、そういう魂胆だったのか・・・。それにしても、我らを捕まえてどうするつもりだろう?宰相とは、関係がなさそうだが・・どうした?子牙。」
 子牙が、顔をしかめたので、訊く。
「嫌なことを思い出しました・・・。旅人を捕まえて、食べてしまうとかいう昔話が、あったなあと・・・。」
「吃人(チ―レン)(食人)?飢饉や何かで、貧しくなったりすると、たまに今でも、あるらしいが・・・まさか。」
 この世は、弱肉強食。肉を食ら生き物は、他の種族を食らって生きていても、同種の生き物同士を食らうということはない。それでも、食う物も手に入らず、貧しさに耐えかねて、人を食らって生き延びたという話は、この世界に存在する。けれど、そんな話が聞かれるようになったら、世も末だ。
「そうですね・・。この辺りは、特にそんな話もききませんでしたし・・では、奴隷として売るというのが、妥当でしょうか?」
「それなら、隙を見て逃げられるな。」
「ええ。ともかく、待つしかなさそうです。」
 頷き合う。と、彼らが縛られている小屋の戸がぎぎっと開く。
「目が覚めたようだね。」
 やはり、あの女将だ。今は、茶屋の女将の質素な服装を改めて、軽い絹を身につけている。少し右の方に寄って、結い上げた髪は、塗りの丸い飾りがついた簪を一本差し、飾り紐がいくつも巻き付き、その紐の先が、ひらひら肩に載っている。黒の下衣に、赤い襦桾。腰の辺りには、赤や青、黄色白黒といった五色の紐が巻かれ、飾っているようだ。上から、薄い紗の濃い紫色の衣をふわりと羽織っている。彼女は、戸口からこちらまで、ひらりと飛翔するように寄って来た。濃い紫の衣の袖や裾がひらひらっと風をはらみ、鳥が羽ばたいているように見えた。
「うふ。好い男だね。」
 そう言って、顔を寄せて来た女は、顔かたちの整った美人ではあるが、少し釣り上がった目に、紫の彩を添えており、唇は、真っ赤。派手な顔立ちがさらに、迫力を増し、けばけばしいばかりだ。何だ?この毒々しい魔女のような女は。淑人が、顔を顰める。
「何のために、ここへ連れて来たんだ・・?」
「何の為だってぇ・・・?」
 女の指が、淑人の顎を持ちあげる。
「私好みの顔だ。そっちの男も、ちょいと、ごついけど、まあ見れない顔じゃないし・・・。」
「・・・・?」
 手が頬を撫でる感覚。さらさら・・と髪の流れる音を耳にする。結いあげて纏めた女の髪のものではない。女が、淑人の髪に手串を通したのだ。彼は、上部は纏めて巾で包んでいるが、残りは、背に髪を垂らしてもいる。
「さらさらだねえ。良いとこのぼんって感じだよ。・・・どうだい、大人しく私のものにならないかい?」
「・・・これは・・迫る方が、逆ではないか・・・?」
「う~ん。そんなこと、どっちだって、いいじゃないかあ。そうすれば、私だって、面倒なことをしなくてもいいしさあ。」
 淑人の頬に、ひやりと冷たい感覚が触れる。・・・・・。硬質のその感覚は、刃だ。女は、小刀を握っていた。
「・・そんな物を出してどうするつもりだ。」
「どうするも、こうするも、あんた達は、剣を持っていたからね。腱を斬ったりして、武芸が出来ないようにするのさ。でも、そうだねえ。身体能力を殺ぐと、ちょいと惨めでみっともなくもなるからねえ・・あんたの返事次第じゃ、そのままにしといてやるよ。」
「お前の男になれと?」
「そうさ。別に、損な相談じゃないだろう・・・?」
 切れの長い瞳が流し眼をくれる。
「大姐(ターチエ)・・名は・・?」
「鶺鴒魔女って、人は呼ぶよ。」
「鶺鴒?ああ、なるほど・・・飛ぶように移動していたものな。魔女か。ぴったりだな。」
 ふっ・・。唇から笑いがもれる。鶺鴒のようなかわいらしい鳥ではないが・・・、心の内を伺わせぬ淑人の目が、じろりと魔女の上から下まで一瞥した。
どっちかっていうと、孔雀とか、鸚鵡のような色彩の自己主張の激しい鳥だろう?心の中で、毒づく。
「そうかい。」
 相手が相好を崩したように思い、鶺鴒魔女は、小刀をおろす。
「それじゃ、私のものになるんだね。」
 淑人が目を眇めた。ふいに、その瞳が嘲笑に変わる。
「断る。」
「・・・!このっ!」
 眉が釣り上がり、物凄い形相になった女が小刀を振りかざす。きらりと、刃が反射した時、ごんっと音がして、鶺鴒魔女が倒れた。
