時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

亥の子餅

2009-11-27 10:40:31 | 歴女じゃなくても召し上がれ
新しいカテゴリー追加しました・・

歴女じゃなくても召し上がれ。何じゃこりゃ?

普通に美味いもん紹介でもよかったんですが・・・。

みん兎は、よく桜だとか、紅葉だとか、季節の風景写真を撮りに出かけます。
主に京都ですが、出かけた先で、古くからある食べ物も見つけたりします。

自分で作らずに、お家で昔の人も味わった味覚を楽しめるなんて、ラッキー。
記念に、写真も撮ったりなんかして・・。

見つけたら不定期ですが、紹介がてらUPしてみます。
ついでに、何とか饅頭だとか、人物にちなんだものも加えて。
興味がある方は、雰囲気を試してみては?



亥の子餅

旧暦十月の亥の日。
宮中では玄猪の儀を行う日でした。
寒中に、猪肉を食べると体が温まり、万病に効くといういわれから、
猪肉を食べていたそうなのですが、仏教が広まり、殺生を忌むことから、
餅を食べることになったそうです。

亥の子餅は、
菊の葉や、いちょう、もみじのいずれかを添えて、
天皇から群臣たちへ賜るこの行事が、
民間にも広まり、亥の子餅を食べて無病息災を祈ったそうです。



写真は、鶴屋吉信の亥の子餅。
11月頃、他の和菓子屋さんでも売ってるのみられます。

お餅に黒ゴマのプチプチ感と、香ばしさが、おいしさをひきたててくれます。

空蝉の心 24

2009-11-20 10:30:39 | やらへども鬼
「え~!何で、解決方法が引越しなの~!それに、今日って、何それっ?」
 と、翌朝、ゆりが叫んでから、もう随分日にちが経ち・・・・。
 何かと忙しない年の暮れ、正月と過ぎて行き、二月の明日は立春というある日。
 庭の梅の木を眺めている。今年は、やけに暖かくって、随分早く、梅の花の蕾が、目立ち始めている。ゆりが顔をあげる。
裾を引く衣擦れの音が聞こえ、まとのが、折敷に載せた菓子を運んでくる。それを、階のところにぽてんと座っているうさぎ、式神の真白の前に置く。
「うまい。うまい。ここの家では、姿を現したままでも気にしなくていいのだ。」
「そうですね。誰がみても、驚かないし。免疫のない人は、アポなしで、訪ねて来ませんから。」
 まとのは、柱に寄りかかったまま、庭を見ているゆりの姿に目を細めた。
表が白で、裏が蘇芳色という紫がかった赤。うっすらと、薄紅色に下の色が浮き上がって、もうすぐ、この庭に咲くだろう紅梅の花のような色合いの袿を身につけていた。模様も花びらを模した形が一面に散らばっていて、床に広がった下の衣の色の重なりも美しい。はあ。満足。まとのは、一人、悦に浸っている。
彼女のリアルお雛様計画は、進みつつあると。
横目に、ちらりと写ったまとののようすに、何を考えているか、見当がついたので、ゆりは心の中で、ため息をついた。
まあ、このくらいの欲なら、かわいいものかと思い、ほって置くことにした。
ゆりの目と合い、まとのが、ふふと笑った。
「今日は、さすがに顔を見せて下さいませんよね。文でも、送って下されば、いいのに。」
「鬼やらいじゃ、忙しくて来ないわよ。」
 もちろん、大晦日のではない。立春の前夜にも、追儺・・・鬼やらいが行われる。雨水は、その為の準備に借り出されているはずだ。
「あ~あ。せっかく、姫様生活も、同時に楽しめるのに。ゆりさまったら、冷めてますね。」
「そう?」
「そうです。大納言さまが、せっかく考えて下さったのに。」
「そうね。まさか、引っ越すなんて思わなかったわ。」
 左京の、少し不便なところに、隣り合った二軒の家がある。
一軒は、ゆりが今寛いでいる大納言家の別邸。
隣り合ったもう一軒が、桔梗御前という女の陰陽師の住む家。もちろん、あちらも、ゆりにとっては家である。西隣の庭を伝って、外へ出ずに行き来できる。
「よく、こんな場所をすぐ見つけてこられましたね。」
 まとのは、今の生活が気に入っていて、うきうきしていたので、ずっと失念していたことに、今、気付いたらしい。
「もともと、ここは、父上の持ち物よ。時々、方違えとかに使ってたし。隠居した時用に、手入れを欠かさずに、とってあったのですって。それで、たまたま、隣りが売りにでていたので、手に入れる気になって、母上を説得したんだって。父上は、仲介ってかたちで、母上名義で購入しなきゃ、ならないから、了解がないとできないでしょ?」
「でも、結局、お方さま、ご自分で購入なさったのですね。」
「家、別に生活に困ってたわけじゃないわよ?母上の拾ってくる物の怪たちのせいで、化け物屋敷っていわれて、人がいつかなかっただけだもの。」
「そうですか?慣れれば、別になんともないのに。害があるわけでなし。でも、人が来てくれてよかったですね。こっちも、関係者だし、ゆりさまも、あんまり姫様を意識しなくてもいいし。」
「それだけは大助かりね。」
 それでも、二軒分にしては、人が少ない。普段は、こっちに詰めているのは、最小限なのだ。
「それにしても、あの、化け物屋敷といわれた我が家を、買った人がいるなんて、すごいわ。」
「そうですね。どんな人かしら・・・。」
 そんな話をしていると、奥から少し慌てた足取りがして、紫野がやって来た。彼女は、志願して、本邸から、こちらへやって来たのだ。まとのを含めて、不慣れな、新米女房たちを教育出来るのは、自分しかいないと、やりがいを感じて、ばっちり貫禄を見せている彼女にしては、珍しい。
「申し訳ありません。来客が、今、庭先へ来られるはずです。ゆりさま。几帳の向こうへ、早くお入り下さい。」
「雨水(うすい)じゃないの?」
「はい。中将さまですから、一応。」
 ゆりが、几帳の向こうに、納まるった頃。庭先に、中将が現われた。
「へえ。なかなか、別邸と聞いてたけれど、心遣いの行き届いた屋敷じゃないか。」
 廊下の隅に、活けられた花を見ている。
「おや。ここでは、姫君かな。気安く声をきかせてはくれないのかな?」
 まとのが、口を開こうとしているのを、ちらりと視線で制す。
「雨水(うすい)どの達、陰陽寮の人間が、今日は忙しくてさすがに駄目だ。仕事、頼めるかい?」
 几帳の奥から、くすくすと笑う声がもれる。ゆりが、顔を覗かせて。
「あのう。そういうことなら、今度から、隣りの屋敷に来てくださいね。今は、取次ぎも、しっかりしていて、そんなに、待たせることはありませんから。」
「そうか。いや、すまない。とりあえずは、文を運んできた春告げ鳥に免じて、赦してくれ。」
 梅の枝に、結びつけた文をゆりに渡す。ぱっと顔を輝かせて、受け取りながら、それを大事にしまってから。
「ご自身で、いらっしゃったってことは、余程、急いでいるのですね。お話、うかがいましょう。」
 ゆりが、まっすぐに顔をあげて、言った。



 大納言邸の別邸の隣りに、得体の知れない屋敷がある。知る人ぞ知る、新しい心霊スポットが誕生した。そこに、住む人があるというのは、初め皆が不思議がるところだが、陰陽師の自宅と聞いて、納得するのだ。そうして、隣りの別邸に住む、姫君と母君も、女所帯に、ある意味、安心でしょうと人は、言うのだ。実は、どちらも、同じ人のものと知らずに。
「年ごとに人はやらへど目にみえぬ 心の鬼はゆく方もなし」
毎年、毎年、鬼に扮した人が鬼を祓うけれど、目に見えない心の鬼ばかりはどうしようもない・・・と、賀茂保憲女は、詠っているけれど、悩みや、欲のない人なんていない。それが、大きく育って、心のバランスを崩してしまったとしたら。
 人の心が、鬼を作り出してしまうのでしょうか・・・。そんな一つが、ゆりの元に持ち込まれて、今日も、出かけて行きます。
               おわり





作品懺悔

 姫が、堂々と顔をさらして、道を歩いています。
あまつさえ、忍んで来た男を蹴飛ばすなどと乱暴な発想を・・。

 物語などでは、こういう場面では騒ぐほうが見苦しいことだったとか書いてありますが、本当にそうだったのか?
もちろん、そうならないように防衛策はとってあったと思いますが、垣間見とか、強引な既成事実の成立とか、今なら犯罪でも、それがまかり通る世に育っていれば、余程ぼんやりした人以外は、これを避ける方法とかその人なりに身につけていたんじゃないですかね?だって、嫌な奴だったら嫌と感じる心は、変わらないよね?世の中、色んな人間がいるのに、皆が皆、習慣に従うのだろうか、という疑問もあるのです。結構タフな感じの人も、たくさんいたような気がします。ゆりは、貴族の習慣から遠い、庶民の生活する地域の空気をいっぱい吸って育ってきたので、ま、これでもいいか・・・。

それから、陰陽師という言葉。

ゆりや桔梗は、陰陽寮につとめてもいないので、それにあたるのか?
本当は、陰陽師たちにとって、呪術的なことは、割の良い副業だったのではないかと思っているのですが、そっちのほうが民間にも強く職業イメージとして定着していたのではないでしょうか。その副業だけで、生活している人を、陰陽師といっていいか、迷ったのですが、呪術者では、なんだかなあ・・・ということで、陰陽師という言葉で通しました。巷間では、法師も陰陽師の真似をして、祓いを行っていたというから、ありかな?

他にも多々、平安時代なのに、こういう習慣はありか?

相変わらず、有り得ない設定をしているのは、まあお話だからとおいておくとして。

作品の後半、咲夜が消える場面で、中将が呟いていたのは。
「うつせみの世にもにたるか花ざくら さくと見しまに かつ ちりにけり」
 という、古今集にある よみ人しらずの歌です。このお話が、桜が咲く季節じゃないので、さわりの部分だけにしました。    みん兎
  


