時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

空に物思いするかな 27

2009-03-18 11:58:07 | 空に物思うかな
衣擦れの音が近付いてきたが、行平は、ちょっと気にとめただけで、振り向かなかった。いつも、周子(あまねこ)が焚き染めている香と違う。その部屋に残った香りと違うので、てっきり、この家の女房が、様子を見に来たのかと思った。
 月明かりに、落とした影。ぽつんと一人、床に延びている。周子(あまねこ)が、その影に寄り添うように、座る。行平には、座ったのは気配でわかったが、声をかけてこない。変だなと、しばらくして、行平が振り返ろうとした時、忍び笑いが聞こえる。
「宴には、参加されないのですか?お友達は、皆様とお酒を召し上がりながら、談笑されてましたわ。」
 行平も、衣冠束帯姿と、ちゃんと宴に招かれる礼装を身につけていた。けれど、ずっと向こうでは見かけなかったから、ここに早くから居たのだろう。
 急にそばの御簾があがる。
行平が、御簾を巻き上げたまま、立っていた。
肩のところで御簾を持ち上げた手をとめているので、月明かりがまともに入ってくる。
 あ、影がここにいなくなっちゃったわ。なんて、周子は、思い。
格子のそばにあった行平の影は、今は、少し離れたところに立っている。陰がいなくなり、急に一人ばっちになってしまったような気持ち。不安定な心を持って行きようもなくて、そっと、顔をあげて、行平のほうを見る。
「いつもと違う香なので、てっきり、ここの家の女房かと、思った。」
「今日は、お姉さまと一緒に、仕度をしたから。どうして、来てくださらなかったの?」
 宴のさざめきがこちらまで、響いてくる。
「招かれてはいたが、向こうで過ごすと、酔っ払いどもを撒くのが大変だからなあ。早々に、ここへ来ていた。」
 てっきり、宴にいなかったことを聞かれているのかと思い、答える。
「違います。約束です。あの一件が片付いたら、一番に報告に来てくださるのではなかったの?私、結局、伯父から聞きましたのよ。」
「あ・・ああ、そうだったか・・・・。じゃあ、もう一度、俺からも、報告を聞くか?」
「え?」
「中納言どのの教えてくれた事の他に、訊きたいことがあるのか?」
「あ、ええと・・あの。」
 何故、あの笑い顔の男があんな無謀な計画をしたのかしらと、疑問を口にしそうになってしまった。あの男は、東国で叛乱を起こした者たちの縁につながる者だということは調べにより、わかっていた。ひょっとすると、一矢報いるだけが目的だったのかもしれない。色んな、思惑を巻き込んで・・・。て、違う、そうじゃなくて、ええと・・・。この状況で、どんな言葉を返したらいいのよと、周子(あまねこ)は、心の中で、反論する。混乱しているのが、外からみても、丸分りで、焦ってる。見てる行平の口角がちょっと上がる。
「・・・なんてな。もうひとつの約束も、考える時間をあけてやった方がいいと、思ってな。」
「・・・・・・・・・。」
「返事は・・・・。」
 行平が御簾を上げたままになっているので、中へ月の光が降り注いでいる。
紅の重ねを着た周子の姿を惜しげもなく外へさらす。
開いた檜扇は、ちょうど胸の前で、止まったままだ。
聞く必要があるの?
と、ちょっと首を傾けて見る目が、答えている。
唇が動く。
薄紅色の袖に行平の手が伸びる。声は、聞こえたのか聞こえないのか・・・。
ぱさりと、御簾が下に落ち、あとは静まり返った暗闇が残るだけ。
時折、宴の遠くのさざめきが、こちらに流れてくるだけ。
でも、それは、恋人たちの耳には、届かないもの・・・・・。
今は、月の支配する夜空で、物思いにふける青空もお休みだ。
とりあえず、めでたしめでたし。

                     おわり



作品懺悔
 皇族を詐称出来るのかどうか・・・・・?わかりません。出所の怪しい宮さまが、役職につけるのかどうなのか・・・・・?
いつも、いい加減な、内容です。
こんな話でぇ~が、一番なので、時代考証とかもかなりいい加減です。
今回は、怪しくても、物の怪とか退治する話は抜きで、やりたかったんです。平安時代といえば、やっぱ恋バナよねえ~と、軽く。
登場人物に、モデルはありません。
古今集の和歌の訳は、角川ソフィア文庫から出てる「古今和歌集」を参考にしました。
                     by みん兎