 かわりに小燕子が立っている。魔女は、彼女に殴られて気を失ったのだ。見るとおでこに大きなコブまで作って倒れてる。鞘をつけたままの剣で頭を直撃した。
小燕子の、二つに分けて結った髪が、肩の辺りで元気よく跳ねる。
「捕らわれの王子さま。救いに参上!・・淑人さま。取りあえず、無事?」
「・・・ああ。」
 ふうっと、ため息を吐き、気の抜けた表情になった淑人。戸口から、彼女の顔がちらりとのぞいたのに気付いた淑人は、鶺鴒魔女の気を逸らすために、会話を引き延ばし、隙をつくろうとしていたのだ。主君の身が危ないとわかっていても、子牙は、だから、ずっと黙っていたのだ。
 小燕子がしゅっと。刀を一閃させると、淑人の腕が、続いて、子牙の腕が自由になる。二人の足元の縄も切る。二人の剣を渡す。
「これが、落ちてたんで、馬の足跡に気付いたんだ。・・・あれ?どうしたの?」
 淑人の顔をのぞき込む。
「・・・囚われの王子さま・・・結構、落ち込むな・・そのセリフ。」
「なんで・・?」
 不思議そうな顔をしている小燕子に、首を横に振って、微笑を浮かべた淑人。子牙が、頷き、彼女に、ここにいる訳を訊ねる。
「ああ。それが、鈞都で兵がばたばたしてたんで、何だろうと思って、立ち聞きしたら、淑人たちを宰相が捕まえようとしてるみたいだったから、知らせてやろうと思って。」
「昨日の一件か。」
「うん。多分。子牙と一緒じゃなくて、林さんと一緒に逃げてるみたいに思われているみたい。そんで、この近くまで追っ手が来てるよ。」
「・・・・・・・。」
 淑人は子牙と顔を見合わせた。
「我らが追われているのは、林たちが逃げる時間稼ぎにもなるだろうが・・・まずいな。こうなると、行く先がばれるのもどうかと思う。」
「いったん都へ、戻りましょうか?」
 追っていると言ったって、淑人は王族だ。宰相だって、わけもなく、おいそれと彼を処罰することはできないだろう。子牙の予測に、淑人は、難しい顔をしている。理由など、邪魔なら、適当に作り出すに違いない。ならばこのまま・・・。
 宰相とぶつかることになってしまったのだ。どのみち、戻ったら、二度と旅には出られまい。太子でもなく、第四公子の自分など、今の彼には消すことも可能だと推測する。
「道は、違えた方が賢明だな。一旦、隣の国へ出ようと思う。」
 国境を越えてまでは、追っては来ない。行き先は、その国を西へ縦断して、また隣接する国へ入る。鈞と黒瀧といわれるその国の境には、彼らの行く先、針華山がある。
 淑人は、遠回りすることにした。もともと、冒険のつもりで出て来たことでもあるから、早くつかなければという気持ちはない。
どういうわけか、宰相も伝説を気にしている。まったく違う目的で、書庫を物色しようと思っていたのかもしれないが、彼らの冒険は知られないほうが無難だろう。
「問題なのは、他国を縦断していくのと、向こう側から、針華山へ入らねばならないことだ。道は、人も通らない険しいところを通っていくことになる。道案内がなくて、辿りつけるものかどうか・・・。」
 淑人の肩をとんとんと、小燕子が叩く。
「まかしときなよ。その道、通ったことあるよ。」
「・・・いいのか?」
「ここまで来て、見捨てるなんて、あたしには出来ないからね。まかしときなって。」
 淑人と子牙は互いに顔を見合わせ、笑う。
「頼む。」
「うん。じゃ、早く。この姐さんが起きないうちに。」
「ああ。」
 ばたばたと、外へ出る。すぐに・・・というわけにはいかず、彼らは、不気味な景色の森の中をしばらく彷徨うことになった。

中華ファンタジー 8

2010-01-15 11:00:48 | 中華ファンタジー
今日は、お天気がいいな・・とか、良いことをしたので、ご機嫌な気分で、小燕子は歩いていた。その足で、仕事がないか、例の骨董屋を訪ねる。
 古びた道具が埃をかぶり・・・この店、本業はさっぱりだよな。あたりを見回し、肩を竦める。埃が見事に物を覆ってる。どう考えても、ずっとそこで人の触れることのなかった証拠だ。奥に座っている店主の、いつもの不機嫌そうな顔が出迎える。