         
「ひきちぎり」という和菓子。お雛様つながりで。            

空蝉の心 23

2009-11-20 10:27:40 | やらへども鬼
ゆりは、月を見上げて、立っていた。結界に使っていた道具を、雨水(うすい)が拾って、その隣りに行くと、彼女はにこっと笑う。
「もしかして、また、泣いてるかと思った?」
 そう言ったのは、近寄ってきた雨水(うすい)が案じるような目をしていたから。
ゆりは、首を横に振り。
「こういう仕事してると、やりきれない思いを抱えてしまうこともあるわよ。感傷的になっても引きずらないの。動けなくなってしまうから。それに、代わってあげることもできないし、一緒に不幸になることも出来ないでしょ?私は、私で生きてるもの。自分のこと幸せにしてあげなくちゃ、それは変わらない法則、でしょ?」
「係わることは、出来ても、なりかわることは出来ませんしね。一緒に不幸になったって、それも自己満足かなあ・・・。まあ、笑顔にはしてあげられませんしね。」
「うん。でも、何かしら、手は貸してあげられるよ。係わることで、私も、色んな事に気付かされることもあるし。・・・・咲夜さんの、味わった孤独ね、私、自分が恵まれてるんだって思ったの。気にかけてくれる人に囲まれて暮らしていて。雨水(うすい)も、そばにいてくれるし。」
「・・・・・・・・・・。」
「だから、私は、私の出来ることをやり続けるの。雨水(うすい)は?このまま、陰陽師なんか、やっててもいいの?お上に願い出れば、源姓を賜って、臣籍に下り、ふつうの公達のように世の中を渡って行くことも、出来るんじゃないの?」
「それは、不合格ってことですか?」
「え?ああ、それね。薫風には、合格って、伝えとくわ。大変、よく出来ました。」
 ほっと、肩から力を抜いた雨水(うすい)。ゆりはくすくすと笑う。
「薫風から、意思を確かめといてくれって、今は、まだ、学生だけど、自分の係累として、本当に引きずり込んでもいいのか・・・。自分で、訊けばいいのにね。」
 雨水(うすい)が、軽く頷く。
「そうですね。ゆり姫といたいっていうのは、本当ですが、それには、別の方法もありますからね。でも、陰陽師を選んだのは、それだけじゃありません。始めは、父の起こしたことに対して贖罪や、今後の対策にも適当じゃないかと思ったからでした。でも、今は、違う。」
「違うの?」
「色んなことを、学べるのが楽しくて。それに、ゆり姫と、同じ理由、自分に出来ることをやる。学ぶことも、こうして、この仕事に係わることも、苦じゃないです。」
「そっか・・・じゃあ、それも、伝えとくね。」
 ゆりは、辺りを見回した。軽く、眉を寄せる。瘴気が、まだ、残っているのだ。雨水(うすい)は、狩衣の袷から、笛を取り出し、ゆりに笑みを向けた。
「少し、笛を吹きましょうか?」
 こくりとゆりが、頷くと、雨水(うすい)が笛を奏でる。月に照らし出された、芒の野原に、白銀の輝きが灯っていく。中将の待っている場所へと、移動しながら、ゆりは、雨水(うすい)の姿を見つめる。これだけは、叶わない。雨水(うすい)の笛は、辺りを浄化していく。ゆりは、薫風が言っていたことを思い出す。魔を祓うことは出来ても、場を浄化させることなんて、自分たちには出来ない。確かに、楽の音の陽の気を満たして、いい方向へ向かう手助けをするので、結果として、場が浄化することはあるのだが、鬼の陰の気を帯びているはずの雨水の笛の音は、この法則がなりたたないはずなのに・・・。今、ゆりの耳に聞こえる笛の音は、きらきらと輝いている。鬼の瘴気にも影響されず、人として真っ直ぐに自分を保つことが出来た雨水(うすい)だから、可能なことなのかもしれないと。笛は、真白の鬼の力の欠片だ。真白も、同じようなことを言っていた。ただし、何か先例があることではないので、この先どうなるかわからない。薫風は、真白の持ち主は、ゆりだから、出来ることなら力をかしてやれとも、言っていた。どういう形で、係わっていくことになるのかは、わからない。ただ、雨水(うすい)のそばにいることは、ゆりにも、居心地がいいことは、確かだ。
 唐車のところへつくと、雨水(うすい)は。
「姿を消して、皆を近くまで送ってくれる?」
 唐車が頷く。中将は、
「ああ。従者を待たせているから、私はすぐそこまででいいよ。」
 そう言って、本当に、従者の待っている附近で降りた。
「いや。物の怪でも、唐車なんて乗る機会は、ないだろうから、いい経験をした。じゃあ、また、今後とも。よろしく。」
 手を軽く振って、従者の待つ場所へ立ち去っていく。雨水(うすい)は、唐車に。
「ごめん。ちょっとだけ寄り道してくれるかな?あの、銀の髪の鬼の住処の近くで、しばらく立ち止まって、欲しいんだ。」
「どうするの?」
「笛を、遠くからでも、聴いてもらおうと思ってる。」
 唐車が、返事のかわりに、簾を上下に巻いたり、下ろしたりする。
「ありがとう。」
 雨水(うすい)とゆりは、物の怪唐車に揺られて、移動する。途中とまった場所で、雨水(うすい)は、心を込めて笛を吹いた。心の傷を癒してくれるように、その人に、届いたのかどうかわからないけれど、一曲弾き終わると、寂しそうに薄く微笑して、笛をしまう。待っていたように、唐車が、動き出す。
 右京の家へ送ってもらって、雨水(うすい)と別れて、ゆりが自分の部屋へ戻ろうとすると、母の部屋の方から、灯りが漏れている。待っててくれたのかしらと、外から声をかけて、中へはいる。
「父上。来てらしたんですね。」
 母のそばに、寛ぐ父の姿を見つけて、ゆりは側に座る。
「何だ。」
 やたら、にこにことしている娘の姿に、いぶかしげな顔で答える。
「父上。中将さまから、聞きました。女御さまのそばへ伺ったときのこと。私のことを案じて、頼むといっていたと。随分、脅しに近いものだったとか。」
「ふん。あの夜呼ばれた若い奴の中には、随分やんちゃな奴も入っていたんだぞ。妙な虫がついて、ゆりが泣くようなことになったら、大変だ。あのくらい、当然だ。」
「ええ。別に、大納言家の姫だということを隠すつもりはないと、言って下さったとも。そういえば、兄上も、同じことを。私に不利になるようなら、隠し立てすることはないと。結構な剣幕だったと、中将さまが、笑いながら、おっしゃってました。」
 ゆりが、こくりと頭を下げる。
「ありがとうございます。沢山、愛情をもらって育ててもらって・・でも、やはり、この仕事をやめるつもりはありません。私も、自分の領分で、誰かに貸してあげられる力を・・・自分にできることをやりたいの。わがままを言って、すみません。」
「なんだ。そんなことか・・・うん、そのことなんだが。」
  頷く大納言は、にやりと笑って、首を縦にふる。
「ゆり、良い事を思いついた。父に任せておけ。」
「・・・・あの?」
「いいから、いいから。明日な。疲れただろう、今日はもう休みなさい。」
 後ろで、桔梗があきれた声を出す。
「あなたには、負けました。・・・でも、娘ばなれして下さらないと、ゆりに婿が通ってくることが出来ませんから、目を光らせるのも、大概になさいませ。」
「そんなこと、わかっとる・・・・。」
「どうかしら?ふふ・・。」
 桔梗が、ゆりに笑みを向けて、「お休みなさい。」と言う。ゆりは、訳がわからぬまま、部屋に戻り、眠りについた。

空蝉の心 22

2009-11-20 10:23:43 | やらへども鬼
 京には、打ち捨てられた屋敷が沢山ある。なんらかの理由で、次に住む人を得られなかった家は、朽ち果てるまま、草に埋もれかかって倒壊していく姿を晒している。
そんな、屋敷のひとつ。近隣の住宅もなくその一画は、まるで、野っ原のように見える。草が生い茂る中を道を探しながら、歩いている。ゆりと雨水(うすい)。それに、くっついてきた中将。ここへ来るまでの道々、好奇の目に晒されないように、当然、ゆりは、市女笠をかぶって薄いベールで、顔を隠していたし、雨水や中将たちも、被衣で、心持ち視線を避けるようにしている。ここに近付く一歩手前の民家のところで、中将はここまで案内してきた従者を置いて来ている。おっかなびっくり案内してきた従者は、残れといわれて、心底ほっとした顔をした。
彼らの後ろから、ついてくるものがある。ごろごろ、車の轍を刻む音が聞こえる。
 雨水(うすい)が振り返る。
「悪いけど、ついて来ても乗れないよ。」
 立ち止まった三人の目に映った牛の曳いていない車が、残念そうにくにゃっと車体を歪ませる。雨水(うすい)が、家を出たあたりから、着いてきていたのだが、始めに乗車を断った為、こっそり付いて来た。人目のあるところでは、姿を消していたらしい。まるで、人のような配慮だ。中将の従者がいなくなったとたん、姿を見せた。
「拗ねても駄目。唐車なんて、私たちにはちょっとね。」
 牛車にも種類がある。その中で、唐車は等級は高く、たとえ、物の怪でも、雨水(うすい)たちには、恐れ多い乗り物だ。ゆりが、近付いて行って、車の前に垂れている簾をそっと撫でた。
「どうやって治したのかしら・・・。以前に会った時は、直子(なおいこ)姫を助けようと思って、思いっきり引きちぎったけど・・・・。」
 会話が出来ないので、真白を呼んだ。
 ぽよんと宙に現われたうさぎが、唐車の屋根に座っている。
「迷惑かけたから、銀の髪の鬼から、償いとして雨水(うすい)の役立つように、言いつかってるらしい。」
「そう言われてもなあ。他の目立たない車に化けるなんてことは出来ないの?」
 唐車が、ぷるぷるんと車体を揺らす。真白が、面倒臭そうに。
「こいつは、この姿に誇りを持っているのだ。でも、主が所望なら、知り合いの車をあたってみると言っている。」
 他にも、こんな奴がいるのか・・と、三人。
「勝手に主にしないで下さい。もしかして、乗り込んでも姿を消すことは出来るんですか?」
「わっ。」
 唐車が上下に跳ねたので、真白が落っこちた。真白が通訳するまでもなく、出来ると言っているのだ。真白は、用が済んだとばかりに、姿を消そうとしているところを、ゆりに捕まる。
「真白。あんたは、これから、お仕事。例の影を隠れ家から出しておいて、あとは置いといていいから・・・あとで、お餅ね。」
「ラジャー!三日夜の餅というのを食べたいのだ。」
「何?あんた、奥さんもらうの?」
 三日夜の餅というのは、結婚の儀式のひとつ。婿が花嫁の所へ、三夜続けて通い、その三夜めに、新婚の二人が食べる餅のことだ。
「まとのが何か話していたのだ。あ、そうだ。俺様からも、主を促してくれ~とかなんとか・・・。」
「で、何もらったの?」
「干し柿。田舎から、送ってきたとか、上手かったぞ。鼠臭はなかったしな。」
「買収されてんじゃないの。ごほん。それは、私が何とかできる問題じゃありません。早く、影を追って。唐菓子、特別に、蜂蜜がけよ。」
「やった!蜂蜜~♪行ってくるのだ。」
 うさぎが、意気揚々と宙を駆けていく。ゆりは、ばつが悪そうに、ごほんと咳をして、雨水(うすい)たちを促す。雨水(うすい)は、唐車に。
「私たちが、影を狩っている間に、中将さまの身を守っていてくれるかい?」
 返事のかわりに、するすると御簾が巻き上がる。影の住処の庭に差し掛かったところで、中将がおっかなびっくり、中に乗り込む。
「食われてしまうなんてこと、ないよな?」
「大丈夫です。随分、忠実な車のようだから。そこで、待っててください。」
「あ、ああ。見物しているよ。」
 中将が引きつった顔で、笑っている。一緒に、被衣と、市女笠を預けて、彼を残して、雨水(うすい)とゆりは、築地の三分の一の高さくらいが残った塀を越えて、中へ。
 中も草が生え放題。芒(すすき)が生い茂っている。白い月が出ていて、月と芒、こんな時でなかったら、それはそれで、風情を眺めたかもしれない。
「影がまだ、残っているのだったわね。今は、まだ、犠牲者が出ないけれど・・・。」
「ええ。結界をつくります。本当に、おとりやるんですか?袿を貸してもらって、私がやってもいいんですよ。頭から曳き被ってれば、わかりませんから。」
「ううん。薫風から、頼まれてるから。前に、私がやった七角形の、教えられたとおり、出来るよね?」
「はい。」
「まあ、私じゃ、女御さまみたいな美女じゃないから、食いついてくるかわからないけれど、影だけなら、判断力は落ちてるはずだから。じゃあね。」
 雨水(うすい)に手を振り、ゆりは、一人、野原に佇む。銀色に輝く芒の野原に、月に照らし出される女・・・・。雨水(うすい)は、その姿に一瞬気をとられて見つめるが、すぐに、作業にかかる。ゆり姫を危険な目にあわせたくない。真白に、隠れ家から追い出された奴が、うろうろしているはずだ。杭のようなもので、地面に七角形を描く。ゆりに、合図を送って、雨水(うすい)自身は、隠(おん)行(ぎょう)の術をかけて、姿を消す。
 月のように白い面の、女が佇む。やがて、住処を追い出されて、そのあたりをうろうろしている黒い影が、忍び寄る。黒い影は、嘴のようなものがついていた。
 風もないのに、袿の袖が揺れる。かかった。ゆりが思った瞬間、風がこちらに向かってくる。尖った嘴がむかってくるのを、ゆりは、するりと身をかわす。何度も、繰り返し、向かってくる風を、するりするりと身をかわし、雨水(うすい)のつくった結界の脇に移動した。ゆりの耳に、雨水(うすい)が呪を唱えはじめたのが、聞こえる。
「馬鹿な奴。同じ手にひっかかるなんて。どういうつもりで、人を殺めていたのかしら。」
 突然、言葉を発した女に、影は、一瞬動きを止めた。
 おそらく、始めの犠牲者が咲夜。実験という言葉は、咲夜が聞いたと言っていた。実験だから、命を落としてしまった。あるいは、眠っていると、亡くなっているを勘違いされて、葬られてしまったか。他は、何らかの方法で接触後、魂を人形に写し取っただけだった。だから、眠り病。目覚めても、家族のもとへ。ただ、怖い夢を見たとしか・・・・・。
「まだ、咲夜さんの孤独の感覚がはっきりと残ってるわ。」
 影は、ゆりの言葉を解さず、また、動き出す。・・・過ぎた欲望が勝ったとき、判断力を失い、獲物を攫うように変化してしまったのか。もし、女御が攫われていたら、その後はどうなっていたことか。わからない。すべては、推測でしかなく、今、ゆりの目の前には、現身を無くし、影だけが、不自然な形に変化して彷徨っている。
ざああ・・・・・っ!向かってくる風を、するりとかわす。
嘴のついた影は、結界の中に入り込む。
「・・・・影なき人はなく、人なき影もこの世にない。永遠ならざるもの命、お前の本体はもうない。あるべき場所へ。滅せよ!」
 影にとってはどこからともなく響く声に囚われ、「滅。」と、雨水(うすい)が最後の呪を唱えると、瞬間、七角形の網にかかった影は、輝きとともに、姿を消した。