空に物思いするかな 26

2009-03-18 11:52:17 | 空に物思うかな
「まあ。素敵な文。・・・・あなたの字ね。」
「確かに、私の字ですけれど・・・み・・他の人に頼まれて代筆したものですわ。代筆したのは、その一通だけで、その前にも文を交わしていると伺いましたけれど・・・。そちらは、直筆のものだとおっしゃってましたよ?」
 代筆は、よくある話だ。代筆の文から、直筆の文へ変わっていくのが普通なので、勘違いされたらしい。
 頼子が、口を挟む。
「こんな艶めいた文は、あなたには無理ね。たぶん。」
 からかい声に。
「あら、お姉さま、ひどい。」
「じゃあ、試しに書いてみなさいな。」
 ほらほらと、ちょっとその文を振ってみせる。ひ~ん。無理。聞きながら、書き写すのだって、結構恥ずかしかったんだから、と、周子の心の声。
「・・・・・・ごめんなさい。書けません。」
 外から、ごほんと咳払いの音が聞こえる。伯父だ。御簾の向うのもう一人も、姉姫と妹姫の状況を無視した戯れを、あっけに取られた顔でこちらを伺っているのがわかる。
ちょっとお笑い顔になったのが、伝わってきた。
頼子が、御簾の下から、文を滑らせて返す。
伯父は、それを見ていたが、溜息をひとつ。そっと折りたたむと、相手に返した。
「いや。そうですか・・・。私も、こんなお若い方がと思ったのですが、とんだ、早とちりを・・・・。ずっと、お会いしたいと思っていたものですから。」
 しょんぼりと、うなだれているようすが見える。
その文の字から、どうやって、探し当てたのかというと、本当に幸運のような偶然だ。もとは、粗忽ものの文使いの童が、行き道で、うっかり文を道で落としてしまったのを、拾ったのが彼だったからだ。表に宛名書きがされた物だったので、見覚えがある字に、その文使いに誰の使いなのか、訊ねた。「綺麗な字だ。いったいどこのどなたの字か?」訊かれた童も、誉められているので、ちょっとうれしそうな顔をしていた。中身が、内緒の恋文などではなく、知人へのただの消息文だったので、教えてくれたのだ。
なるほど。文を落としてしまったりとか、行き違えてしまったりとかは、よくある話だけれど・・・・。
話を聞いて、どうにかして、会いたいと思う気持ちは、こちらへも伝わってきた。
「ねえ。姫や。その方のことを教えて差し上げたら?」
 伯母のとりなしに、周子(あまねこ)がどうしようか、迷ってしまう。
「申し訳ありません。もう一度、文で直接、その方にお願いしてみてください。その代筆を頼まれたのも、見栄を張りたいのだとおっしゃってましたから、今、ここでどこのどなたか、話してしまっていいものかどうか、私には判断しかねます。」
「見栄?」
「あの・・・遠くから、お慕いしているだけのほうがいいと・・・。」
「そうですか・・・・。」
 何だか、かわいそうになって、周子(あまねこ)は慰めの言葉を探していた。頼子が、近寄っていて、耳打ちする。「周子(あまねこ)さん。ちょっと、私に代わって。」見ると、彼女は、二割り増しぐらい綺麗度をあげて、気合の入った顔してる。そのわりに、力むこともなく、さらさと衣擦れの音も実に優雅に、近付いて、御簾越しに直に、声をかける。慰めの言葉をかけていたが、いつの間にか、二人の会話になっている。さっき筝をと声をかけてきた貴公子とは、全く態度が違う。え?うそ、姉さま、この人がいいの?周子(あまねこ)は、ぽかんとしている。向うは、そんな気など、なかった筈なのに、今は、頼子姫の存在を意識したようだ。お姉さま、強い・・・。ほんと、ここぞとばかりに、綺麗だわ。と、心中で、呟く。
そばの、伯母が合図しているので、そっと、そこを離れる。
「ねえ。その文の主って、誰なの?」
「命婦(みょうぶ)さん。」
「そりゃ、言いにくいわねえ。」
「でしょ?もう、嘘はたくさん。」
 どっと疲れが増したので、部屋に戻っていいかと聞く。伯母が、頷いたので、そっと、その場を離れる。
 廊下を歩いていると、夜風に当たって気持ちいい。なんて、考えていると、後ろから、誰かやってくる。酒臭い匂いがして、嫌な予感がして振り向くと、あの、筝を所望した人物だ。
「姫。どこへ行かれるのかな?」
「人違いにございます。では・・・。」
 ぱしっと、袿の裾を踏まれ動かない。かなり千鳥足なのだが、その割に、力は強く、周子(あまねこ)は、手を捕まえられてしまう。
「お、お放しください。私は、ここの女房でございます。こ、こんなところを人に見られたら、その姫君さまに嫌われますよ。」
 顔を見られないように背けるのがやっとだ。
「うそだ。さっき、妹の姫の方が、紅の匂いの重ねを着ていた。」
 酒臭い息が今にも、近付いてきそうだ。やだっ。もう、ぐうで殴ってもいいかしらと、必至にもがいていると、バタバタと数人がこちらへ駆けてくる。裳裾をからげながら、とても優雅にとは言えない姿で、騒がしく、女房たちがやってくる。
「あら~!三条さんっ。もう、何をしてるのよ!早く早く!」
「そうよ。忙しいんだから、こんなところで、お客様に色目なんか使ってないで、お酒が足りないって、もう何でこんなことまで、私達がっ。あなたも早くして。」
「?」
 女房たちが、三人ばかり駆け寄ってくる。そちらに気をとられて、力が緩んだすきに、周子(あまねこ)は、波にさらわれるように、連れ去られてしまう。ぽかんとしている彼を、残して、難なく、部屋への渡り廊下へとついた。
「姫さま。こういう時に、不用意にお一人になってはいけませんよ。」
「そうですよ。酔いが回ってくると、癖の悪い方もいらっしゃいますからね。」
「本当、普段はあこがれの君でも、がっかりなんてことよくありますよね~。」
「そうそう。」
「じゃあ。姫さま。お気をつけて。」
「若君。あとは、お願いしますわ。」
 渡り廊下の角で待っていた弟は、「ありがとう。ご苦労さん。」といって、手を振っている。
「あれは、あなたの指図なの?」
「うん。姉上うかつすぎだよ。ちょうど、絡まれてるのが見えたから、無難な方法を考えたんだから。」
「・・・・・。」
 彼は、違う方向から、回って来たらしい。促されて、周子は、また歩き出す。
急ぐ必要もないので、ゆっくりと進む。今は、長い袿の裾を引いて、ちゃんと姫君らしく落ち着いた足取りだ。
渡り廊下を渡って、角を曲がれば、格子戸のしまった短い外縁の廊下がある。その突き当たって角、向こう側細長く延びた面に、部屋の入り口として空いている部分がある。
短い外縁の廊下の角を曲がる前に、何気なく、視線をやると、格子戸の隙間から、向こう側へ、中は長い廊下が広がっているように見える。几帳で仕切って部屋として使ったり、廊下だったりもする廂といわれる部分だが、その長い廊下のつきあたりには、やっぱり、格子戸があって、ほとんどがきっちりしまっている。一つが、開けられて御簾だけは、ともかくも降りていた。床に写った月に照らされた格子の模様。御簾の細かい縞模様も。床に影で、絵が画かれているみたい。
その格子の向こうに座っている人が見える。あの背中は・・・・。
 周子(あまねこ)は、ちらりと隣りの、弟に視線をやる。もしかして、皆に、手間かけちゃったかしら?と。弟の目は、さあと、とぼけて見えた。
「あのね。自分の気持ちを認めちゃったら、亡くなった母上みたいにならないかと、思ってたの。」
「そんな心配してたの?姉上なら、上手にやり返しそうだけど・・・。それに、あの人、親父どのみたいに、事なかれ主義じゃないだろう。まあ、その事なかれ主義を好きになった人もいるけど・・・。泣いて笑って、喜怒哀楽激しくて、駄目なら、別れても、次の恋に一生懸命で。逞しいのが、基準なんで、ちょっと新鮮ですが。」
「・・・おかあさま、素敵な方なのね。」
「まあ。中納言家の姫がああなっては、困るだろうけれど・・・。」
「そうね、先はどうなるか、わからないもの。・・・送ってくれてありがとう。」
「どういたしまして。じゃあ。」
 そそくさと、立ち去って行く。周子(あまねこ)は、角を曲がって行って、そちらの入り口から入り、格子の影に近寄っていく。


空に物思いするかな 25

2009-03-18 11:46:18 | 空に物思うかな
「間に合ってよかった・・。」
「ありがとう。行平さま。前にも、助けていただいたわ。」
 検非違使たちが、あとから、駆けつけてきた。周子(あまねこ)を人目に晒さないように、なるべく自分の陰になるように庇いながら、先に屋敷に戻れるように、手配してくれた。
 あとは、残りの残党も、一網打尽で、あの、笑い顔の男も、捕らえられた。
 一緒に逃げてきた女が黙っていたのは、そこまでで、地面に崩れるように座り、泣き出してしまった。周子(あまねこ)は、行平に、「向こうへ、行かせて?」と断ると、彼女の背を労わるように撫でて、現場に到着した検非違使の大尉(たいじょう)に。
「彼女は、一緒に逃げてきました。悪事の一端を偶然、知ってしまい、命を狙われて逃げてきたのです。この方も、被害者なの。」
 一度、上手く逃げられそうだったところを、たまたま、出くわした自分が巻き込まれて、同じところに、閉じ込められていたのだと、説明した。女は、事情を聞かれるために、こちらへ引き渡して欲しいと、検非違使の大尉は言った。手荒に扱わないでという言葉にも、快く受けあってくれたので、周子(あまねこ)は、その手を放して引き渡すことにした。
「生きて。あなたに残された言葉を大切にして。」
 そっと耳に囁いて、その背中を見送る。
 行平のもとに戻り、しばらくは、彼女も、簡単に事情を聞かれた。
 話ていると、周子(あまねこ)の為に、牛車が回されて来た。短い説明だけで済んだので、車に乗り込み家へ戻るように、促されて、立ち止まり、後ろを振り返る。
「あの人、どうなるの?」
「一緒に、逃げてきた女か?事情は、聞かれるだろうが、さっき姫が、悪事への加担を否定していたから、よほどのことがない限り、家へ帰されるだろう。」
 行平が言った。彼は、そのまま、報告に戻らねばならないので、弟の知則と、彼の連れている武士たちに守られて、帰途についた。

 戻ると。伯母と、心配で、やって来ていた頼子姫の二人に、ぎゅっと、抱きしめられて、泣かれた。周子の無事を知らせる報は、職務中の伯父には伝えられているはずだが、伯母も、彼女が怪我もなく戻ったことを報告する使いを走らせる。伯父が、知則や、行平たちと連絡を取りながら、検非違使の捜索の手をだしてくれたことを、伯母が教えてくれる。
「伯母さま。お姉さま。・・・私、今、家に帰ってきたんだなって。よかったって・・・。」
 ぽろりと、涙が出た。
 その日、周子(あまねこ)は、心に、帰る家を手に入れた。