 これで、商売やってるんだから、客が居つくわけないか・・・。店主は、不機嫌なのではなくて、こういう顔つきなのだ。彼が斡旋している用心棒の仕事を貰いにやって来る侠客たちの柄の悪い顔ならば、対応出来るけれど、商品を探しに来る善良な一般人には、受けない顔つきだ。
「怖い顔してんね~。そんなんじゃ、ふつうの客来ないんじゃないの?ちょっとは、笑って見たら?」
「ふん。これが地顔なんでね。小燕子。珍しいじゃないか。続けて、仕事を探しに来るなんて。」
「うん。昨日は良いことをしたんで、ちょっと気分良いんだ。その勢いで、何かないかなと思って。」
 そう言いながら、店の中をぐるりと見回る。「お。たまにはいい物置いてんじゃん。」と、美しい意匠の牌玉を見つけた。腰から吊り下げる飾りだ。
「ふ~ん・・・?ま、いいがな。・・・小燕子。お前さんでも、そういう物に興味があるんじゃな。贈りたい相手でも出来たか?」
 この国では、玉は、魔を退けるという言われがあった。親しい友人にも送ったりするが、男でも女でも、通用する飾りなので、想い合う恋人に送るのだ。
「?」
 小燕子の不思議そうな顔を見て、ふう・・と、店主はわざとらしくため息を漏らす。
「やれやれ。相変わらず、遊侠三昧か・・。若い娘がもったいない・・・。で?それを買うのか?」
「ううん。たまたま目についただけさ。ねえ、こっちの山と積まれた簪とか首飾りとかは何なの?箱の中にガラクタみたいに放りこまれてるって感じだけど、偽物でも掴まされたのかい?」
 店主の座ってる辺りの足元に、箱が置かれ、蓋が開いたままだったので、中が確認出来、小燕子は、不思議に思って訊ねる。
 店主が、小さな宝玉の嵌った簪を手に、片方の手で指を指しながら。
「このところ、大量に出回ってる飾り類だ。とてもそんな安価な値段で出回るはずがないんだが・・という値で出回ってる。しかし、出どころが怪しくてな。苦情も多くて、販売を中止することにしたわしの知り合いの店主から、買ったんだ。宝玉は、本物で良い物なんだが、細工は酷い・・。」
 指でつついてやると、すぐにぽろりと石のひとつが取れる。
「・・そんなの買ってどうするの?」
「石は、良い物使ってるから、やはり知り合いの細工師に頼んで作り直して売るのさ。」
 なるほど・・手間賃の分、あやしいいわくを付け、値段をつり上げて売るつもりなんだ・・・と、小燕子の心の声。そうだと分ると、もう興味は無くなる。
「ふううん、なるほど、ねえ。・・あ、そうだ。仕事あるかい・・。」
 言いかけて、気を逸らす。
 店の外が騒がしい。
ばたばた・・と慌ただしく駆けて行く者たちがいる。小燕子が、外を見に行き戻って来る。店主が、目を眇めて外を見つめている。どうしたの?と、小燕子ののぞき込む瞳に気付き、店主は、少し厳しい顔つきになった。
「王さまの兵かな?皆、同じ格好してたし、でも、あんな色の服着てたっけ?」
「ありゃ。宰相の飼い犬だ。私兵じゃないがな・・・。」
「私兵じゃない?」
「この国の正規の兵さ。けれど、王よりも、宰相の言いつけを良く守るってわけさ。こうなると、あとは時間の問題だな・・・。」
「時間の問題って?」
「・・・・・世も末だなってことさ。」
 無用に興味を持たせてもいけないと思ったのか、それとも、小燕子には説明してもわからないと思っているのか、店主は一言で済ませる。
小燕子も興味がないのか、首を捻って終わりだ。
「?」
「それより、小燕子。片道のちょっと遠くへ行く用事をやるから、それが終わったら、しばらく他所の国に居を移せ。」
「どうして?」
「お前さんは、よく揉め事に巻き込まれるからな。兵がばたばた動いているなんて、どうせ碌なことじゃないだろう。関わらないうちに遠くへ追いやっとこうと思ってな。」
「何だよ、それ。」
「親父さんの代からの付き合いだからな。家の子と変わらないんだよ。お前さんは。だから、避難させとこうって腹さ。どのみち、わしもしばらく店を休む。めったに出ない掘り出し物が見つかりそうなんで、遠方まで仕入れに行くんだ。だから、面倒に巻き込まれても、力を貸してやれない。」
「・・て、巻き込まれるの限定?・・・・!」
そこまで言って、小燕子ははっと気付いた。そういえば、宰相って言ったっけ?もしかして、愛玲と彼女の兄さんを追ってるのかな?