空蝉の心 21

2009-11-20 10:18:55 | やらへども鬼
待っていると、庭の隅の方から、こちらに近付いてくる気配がある。ゆりは、偽者の顔が見にくいように、体の位置をずらす。似せてはいるが、執着がある相手なら、もしかしたら気付かれるかもしれない。
 庭の隅の陰が、こちらへ飛び込んで来た。同時に、雨水(うすい)が入ってくる。
「ゆり姫。危ない、避けて。」
 後ろを振り向くゆりの視界に、きらりと光る物が・・・!刃物?刃物が、ゆりの背につきたてられようとしている。駄目だと思ったとき、どんと音がして、雨水(うすい)が影をつきとばした。影が、顔をあげた。ぎろりと目ばかりが、浮き上がった、筋張った男だ。男は、なおも手に持っていた短刀をこちらに向けて、襲いかかろうとしている。
 雨水(うすい)も、携えていた太刀を抜いた。軽く、短刀をはじき返して構える、雨水(うすい)の後ろに庇われながら、ゆりが彼の背にくっつくようにして、ささやく。
「雨水(うすい)。これじゃ、予定が・・・。」
「わかってます。」
 何度か、刃を弾き返しながら、太刀を振るって、切り捨てることはせず、体を少しずつづらして、男の目的のため、道を開けてやる。ふいに、女御のそばが、がら空きになったのを見た男は、恐怖に打ち臥していた彼女を袿ごと、ひっつかんで、庭へ飛ぶ。そのまま、急を叫んで、集まってきた男たちに追われながらも、それを振り切って、逃げて行った。もちろん、集まって来たのは、最初から、隠れていた男たちだ。本物の、女御は、今頃、内裏へ向かっている。
「やれやれ・・・・。」
 中将が、柱にもたれて、一息ついている。ゆりは、雨水(うすい)の袖がやぶれて、腕から血が出ているのをみると、自分の袖を破いて、持ち歩いている薬を塗り、手あてをした。
「ばか。避けられたのに。無茶しないで。前にも、あったけど、自分の命を粗末にしないで。」
「大丈夫ですよ。横から、当身しただけだから、刺されるようなことはない。」
「・・・・助けてくれて、ありがとう。」
 切り裂いた布を巻いている手を止めて、顔をうつむけて言う。それから、くるくると急いでくるみ、端をきゅっと結ぶ。
 気を取り直して、薫風に問う。
「桜。上手くやってくれるかしら・・・。」
「ほどなく、戻って来るだろう。」
 中将のところに、使いが来た。女御が無事、内裏に入ったというものだ。ともかくも、ひとつは、成功したようだ。
 程なく、桜が戻って来た。



 報を受けて、邪法を行った者として、検非違使が、捕縛に向かう。男は、捕らえられたが、牢の中で尋問を待つこともなく、死んだ。
 集められた人形をすべて壊したからだ。眠りの病に罹っていた者たちが目覚めた、その頃、邪法が返って、男は亡くなったのだった。
 これで終わったのだろうか・・・・。細工師という枠を超えて、邪法に取り付かれた者の最期の報を受け取って、ゆりと雨水は、居合わせた薫風に感想を漏らした。そこへ、中将が、ひとつの情報を持ってやって来た。


空蝉の心 20

2009-11-13 09:38:42 | やらへども鬼
中将が、人形を見て、驚いている。
「これは・・・。」
「こんなに人そっくりに作れるなんて、不思議ですよね。」
 ゆりの言葉に、首を横に振り。
「夢の女にそっくりだ・・・・。」
「え?それじゃ、閉じ込められているのは。」
「そうか、では、やはりどこかで存在しているのか・・・。は、はやく解放してあげてくれ。」
「中将さま・・・・。」
 中将のうれしそうな顔に、ゆりは戸惑いの目を向けた。雨水(うすい)が、何か考えている。
「ゆり姫。どちらにしろ、解放して、訊いてみないと、他の者が。」
「わかった。」
 人形は、ゆりの描いた結界の線の中にある。丸い線のなかに、釘で、五角形の頂点を刺していき、御芒星を形づくる。印を結び、呪を唱える。
 人形の輪郭が不自然にぼんやりとしたかと、思うと、元に戻り、その中空にぼんやりと人の姿が浮かぶ。美しい女が、立っていた。
 女は、きょとんとしている。視線を巡らせて、中将と目があうと、にこりと笑う。
「あなたは、この間、私を慰めて下さった方。」
 方違え先で出遭った女とは、この人形に封じ込められた女だったのか。ささいなことから、恋人と喧嘩して、そのまま、捨て置かれたままなのだと、泣いていたはず。中将が、訊ねる。
「ええ。そう、戻ってこないので、様子を見に行こうと出かけたの。・・・そこから、どうしたのだったかしら・・・・。気がついたら、ここに、閉じ込められていたの。」
「誰も、私を見てくれないの、とか言っていた・・・・・・・・。」
 そうか、閉じ込められていたから、誰も見てくれなかった。気がつかなかったのか。しかし、何か変だ・・・・・と、思う中将。
「そう、あなただけが、見つけてくれたの。」
 中将が、ゆりを見る。ゆるく首を横に振られ、彼は衝撃を受けた。
「中将さま。この方の現身は、もう・・・。」
「・・・・わかった。」
 少し俯いたあと、その女に近付く。手を取ろうとすると、彼の手は、虚しくその場所を通り過ぎてしまう。それでも、無理やり、あるはずのないその場所に、手を差し伸べて、止める。
「このまま、私以外の誰にも気付いてもらえないというのは、やはり、寂しい話だな。自由に、なりたいかい?」
「ええ。」
「自由になっても、君は、この世に留まることが出来なくても?」
「この世に?・・・私、死んだの・・・・。」
 女の目が、大きく瞬き、次に、大きく見開かれる。静かに涙が溢れ出す。わが身に起こった出来事をすべて、思い出したのだ。
 出かけた途中で、この人形を作った細工師に出会って、優しい声をかけられて、ついて行った。そこには、沢山の人形が・・・。怖くなって、その家を飛び出そうとしたところで、記憶は途切れている。最後に感じたのは、頭にがつんとした衝撃だ。「実験は成功した。かねがね生きているみたいな人形を作りたかったんだ。これで、作品は完成する。」とかいう言葉を聞いた。気付いた時は、この人形の中で、見知らぬ女の子の物になっていた。誰も、気付いてくれない孤独が続いた。
女は、自分の身に起こったことを、伝えた。
 涙を拭う手の温もりを、頬に感じたような気がして、女は、不思議そうな顔をしている。中将だ。触れる事はできないはずの、頬に伝う涙を拭うしぐさをしている。
「不思議・・・感じるはずがないのに、暖かいわ。もしも、生まれ変わることが出来たら、今度は、あなたみたいな人を選ぶわ。」
 女の顔が、ほのかに微笑んでいる。こくりと頷く。それを受けて、ゆりが、再び印を結ぶ。
「では、解放します。名前を伺っていいですか?」
「咲夜と、申します。」
「咲夜さん。影のなき、人はなく、現身のない影も、この世には存在しません。けれど、魂は、別です。肉体を離れても、存在することが出来るのです。行き場所は、自然とわかるはず。この世に、無理に留まろうとしないで、行くべきところがあるのだと、思って。
この人形を今から、破壊します。同時に、変化が起こるから、一瞬の変化を見逃さないで。」
 ゆりが、呪を唱え始めると、人形に、ぴしりぴしりと皹が入って壊れていく。大きな亀裂が、入った時、するりと結界の外へ、女の姿が抜け出し、消える瞬間。
「ありがとう。」
 中将のほうへ、手を差し伸べた。輝くような笑顔を残し、跡形もなく消える。宙を虚しく泳いだ中将の手。「空蝉の世にも似たるか・・・。咲いた花は幻の花だったか。」と呟き、彼女が消えたあたりをしばらく見つめていた。彼は、こちらを向くと。
「きれいな女ばかりが、狙われているのだったな。」
「もしかして、女御さまも、じゃないですか?」
 中将の言葉に、答える雨水(うすい)。
「どうせなら、形代をかわりに、つかませて、後を追うというのはどうだろう。」
 雨水(うすい)の提案に、うなずくゆり。
「それより、真白を変装させれば、確実だわ。出来れば、その前に、取り押さえたいけれど、他の人形の行方を白状させなきゃ。」
 と、真白を呼ぶと、ごねた。
「いやなのだ。女の格好なんて。俺様、強い鬼の王さまだ。」
 ごねて、ぶうぶう言っているので、変装させても、さまにならない。困っている所へ、薫風がやって来た。彼の衣の肩に、桜の花びらがのっかっているのを見ると。
「もしかして、あの桜連れて来てるの?」
「ああ。」
「桜妖怪は、人の女に化けることは出来る?」
「もちろん。男を誑かして生気を吸い取ってたころは、時々やってたみたいだ。」
 ゆりから、話を聞くと。
「それなら、こいつの方が適任だな。桜、攫われたあと、相手を誑かして、必要なことを聞き出せ。そのあとは、縛り付けておけ。」
 にゅっと、室内に伸びてきた桜の枝が上下に頷いた。
 怪しまれないように、準備を進めて、日没を待つ。その日も、若い公達が御前で、談笑したり、管弦など遊びをして過ごしたあと、朝、まだ、明るくならないうちに、帰って行く。同時に、女御の御前から、おつきの女房も退がって行く。その時に、まぎれて、本物と、桜の化けた女御が入れ替わる。御前には、怪しまれないように、女房に扮したゆりがついている。雨水(うすい)や、薫風、中将など、他にも、男手は、隠れて身を潜めている。
 獲物が食いついてくるのを待った。

空蝉の心 19

2009-11-13 09:35:17 | やらへども鬼
闇が重い・・・。これは、夢?ゆりは、思う。暗い闇の中を歩いている。ここは、どこ?どこまでも、一人の寂しさが続いている。闇がずっしりと重く圧し掛かってくるようだ。体の自由が利かない。なぜ・・・・・。