半月後。
 世の中を騒がせた事件は、体勢を揺るがすほどには発展せず、ただの詐欺事件として世の中に認識された。盗賊団の一味との関連は語られることはなく、別々の事件として、存在している。あの寺へ集まっていた者は、始め、宮を名乗る男から、口止め料を少しばかりもらっていたらしい。それが、反対に、あの暴動を起こそうとしていた男に、弱みを握られ、脅されて、事がなった暁には、後押しする予定だったらしい。彼らは、皆、理由を公にされることなく、処分を下された。大半が、京を追われて行ったそうだ。あれから、検非違使の別当として、後処理に忙殺されていた伯父が、やっと家でゆっくり出来るようになって、教えてくれた。
 そして、今日は、のびのびになっていた、管弦の宴がある日なのだ。
 薔薇(そうび)の赤に紫をのぞかせた、華やかな重ねを着こなした頼子姫の横に、薄い紅(桃色に近い)に濃い紅をのぞかせた紅の薄様(くれないのうすよう)を着た周子(あまねこ)も、座っていた。あからさまに姿が浮かびあがらないように、灯火は暗くしてあり、彼女たちも、きちんと檜扇(ひおうぎ)を翳している。翳した扇の内で、溜息をもらした周子(あまねこ)に、隣りの頼子が話しかける。
「素敵な方ばかりね。周子(あまねこ)どのは、どなたが一番格好良いと思う?」
「そりゃ、一番、見かけがいいのは、あの左小弁どのじゃないですか。すっきりしていて、きれそうな感じだし、教養もおありのようだったわ。お姉さまは?」
 投げやりに、答えたけれど、頼子は気にしていないらしい。
「ふうん。ちょっと、声はかけにくい感じだけれど、見た目はそうね。でも、誉め言葉のわりには、周子(あまねこ)どのは、一番に思っていられないみたい。何を拗ねているの?お目当ての方がいらっしゃらないから?」
「これは、お姉さまのお見合いのようなものだもの。出席してたら、怒るわ。」
 もちろん、宴という名目上、サクラも混じってる。だから、来ていたからといって、皆、彼女が目当てとは限らない。
「あら?義父上が、周子(あまねこ)も、いい方がいれば、遠慮せず、教えてくれていいって言ってたわ。どう?ずっと、ほったらかしで、なしのつぶての人は、やめて、他の人も、見てみたら?」
「・・・・・・。」
 頼子の手が、周子(あまねこ)の頬にかかった髪のひとすじを掃ってやる。
「大丈夫よ。ちゃんと、お見えになると思うから。物忌みやらにかかって、なかなか、あなたのもとへ来られないんだって、女房を通じて、噂を仕入れて来たの。今日は、ひょっとしたら、まだ、出れないのかもしれないわね。それなら、日を改めて、来られるわ。きっと。」
 話していると、向こうから、近付く人がある。そばに、控えていた女房が誰それと、名を教えてくれた。筝を聞かせて欲しいとねだられた。相手は、少し酒が入って、酔いが回っているようだ。衣冠束帯姿と、他家への訪問としては無難な礼装をしてい、きりっとしてさえいれば、それなりに見えなくもないのに、酒が入っているので、何だかよれよれの感じ。しつこいし。扇の陰で、周子は、いらっと、眉を寄せる。
姫君お二人に、ぜひと言われて、頼子が答える。
「妹は、今、爪を傷めているから、無理。その代わり、私が、弾きますと伝えて。それから、こういう席は初めてだから、何を弾けばいいのか、義父上に聞いて。」
 近くの、姫君たちの言葉を伝える女房が、御簾の際に寄っていって、伝える。
「殿さま。姉姫さまが、こういう晴れがましい宴をご覧になられたこと、父君にいたく感謝いたしますと。拙いながら、私も筝をご披露したく、父上のお好きな曲をお弾きになりたいと、おっしゃっています。」
 それに、答えて機嫌よく、中納言がではと、曲を指定する。
「かしこまりました。そう、お伝えします。それから、妹姫さまは、ただいま、爪を傷めておられるとのこと。申しわけありませんが、今宵はご遠慮いたしたいと承っています。」
 さも、ついでのように、断りの文句をつけたし、それも、直接、相手に答えたのではなく、父の中納言に伝えた言葉を聞こえるように言って、少し、隔てを置いて、声をかけてきた相手にも意思を伝えるという方法を取る。女房が戻って来ると、筝を頼子が弾き始めた。
 彼女の弾く曲が終わって、賛辞がささやかれ、また、その気を弾く為に、名乗りを上げた者が、自慢の楽器を披露する。
 曲を聴いているのも飽きてきて、少し中心からはずれて、出来れば、こっそり部屋へ戻ろうと思い、端により過ぎていたのだろうか。人影が御簾に近寄ってきて、中を探るように見ている人がいる。声をかけられて、周子(あまねこ)がよく見てみると、自分の知らない人が、何だか一生懸命語る。彼女から見れば、結構おじさんの域に入った人だ。今日の、宴席の、姫の婿候補というより、サクラの人かしら・・・と、さりげなく失礼なことを考えて、耳を傾けていたのだが、よくわからないことを言っている。文?何のことかしら・・・・?差し上げた覚えはないのですが?そんな知らない人に、書くわけないじゃない。心の中で、どうしようかと、困っていると、さりげなく伯母が移動してきた。頼子もいる。宴は、女房たちが、応対しているので、そこに居なくてもいいのだ。いつのまにか、御簾の外に、伯父がやって来ていた。二言、三言、話をすると、御簾の下を文らしきものが差し入れられる。その薄様には、見覚えがある。頼子が、興味深々といった顔で、文を開いて読んだ。