考えていると、さっき小燕子が見ていた牌玉の隣にあった小さな置物を店主が手に取る。布に大事に包んで、小燕子に差し出す。
「海辺の・・・・っていう町に届けてくれ。?おい、小燕子聞いてるのか?」
 ぼやんと、心ここにあらずな小燕子。
「海辺?あ、えっと、その仕事、他の人に回してもらってもいいかな?」
 店主が目を向く。大げさに、手を額に当て。
「アイヤ~、小燕子。まさか、もう関わってるなんてことはないだろうな・・・。」
 半分、ため息交じりに、訊く。小燕子は、ぶんぶん・・と、首を横に振り。
「違うよ。どうせ離れるんなら、西の天山まで行こうかと思って。冬に入るまでにつかないと駄目だから・・・思いついたら、早い方がいいかななんて。」
「ふ~ん。ま、いいけど・・ホントに関わるなよ。国のごたごたなんか、人がどうこう出来るレベルじゃない。天の思惑の駒なんか碌な思いをしないんだ。」
「何?それ・・何かこの国、危ないの?」
「わしは、近々何か起こるとふんでる。商人の勘だ。」
「・・・・・・。」
「小燕子。だから、関わるなよ。お前さんたちは、社会の枠の外に生きる人間だ。自由なんだよ。だから、国の偉いやつとか、枠を握ってる人間とは合わないものなんだ。覚えとけ。」
「う・・うん。わかった。関わらなきゃいいんだね。じゃ、あたし、もう行くよ。」
「ああ、達者でな。」
「おじさんもね。」
 小燕子は、急いで店を出た。ちょうど、往来に偉そうに立っている兵士のところへ、向こうからちょこまか走って来る兵士が、声を張り上げて報告しようとする。
「隊長!第四・・痛っ。」
 いきなり報告の途中で殴られて、兵士が何事かと、隊長の顔色を伺う。
「ばかもの。往来でその名を言うな。」
ちょうど、もう一人やって来たので、隊長は、近くの小道に入る角の方を顎で示す。そのまま、彼らを連れて姿を消して行った。
小燕子も、こっそり後をつける。
 人気のない小道で話している彼らを物影から、様子をみる。
「今しがた城市(まち)の門番に確認したところ明け方一番で、それらしい人影を見たとのことです。林という男の人相がわからないのですが、公子はわかりますから・・・引き続き聞き込みを続け、二人連れの男が向かった先も、ある程度目星がつきました。」
「そうか。やはりもういないか。我々も、手勢を集めて追うぞ。」
「はい。ですが・・・・。」
 首を傾げた兵士が、言いにくそうにしている。
「何だ?」
「捕縛命令が出ているのは、第四公子・・ですよね。罪を犯したやには聞いておりませんが・・王族を捕えるのですか・・?」
「上から命令が出ているのだ。疑問を持つな。へたに逆らうと、とばっちりを食うぞ?何でも、失態を犯して、宰相から厳しく罰せられた者もいると聞く。以後、異論をはさむな。」
「・・・!わかりました。以後気をつけます。」
「うむ。行くか。」
 隊長に促され。
「はっ。」
 ふたつの兵士の返事が重なる。彼らは、そのまま小燕子の隠れている物影の前を通り、町の雑踏へ混じり、遠くへ行く。
 彼らが、いなくなってしばらくして姿を現した小燕子は。
「まずい。淑人さまと、愛玲の兄さんが一緒にいると思われてるんだ。」
 さすがに、公子とわかってしまったので、さまをつけて言う。
小燕子は、う~んと、考え込む。
でも、淑人と子牙なら、知らせてやれば、逃げられる可能性はある。愛玲たちは、年寄りも連れているし、何より、あの兄さんは、剣も持ってなかった。追いつかれたら終しまいだ。考えようによっちゃ、最悪の事態ではないのかもしれない・・・と、小燕子は、淑人たちの後を追って、知らせてやることにした。
「よし。途中まであいつらをつけて、行き先を確かめて追い越せばいいんだ。」
 あっちこっち、脇道なら、あたしの方が詳しいもんね・・と、そそくさと、旅支度を揃えて、城門を出て、目立つ一団を探した。
 休憩している兵の話を盗み聞きし、行く先を確かめると、最短距離を行くべく、山の中へ分け入る。道なんかあるはずもない木々の立ち並ぶ中を、枝伝いに先を急ぐ小燕子。淑人たちに追いつこうと、必死だ。何とか、目的の場所に、兵たちより先に着いたはずだ。
追いつけるはずの場所で、彼らの剣が落ちているのを見て、小燕子は、息をつめた。
 辺りを見たけれど、争った形跡がないので、どうしたのだろうかと考える。馬の足跡がひとつ続いている。
「・・・・・・・・・。」
 どうしよう。馬の足跡が続いてる方向を探すべきか・・・。それとも、事情を探る為に、馬が来た方向へ一旦行くべきか・・。
 小燕子は、ふたつの剣を拾い、どんな敵と出くわすかわからないので、用心しながら、馬の足跡の向かっている先を辿って行く。
 どんどん、山へ分け入って行く。淑人と子牙は、大丈夫なのだろうか・・・時々、不安になりながら・・・・。