自分を呼ぶ声に、ゆりは、ぱっちりと目を開けた。
「ゆり姫。」
 心配そうな雨水(うすい)の顔が覗いている。ここは・・・。きょろきょろと、辺りを見回す。長局に几帳で仕切られた一番端に寝かされてる。女房たちの寝起きしている部屋だ。簾が下りていて外からは直接見えないようになってはいるけれど、庭はまだ日差しに照らされているのがわかる。
「私・・・もしかして、すごく眠ってたんじゃ・・・。」
「いいえ。倒れられて、そんなに時間は経っていません。もう少し、様子を見て目覚めないようなら、薫風どのを呼ぼうかと思っていたのです。」
「うん。どっちみち、知らせなくっちゃ・・・・。」
 ゆりはそう言って、起き上がる。
「ゆり姫?」
 ぎゅっと膝を抱えたゆり。雨水(うすい)を見つめている瞳に、ぽつりと涙のつぶが浮かぶ。手が、雨水(うすい)の狩衣の袖の端をぎゅっと掴んでいる。
「ごめん。ちょっとだけ待って。」
 涙が止まらない。雨水(うすい)は、無言でゆりを引き寄せる。衣擦れの音が彼の腕の中に沈む。ゆりは、しばらく泣いていた。自分の背を撫でてくれる、優しい手に気づき、やがて、恥ずかしそうに離れて、ちょっと笑顔を見せる。
「よりまし体質じゃないから、油断してたわ。念(おも)いが・・・、哀しくて。魂が、あの人形につなぎとめられていたわ。もしかしたら、きのう、薫風が探していたものと関係あるかもしれない。」
 ゆりは、薫風に会った時の話をした。
「薫風どのの・・・。それは、最近、流行っている眠り病のこと?」
「え?他にもあるの?」
 眠り病・・・。薫風が、眠りから覚めないといっていたことは、本当なんだわと、知る。彼の依頼主の家の沈みようが、異様だったので、半分ぐらいにしか信じていなかった。
意図するところがあれば、薫風が、本当のことを教えてくれない可能性もあると、ゆりは、思っていた。それならば、もっと詳しく訊いてみなければ、ならない。
「ええ。私は、依頼を受けたことはないのですが、薫風どのの他にも、似たような件に出会ったという方が・・・。皆、若い女の人だそうです。」
「・・・・・・・。」
 外の廊下の方から、咳払いの声がきこえた。女御のおつきの女房の一人だ。後ろに、中将を連れている。
「お気づきになられましたか?」
 訊ねる声とともに、二人とも、入ってくる。
「こちらに、付いてみれば、ゆりどのが倒れたときいて、様子を見に来たんだが、お邪魔だったかな。」
 中将のからっと明るく、からかうようすに、雨水(うすい)とゆりは、顔を見合わせて、くすっと笑う。雨水(うすい)が。
「中将さま。そういう気遣いは無用です。」
「ふうん?」
 中将が、頷きながら、雨水(うすい)にだけ聞こえるように。
「向うの気持ちがこっち向いてるなら、さっさとものにしないと。あの親父どのから、認めてもらおうなんて考えてたら、駄目だぞ。」
「え・・・。」
「あれは、どんな奴が来ても、駄目ってタイプだな。」
 にやっと、笑い、ゆりが不審な目で見ているのに対し。
「ゆりどの。やはり、怪異は、本物だったか?」
 話題をあっさりと変更する。ゆりは、手短に今後どうするか説明した。そこへ、廊下を行ったり来たりしている人がいるのに、気づき、会話を中断する。やはり、女房の一人で、中へ声をかけたがっていたのだが、相談中のようなので、遠慮していたようなのだ。
「何です。無作法な。声をかけるなら、こちらに来てすぐかけなさいな。それじゃ、立ち聞きしているように見えますよ。」
 叱ったのは、中にいた女房。彼女のほうが先輩なのだろうか。しおらしく、謝りながら入って来た女房は、中将を見ると、訴えた。
「あの。こんなこと、どなたに相談していいか、迷ったんです。思い違いなら、却って不安を呼びますし・・・。今朝なんですけれど・・いいえ、ここのところ、よく。」
「どっちだ。」
「はい。朝のまだ、薄暗い時間なのではっきりと同じ人間だとは言えなくて、すみません。男が、庭をうろうろしているんです。」
「庭を?ここの女達のところへ忍んで来た者ではないのか。」
「いいえ。局の方じゃなくって、その・・・女御さまのご座所の近くで・・・一度なら、私も中将さまのおっしゃるように、誰かのところへ忍んで来て、迷ったのかと思いますけれど・・・・。」
「一度や二度ではないのだな?」
「はい。女御さまのお側には、人が何人か、必ず詰めていますし、近寄ることはないのですが。昨日は、皆様集まってらしたから、そんな事はなくて、ほっとしてたんです。でも、お帰りになってしばらくしたら・・・・。」
「やはり、来たのだな。」
「はい。垣根の辺りに身を潜めるようにして、進入する機会をうかがっているみたいで、慌てて、衛侍を呼んだら、逃げていきました。」
「では、衛侍に確かめてみよう。明るかったんなら、顔も見ているかもしれない。」
 その女房には、皆といるように指示をして、もう一人の女房に、あの人形を置いてある部屋に、案内してもらう。誰も近付かないように指示して、ゆりと雨水(うすい)、中将が残る。

空蝉の心 18

2009-11-13 09:33:51 | やらへども鬼
同じ頃。宮中。
 朝から、中将は猛烈な勢いで、仕事を片付けていた。部下である蔵人たちに、指示をだし、自らも動く。決済を仰ぐ書類を持って行き、戻って来ると、一息つく。同僚の頭(とう)の弁が、書き物をしていた手をとめて、呆れ顔で見ている。頭の弁とは、二名いる蔵人の頭(とう)の一人で、蔵人どころの次官だ。長である責任者は、左大臣。実務にあたるのは、以下蔵人所の人員なので、彼らが纏めているのは確かだ。
頭(とう)の弁は、大弁(だいべん)をかねる文官、頭(とう)の中将は、武官だ。
「そんなに大変なら、物忌みで休めばよかったのに。あるいは、代参で、寺へ祈願に行くという手もあったな・・・。」
 もちろん、代参は、お上から適当な名目を出してもらって、ということが前提だ。
「代参?却って目立ちまくりだろう。内々にだから、目立たない方がいい。」
「君、朝からしゃかりきに働いてて、目立ってるけど?」
「そっちは、とっとと仕事片付けて、どっか女のもとにでも行くんだろうぐらいに思われてるんじゃないか?」
「ああ。日ごろの行いが・・・ね。これも、人徳というべきか。うまいことに、この間まで恋やつれでげっそりとか、噂されてたからね。そういえば、もう吹っ切れたのかい?」
 頭の弁がおかしそうにしている。
「恋は、ひとつじゃないからな。」
 もともと、現実実のない出来事だった。
「おやおや。らしいといえば、らしいというか・・・。君のその主義をかえる運命の出会いがあったら、どうするのさ。」
「君もまた、夢物語のようなことを。」
 仕事を円滑にするための、女官たちとの、恋愛遊戯。妻にと、望む女たちは、自分の後ろ盾に有利だとか、家の格だとかを重視して選ぶ、若い貴族たちがほとんどだ。そんな、中で、生きている者のセリフじゃない・・と、鼻で笑う。
 とはいえ、この同僚の頭の弁は、愛妻家なので、考え方は違うようだ。
「あ、そういえば、さっき、大納言さまのところへ行ってたけれど、書類を持っていっただけにしては、ゆっくりだったね。何か、言われたのか?」
 昨日、息子の少将に文を押し付けるようにしていたのを指摘された。見られていたとは、それも驚きだが・・・。中将はちょっと、探るような目で見て、頭の弁がたんに興味本位で言っていることを確かめると、手にしていた扇でぽんぽんと、自分の肩を叩く。
「小言を言われた。・・・言外に、娘にちょっかいだすなと言わんばかりだった。」
「そりゃあ、失恋直後だか、現在進行形だかわからんが、そんな奴から、文が届くのだもの。君、人柄を疑われるだろう、普通?あの大納言さまは、特に、その姫君の母君を大事にされているみたいだからね。妻には出来ない身分の女君のために、それなりの家から話があってもずっと断ってきたみたいじゃないか。」
 妻は、一人と決まってはいないので、他に通うことも出来る。が、現実に、同等に扱われるかというと、やはり、女君の実家の力に左右される。だから、他に通い所を持たなかったのだろうと、指摘する。
「・・・・そうだな。」
 それが、幸せなことなのかどうか、中将には、わからない。この頭の弁のように、ほどほどの懸想ならともかく、大納言のような身分の者が、たった一人と決めて、思う相手がいるのはどうなのかと・・・・。お互いに、犠牲にしてきたのものもあるだろうし、紆余曲折葛藤はあったのだろうと想像する。生身の人間なのだ、きれいごとだけじゃない。
その時、中将の脳裏に、ふわりと浮かんだ姿がある。まるで、現(うつつ)のような夢。主義を変えてもいいかと思わなくもない相手に、巡り逢えたかもと、一度は思った。
けれど、あれは幻だ。その面影を振り払うように、首を振る。
頭の弁が、じっとこっちを見ている。
「いい話なんじゃないかと、思うけれど。まあ、本気でないなら、無理な相談だな。」
「・・・・・・・・・・。」
 うっかり心の中を見透かされたのかと思った。だが、頭の弁は、大納言家の姫君のことを言っているらしい。気付いて、中将は、肩を竦めた。
 ゆりの姿を思い浮かべ、「そりゃ、無理だ」と呟く。あれはあれで、一つの花だが、かなり、変り種だ。あの子の事情を抱えてやるのは、自分には出来ない。先はわからないが、今のところは、恋愛の対象外にしておくほうが無難だ。
 頭の弁が、書き物に戻り、筆を動かしら、つぶやく。
「どうでもいいけど、落ち着いてくれると、助かる。この間の物忌み騒ぎみたいなのは、なくなるだろうからね。仕事が、増えちゃ、ますます、家に帰れなくなる・・・。」
「そりゃ、すまん。今日も、このあと、よろしくな。」
「・・・それは、わかってることだ。」
 頭の弁が、筆を動かす方に、集中している。もう、話しかけても、ほとんど生返事だ。中将は、やるべきことはやってしまったので、退出するために立ち上がる。ゆっくりと、立ち去る。雨水(うすい)やゆりたちのいる、梅壷の女御の里へ、向かう。

空蝉の心 17

2009-11-13 08:57:29 | やらへども鬼
 夜の闇に囲まれた静かな邸内で、庭に明々と篝火が焚かれ明るく照らされた一画がある。室内は、ほんのりとした灯台の明かり。廂に、若い公達が座って、物語りしながら、たまに楽を奏でたり、御簾の内の女御さまの御前に集まっている。おつきの女房たちも、時々、気の利いた応えをしたり、楽しげな一時が流れた。

 夜は過ぎ、彼らも、一時帰って行く。日は、もう上がっているので、ひとまずのんびりした気分で、ゆりは、御前をさがろうとしていた。
「ゆり~。もう、寝ちゃうのか?」
 立ちかけたゆりの袖を小さな手が引きとめる。
「姫宮さま。ゆりどのがお気に召したのね。」
 そばにいた乳母が、ほのぼのと笑う。母の女御が、ほほ・・と楽しげに笑い。周りにいた女房たちも、目を細めている。
 あちゃあ、そうきたかと、苦笑するゆり。姫宮は、子どもだから、もちろん夜はぐっすりお眠りになっている。元気いっぱいだ。
「では、何をして、遊びましょうか。」
「雛遊び。」
「・・・・・・。」
 まとのを連れてくれば、よかったわ・・・と、目の前に運ばれてきた雛人形を見て思う。
 雛人形といっても、この時代は、節句に飾るようなものはまだ、なく、貴族の小さな女の子が、公達とお姫さまの人形で、ままごと遊びするものだ。部屋になる建物も、小さなお道具類なんかも、そろっていて、ドールハウスのようなもの。