空に物思いするかな 24

2009-03-18 11:43:54 | 空に物思うかな
外の見張りは二人。たかが女とみて、見張りが少ないのは幸いだ。戸口のところで見張っているけれど・・・。いらいらと、考えていると。
外で誰か、見張りに声をかけている者がいる。明日の前祝に、頭領から、酒が振舞われたと言っている。この屋敷の厨のものだろうか。おっかなびっくりのようすだし、彼らとは関係なく、ここの屋敷に雇われている者もいるらしい。酒の入った壺を渡していく。見張りは、大声で、笑いあっていたが、やがて、ぐうぐう鼾をかいて寝始めた。
「?」
 どうしたのかと思っていたら、あたりを気にしながら、宮を詐称する男が駆け込んできた。
「逃げよう。」
 知恵を巡らせて、酒に一服盛ったのだ。事情を良く知らない厨の者に、金を握らせ、彼らに酒を出すようにと指示を出した。その際、頭領からだと言えと、条件をつけて。
女の手を引いて、逃げようとする。周子は、それを、ちょっとの間、遮って。
「待って、厩に行って、先にこの屋敷の中に騒ぎを起こすのよ。混乱するし、町中には違いないから、様子が怪しければ、検非違使が駆けつけるわ。逃げる隙は、たくさんあったほうがいい。」
「わかった。」
 床下ぞいに、対の屋を抜けて、暗がりを厩まで走る。誰もいなくてよかった・・・と。ほっとしつつ、扉を開き、馬の柵を外す。中の一頭が、擦り寄ってきた。
「波早?ここの馬たちは・・・。」
「皆、盗まれたものだ。」
「盗品の一部なの・・・。」
 周子(あまねこ)は、思いついて、自分の衣を裂いて紐をつくり、胸元の簪を波早の首に、括りつけた。
「行平さまのところは無理だけど・・・お願い、ここから、逃げないと危ないの。他の馬が屋敷で暴れまわっているうちに逃げるから。外を走り回って、誰かに知らせて、波早。」
「おい。そんな馬に言ったって、わからないだろう。」
 男の呟きを否定するかのように、波早はぶるるんと鳴いた。一度、ひひんと高く鳴くと、他の馬も呼応するかのように、いっせいに足踏みを始めた。
「うそだろう・・・・。」
馬達がいっせいに、先を争って、外へ出て行く。
庭中を駆け回り騒ぎ出す。
 波早は、最後に出て行く。周子(あまねこ)たちも、今度は、門へ向かって走り出す。
 門のところまで、来ると、とっくに駆けて行ったはずの波早が待っている。門の守りが皆、蹴倒されてたおれている。ぶるんと鳴いて、早く門を開けろと言っている様だ。
 門を開けると、道をまっすぐに駆けていく。
 周子(あまねこ)たちも後を追って逃げようとした。だが、途中の道で、追いつかれそうになった。
「逃げろ。逃げて、俺の罪に気付いて、訴えに来たと言って、検非違使にっ。お前だけは、生きろっ。」
 男は、女の手を放すと、反対の方へ駆ける。追ってきた追っ手の刃に、自ら、飛び込んで行った。男の名を叫んで、駆け戻りそうな彼女を引き止めて、逃げようと、ひっぱっていく周子(あまねこ)。追いつかれると思ったとき、馬の駆けてくる足音がした。
 しゅっと、素早い何かが、頭上高く飛び越えていく音を耳にしたと思ったら、どさりと、後ろの敵が倒れていた。
 それから、ばらばらっと矢が雨のように、敵に降り注ぐ。逃げ切れるものはいなかった。いくつもの松明のあかりが見える。波早の姿と、馬上の行平。波早は、もちろん鞍はついていないので、別の馬に乗った彼を連れてきたのだ。続いて、これは、完全に武装した一団。知則の姿もある。ばらばらと、矢の雨を降らせたのは彼らだ。彼らは。
「お見事!お飾りかと、思っておりましたが、公達にも、こんな強い弓を引ける方がいるとは、思いませんでした。」
「いや。外しても、威嚇にはなるし、そなた達がいてくれると思っていたから。」
 賛辞を、軽く否定し、馬を降りる。弓を他のものに預けて、右手の懸けを慌ててもどかしそうに、はずし、こちらに駆け寄ってくる。白い狩衣姿で、夜目にもはっきりとわかる。周子は、その姿を見ると、ほっと肩から力が抜いた。
「姫。無事か?」
「行平さま。・・・うそ、波早、知らないはずなのに、本当に連れてきてくれたの?」
「あの馬の簪を見て、もしやと思ったのだ。そこいらを、捜索していた私たちの一団に馬が突っ込んできて、止まった。ついて来いといわんばかりに、きびすをかけえしたのだぞ。」
 行平は、事情がわからないながらも、周子(あまねこ)に説明した。もともと、彼女を探していたのだ。行方がわからなくなったあの辺りで、あの時間、牛車が一両通ったという情報をもとに、道筋を辿ったのだ。わざわざ、車に乗せて連れて行ったのだから、命に別状はないとみて、行方を探っているのを知られないように、車を追って、いくつかの、候補をしらみつぶしにし、こちらの方角が残った。それは、あの宮邸のある方角で、念の為、武装した集団も連れて移動中だったのだ。

空に物思いするかな 23

2009-03-18 11:37:32 | 空に物思うかな
 女が、こちらへやって来た。
「ごめんなさいね。親切にしてくださったのに、こんなことになって・・。」
 手荒に扱われた周子(あまねこ)に、怪我はないか確かめるように、手を差し出した。近付いて、懐のところに見え隠れしている簪に目を留める。周子は、ちょっと、首を傾げ、胸元からそれを引き抜いて、みせてみる。
「ぬしやたれ とへど白玉・・・」
 あの文にあった歌だ。
「その歌・・・。」
「昔ね。私の家は、昇殿を許される様な家ではないけれど、父が仕えていたお屋敷のご主人さまの推挙で、舞姫を勤めたことがあったの。上手く舞って、ご褒美に、簪をいただいたのよ。うれしくて・・・・・。」
大事にしまって、帰ったつもりだったのに、跳ねるように、うかれていたからだろうか。家のすぐ、そばまで来た時だった。ふと、それが胸元にないことに気づき、泣き出しそうになった。その時、この歌とともに、声をかけられたのだ。そう、宮を詐称するあの男だ。簪を手渡し、もう、失くすなよと涙を拭いてくれた。
その歌は、もちろん知っていたから。「私も返事をしないほうがよかったのかしら。でも、それじゃあ、白玉は、返ってこないわね。」と、返事した。
「それから、内緒で付き合いが始まったの。彼は、とても裕福とは思えないような家の雑色だったのよ。でも、両親にばれて・・・。」
「別れたのに、なぜ?」
「ある日、突然、身なりがよくなって、訪ねてきたの。薄い血筋を辿って、はぶりのいい家の養子になったからって。迎えに来てくれたのがうれしくて、ついて行ったの。それから、あの家に住むようになった。けれど、彼、何をしていたと思う?」
 男は、女がらと、当世ではもっともなことと認められ、女の実家の力を当てにして、点々と逆玉のように、女のもとを変える例もあるけれど、それは、婿になる男にも、出世の見込みを求められて、迎えられる場合だ。当てもないのに、あるように細工して、まんまと、渡り歩くなんて酷い話だ。
「でも、そんな中でも、自分だけは特別だなんて、思っていたからかしら、こんな大きなお屋敷にも迎えられて、晴れがましい思いにごまかされていたんだわ。ここへ、来たら、事情がわからないはずはないのに・・・。知らないままのほうが、よかった。」
「そうだったの・・・・。」
 たぶん、あの男にとっても、この人は、他の女性とは、違う存在なんだろう。
沢山の嘘の中の唯一の真実。
あの寺で亡くなった常盤は、どうにかして彼女の存在のことを知って、調べたんだろう。悩んでいたんだわ。周子(あまねこ)は、思う。
そんなふうに、問うてくれた相手が、自分だったらいいのに。
文の中で、少し心の重りを打ち明けたい気持ちで、あんなふうに書いてきたんだ。
もしかしたら、恋をあきらめて、別れを言い出したのかもしれない。
それを、計画を知られたと、勘違いされて、始末されたとしたら?
文の内容の、意味不明な部分も、解けたし、悩みとはこちらのほうだ・・・・・。
こんな馬鹿なことってない。
もしも、誤解されなかったとしたら、あの人は、きっと辛い恋を胸の中にそっと眠らせて、また、次の・・・人生を生きていたかもしれない。
それに、犠牲になっていい命なんて、ひとつもない。と、やりきれない思いをく。
「外は、どのくらいの人がいるのかしら・・・・。」
 そっと、外を伺い、ついでに、屋敷の構造を伺う。貴族の屋敷は、対の屋を長い廊下でつなげてあるだけで、どこも規模や配置がちょっと違うだけで、似たようなものだ。建物の構造も単純で、庭に降りられれば、逃げられるかもしれない。
 月が傾いている。
「ねえ。真夜中をもう過ぎちゃったのかしら。」
「ええ。もう、日が沈んで大分と時が過ぎたわ。」
「じゃあ。月は、沈みかけているのね。あっちが西だから、すると、ここは、北西にある対の屋かしら、前にも同じように対の屋があるし、あれが西の対・・・。」
「たぶん・・・・。」
 女が驚いている。
「何とかして、逃げましょう。」
「でも・・・・。」
「私、人を害する悪意はゆるせないの。ちょっとぐらい人が持っている黒い気持ちとかは、わからなくもないけれど、自分がそれの犠牲になるなんて、嫌なの。だから、やれるだけの抵抗はやってみるのよ。」
「どうやって・・・。」
「考えるの・・・。」
 考えるのよと繰り返し。周子(あまねこ)は自分に言い聞かせる。前に、賊に追われたときは、行平が守ってくれたから、難を逃れたけれど、今は、非力な周子(あまねこ)が、この女を連れて逃げなければならない。走るにしたって、長くはもたないし、すぐに追いつかれる。
 どうすれば・・・・・。
「そうだわ。同じことをすればいいのよね。騒ぎを、起こす。ねえ。ここの屋敷って、厩はあるの?」
「ええ。確か、北西のこの対の屋から、近くに。馬に乗って、逃げるの?」
「それは、何頭ぐらいいるの?」
「そう言えば、どこからあんなに連れてこられたのかしら?あの人、乗れないのに、いっぱいいるわ。」
「まず、何とかして、そこへ行く。何か、いい手はないかしら?」
て、まんまと、渡り歩くなんて、酷い話だ。