中華ファンタジー 7

2010-01-08 10:24:32 | 中華ファンタジー
 薄闇が、白み始める。朝市で出かける行商人たちや、荷駄の搬送の一行が、城門の空くのを待っている。うっすらと靄が漂い、視界の悪い中で、夜が明け、ギギ―・・ッと、重い城門が開けられた。
 どうしようと迷っているところに、城門を出るのを待つ人の列の中に、驢馬に荷車を付け、それの横についた淑人と子牙が加わる。先へ、行けと、合図を送っているので、小燕子は、愛玲たちを促し、先に出る。
「近くの村の親戚の家の、お産を手伝いにいくのです。」
 と、適当なことを言って、怪しまれずに、彼女たちは外へ出た。
 しばらく行ったところで、淑人たちが追って来るのを待つ。
 それほど、待たずに、彼らと合流する。
 荷車に隠れていた愛玲の兄、綜徐が姿を現す。互いに無事を喜び合う兄妹を促し、先を急ぐようにすすめる淑人。
「ありがとうございます。第四公子さま。あなたさまに、災厄が降りかからなければいいのですが・・。」
 小燕子が。
「お、公子~っ?」
 口をあんぐり開けている彼女に、軽く肯定してみせただけで、淑人は。
「かまわんさ。私も、このまま、ちょうど、旅に出てしまおうと思っていたところだ。いない人間に、追及が及ぶはずもない。」
「・・・・・そうですか。いつか、このご恩をお返しできることがあればいいのですが。公子さま。あなたさまの旅が平穏でありますように。」
 林は、そう言って、妹たちを伴って、驢馬の引く荷駄と、薄靄の晴れない道を歩いて行った。ばいばいと手を振っている小燕子が、にっと笑って。
「ま、良いことしたんだし、よかったね。淑人さまの徳にもなったんじゃない?徳を積むと良いことがあるって聞くし?」
「徳か・・・・。」
 淑人が、難しい顔で、呟く。淑人と子牙は、そのまま、小燕子にも別れを告げて、林たちとは、別の道へ旅立って行った。

中華ファンタジー 6

2010-01-08 10:22:59 | 中華ファンタジー
そんな心配をよそに、ちょっと前の、小燕子は。
「ともかく、路銀は目立たないように、体に身につけて。二人で、分けて持つんだ。愛玲。腕輪とか、首飾りとかの装飾品は、金に変わるから、出来るだけ持って行きな。それも、旅の途中はあんまり持ってるところ、人に見られるんじゃないよ。服装は、地味な普段着。ぜったい、一張羅なんか、持ってちゃ駄目だよ。」
 いったん、家へ引き返し、暗がりの中で、ごそごそと荷物を纏める。
「小燕子さん。家は、お金持ちじゃないから、心配しなくても、そんな狙われるような物なんてないから・・。」
「小燕子でいいよ。それより、早く、もたもたしてると、家を捜索しにくる奴がいるかもしれない。他に家の人は?」
「両親は、亡くなってるから・・。兄は小役人だから、貧乏だもの。後は、親の代から、仕えてくれてる、さっきのじいやだけよ。」
 愛玲が答えると、ちょうど、彼女の部屋にじいやが顔を出す。
「お嬢様。ご両親のお位牌と、他の荷物を纏めて来ました。」
「ありがとう。」
 愛玲も、支度を済ましているので、もう出ていける。
「じゃあ。あんたたち二人だけを連れて行けばいいんだね。」
 頷く二人を連れて、小燕子は、夜の街へ出た。
 途中、よっぱらいに絡まれた愛玲を庇い、小燕子は派手に喧嘩した。千鳥足のよっぱらいは、最後に、小燕子に尻を思いっきり蹴飛ばされ、道に転がる。よろめきながら、立ち上がり、「憶えてやがれっ!」と、ありがちな科白を残し、去って行く。
「へへん。一昨日来やがれってんだ。」
 腰に手をあてて、ふんぞりかえって言う小燕子。
「ごめんなさい。小燕子。」
「いいさ。愛玲が悪いわけじゃない。あのよっぱらいが悪いんだよ。まったく、どうして弱い女と見ると、ああして絡むのがいなくならないんだろう。たくっ。みっともない奴。」
「そうね。酔って、普段と変わっているのかもしれないけれど、タガが外れているからって、許されるものではないわ。」
「愛玲って、結構しっかりしてるんだ。そう言えば、連れてかれそうになってた時も、ごついおっさんたちに抗議してたし・・・。見た目は、優しそうな感じなのにね。」
「いけないかしら・・・?」
「ううん。いいんじゃない。はっきりしてる子、あたしは好きだよ。」
「私も、あなたみたいに強くなれたらいいけれど・・せめて、気持ちはしっかりしてなくちゃね。」
 同時に、にっこりと笑う。
「ね。小燕子。お友達になりましょう。今は、身を隠さなくてはならないから無理だけど、落ち着いたら、そのうち連絡するわ。」
「本当?じゃあ、この町の骨董屋のじゃ、どこかで居場所がばれるとまずいから、隣の国の・・・。」