「ゆりは、公達ね。あ、ちゃんと、お姫様に、お歌送らないと駄目だよ。」
「え~、姫宮さま、それは堪忍してください。私、こういうのであんまり遊んだことなくて・・・。」
「ゆりは、持ってないの?」
「ありました・・・けど、その。違うごっこ遊びをしていたというか・・・。」
 普通の遊び方はしていなかった。呪いにかけられたお姫様を救う、かっこいい陰陽師(自分)とかストーリーを作って遊んでいたような・・・・。姫宮のうるうる期待に満ちた瞳に、負けて白状してしまった。
「そう言えば、ゆりは陰陽師だったっけ。それが、そなたの日常だったのだな。では、それでいいぞ。」
 七つ、八つの幼い子どものくせに、大人びたものの言いかただ。ああ、恥ずかし。と、そう思いながらも、懇願に負けて、遊び始めた。
 見ているお付きの者達も、女御も、くすくす笑っている。といっても、感じの悪いものではない。楽しそうだ。明るい空気が漂い、ゆりは、胸の中でほっとした。女御さまのまわりは、人少ない。最小限の女房しか置かないようだ。そのせいもあるのか、昨日ここへ伺った時には、静か過ぎる、沈んだ空気に、ゆりは胸を痛めた。心理的状態から起きた物の怪騒ぎかもしれないといった中将の言葉も、的を射た言葉なのかもしれない。
 今日は、皆、随分晴れやかな表情をしている。
 ゆりの近くに座っていた女房が言った。

「うふふ。ゆりどの。あなた、物語でもお書きになったら。それ、そのまま、お話になりますよ。」
「そうですか?・・・じゃ、お仕事がこなくなったら考えます。」
「まあ。そんなことはないでしょう。あなた、あの桔梗さんの娘さんなんでしょ?力のある方だと聞いていますもの。」
「母をご存知なんですか。」
「ええ。私たち、女どもの間では、よく、ね。同じ女の方だから、気安く頼めることもあるもの・・。」
「そうですか。」
 手がとまっているので、姫宮が先を促す。続きをやりだして、話が終わってしまうと、はあっと、さすがに疲れが出た。
「疲れたのか?」
「ええ。ちょっと。」
「そうか・・・。もう一つ出してきて、人形を増やしてもっと見たいと、思っていたのだけれど・・・、また、今度だな。」
「あら、もうひとつ別のがあるんですか?」
「うん。この間、譲ってもらったんだが、あまり、好きではなくて遊んでないんだ。」
「好みではないんですか。」
「姫人形が本物っぽすぎるというのかな、少し気味が悪い。でも、とっても、細工がよく出来ていているから、あとで見せてあげる。」
 姫宮の言葉に添えて、乳母が。
「今、その細工師は、引っ張りだこなのだそうですよ。でも、なかなか、連絡がつかないのだとか・・・。譲ってくれたというのも、せっかく手に入れたのに、姫宮と同じ理由で使われなかったそうで、行き場に困っていたからなのです。」
リアルな人形?
 ふいに、思いついたことがあり、ゆりはそれを見せてくれと言った。
 人形が運ばれて来た。姫人形の顔は・・・・。

「・・・・・・・・・・・・。」

 人形を手に取るゆりの目が、瞬間見開かれ、涙が流れる。つつ・・と頬を伝う涙を拭いもせず、ぼっと一点を見つめているゆりの、袖を姫宮が引っ張った。心配そうに見ている瞳に出会い、ゆりは、首を横にふると、無理に笑う。
 ふらつきながら、必要な処置を施す。
「申し訳ありません。少し休ませて下さい。これは、それまで動かさないで・・・。」
 後の言葉は続かなかった。
「ゆ、ゆりどの!」
 ゆりは、床に崩れ落ちてしまった。


写真は、京都の井筒屋法衣店の上にある風俗博物館の展示から。
  いつも、模型の写真は、ここで撮ったものです。

  雛遊び。・・・結構、大型?

  大覚寺に展示してあったもの(実物)は、
  建物は、お人形がふたつ納まるくらいの大きさだったけれど・・・
  複数の写真の貼り方が分らないので、比較出来るように貼れなかった・・
  って、あれ?貼れてる・・・?下のやつが、大覚寺で見たものです。
  貼る場所を変えられないのかな・・う~ん・・・ みん兎










空蝉の心 16

2009-11-13 08:36:54 | やらへども鬼
 庭の木はすっかり木の葉を落としていた。庭は、常緑樹のみが葉を繁らせていて、花もなく、そんなに間を空けていないのに、ちょっと見ない間に様変わりしていた。ゆりは、階の一番上のところに腰掛けて、柱にもたれて座っている。こちらにつくとすぐ、まとのが着せ付けてくれた衣装を着たまま、ぼんやりとしていた。
 そばにいるのは、まとののみで、他の侍女たちは用がない限り下がっているのが常なので、ここには人目がない。ゆりの部屋のあるあたりは、庭も目隠しがしてあり、他の建物に訪ねてくる人があっても、うっかり見咎められることはないようにはしてある。
 廊下を渡ってくる気配に、顔をあげる。
「兄上。」
 兄の時貞だ。
「ゆり姫、久しぶり。珍しいなあ。女の子らしい格好してる。」
「うん。あ、やっぱり几帳に、隠れてた方がいいかな。」
「そのままでも、いいよと言いたいけれど、父上が来る前に、姿を隠そうな。雨水(うすい)どのも、構わないだろう?」
 時貞が、一緒に連れてきた雨水(うすい)を振り返る。
「はい。」
 雨水(うすい)が頷く。
 それから、しばらく、話していた。久しぶりに、雨水(うすい)の笛を聞かせてもらい、ゆりも琴を弾いた。
 そこへ、奥から紫野がやって来る。
「父上、お帰りになったの?」
「いいえ。まだ、お戻りではございません。お文が届きましたので、お届けに参ったのです。」
「文とは?」
 時貞が、横合いから訊く。
「正親町の、ゆりさまのお友達の姫君からです。もちろん、兄君がご心配なさるような方からのものではございませんよ。」
 ゆりの不思議そうな瞳に出会い、時貞は、軽く首を横に振る。
「ゆり姫も、本当なら、降るように恋文が来てても、おかしくないんだが。父上が、噂がたたないように、苦慮しているからな・・・・。」
 可愛がられてはいるが、家を継がない姫君。後ろ盾が、磐石ではないので、目端のきく若い貴公子の関心が向かない。たまたま、ゆり本人が・・という、場合もあるので、警戒はしてるらしい。
「姫って、単語だけで、憧れたりするものかしら?」
 たまたま雨水(うすい)の方を見た。雨水(うすい)は、慌てて首を横に振る。そのようすを、時貞が見て笑う。実は、懐の中に持っているのだが、彼はそれを握りつぶすつもりなのだ。
「さあな。少なくとも、雨水(うすい)どのは、そうではないらしいな。ところで、お友達は、一体何を書き送って来たのかな?」
「あ、今、読んでもいいかしら。」
 時貞と雨水(うすい)は、少し離れたところに座って話している。ゆりは、手紙を開き、読み始める。読みすすんで、ぱっと顔を輝かせる。読み終わって、文をたたみ、まとのに、紙を用意してくれるようにたのむ。
 灯火を灯すような時間でもないので、文机を端に持ってきて、墨をする。筆を、さらさらっと走らせた後、雨水(うすい)を手招きする。
「えっと、安産祈願の符って、これでよかったっけ。」
「あ、それであってます。」
 目の前に来た雨水(うすい)が頷く。時貞が、興味深々と言った顔で、近寄って見ている。
「早速、返事を書いて送ってあげなくちゃ。どのみち、高名な方に頼まれるのかもしれないけれど。」
「気持ちがこもっている方が、効きますよ。」
「ふうん、なるほど。ご懐妊ですか。」
 そんなやり取りをしていて、うっかり庭先の気配に気付かなかった。まとのや紫野も、それぞれ立ち働いていて、注意を怠っていた。
「雨水(うすい)どの?・・・と、どうして、姫君が・・・。」
 聞き覚えがある声だ。
 皆、一瞬、固まってしまう。
「え?」
 顔をあげようとしたゆりを、慌てて、近くの時貞が止めようとした。紫野がいち早く動いて、自分の体を盾にゆりを隠す。「まとの、早く。」「はい。」促されるまでもなく、まとのが、簾をざっと下ろす。一瞬で、廊下と室内に区切りが出来る。一枚下ろしただけで、庭からの視線は避けられる。
けれども、遅かったようだ。顔をあげたゆりを見られている。それに、侍女のまとのの姿は、何よりの証拠だ。
気まずい沈黙が流れる。・・・・・・・。中将は、しばらく考えていた。
「・・・・そうか。やはり、最初に会った時に、会った気がするというのは勘違いじゃなかったのか・・・・。ゆりどの、直子(なおいこ)姫のところに遊びに来ていたな?」
 直子(なおいこ)姫はあの時、気をきかせて中将が帰ったかどうか、確かめに行かせたはずだ。
「頭の中将どの。どうして、ここにお出でになるのですか。」
 時貞が、少し詰問するような調子で問う。簾の向こうから身動ぎする気配が伝わって、ゆりが顔を出した。兄に首を横に振りながら。
「兄上。もうばれてるから、ごまかすのは無理よ。」
「・・・・・・・。」
 するすると、裾を引いて中から出てきて、廂に座りなおす。明るい日差しの中で、ゆりの真っ直ぐな瞳が、中将を見ている。
「直子(なおいこ)姫は確か、人をやって、中将さまがお帰りになったのを確かめさせたはず。」
「うん。侍女たちは、そう思ったろうな。よく知っている家だ。隠れる場所くらい見当つくさ。車やどりのところで、車に乗り込む時、ちらっと見た。」
「それでは、次に会った時どうして、わからなかったのですか?」
「間近ではなかったし、ほんの一瞬だったから。それに、車についていた家人は、大納言家の者だった。はじめに、違う人と認識しているから、似ている程度にしか、思っていなかった。思い込みというのは、存外影響するな。」
「そうですか・・・・。ところで、どうしてこちらへ?」
「ああ。少将に頼みがあったのでな。ちゃんと案内を乞うて、東北へ通されたのだが、来た時に聞こえていた、管弦の音が気になって・・・。」
 姫君は、ここの屋敷には住んでいないと聞いていたから、ここの家の女房たちかと思い、覗いてみることにしたのだ。
「いや。何となく思っていた疑問が、これで繋がったよ。」
 雨水(うすい)と大納言の関係。院の御所に、捕縛に行った時係わっただけにしては、親身すぎるかと思っていた。
「ゆりどの。心配しなくても、他に吹聴してまわったりしないから。」
「頼みます。私はいいけれど、父や兄が、おかしな目でみられるのは心が痛みます。中将さま、どうかお願いします。」
 ゆりは、頭を下げた。
「ああ。わかってるさ。・・・私は、ゆりどのの人柄を知っているから、何とも思わないが、家族が奇異な目でみられるのは、やはり耐えられないだろうからね。」
 ちらりと、そばの時貞を見て言う。中将の真意が伝わり、時貞が頷く。
「ところで、私に用とは?」
「あ、それなんだが・・・・・。雨水(うすい)どのにも、頼もうか。それに、ゆりどの・・・は、出られぬかな・・・。」
 中将は、ここに来た用向きを話しだした。ある、お屋敷を訪問してほしいという。
「梅壷の女御さまのお里・・・。なぜ?右大臣家の姫の麗景殿さまではなく?」
「そこは、あえて突っ込むなよ。今、御所を退出なさって、お里にいらっしゃるのだが、相変わらず寂しい状態でな。先日、物の怪騒ぎがあったのだ。」
 もちろん、陰陽師は呼ばれたが、何もなかった。中将が見たところ、女御のまわりには人少なく、心寂しい心理状態から出たものではないかと判断した。それで、宿直を頼みに来たのだ。
「大納言さまは、中立のお方だし、少将なら迷惑がらずに引き受けてくれるかと思ったんだ。他にも、何人か頼んである。二、三日の間だ。」
「構いませんが、頭の中将のあなたからということは・・・・・。」
 時貞が、お上のご意思であるのかと問う。
「そうだな。だが、お一方だけ、特別に気にかけられるということは、あとあと風当たりもきつくなる。内々に、というご意向だ。」
「なるほど、女御の父君の先の内大臣さまがすでに亡くなられてますしね。頼りになる男兄弟もいらっしゃいませんし・・・。」
 このあたりの事情を繰り返したのは、雨水(うすい)に聞かせるためだ。後見の頼りない女御が、後宮で何事もなく過ごすつもりならば、ひたすら目立たなくしているほうが無難だ。しかし、難儀があっても、面倒を見てくれる人のない暮らしは、こういう時不便だ。
「梅壷さまは、口止めなさっていたのだが、伴っていかれた皇女さまから、御文が届いてな。お上も、心配なさっている。」
「なるほど。」
 では、仕度を整えて、参りましょうかと、時貞が答えた。