空に物思いするかな 22

2009-03-18 11:34:49 | 空に物思うかな
目の前は、暗い闇。女の泣き声が聞こえる・・・・。
うっすらと目を開けて、ここはどこだと、記憶を反芻する。はっと、周子(あまねこ)は、身を起こした。くらりと、眩暈がして、片手を床について体を支え、もう片方の手を頭に添える。
 床・・・?広いその空間は、自分が送って行ったその家ではなく、もっと立派な屋敷の中だ。送って行った?そうだ、あの人の介抱しようとしていたら、突然乱入してきた者たちに、連れ去られたのだ。関係ないこの方を巻き込まないで・・と、あの人は、言ったけれど、そんなこと聞く耳を持つはずがない。抵抗したら、気絶させられた。鳩尾をいっぱつだ。軽いとすんと音がしたと思ったら、周子(あまねこ)は意識を失っていた。
「塗籠(ぬりごめ)の中?」
 入り口がひとつで、窓もない。壁が塗りかためられているから、塗籠。人を捕らえて、放り込んでおくには、確かに向いている。
 そこに人がいないのを確認して、一安心する。
 その入り口の向こうで、人の言い争う声がしている。そっと、外をのぞいて確認する。夜の闇が垂れ込めているので、幸いにも、こちらからのようすは伝わりにくい。
「頼む。助けてくれ。この女だけは。」
 男が、懇願している。近くの薄暗い灯火に姿が浮かんでいる。立っている男の足に、すがりついてついている男は、たて烏帽子に直衣、ゆったりとした一目で上質とわかるものを着ている。おかしな構図だ。
立っているは、水干を身につけた雑色ふうの・・・・・・あの笑い顔の男だ。
「駄目だ。証拠を残すようなものは、お前にとっても、そのほうが都合がいいだろう?」
「やめてくれ。この女を失ったらもう、俺は・・・・。頼む。素直に、協力するから。お願いだ。なっ。俺は、荒事は苦手なんだ。この間の女みたいに、害さないでくれ。あれだって、もともと、素性を聞いていたかもというだけで、推量だけで・・・。きっ、気が変になってしまいそうだ。」
「ふん。まあいい。今度、こっそり屋敷を出させるなんてまねしやがったら、その時は、ばっさりいくぞ?この部屋は、配下に、見張らせているから。人質だ。明日は、うまくやれよ。そして、次の日からは、新しい王国の帝だ。」
 そう言うと、ばたばたと乱暴に、部屋を出て行く。
 側で、泣き続けていた女が、男に駆け寄り、体を揺する。
「馬鹿なことは止めて。ね。こんなことは、止めて。」
「今更、本当のことを言うなんて、出来ないよ。皇族を詐称したんだぞ?あいつらから、逃れたって、今度は、お上から、追われる。国中のどこへ逃げられるというんだ。京から、出たこともないのに、逃げられると思うか・・・・・・。」
 続いて、溜息のように、こぼれた言葉。
「ただ、ちょっといい思いが出来ると、思っていただけなのに・・・。世の中は、不公平だ。生まれた家が良い家だけだって、一生楽しく過ごせるやつがいるのに・・・。そう、思わないか?」
 言いながら直衣姿の男は、床に気が抜けたようにへたりこんで、座っているのが、塗籠のたった一つの入り口の薄く開いた木戸から、見える。前のめりになって、身を乗り出すように耳をそばだてていたのだが、うっかり、かたりと、音をさせてしまい、周子(あまねこ)が起きていることに、気付かれてしまった。
 女が、心配そうに、こちらを見ている。ぎゅっと、袿の袷を握っている。周子は、その側の男の方を見ている。
「兵部(ひょうぶ)卿(きょう)の宮なのね・・・。」
 寺で、一度見たことがあるから、間違いない。一方、宮は、庭の暗がりで、千沙の顔を見ていないらしい。聞いても、首を捻って、一緒に連れてきた女の正体を見極めかねている。
「あなたは、皇族をと言ったわ。ここの暮らしは、廃れた宮家のものには見えないし、今、名の通った宮さまで、詐称できる可能性があるといったら、限られてくるもの。推測してみたのよ。そうなのね。」
 周子(あまねこ)は、注意深く、正体がばれないように言った。男は、驚いている。
「何て事を。最低だわ。人を生かすための嘘なら、少しは多めにみてもいいのかもしれないけれど、あなたのは、立派な罪よ。あなたの言い訳は、まっとうに生きてる人に対して、失礼です。」
 刀の切っ先を向けられたような感覚。男は、驚きすぎて、声も出ないようだ。育ちのよさそうな女が、泣きだしもせず、ほんのちょっと垣間見た事実から、推測して、こちらを追い詰めるような口調に、ぽっかりと口を開けている。
「明日、何があるの?成功しなければ、あなたも、この人も、同じ運命なのよ。でもね。成功しても、同じよ。こんな大それたこと計画する奴があなたのこと、いつまでも、生かしておくと思ってるの?人の命を何とも思ってないの、分ってるでしょ?そんな奴の言葉を信用するの?」
そうだ。立ち聞きしたかもしれない女を殺し、仲間の、あの賊だって、ばれそうだったから、始末した。周子(あまねこ)は、心の中で、怒りを抑える。
 聞いていた女のほうが、呟く。
「明日。帝の御幸があるのだとか。その列へ、興奮して悪乗りした群集が・・・。混乱したところを少人数で、襲うのだとか。」
「?この間から、頻繁に上つ方の屋敷で起きているような?」
「そうです。彼らは武器ももたないから、警護が彼らを追い回すのに苦労して、油断したところをって・・・。」
 そういうことか・・・・。周子(あまねこ)は、首を横に振って答える。
「それは、おそらく不可能だわ。それが、なったとしても、その後は?東宮さまは、いらっしゃるのだし、少なくとも、京で武力を持っている者は、間違いなく、そちらの守りにつくわよ?」
 すかさず、穴だらけの計画を指摘する。
 女が、涙を拭って、鼻をすする。
「馬鹿だわ。いい思いをしたいばっかりに嘘を重ねて、結局それで、行き詰っちゃってるなんて・・・。ねえ。恐ろしいことに加担しないで、今なら、間に合うわ。帝を害そうなんて、止めて。」
「無理だよ。見張られている。」
 そう言って、男は部屋を出て行った。