 小燕子は、国境を越えて、気の向くまま、あちこち行き来し暮らしている。その為、各地に最寄の連絡先があるのだ。そのひとつを教える。
「本当?じゃあ、落ち着いたら、すぐに連絡しても大丈夫そうね。」
 うれしそうに頷いた愛玲。その後、とりとめもないおしゃべりをしながら、城門へと向かった。小燕子と愛玲、とそのじいや。緊迫した雰囲気もどこへやら・・・わりと能天気に過ごしてたのだ。

中華ファンタジー 5

2010-01-08 10:18:02 | 中華ファンタジー
 都でも一番の広大な門地を高い塀が囲む。ある意味王宮よりも立派な屋敷だ。門は、皓皓と篝火で照らされている。さすがに、王宮のように、守備兵は、外に立っていないが、閉ざされた門の向こうには、やはり何人か腕の立つ者が交替で見張りをしているだろう。
 暗闇に立派な門が巨大に映る。淑人は、門の前に立ちどまり、それを見上げ、唇を引きむすんだまま、携えている剣をぐっと握る。
 傍らの子牙が、彼を案じるような目を向ける。淑人は、自分の弱さを人に悟られたような気がして、気恥ずかしそうに笑う。腕の達つ子牙は、単に主の身を心配しているだけなのだろうが・・。無用に争う作戦は立ててないが、剣を抜き、戦わねばならないはめに陥らないとも限らない。淑人は、これまで武芸を磨いて来たとはいえ、実戦経験は少ない。
「あの活きのいい娘に、笑われそうだな。」
 幼い頃に植えつけられた思いというのは、案外尾を引いているようだ。恐怖といえば、少し言葉に語弊があるが、逆らえないとか、周囲の大人の見せた、反抗心すら置き忘れた何も出来ない虚無感とか・・・自分にも、間違いなく影響を与えているようだ。
 否。あの頃のような無力な子供ではない。その為に、旅に出るって決めたではないか。これが、始めの一歩だ。淑人は剣の柄を確かめるように、ぐっと握り、放した。
 人の命がかかっているのだ。成功の鍵は、自然体でいることだ。
「淑人さま・・。」
「子牙。手はずどおり、入り口で、一度見張りの気を逸らすから、そっと中へ入れ。」
 今は、肩から力を抜いた淑人が首を縦に振り、彼に物影に隠れるように指示した。
 淑人は、門を叩き、中へ案内を請う。
 訪ねて来た者の顔を確認するように、脇の小さな小窓が開いて、ひげ面の男が顔を出す。
「公子の淑人だ。絽宰相に折り入って話がある。通してくれ。」
「公子・・?お一人で?」
 いかにも怪しいと言った顔で、目を眇める。
「護衛は、この先の酒楼に待たせてある。あまり人目に立ちたくないのでな。」
「しばらくお待ち下さい。」
 しばらくして、小窓からまた違う顔がふたつのぞく。この家の家令と、宰相の護衛の一人。宰相につき従う護衛の彼なら、公子の顔を確認出来る。
「第四公子さま。こんな夜中に、何故・・。」
「それは、宰相に直に話す。取り次いでくれぬか?」
 もちろん、宰相が在宅していないのを確認してきたので、淑人は、何を話すかまでは決めて来てはいない。
「申し訳ありませぬが、主は今、他家の酒席に呼ばれて、留守でございまして・・・。」
「宴が終われば、宰相も、おいおい戻って来られるだろう。中で、待たせてもらおう。」
護衛の男と家令は顔を見合わせたが、相手が公子の身分とあっては、無下に断るわけにもいかない。やがて、大きな扉が開かれた。
 ぎぎ~と開いた扉。淑人は、歩を少し進めたところで、思いっきり派手に転んだ。
「わっ。」
「公子!」
「大丈夫ですか?」
 門の前にいた人の視線が一斉に、淑人に集まる。
 家令と護衛の男が駆け寄り、手を差し伸べる。
「はは・・少し、飲みすぎたようだな・・みっともない姿を晒した。」
 手を差し伸べた人の鼻先を酒の匂いが掠める。何?よっぱらいか?眉を潜めて、迷惑そうな二人の男の視線。淑人は、へらへら・・と、出来るだけ、馬鹿っぽく振舞う。
実は、頬や口の周りに、酒を塗っておいただけなのだが、匂いのお陰で、見事に酔っぱらいに見られることに、成功。皆の注意がこちらへ向いている間に、門の中へ、黒い影がささっと入り、身を潜める気配を確認し、淑人は、介抱の手を拒み、ゆっくりと立ち上がる。
「大事ない。少しすれば、醒める。宰相が戻る頃には、元に戻るだろう。」
「左様でございますか・・・。」
 家令に案内され、正堂(客人や人が集まる建物)で、椅子に座り、落ち着く。水を所望し、「少し眠る。宰相が帰ったら起こせ。」と言って、椅子の脇に置かれた机に、つっぷして眠ったふりをした。やれやれ・・といった顔で、家令がいなくなり、正堂から、人の気配が去る。ひっそりとした室内で、そっと身を起こした淑人は、そのまま、しばらく息を詰めて待っていた。やがて、花装窓の外から、潜めた声で、子牙の呼ぶ声がする。
「子牙。見つけたのか?」
「はい。見張りもなく。人気のない部屋に、縛られているだけだったので、そのまま連れて参りました。」