庭から見たら、部屋の様子は、
    こんな感じでしょうか・・・ってことで、写真を貼ってみました。


空蝉の心 15

2009-11-06 10:55:36 | やらへども鬼
中将が、大納言邸を訪れる少し前の時間・・・・・ゆりと、侍女のまとのは、連れだって、京中を移動していた。辺りを見回すと、道行く木々の枝には、もう葉が少なくなって、寂しい景色の中を歩いている。
「早いわよねえ。紅葉の盛りって、ちょっとなんだもの。」
「そうですねえ。京には、いなかったから、こちらの盛りの頃は見逃しちゃったですねえ。」
 ゆりとまとのは、辺りのようすに目をやりながらゆっくりすすんでいる。
「ゆりさま。動きにくいですか?」
「え、うん。いつも、水干で走りまわっているんだもの。女姿の時は、建物の中で、あまり移動しない時だから・・・。」
「急に、無理なさらなくても・・・。」
「う~ん。でも、慣れないと、動きにくいままだから・・・。ほんと、実感だわ。」
 重ね袿を、外出ように細帯で調節し、裾短く着ている。頭には、虫の垂れ衣といわれる薄い布の垂れている市女笠をかぶっていた。家の中では、姫姿でいる時もあるが、ほとんど水干を身につけていることが多いので、やはり気になる。
「これじゃあ、この間の田舎の女の人たちのこと、とやかく言えないなあ。」
「私の里のですか?」
「うん・・・。」
 お酌をしてくれた彼女たちが、無理やり袿を重ねてるなあと思ったこと。考えてみたら、自分も着慣れていないように見えるのではないか。ゆりの感想に、まとのが、にこりとし、首を横に振る。
「大丈夫ですって。ああ、でも、歩きだったので、あまりいいものを着て来れなかったので、あちらへついたら、着替えましょうね。雨水(うすい)さま、向うにもお見えになるんですよね。」
「べ、別に普段どおりでも・・・・。」
「いいから、任せて下さいよ。」
「・・・・・・・・。」
 と、会話をしながら、何気なく通りを歩いていた。前方の、竹垣で囲まれた大きくはない家敷から、泣き声が聞こえる。
「何かしら・・・・。」
 二人、顔を見合わせていると、門から、見知った顔が出てくる。薫風だ。顔見知りの陰陽師に、ゆりは声をかける。
 薫風は、声をかけられて、一瞬目をすがめ、一拍おいてから返事をした。
「ゆりどのか。誰かと思った。」
「ああ。これ?」
 ゆりが目の前に垂れている薄絹をちょっと跳ね上げて顔を覗かせる。薫風が頷く。薄絹を除けて、覗いた瞳は、相変わらず真っ直ぐに人を見つめていた。ゆりは、いつも童水干姿で出歩いている。男の子に見えるようにする為だが、たとえ袿を重ねても、ほんの少しでも、裕福な家の娘が、顔を晒さないように歩いているのなんか、気にもせず・・・と、思っていた。
「たまには、慣れておかないとって思って。」
「・・・・そうか。ここの家には、病人が出たので呼ばれて来たのだ。」
「病人?そう、駄目だったのね・・・。」
 病でも、陰陽師が呼ばれる。呪いや妖の気配が原因の場合もあるが、彼らは、広く知識にも通じていて、有効な薬の情報も持っている。大体が、学問好きの多い連中なので、知識は無駄に広い。薬師は、呼ばなかったのかもしれない。
「いや。」
「それにしては、えらい沈みようね。」
「・・・・・・。」
 まるで人が亡くなってしまったかのような中の気配。詮索するつもりはなかったのだが、ぽつりともらしたゆりの一言に、薫風はちらりと後ろを伺う。誰もまわりに、いないことを確かめて口を開く。
「ゆりどのは、傀儡子の知り合いはいるか?」
「傀儡子?ううん。必要なら、知り合いをあたってみようか?」
「いや、いないならいい。まだ、はっきりとは言えない。それに、傀儡子といったって、京に一人きりというわけでもないだろうからな。」
「ふうん?それと・・・。」
 この家の娘が眠りから覚めないのだと、薫風は教えてくれた。
「必要な呪は施しておいた。もし、何か気になる事象が起きたら、教えてくれ。」
「って、何?」
「ゆりどのは、何も考えなくても、時々、いきなり核心を引き当てたりするからな。念の為。といっても、こちらも、手がかりがないわけじゃないんだ。」
「手伝わなくてもいいってことね。」
「ああ。子守をしながらだと、却って手間がかかる。」
「むっ。何ですって。相変わらずね。少しは言葉を選びなさいよう・・・。まったく。」
「何だ。思ったより、反発しないなあ。」
「これでも、先輩としては評価してるんだからね。変わり者だけど。それに、基本一人で対処するってのが、普通だから、動きにくいってのも理解できるから。」
「・・・・・そうだな。」
 突っ走りぎみだったのが、少し成長したかと、薫風は思った。そのまま、ゆりとは反対の方へ去っていった。
「ゆりさま。薫風さまって、格好良いですね~。」
「どこが?まとの、いつぞや菓子を出してもらって、なついたか。」
「ひどいです。私は、真白じゃありません。・・・こう、落ち着いた感じが何とも。真意を明かさないでさくさく、仕事こなしちゃってるって感じ。」
「・・・あれは、牽制じゃないの・・・。」
 って、耳に入っていないな。まとのは、はしゃぎながら、薫風の去っていた方向を見ている。ゆりは、まとのを促した。あまり遅くなると、心配をかける。迎えをことわって、二人だけで、歩いてきたのだ。夕刻までに、父の屋敷へつかなければならない。ゆりたちも、その場を立ち去った。

空蝉の心 14

2009-11-06 10:53:50 | やらへども鬼
内裏の内。麗景殿へ、中将は向かう。妃の内の一人、右大臣の姫で、中将にとっては、父方の従姉弟にあたる女御のところへお呼びがかかっているので、ご機嫌伺いに伺候する。
「中将が最近やつれたのは、どなたかに思いを寄せているからだとか、女房たちの間で噂になっていてよ。」
「は?」
 何て間の抜けた返事だ。
 実は、ここ数日のうちはずっと、お上直々に命じられた内緒の仕事があるのだが、その為に顔を見せるのを怠っていた彼の行動が、呼びつけられて、内心ばれたかと思っていた中将は、従姉弟の女御から、開口一番訊かれたのがそれで、ほっとするとともに、それぐらいのことでいちいち呼びつけないでくれと、内心毒づいていた。
 そばにいた腹心の女房が。
「中将さまの想いが叶わぬ方なんて、よほど、深窓の姫に違いないという話になっておりましたのよ。そうしたら、ちょうど、大納言さまの御子息の少将さまと最近親しくなさっているようだと、若い女房たちが噂をしていて、そう言えば、大納言さまには、年ごろの姫君がお有りになったということになって・・・。」
「大弐。もったいぶった言い方はお止め。それじゃ、何が言いたいか、わからないわ。」
 女御の声が遮り、几帳を隔てた向こうで、ずずっとこちらへ寄って来る気配がした。
「どこかで、噂を拾ったあなたの母上から、相手の親にお話を薦めてくれるようにと、私の父へ口添えをと、頼まれたの。恋やつれには違いまいから、いままでずっと身を固めないで、ふらふらしていたあなたを心配して、気が変わらないうちに話を進めて、外堀を埋めて逃げられないようにって、言うことなのよ。けれど、一応、確認はしておいたほうが、あなたの為にも、その姫君の為にもいいかと思って。」
 中将の父は、亡くなっているので、代わりに、彼にとって、身内の伯父である右大臣に頼めば、事は容易に進められると、母は考えたのだろう。この女御は、深窓の姫にしては珍しく、何くれと身内を気に掛ける世話焼き気質で、相談を持ち込み易かったからだろうか、彼女から、そんな話を聞かされて、さすがに、中将も驚いた。
「大納言の姫に・・・?どうして、そういう話になってるんだか・・。」
 確かに、ついさっき、気まぐれに文を言付た。けれど、それは噂の根拠ではないらしい。中将は、困惑の表情を浮かべる。ままならない恋を忘れる為に、たまたま、直子姫のところへ遊びに来ていた姫に、文を送ってみただけ。姫の身元は、牛車についていた供の顔ぶれから、どこの家の娘だか、すぐにわかった。隠れて見た後ろ姿の、艶やかな美しい髪と、遠目から見ても凛と涼やかな様子、目鼻立ちも整っているのが垣間見えた。そういえば、あの、ゆりどのも、面差が似ていたっけ、深窓の姫君とは比べることもできないじゃじゃ馬ではあるけれど・・・などと、関係ないことを思い、ふるふると首を横に振る。あの時、すぐに立ち去ってしまったので、お近づきになる機会を逃したのだが、さすがに、深窓の姫を追い掛けるとなると、あとが大変なので、それっきりになってしまっていた。
たまたま、忘れたい恋の為に、思い浮かんだのがかの姫というわけだ。兄の少将とは、それ以前から親しく話をする機会があり、どうやら、誤解が、的を射た結果になってしまったようだ。
 とはいえ、親がかりの話となると、もう逃げられないので、回避を試みるべく、困惑の表情を浮かべ、中将は否定する。
「では、身分の低い相手との恋に悩むという噂のほうが本当なのかしらね・・・。ま、それはそれで置いといて、よいお話だと思ったのだけれど・・・他の方ならそれでも、あるかもしれないけれど、さすがに、あの父の大納言からは良い返事はもらえないだろうから、このお話はなしということね。」
 ほっとしながら、中将は、従兄妹の目をごまかす上手い言い訳を思いついた。
「このような心持で、縁談を進めるなど出来ぬことです。私とて、物の道理はわかっているのですよ。・・・あきらめがつくまで、しばらくそっとしておいて欲しいのです。」
 しおらしく頭を下げて頼む。うまい具合に、やつれた面差が傾くと陰りを帯びた。女房たちの間から、「お辛いのね・・。」と、ため息が漏れる。御簾の向こうから、衣ずれの音がして、身じろぎする気配が伝わり。
「・・・・そうね・・・私からも、あなたの母上に取り成してあげるわ。」
「ありがとうございます。」
 すなおに礼を言い、御前を退出する。
これで、しばらくは、中将は、人目を忍んで会う仲の女がいるという噂が出来上がるわけだ。本当は、お上の頼みで、物の怪に怯える、里にいる梅坪の女御の為に、便宜を取り図るのだが、女御の立場が微妙なので、表立ってやってしまうと、後々、彼女に対する風当たりがきつくなるかもしれないので、内緒でということなのだ。
それだけで、別に、彼女だけ特別にお上の寵愛を得ているというわけではなかろうに・・・ちょっとしたことで、ぎすぎすしかねないから、主上の方が気を使ってるなんて、変な話だが、結果は、容易に想像がつくことなので、中将も敢えて身内でも言おうとはしなかったのだ。
今日は、何人か、心当たりのある協力者に声をかけ、その一人にと心づもりしていた少将がすでに、帰宅しているようだったので、自宅に押し掛け訪問を試みる。
大納言家の門を潜る時、琴の音と笛の音の、美しい調べが聞こえて来た。ここに住んでいるとは聞いていないが、もしかして、少将の妹姫が来ているのかな・・と期待しつつ、案内の者について、中へ入って行った。