空に物思いするかな 21

2009-03-18 11:31:42 | 空に物思うかな
朝早く、部屋へ、伯母がやって来た。昨夜のことは、伝わってるようで、周子(あまねこ)の様子を見にやって来た伯母は、彼女の元気がないのを見ると。
「周子(あまねこ)?」
「伯母上。私・・・。」
「心配なのね。でも、また、いらっしゃるから。そんなお顔をしていては駄目よ。また、病気になってしまうわ。ね?」
「・・・・・・・・。」
 伯母は、連れてきた女房たちに、色とりどりの絹を周子(あまねこ)の目の前に置いた。何と、小首を傾げる彼女に。
「もう少し、間があるのだけれどね。実は、家で宴を催すことになったの。お若い公達をよんでね。家の姫たち、いえ・・・・・・・頼子姫のためにね。」
伯母は、少し迷ったようだけれど、頼子姫のためにといった。周子(あまねこ)の様子を見て、彼女は、その対象からはずしたほうがいいと思ったのだろう。
 宴には、主に若い貴公子たちを招き、その中にこれはと思う者も混ぜておく。姫は、御簾の中にいて、姿を現すことはないが、何となく雰囲気が伝わるから、もちろん、そのつもりで来ている者がいる者は、それとなく様子を探るだろうし、よければ、文を送るなりして、恋の手順を進めていくだろう。姫の側からも、ある程度、観察は出来る。お見合いのようなもの、と言って差し支えないと思うが・・・。
 伯母は、そのための衣装を、決めるのだと言った。
「頼子姫には、どんなのが似合うかしら。ねえ、一緒に選んで?」
「頼子お姉さまなら、この色はどうかしら。華やかな顔立ちだから、赤い色が似合うと思うわ。濃い紫を添えて、薔薇(そうび)か、薄紫で、撫子(なでしこ)か。赤と赤で、唐撫子(からなでしこ)でもいいかしら・・。」
 衣装の話になると、女は、活気づくものだ。周子(あまねこ)が、少し、元気を取り戻したのを見て、ほっと胸を撫で下ろし、伯母は、あっと、思い出して、小さな布に包まれたものを、周子(あまねこ)に渡す。
「そうそう。忘れないうちにと思って。」
 布を開くと、きらきら玉の飾りがついた簪が出てくる。
「五節の舞姫の簪って、どんなものだろうって、言っていたから。」
「こんな形なの・・・。」
 ぬしやたれ とえど白玉いはなくに さらばなべてやあはれとおもはむ
(誰のものかと聞いて見たのに、白玉の持ち主は答えない。それじゃあ、みんなを愛おしいと思うことにするよ。五節の舞姫の簪の白玉を落としたのを拾って問いかけた歌。)
 周子(あまねこ)が、この歌の、五節の舞姫の簪ってどんなものか、気にしていたのを覚えていたのだ。義母は、手紙の内容までは、知らない。古今集にある、河原左大臣(かわらのさだいじん)源融(みなもとのとおる)(とっても美形だったらしい)という有名な人の歌なので、手習いでもして、気になったのだと思ったらしい。簪をくれた。
「ありがとうございます。そうだわ。お姉さまに、宴の話は?」
「伝わってますよ。」
「じゃあ、衣装の好みも、直接聞いてみたほうがいいかもしれませんね。」
「ふふ。おしゃべりしたいだけね。周子(あまねこ)は。気が晴れるなら、いってらっしゃい。」
 許可を貰って、いそいそと、立ち上がる。貰った簪は、そのまま懐に挟んだまま、周子(あまねこ)は、出かけてしまう。途中で、気付いて、引き返そうかと思ったけれど、車が急に止まって、そちらに気をとられる。
「どうしたの?」
「すみません。姫さま。前に女がうずくまっておりまして、今、どかせますから。」
 牛飼いの言葉を最後まで聞かず、御簾をあげて外を覗く。うずくまった女は、気分が悪そうに見える。
「すみません。すぐ、どきますから。」
「いいえ、気にすることないわ。それよりも、あなた、本当に気分悪そうだもの。大丈夫なの?」
「ええ。家まで、今から帰りますし、すぐ近くですから、やすみやすみ・・・。」
「いいわ。送ってあげるから、お乗りなさいな。」
 見知らぬ者を、無用心だと、牛飼いには、反対されたが、相手は、か弱そうな女である。着ているものも、上等で上品な感じだ。素性が怪しく見えなかったので、周子(あまねこ)は、彼女を車に同乗させて、家まで送った。
 生垣に囲まれたこじんまりした邸宅で、誰も、出てこないので、車を通りの邪魔にならないところに止めさせて、周子(あまねこ)が彼女を抱えるようにして、家の中へ入っていく。
 牛飼いは、待っていたが、ふと、自分を呼ぶ声に、振り返って見ると、知則がいる。自分の屋敷の若様だとわかり、ほっとして事情を告げた。
「え?家で大人しくって言ったのに。しかも、何で、いきなりからんでくるかなあ。」
ぼやく。探っていて、兵部卿の宮がよく出入りしている家を見つけた。何のことはない、女の家だが、他に通っているところと比べ、様子が違うようなので、調べようと思ってやってきた。まさか、たまたま、それを道で姉が拾ったとは・・・。苦労したのに。知則は、武者らしきものを連れていて、彼らを振り返って。
「仕方ない。行くぞ。」
 中へ、入っていくと、しんと静まりかえって誰もいない。さっきまで、彼女たちが居たらしい場所は、几帳が引き倒され、荒らされたあとがあった。
「探せ。」
 慌てて、知則は叫んだが、周辺を探しても、どこにもその姿は見つからなかった。

空に物思うかな 20

2009-03-11 11:16:05 | 空に物思うかな
 来るという文はもらっていたので、待っていたけれど、行平がなかなかやって来ないので、周子(あまねこ)は、知則と囲碁をしていた。そろそろ、おしまいにして、片付けようかと思っていたところ、庭先に人がやって来た気配が伝わってきたので、知則が立って縁へ出る。
 行平だと、確かめると、何を思ったのか、自分のそばの御簾をひとつ半分まで巻き上げてとめて、中を示す。
「今、碁をやってたところです。負けがこんでましてね。ちょっと、休みたい気持ちでして、衛門の佐(すけ)どの、代わってもらえませんか?」
 知則が、そう言って、中の廂の席へ、行平をあげる。さすがに、几帳は立てかけてあったが、碁盤をはさんだ距離だけなので、ちらりと姿を見ることも叶う位置だ。もちろん行平に、否やはあろうはずもなく。周子(あまねこ)も、嫌そうには見えないので、ちょっと席をはずすかなと、知則がこっそりその場から、消えようとしたその時、会話を耳にして、振り返る。行平の遅くなった理由。通り道の屋敷のひとつが、この間の事件のように、群集に踏み荒らされて、塀まで壊れてしまい、そのあとの始末やら、検非違使の出動やらで、道を塞いで、結局、遠回りしてきたのだそうだ。
 周子(あまねこ)がちらりと、知則のほうを見た。どちらが、口を開くか、迷っていたが、知則が今日見た話をする。
「ふうん。なるほど、世を騒がせたい奴がいるってことかな・・・。」
 何事にも、悪乗りして見たいやつがいること自体は、めずらしいことでもないが、ちょっと薄気味悪い話である。話しているところへ、庭先に、人の気配がして、知則を呼んでいる。彼は、あの時、供の中から、目立たない者を選んで、しっかり後をつけるように指示してあったのだ。その者が今、戻って来て、報告に来た。
 報告を聞いて、戻って来る。
「男を追わせてたんですが、ある屋敷へ戻って行ったとのこと。どこへ、入って行ったと思います?」
「・・・・まさか・・・・。」
「そのまさかですよ。」
「何か、糸口になるかもしれぬ。」
 行平は、そういうと立ち上がる。
「衛門の佐(すけ)どの?」
「調べる。」
「えっ。自ら動かれることないじゃないですか。」
 知則の呆れた声に。
「先に、報告にあがらねばならないところがある。それから、家に戻って、指示を出すことにする。」
「家に戻って・・・。それじゃ、お手伝いします。衛門の佐(すけ)どのの手の者じゃ、面がわれてるかもしれない。すぐに調べていると分り、また、逃げの手を打たれますよ。ちょうど、手ごろな腕の立つものなら、いくらかお貸しできると思いますよ。」
「中納言家の?」
「いえ、違います。ちょっと、生母のもとへ行ってきます。継父が、いわゆる武士の頭領ってやつで・・・衛門の佐(すけ)どのの家への協力って言ったら、間違いなく手を貸してくれますから。」
 行平が承諾すると、知則は。
「姉上の大事な方の安全は、ちゃんと確保されてますからね。厳重に戸締りして、大人しく、待ってて下さいね。」
「あっ。知則。」
 呼び止めてはみたが、そそくさと、立ち去っていった彼の背中と、今、庭先へ降りようとしている行平とを、周子(あまねこ)はせわしなく頭を振って見ていたが、ぱたぱたぱたと、階のほうへ駆け寄る。
「行平さま。気をつけて。・・・!」
 一瞬のことで、息がとまる。周子(あまねこ)は、抱きしめられていた。こんなことは、前にもあった。それなのに、何で動揺してるの。どきどきする心臓を沈めようと、うろたえている周子(あまねこ)の、その耳に。
「事が片付いたら、また、来る。その時は、私のものになってくれるか?」
「・・・・・・・。」
「考えておいてくれ。」
 行平は、あっさりと手を放し、くるりと背を向けて去って行った。今は、周子(あまねこ)の目の前には、闇の中に、静まり返った庭が目に映るばかりだ。さらさらと、衣擦れの音が床へ沈み、とすんと尻餅をついて、座る。どうして、すぐに身を離そうとしなかったのか・・・。
周子(あまねこ)も、もう、自分の気持ちに気付かざるを得ない。はあ・・・と、溜息をつく。その後は、行平たちの無事を祈って、しばらくは過ごすのだと、思っていた。