 もうひとつの顔がのぞく。淑人を見て、目を見張った彼は。
「第四公子さま。何故っ。」
「しっ。」
 淑人は、声を上げるなと戒める。
「話は、ここから去ってからだ。早くしないと、宰相が戻って来てしまうかもしれない。」
「はい。使用人たちの使う門は、見張りもなく、中からなら出やすそうなので、そちらへ回ります。公子は、どうされます?」
「後のこともあるから、急にいなくなるわけにもいかないだろう?頃合いを図って、帰ると言って、堂々と正門から出るよ。さっき飯を食べた場所で、落ち合おう。」
「はい。では、お気をつけて。」
 子牙たちの気配が去って、しばらくしてから、淑人は家令を呼ぶ。
「え?お帰りになる?」
 大きな欠伸をひとつして、いかにも待ちくたびれた顔の淑人を、困惑の表情で見つめる。
「もう、今夜は宰相も帰らないかもしれない。明日また、改めて来ることにする。」
 伸びをして、立ち上がり、大股で歩き始める。「まったく、高貴なお方は、気まぐれだ・・。」などと、ぼやいている家令を無視して出て行く淑人。
「あ~。お待ち下さい。そちらではありませんっ。ご案内申し上げますから、ついて来て下さい。こちらですっ。」
「うむ。」
 大人しく家令についていく。「まったく迷惑な客だ・・。」と、こっそりぼやいたその顔を首を傾けてのぞく。
「・・・・・・・・・。」
 何故か、逆らえぬ威圧感を感じ、ごくりとつばを飲み込む家令。
「何か?」
「いえ。何でもございません。さっ。こちらでございます。どうか、お足もとにお気をつけて。」
「うむ。」
 鷹揚に後をついて来る貴人の為に、大人しく働く従僕といったふうに、小股でちょこまか歩いて行く家令。淑人は、威光を失ったとはいえ、彼から見れば、貴人。貴人の機嫌を損ねたら、彼らのように人に仕える身はどうなるかわからない。特に、絶対服従を望む傾向のある宰相に仕える影響もあって、自分の首が飛ぶのを想像し、家令はぶるっと震える。くわばら、くわばら。彼は、考えることを辞め、先ほど感じた威圧感もあって、浮かびかけた疑問もどこかに消え、門を開き、外へ送り出してしまった。そのせいで、家令は、翌日、厳い叱責を主から受けることになったが・・・・・。
 ともかくも、淑人は、何事もなく、暗い夜道を合流場所まで歩いた。無事、落ち合い、会うことが出来、たまたま、そこにあった荷車を失敬する。
「ともかく、これを被って荷物に紛れて隠れていろ。私たちは、荷を運ぶふりをして、朝一で城門をくぐるぞ。」
 家族が城門付近で、待っているはずだからと、先に事情を聞いていた彼は、大人しく荷物の中に入る。荷物を運ぶ驢馬も、いくらか金を置いて、近くの小屋から引き出し、荷を引かせ、出発する。
「小燕子たちは、もう、城門で待っているだろうか・・・。」
「あの腕なら、他に難に遭うこともないと思いますが。」
 急に気になり、不安を抑えながら、淑人も子牙も、歩いた。

中華ファンタジー 4

2010-01-01 19:01:51 | 中華ファンタジー
くてくと、小燕子がきびすを返し、歩き始めた時、向こうに、嫌がる女を引きずって行く男たちを見つけた。足を止めて、様子をみる。
「放して。放して、下さい。嫌っ。」
 抵抗する若い娘。男たちは、下卑た笑いを漏らしながら、相手にせず、引きずって行く。
「お嬢さんをお放し下さい。こんな理不尽なこと。大家の殿さまが・・・。」
 老人が、嘆きながら、後を追って来る。
「絽さまの、お望みだ。書庫番の家の娘ふぜいが、お側に上がれるんだ、良い話だろう?兄貴がどうなってもいいのか?」
「その兄を拘束なさっているのは、絽さまでしょう。返して下さい。私も、そんな方の所には、参りたくありませんっ。」
 すると、男たちは、鼻で笑い、力ずくでどんどん前に引きずって行く。
 少し離れたところから見ていた小燕子が、飛び出そうとしたところを誰かに、後ろから羽交い絞めにされる。淑人だ。
「止めておけ。相手が悪すぎる。絽って言っただろう?この国を牛耳ってる男だ。」
「んなこと、知るか。あんな場面を見て黙ってられないよ。相手が悪すぎるって、黙って見過ごすなんて。あんた、気風のいい奴かと思ってたのに・・。」
「・・・・・。」
 小燕子の眼差しを見て、淑人が言葉を失う。淑人は、ほんの数秒、女を引き立てて行く一向を怖い顔して睨んでいた。
「わかった。我らも手を貸す。だが、さっきみたいに、大立ちまわりにはするな。まず、注意を逸らして、闇に乗じて不意打ちだ。」
「うん。」
 淑人が上衣の袖から手を引き抜くと、ばさっと、男たちの上に投げた。
 白い衣が、鳥のように頭上ではためく。
 男たちが、上を向いた隙に、彼らの一人が持っていた提灯の灯りがふっと灯りが消える。