空蝉の心 13

2009-11-06 10:51:32 | やらへども鬼
 大したいざこざもなく、小太りのその男が跡継ぎに決まり、彼から、まとのは、いたく感謝された。
 下にも、おけぬ歓迎会が始まろうとしたところ、悲鳴が響き渡った。悲鳴の方へ、皆詰め掛ける。厩のほうだ。
「!」
 この家の使用人が、恐怖にひきつった顔をして、先を指差している。厩につないだ馬が皆、暴れて、嘶く。その馬の一頭を黒い陰が狙っている。黒い陰は、ぶわんと大きく広がり、馬を飲み込もうとしたとき・・・・!
 がやがやと、駆けつける人の気配。「何だ。どうした?」「あ、あれ!」という声に、膨らんでいた黒い陰がしゅっと元の大きさに戻り、こそこそと逃げて行く。元のサイズに戻っても、馬の背ぐらいはある。
「ねずみ?」
 ゆりと、雨水(うすい)が顔を見合わせる。
「後を追いましょう。」
 二人が駆け出したあと、取り残されるのも怖かったのか、みんなぞろぞろついて来る。
 影は、奥の棟の当主の部屋へ入っていく。続いて、皆も。入り口のところで、呆然と突っ立った人々。影は、大ねずみの形をしたまま、病人のそばの壁代におさまる。壁代の布に映って移動していくさまは、ちょん、ちょん、ちょん、とこそこそ足を動かすねずみそのものの動きで、いかにも病人の影のように収まった。
「あ~!もう、ばればれじゃない!」
 ゆりが叫ぶと、影ねずみの顔がこちらを向く。一瞬左右に体を揺らし、いきなりこちらに飛来する。「わあっ!」と、頭をさげる人々。その上を飛んで、庭に逃げる。
「真白!」
 ゆりが式神をよぶ。中空にあらわれるうさぎ。また、怪しいものの存在に、それが見えた人は固まったままだ。見えなかったこの家の人たちは、きょろきょろと周りの反応をみている。けれど、どこからともなく聞こえた声だけは、わかったようで、遅れて顔を青ざめさせる。
「ほいな」
「真白。あの大ねずみを追って、しばらく追い回してて頂戴。こっち結界の準備するから、終わったころに、あの病人が寝てる辺りに追い込んでちょうだい。いいこと、さっき生き物を取り込もうとしていたから、犠牲を出さないように気をつけて。」
「お安い御用なのだ。主、あとで上手いものな。」
「帰ったら、お腹いっぱい食べさせてあげるから。」
「あまづら、いっぱい~♪」
 歌いながら、大ねずみの逃げた方向へ去っていく。
 跡取りの小太りの男が、こちらを伺っている。突然、それまで身動きひとつしなかった病人ががたがた揺れだした。「ひっ。」と、悲鳴をあげながらも、意を決っして口を開く。
「あの。どうするんですか?び、病人のところに追い込むなんて。」
 ゆりは、水干の前の身頃のあわせ目から覗いている懐紙を抜き出しす。ふたつに折られた束を開くと真ん中に、金串のようなものが七本。先には白い紙のびらびらがついて、神主の使う幣の、小型のようなものだ。
 臥せっている病人のまわりに、等間隔で床に突き刺して、立てていく。病人は、七角形に囲まれてしまった。
「今から、止まっているものをあるべき姿に戻してやります。」
「止まっている?当主どのは、どうなるのだ。」
 質問に、ゆりは首を横に振る。
「お伺いします。本当に、祓ってもいいですか?」
「・・・・・・・。」
「堰き止められた水はその場所で膨れ上がり、やがて堰を切って災いをもたらすでしょう。もう、もたなくなっているのです。祓わなかった場合・・・・。さっきご覧になられたでしょう?あの大ねずみは、生きたものを狙っていた。本当は、次の、この方に替わる人を探しているのです。あなた、あれを引き受ける覚悟はありますか?それとも、ここにいらっしゃる誰か、いらっしゃいますか?」
 めっそうもない。ぷるぷると、首を振る一同。
「いや。どうぞ、ご存分に。祓って下され。」
 青い顔して答える。ゆりが、頷く。
「来ます。皆、そちらの隅へ固まって。終わるまで、声を漏らさないで。」
 ゆりが示した方向へ、慌てて移動する人たち。ちらりと雨水(うすい)に目線を走らせると、彼は軽く頷き、一番前列にさりげなく座る。雨水(うすい)は、袖の中で、こっそり印を結んでいる。示した場所にも、七角形とは別の、結界を印すものが置いてあり、行隠の術をかけた。同時に、飛び込んで来たもの。
 天井附近で、大ねずみを追い回し、後ろから、鼻で突きまわすうさぎ。七角形の近くまでくると、どかっと、うさぎが蹴りをいれて、大ねずみを下に放りこむ。
「臨!兵・・・・・。」
 九字を唱えると、大ねずみはそこから出られなくなる。
 ドン、ドン、ドン・・・ッ。と、臥せっている当主が上下した。
 ガタガタ・・・。ウオォォォ・・・ッ!人の声とも、何とも言えない響きが辺りに木霊した。揺れる。ゆりが、印を汲みなおすと、その揺れは治まる。
「そこな大ねずみ!汝が本体は、どこぞ?思い出せ。」
 ぴくっ。大ねずみがこちらを向く。
「大ねずみよ。お前は、実態に非ず。幻よ。人の欲望から生じた、汝は実態なきもの。実態なきもの影を得て、一人歩きしようとしているものよ。よく、聞け。」
 ぴくっ。慄くようにのけぞる影。
「人と影、それは同時に存在するもの。人は影に非ず。影は人に非ず。けれども、二つに一つ、どちらが欠けても、この世に存在することは出来ぬ。また、どちらか、一方が欠ければ、もう一方もなくなる。この世に、永遠なる命はなし。形あるものは、必ずいつか、終わりを迎える。わかるか?影のなき人はなく。人なき、影もなく。汝のあるべき場所は、この世にはない。」
 影がぴたりととまる。ゆりは、もう一度九字を切りなおす。
「滅!」
 結界の中の空気が、一瞬不自然なほど、凍結して見え、影が小さくなって消えていく。
 短いけれど、静かな時間が過ぎ、ゆりが、緊張を解く。見ていた人たちの間から、自然と溜息がもれた。
「と、当主は、助からんかったのか・・・・。」
と、訊いたのは、小太りの男。
「この方が、体調を損ねたのは、いつ頃ですか?」
「・・・完全に、床につかれたのは、三月ほどですが、それまでにも、しばしば、病に倒れたりはされておりました。ざっと、三年ぐらい前には、さかのぼれるかと。それが?」
「おそらく、亡くなられたのは、三月前でしょうね。」
「え・・・・じゃ、じゃあ、わしらが見ていたのは。」
「さっきの大ねずみ。本当はねずみではありませんが、当主の欲望が具現化したものです。ねずみだから、おそらく米。ここには、蔵がいっぱいありますね。失礼ですが、随分、人に恨みをかって蓄財してらっしゃったのではありませんか?」
「う~む・・・・・・・・・。」
 小太りの男は唸っている。まわりの、この家の人たちも互いに顔を見合わせている。
「欲だけが一人歩きしようなんて、有り得ない話のように思えるでしょうが、こんな結末を招いたようです。」
「あの、もう、あの大ねずみは・・・。」
「いません。ですが、気をつけてください。あなたも、あんなふうにならないように。蓄財というのは、時によけいなものも溜め込んでしまいやすいですから・・・。」
 固まった小太りの男。男は、溜息をついてぼやいた。
「はあ。そんなこと言ったって、あれをすべて処分してしまうなんて・・・・。」
 男は嘆く。そばで今まで黙っていた雨水(うすい)が口を開く。
「水というのは、堰きとめすぎると決壊する。そうなる前に、少しずつ流してやればよいのでは?富があれば、当然人の羨望はあつまります。時々、施しでもしてやればいいのかもしれませんね。こちらの暮らし向きもありましょうから、それを損なってまで、無理しろと、言われているわけではないのですよ。」
 雨水(うすい)は、あくまで、公達の役割を演じている。扇を広げて、いかにも、京の貴公子のつぶやきのように、上品なしぐさで答えた。
 男は、頷いた。と、そのとき、魔法がとけるように、当主の肉体がざっと、砂が解けるように無くなり、骨だけに変わった。
 どこかで、轟と音がした。
「地震?」
建物は揺れていない。外だ。
 チュウ、チュウ、チ、チ、チ・・・・・・。見ると蔵の中から、ねずみがあふれ出ていく。チ、チ、チ・・・・・!それは、庭中いっぱいに溢れて、駆け回り、ひとしきり、あちこち駆け回ったあと、屋敷を出て行き、四散して行く。
 そして、一匹もいなくなった。




翌日、新当主に見送られて、まとのを連れてゆりたちは出発した。
 大量のネズミ達が逃げた蔵の中身は、以外にも、無事だったらしくて、当主は、ほっとしたようすで、ともかくも、礼をのべた。
 帰りは、つつがなく、戻ってこれて、宇治で一泊。呼び出しがかかって、慌てて、帰った中将を除いて、ゆりと、雨水(うすい)、まとのは、ゆっくりと京中に入るまでの景色を楽しみながら、戻った。
 道行く、すれ違う人もだんだん、京ぶりになっていく。それを見ながら、まとのが。
「結局、何しに行ったんだか。故人が、何故呼んだのか、分らずじまい。呼べと言ってるから、あの人たちも、私を探してたんだそうです。」
「いけ好かない奴でも、少しは、良心が残ってたって、思ってやったら?」
「もう、いいですけどね。そうでなければ、今、ゆりさまの側にいなかったですもん。」
まとのがほっと、溜息をつく。京の、なだらかな山並みを見ている。
「おかしなものですね。故郷とは言えないのに、こっちの方がああ、帰ってきたなんて思えるなんて。」
「そういうもの?」
「馴染めるところが、故郷なのかもしれないですね・・・。」
「うん。」
 まとのと、ゆりの会話を聞いている雨水(うすい)は、いつものようににこにこしている。家まで、送ってくれて、そのまま、ゆりの母桔梗に報告をし、やって来ていた大納言も交えて、旅の話で、遅くまで談笑していた。