空に物思うかな 19

2009-03-11 11:13:06 | 空に物思うかな
 姉のところへ行った帰りだった。といっても、血のつながった実の姉ではなく、周子(あまねこ)と同じく伯父の養女になった頼子という姫のことだ。一度、引き合わされて以来、気が合うので、周子(あまねこ)が彼女のもとへしばしば、遊びに行く。普通、身分のある女は、外出などせぬものだが、周子(あまねこ)は別段、伯父からも伯母からも、咎められることもないので、いたって自由に外出している。今日も、楽しくおしゃべりして、次の約束をして、日の暮れないうちに、家へ帰る途中なのだ。牛車がのんびりと進む。
 そろそろ、蒸し暑くなってくる季節なので、車の中で、じっとしていると外の風に当たりたくなってくる。周子は、そっと、物見の窓をあけて、往来を見ていた。ちょうど、粗末な小さな家の続く通りで、雑多な人が行きかっている。何人か、顔見知りになりだろうか、楽しそうに談笑している人たちもいる。向こうから、また、近付いてくる人。
「?」
 細身の水干烏帽子姿の人物。こざっぱりしていて、常に笑っているような顔。非常に印象に残る顔立ちの男だ。笑っているような表情なのに、冷たい目。ちっとも、面白い事などないといっている目だ。ああ、そうだ。あの時の・・・。どこかのお屋敷の花見を襲った集団にいた、冷笑を浮かべていた男だ。
 周子(あまねこ)は、牛車を止めるように言った。車が止まると、物見の窓から、知則の顔が覗く。
彼は、馬に乗って着いて来ていたのだ。周子(あまねこ)が、そのことを伝えると、知則は、頷きながらも、牛飼い童に、車を再び進めるように促す。
 牛車は、速度が遅く、ゆるゆる進む。視線は外さなかった。周子の視線の先をたどり、一瞥した知則。表情は、変らず、物見の窓からまだ、覗いている周子に。
「姉上。不用意に車を止めないでください。目立ちますから。」
「え、あら、そうね。でも・・・。ほら、何か囁いたわ。」
 集団の中の一人が、喜び勇んで、「それじゃ、行こうぜ!」と、どこかへ行こうとしている。わらわらと、何人かがついて行き、残った者は、行き会った知り合いと話し、どうやら何かの噂話しをしているらしい。どんどん、このあたりの往来が騒がしくなる。皆というわけではないが、わりあい多くの人が同じように駆け出して行った。
「弦月どのは、扇動している者がいると言っていたわ。」
 興奮状態の集団の中で、効果的に、口火をきれば、この間のような状況になるといった意味だと思うが、もしかすると、集団があそこへ集う原因を作ったのも、あいつか。知則は、周子(あまねこ)の指摘に、そう推測してみる。だけど、一体何の目的があって?
「となると、また、どこかで騒動でも起きるかな?まあ、早く帰って、伯父上の耳にでもいれておくか。」
「どこの誰かもわからないのに?」
「その点は、あれだけ特徴があれば、あとから、調べるのも簡単だよ。」
「・・・・気のせいかもしれないしね。」
「そうそう。早く帰らないと、今夜あたり、また、衛門の佐(すけ)どのが訪ねてくるかもしれないよ。」 行平は、あれから、ちょくちょくやって来るようになった。相変わらず、行平は縁に腰掛け、周子(あまねこ)は、御簾のうち。ただ、話をしていくだけ。からかい口調になってはいたけれど、周子(あまねこ)がどう思っているのかは、知則にはわからない。いい感じではあると思うのだけどな・・・。場合によっては、ちょっとどっかへ消えていてもいいかなと、算段している。いい加減、関守の役も解放されたい。だけど、自分を引っ張り出した伯父の真意を測りかねている。父親など、身内が同席して、姫が御簾内にいて、それとなく相手を観察出来るような場面が設けられることもあるけれど・・・・。今のところ、その相手は、衛門の佐(すけ)、一人だ。婿にするつもりなら、こんな面倒くさいことはやめておけばいいのに。まあ、当の二人が、楽しそうに過ごしているので、余計なことかもしれないが。知則が、ぼそりとつぶやく。
「お二人は、楽しくていいですけどね。ああ、いい加減、鳥の空音が聞きたいなあっと。」
 鳥の空音は、もちろん、関守を騙す鶏の声。
「まあ、あなたも、楽しく会話に混じってると思ってたけど?」
「そりゃあ。衛門の佐(すけ)どのは、気の合わない相手ではないし、友人どうしの集まりならね。けれど、最近の感じじゃ、お邪魔虫以外の何者でもないでしょう?それに、私にだって、行きたいところもあるんですよ。」
「あら?どんな方なのかしら?」
「って、違いますって。私のことより、姉上は、どう思ってるんですか?」
 言われて、ちょっと考えるふうになり、口を開きかけた周子(あまねこ)に。
「あ、いいです。恋愛相談なら、頼子姫か、伯母上にでも相談なさってください。姉上がいいと思っているなら、空気読みますから・・・。私は、あんまり当てにはならないです。」
 ものすごく嫌そうだ。
慌てて待ったをかけた知則のようすが、おかしくて、笑い出す。「ひどいなあ。」とつぶやく彼に、「ごめん。ごめん。」と言いながらも、周子(あまねこ)はなかなか、笑いが止められず、お陰で、すっかりさっきまでのことは、行平がやって来るまで忘れていたのだった。