 同時に、彼らの間を縫うように、衝撃が走る。
 ある者は、腹を、ある者は肩に激痛を覚え、その瞬間そこに昏倒する。ばたばたっと、一気に倒れた彼らと同じように、上を見ていた、女と老人が、急に男たちが倒れたので、目を丸くして、そこに急に現れた 小燕子たちを見ている。
 子牙が、倒れている男たちを片隅の見えないところへ片づけている間に、淑人が女が連れていかれそうになっていたわけを訊いた。
 女は、林愛玲と名乗り、王宮の書庫番をしている林綜徐という兄が、どういうわけか、この国の宰相絽氏に監禁されているのだという。
「助けて下さって、ありがとうございます。」
「その兄の、監禁の理由は、見当もつかないことなのか?」
 愛玲が首を傾げ、かわりに、隣の老人が。
「あの・・もしかしたら・・・。旦那さまは、第三書庫の奥にある扉の鍵を管理する役目ですから・・・。」
 すべてひとつの通路でつながっているが、書籍の種類によって分けられていた。それぞれ、書籍を管理する役人はいるが、第一書庫には誰でも出入り出来るような状態なので、常に人がいるわけではない。第二書庫には、王国史に関する物、先代までの古い公文書類が収められているので、許可は必要だ。第三書庫といわれる部屋はだから、最重要書類などがあるのかと思いきや、伝承の怪しい逸話など、伝説の類の物がほとんどだ。それにも関わらず、ここに入るには王か太子の許可がいる。地図の類が収められているからだが、初代のつかった怪しげな祭具があるのではないかと、又は、仙人にもらった秘薬の本があるのだとか、七不思議のような噂があった。あまり、噂が一人歩きしているので、何度か、許可を出して、公開することもあった。そういう人から、事実を聞いて知っているのだろうが・・・・。愛玲と、老人は、目の前の若者が、そのことを知っているので、疑問を持った。遊侠の士に見えるが、本当は役人なのだろうか・・。それよりも、兄が気がかりで、問い返す事もせず、脇の老人のもの問いたげな目に、そっと首を横に振る。
「第三書庫?あまり見向きもされない、怪しげな伝承ばかりの書籍が積まれているところだぞ?」
「はい。その奥に扉がありまして、そこの鍵は、王か太子の許可がないと、開けられないと聞きました。それが、ここのところ、再三絽さまが、いらっしゃって開けろとおっしゃるので、王の許可を貰って来てくれと追い返すのが大変だと、こぼしてらっしゃいました。」
「・・・・・。それだな。」
 淑人は、戻って来た子牙と顔を見合わせる。
「では、見過ごすわけにもいかないが・・。もし、その兄を助け出したとして、どこか他所へ頼って、逃げる場所はあるのか?」
「心当たりなら、二三あります。」
「そうか。なら、彼を助けだしたら、すぐ、町を落ち延びられるように、城門で待っていてくれ。小燕子。この人たちを送って行ってやれ。もし、朝になっても、そちらに現れなかったら、先に出て、逃がしてやってくれ。」
「え?城門で待ってるだけなら、あたしもそっち手伝うよ。忍びこむの大変だろう?」
「いや。私と子牙の二人だから、もし怪我をして動けないようであっても、どちらかが背負えるから、手は足りる。忍びこむ算段もある。この男たちが、戻るのを待っている今ならば、隙がある。今のうちに、行動しなくては。」
「わかった。旅支度と、こちらの護衛は、任せて。じゃ。」
 小燕子が、愛玲と老人を促し、去って行く。
「絽の奴が、あの扉の中身に目をつけているとは・・・。子牙。私たちは、単なる伝説に付き合うつもりで、出て来たけれど、もしかして、信憑性があるものなのかな?」
「さあ・・・?しかし、それならば慎重に行動せねばなりませんね。・・よかったのですか?ここで、絽宰相に関わりあったりしても・・。」
「このまま見過ごすわけにもいかないだろう?鶴の一声で、宰相を黙らせて、元の書庫番として暮らせるようにはしてやれないのは、残念だが。」
 王命よりも、宰相の言いつけを守る臣が増えている昨今。林のような決まり事を守る者は少ない。助けてやりたいのだ。危ないと思った彼は、鍵を隠すか何かしたのだろう。書庫番は、交替で鍵に触れることの出来る者は何人かいる。彼が、そのまま宰相の意に従わなければ、命を落とすことになりかねない。
「宰相に脅されても、節を曲げない心の持ち主です。そんなことは、気にしないと思いますが・・・。」
 関わり合って、旅に出る邪魔をおそれるような主でなくてよかった・・・と。子牙は、心の中で、安堵している自分を見つけた。それでこそ、付いて行く価値がある。再確認し、書庫番を救う手段を、主に問う。淑人は、考え込むこともなく、答え、策を行うためにいくつか、確かめておかなければならないことも伝える。
 彼らは、囚われている書庫番を救い出すため、町の闇の中に消えた。