空蝉の心 12

2009-11-06 10:48:53 | やらへども鬼
朝まだき。適当に、起きている者に断ってその屋敷を出、まとののいる庵を訪ねる。
「ゆりさまあ!」
 開口一番、まとのは、駆け寄るとゆりに抱きつき、えぐえぐと、泣いている。落ち着くと、昨晩のゆりの話を聞き。
「なんてこと!でも、ゆりさま、男の子で通していてよかったあ。」
「え・・・?」
 首をかしげたゆり。庵の持ち主、尼が、いつまでも立って話している彼らを中へ招き、落ち着くようにいう。ゆりのことをしげしげ見ている。
「まあ。女の方が、陰陽師なの?巫女ではなくて?・・・ああ、それではあなたが、まとののお仕えしている姫様。」
「まとのが、お世話になったそうですね。ありがとうございます。庵主さま。」
「いいえ。私も多少とはいえ、まとのさんとは薄い縁に繋がっていますのよ。でもねえ、このとおり、一人心細く暮らしている身では、養ってあげられなくて。それで、つてをたよって、幼い身に、お勤めをすすめたのですよ。」
 尼の言葉に、まとのが大きく首を振る。
「この地にいるより、ずっといいですよ。死にかけの人には悪いですけれど、あの人の近くにはいたくないですからね。それに、ゆりさまにも出会えたし、私、尼さまには感謝してるんですよ。」
「そう。それならば、安心ですけれどねえ。」
 尼は、胸のところに手をやって、顔をほころばせた。ふっと、顔を曇らせ。
「それにしても、まとのさんがあった難をきいてやって下さいよ。」
 尼の言葉に、まとのがあちこち破れた袿を出してきて、見せる。
「これ、見てくださいよ~。ネズミに齧られちゃったんですっ。酷いでしょ?これ、お気に入りだったんですよ。」
 確かに、無数の小さな齧られた痕がある。衣や、持ち物を齧られたりの被害は、あの家の人なら、誰でも経験しているのだそうだ。
「ネズミ?何で、衣なんか・・・。もしかして、それで、頭にきてこっちへ来たの?」
「いいえ。一晩、部屋におきざりにしてありましたからね。荷物をまとめに、部屋に戻ったら、こんななってたんです。」
「置き去りって、どうして?」
「それが・・・・・。」
 ゆりの問いに、答えたまとの。それを聞いて、ゆりは激怒した。
「どいつなの!無理やり、まとのを傷つけようとした奴は。蹴っ飛ばしてやる!」
「あ、ゆりさま。それは、私、自分でやりましたから。だてに、右京の市で鍛えられてませんから。押し倒される前に、たたきだしてやりました。」
「よしっ。」
 ゆりが、まとのの手を握ってぶんと振る。あの屋敷の跡取りとされるまとのの婿の座を狙って、抜け駆けした者が忍び込んで来たのだ。叩きだしたあと、桔梗御前に付き添いにつけてもらった者のところへ転がり込んで、一晩、隠れていたのだ。次の日、早々に、この庵に駆け込んだ。
「・・・・姫様らしくないけど、そんなゆりさま、素敵です。」
 まとのの目の端に涙が浮かんでいる。それを指で、拭ってやるゆり。
「大変だったわね。まとの。もう、怪異を祓ってやる気なんか、失せてきたけれど、それも含めて、まとのが身の立つように考えなければね。」
「あ。いいえ。私、京へ戻って今までどおりに、お仕えしたいです。跡継ぎなんて、考えてません。そもそも、ここに来たのも、死に際に一言、父や母への謝りの言葉が聞けるかと思って来たんですから。」
「謝り?」
「ええ。ずいぶん嫌がらせもされてましたからね。亡くなったのは、はやり病ですけれど、あまりの嫌がらせに、他所へ移ろうとしていた矢先だったんですよ。それで、少しは後悔してるなら、大っ嫌いだけど、水に流せるかなと・・・。」
 まとのを探してまで呼びに来たのは、確かに、病人が呼んでいるからだと聞いて来た。
 けれど、謝罪の言葉どころか、彼女がここについた時には、病人は意識もなく、話をすることも出来ない状態だった。
「そうなんだ・・・。じゃあ、ほっといて帰る?」
「いいえ。祓って下さい。それから、誰か他の人に、継いでもらいます。」
 まとのの他にも、持ち物を齧られた、被害は出ている。ねずみと言ったが、目撃者の中に、灯火に映った、人よりも大きい影は、あきらかに鼠と言えるものではないそうだ。それから、犬や猫など、小動物の死骸が食い荒らされて、邸内に捨てられていた。もし、人にも被害が及んだらと思うと、それはそれで、良心が痛むらしい。
「・・・・・・・・・。」
 ちらりと、雨水(うすい)と中将の方を見る。それまで、黙ってそばに座って聞いていたのだ。
頷く雨水(うすい)。
「他の人に継いでもらうって、その場を誰に纏めてもらえばいいだろう。中将さま、何かいい知恵はありますか?」
「うん。まとの。そなたに、比較的良くしてくれた奴は、誰だ。いるか?」
「あ、はい。」
 あの小太りの男だ。中将は、頷く。尼に、その男がまとのの次に一番有力なのを確かめると、彼に白羽の矢を立てると言った。
 そこそこ、世渡りが上手そうで、ものの分った人間のほうが、まとのにとっても、いいだろうと。世事に長けた者ならば、京の貴族に仕えるまとのを、後々、丁重に扱うはずだ。
「尼どの。この辺りで、あの家より、有力な家は?」
 それを確かめると、その人物から口を利いてもらう為に、文をしたためる。尼のつてで、使いを頼み、彼が到着するのを待って、家敷へと向かう。

空蝉の心 11

2009-11-06 10:45:13 | やらへども鬼
真夜中。
 ごそごそ・・・。むにゅ・・・っ。
「う?むにゅ?」
 うとうとしていたところ、自分のものでもない感触に、いっぺんに目が冴える。
 がばっ。
「だ、誰っ?」
 ゆりが、悲鳴に近い声をあげて、座ったまま一歩さがる。
「あ、あなたは、確か、お酌をしてくれた人・・・?」
「はい。こちらで共に休むようにと、申しつかってきました。」
 うそ。中将さまの冗談じゃないんだから・・・・。ゆりは、顔の前で、手を横に振る。
「ごめんなさい。そういうの、いいから。」
「は、・・・あの。」
「えっと、破魔の法とか、精神力いるから・・・一人で、集中したいので・・お断りします。それより、訊いていいかな?」
 まとのが不在の理由を訊いてみた。ついでに、彼女とここの家の関係のことも。
「ああ。着いて、初日はこちらにお泊りでしたけれど・・・。まとのさんは、こちらの主とは、一番血縁関係が濃くて、仕方なく、最初、あの方が相続ということになったんです。」
「仕方なくって?」
 まとのの祖父と、ここの主が兄弟だった。ここの主には子がなく、まとのの父が跡取りとなっていたのだが、折り合いが悪く。まとのの父は、妻をもらうと、そちらの方へ出て行ってしまったのだという。両親が亡くなり、まとのが一人ぼっちになってしまったとき、こちらでは、彼女の引取りを一度拒否している。まとのは、今、世話になっている庵の尼さまの紹介で、京の、彼女が最初に勤めていたお屋敷へ勤めることになったのだ。
 むっと、への字に曲がるゆりの口。彼女の機嫌の悪さに気付かず、女は、しゃべる。
「それにしても、残念だわあ。こちらへ来る権利をめぐって、私たち、クジで盛り上がったのに。あっちは、候補者が、喧嘩して取っ組み合いで、あわやということになりましたけど。」
 ゆりが、反射的に立ち上がる。
「ごめん。ちょっと用思い出した。」
 ばたばたばた・・と、外縁の廊下の角を曲がる。
「うわっ。」
 人影に気付いて、止まろうとしたが勢い余って前につんのめる。
 勢いよく床板に倒れるかと思ったが、差し出された腕がゆりを受け止める。雨水(うすい)だ。彼だとわかると、ゆりは一瞬状況が飲み込めず、目をぱちくりさせる。
「危ないですよ。」
「雨水(うすい)なんで、ここにいるの。」
「ゆり姫こそ・・・。」
「あっ。えっと・・・・。」
 雨水(うすい)の腕が放れる。ゆりは、床に座り込む。先ほど、女に寝所へ侵入されたことを話す。
「それで、私の所に?」
 雨水(うすい)が、隣りに座っている。前のめりになって、話していたゆりの髪を一房、手ですくう。するすると、黒髪が雨水(うすい)の手をすべり落ちる。
「いや。だから、困ってるんじゃないかって、思って・・・・。考えてみれば、そんなことないわよねえ。酒宴の時だって、あんだけべたべたされても、さらっとながしてたもの。」
「少しは、気にして下さったんですね。」
 雨水(うすい)の目が笑っている。ゆりは、返事を返せず、目をそらす。変だ。何だか間がもたないような、でも、そのままでいたいような・・・・。けれど、ふっと、そこに現われたものに気をとられて、ゆりのその気持ちはひっこんだ。
「真白。」
 うさぎの姿をしたゆりの式神が、宙に現われる。ぽすっと、床におりる。まとのの所へ、使いにやっていた。
「行ってきたのだ。まとのが、申し訳ないけれど、明日、こちらへおいで下さいって。」
「そうか。そうよね。まとの、ここに居たくないのよね。真白、お使い、ありがとう。えっと、部屋に戻って、とりおいてある菓子をあげるわ。」
「それ、ここのか?」
「ええ。田舎だからめずらしいものはないけれど、米を煎ってあるやつよ。小腹が空いた時用にって頼むの、恥ずかしかったんだから・・・。」
「いらないのだ。なんか、ここの米は、ねずみの糞臭い。」
「え~。」
 会話を聞いていた雨水(うすい)が、袖の袂から出したものを、真白に渡す。
「これ、中将さまの別荘で、戴いたものだよ。道中、入用になったら、あげようと思って、持っていたんだ。量は少ないけど・・・。」
「おお。同じ米でも蜜がけだ。うまいっ。」
 真白は、雨水(うすい)の渡した袋に入った煎り米をぱくぱく食べ始める。
「なんだかねえ・・・。あ、そうだわ。雨水(うすい)は、ずっと起きていたの?」
「ええ。少しこの屋敷を調べていたんです。中将さまと・・・あ。」
 くるりと振り返る雨水(うすい)。少し離れたところに、格子にもたれて、空を見上げている中将がいる。ゆっくりと、こちらを見て、にやりとする。
「いや。私のことは忘れてくれていいぞ。月を一人こうしてみあげているのも、一興。それなりに楽しんでいるから、君たちの邪魔はしないよ。」
 同時に顔を赤らめるふたり。気を取り直した雨水(うすい)が。
「いえ。それよりも、この屋敷を見て回った感想を。」
「うん。しっかり貯め込んでるなあ。蔵がいくつもあった。国司も頭あがらないんじゃないか?私の感想は、それだけ。」
 税は朝廷におさめられるために、その地方の民から集められる。だが、取立て方法は、地方によって違うだろう。国司の裁量なのだが、この国司。何年かごとに、入れ替わる。国司よりも、その地方の有力豪族などの子弟のほうが、当たり前だが事情に通じている。だから、国司たちも黙っているのだ。彼らは、規定の税を中央へ治めれば役目は果たしたことになり、余剰は自分の懐へ。そのために働いてくれる地方の有力者たちにはあまいのだ。目を盗んで、自分もうまいしるをすう人間もある。
「ええ。けれど、ここにいたるまでの、農民はそんなに豊かには見えなかったということは、かなりしぼり摂られてますね。ことの是非はともかく、そんなだから、財を貯めてある場所には良い感じはしない。気が滞っているというのか・・・。それにもまして、気になった場所がありました。」
 ゆりの顔を見る。頷く、ゆり。
「うん。奥の棟の建物でしょ?たぶん、病人の寝ている棟だよね。」
 こくりと、雨水(うすい)。ゆりが、溜息まじりに。
「まとのの為に、ここの魔法をといてやるかなあ。ちょっと、釈然としないけれど。」
「ええ。でも、それをしたら、そのあと、どうなるんでしょうか・・・。」
「う~ん。まとのが、ここ継ぐんだったら、まず、どうするか、あの子に聞いてみなきゃ。」
「そうですね。」
 不思議そうな顔の中将に。
「中将さま。堰き止めていた水は、堰き止めていたものをどけると、どうなると思います?」
「水の流れか?・・・うむ。」
 空の星を見上げる。皆、その夜は、そのまま、そこで静かに、星を眺めて過ごした。