空に物思いするかな 18

2009-03-04 13:18:22 | 空に物思うかな
「取り立てて、何も。花見をしていたので、どこそこの花が綺麗だとか。そんなことぐらいかしら。どこの誰なのか知りたかっただけだから、それがわかれば、その場はそれでよかったのだもの。・・・そういえば、五節の舞姫の話はしていたの。好きな和歌の話をしていて。だから、あの歌なのかしら。」
 あまつかぜ雲のかよいぢ吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ 良岑宗貞
 その時の歌を口ずさむ。この乙女とは、五節の舞姫。美しく舞う姿を愛しんだものだ。
「五節の舞姫のことだな。あの文の歌も、舞姫に歌いかけた歌だ。」
「ええ。悲しそうに、五節の舞姫とだけ呟いて、少し俯かれてしまって、慌てて話題を変えたの。他には、思う方には、別に誰か、いるみたいだというふうに受け取れることを言っていた。だから、人に言えぬ悩みなのかしら。ねえ。あの後、彼女と話をした私を害そうとした、あの賊が犯人?いいえ。確か、行平さまは、あの人の恋人の宮さまを調べていたのよね?」
「常盤どのを害したのは、私が射たあの賊だったらしい。それは、寺への出入りを調べて、すぐ足がついたと聞いた。千沙が、たまたま言葉を交わしているのを知っていた賊が、用心のため、害そうとしたのか。それとも、つながりのある宮の指示かは、わからない。けれど、千沙という女は、あの後、急な病で亡くなったということになっている。姫のことを知っているものは、少ない。だから、安心しろ。」
「安心しろですって。違うわ、私が言いたいのは・・・。」
 ばさっと、御簾を跳ね除けて、周子(あまねこ)が姿を見せる。怒っている。
「常盤さまは、あんなに宮のことを思ってらしたのに、それを簡単に害するなんて。あんまりだわ。」
「害したのは、賊の勝手な判断かもしれない。奴らは、非常に臆病な一面ももってるからな。」
「ひどいわっ。」
「お、落ち着け姫。」
 わっと、泣き出しそうだ。行平は、彼女の体を引き寄せて、腕に抱き、よしよしと背を撫でる。
「姫の気持ちもわかる。けれど、そのまま、捨て置くわけじゃない。いずれ、真相もわかる。それまでは、その気持ちにも、蓋をしておいてくれないか。私だけじゃない、皆が、姫を心配しているのだから。」
「私も、お手伝いさせて下さい。」
「危険なことはしたくないと、始め言っていたではないか。」
「・・・・亡くなられた方と話をしなければ、そう思えたかもしれない。お願いします。邪魔にはならないから。」
「だが、姫は顔を見られているかもしれない。近付けば、危ない。」
「・・・・でも、でも・・・・。」
「姫だけじゃない。この屋敷の人間も、この一件に係わっている者たちの命にも係わるかもしれない。わかるか?」
 こくんと、周子(あまねこ)が首を縦に振る。
「そのかわり、捕まったら、いの一番に知らせてやるから。それで、勘弁な。」
 彼がすまなそうにしているからだろうか。
「行平さまが、悪いわけではないです。」
 くすっと、周子(あまねこ)が笑う。笑った。行平が、その頬に手を延ばしかけた時。ごほんと、咳払いがした。ちっ。まるで、見計らったかのようではないか。行平は、すぐ近くに、何食わぬ顔で、座っている知則を見た。
「申し訳ありません。私は、関守を申し付かっておりますゆえ、ただ、一度であっさり、お通しするわけにも行きません。姉上も、分ってないみたいだし。」
「きゃあ。」
 周子(あまねこ)が、叫び声をあげて、慌てて御簾のうちに入る。さすがに、隅に固まって、小動物のように身構えはしなかったが、いたたまれないといった感じで、座ってる。
「函(かん)谷関(こくかん)は、知恵を働かせないと通れないのかな。しかし、やっかいな関守をどうやって、誤魔化そうか。」
 おどけて言った行平。
 函谷関・・・は、何のことかというと。中国の故事で、敵に追われた孟嘗君(もうしょうくん)が、函谷関と呼ばれる城門を抜けるさいに、一番鳥が鳴かないと開かないという門を、配下の鳥の鳴き声のうまい奴に助けられ、門衛が勘違いして開けてしまった門を、無事通り抜けることができたという話だ。
 夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも 世に逢坂の関は許さじ 清少納言
 夜中に、ニセの鶏でだまそうとしたって、駄目よ。私の心の扉は開かないのよ?関守はとっても、守りが堅いの。なんて、意味の歌を、詠んだ女房もいる。
君の心の関(扉)を開けてよと言ってきた人に、関と関をかけて、男女の(逢う・・・は、男女の関係になることを暗示)間の心のずれを関と表現し、それとなかなか開かない函谷関をかけたのだ。こんなふうに、気の利いた答えを返したり、会話の中に取り入れたりするのが、おしゃれな流行のやり方だ。
漢籍は、男の必須教養科目だけど、女性は学ばないものなので、行平は、傍らの知則に言ったつもりだった。
「あら。行平さまが、鶏のまねをなさるの?」
 と、周子(あまねこ)。目を見張る行平。知則は、へえといった顔で見てる。漢籍をかじってるなんて、ほんとじゃじゃ馬だなとのつぶやきとは、反対に、にやりと笑い。行平は。
「また、来る。姫は、面白いな。」
 次の約束を残して、周子(あまねこ)のもとを去って行った。




空に物思いするかな 17

2009-03-04 13:14:48 | 空に物思うかな
宵闇の中。案内を乞うて、庭を歩いて、目指す対の屋へ回っていく。
庭先には、ひとつ篝火が焚かれ、ほんのりと闇を照らしている。
対の屋は、さすがに、外縁と中を隔てる御簾は、どこもきっちりと下ろされて、中の灯火も控え気味に灯されて、薄暗い。
やっぱり、姿を見ることは叶わないか。
半ばは、わかっていたことで、行平はそれでも、残念な気持ちを抱く。
中から、楽しそうに笑う声がしている。?若い男の声・・・。
階の近くに来ると、御簾から、知則が外縁に出てきた。
暗くて顔が確認できない。
誰だと、行平の目つきが一瞬、きつくなったのを、彼は、しばらく、じっと見ていたが、やがて、にっと、笑う。丸顔で、笑うと、とても人懐っこい感じだ。あっ、知則の少将か。部下ではないが、同じ武官なので、顔ぐらいは知っている。
行平は、彼が、この家の養子であったことを思い出した。ついでに、父親が、周子(あまねこ)と同じあの参議だということも・・・・。大丈夫なのか。近くに、置いても・・・。行平は、知則の生母が誰だかまでは、知らないので、心の中で、案じた。
「私は、あのおっかない北の方の子ではありませんよ。」
 心を読んだかのように、知則が答える。周子(あまねこ)とは、幼い頃は、行き来はあったけれど、母親が再婚して、そちらで育ったので、最近まで音信が途絶えていたと、説明する。
「男だし、父方に引き取られるのが普通だけれど、あの猛妻だしな。お陰で、姉上のような苦労をすることはなかった。」
 からからと、笑って答える。
「なるほど。これは、いらぬ気をまわしたようだ。」
「うん。始めに、なかなかいい顔してましたよ。合格点あげましょう。実は、伯父から、うかつに男を近づけないようにと言われてましてね。でも、あの表情に免じて、お話をなさるくらいなら、許してもいいかな。」
 どうぞと、階を示す。階の上の段に腰掛けて落ち着く。何で、こんなに緊張してるんだ。いつもとは、勝手が違う何かをみつけ、行平は、少し居心地の悪さを感じていた。
 さらさらと、衣擦れの音が伝わり。ふわりと、香の良い香りが近付いてくる。
御簾のすぐそばまで、周子(あまねこ)がやって来たのがわかる。
いくら薄暗い灯火でも、闇の濃い庭先よりも、室内のほうが明るいからだ。
黄色に赤い縁取りがしてあるように見える、裏山吹という名の重ねの、小袿姿が、御簾を透かして見える。さすがに、檜扇をちゃんと翳しているので、顔は見えない。
それでも、ほっと心が軽くなったような灯りが灯ったような気持ちになり、見つめてしまう。こうなると、さすがに自分の心の変化を感じないわけにはいかない。
経緯(いきさつ)から、ただ、ちょっと興味を引くぐらいの存在であったはずなのに・・・。
「元気そうだで、よかった・・・。」
 ぽつりと出てきた言葉。気の利いた会話は出来そうにもない。行平は、そんな自分に苦笑する。
「ずいぶんと、気にかけていただいたようですね。あの時は、却って、ご迷惑をかけてしまったのに。あの後、伯父から、小言を言われたのでは?」
「いや。それは、知らなかったこととはいえ、姫君を連れ出したかたちになってしまったのですから、心配になるのはあたりまえ。」
 強い口調ではなかったが、二人の関係を聞かれた。
寺では、宿坊にこもる周子(あまねこ)のそばに、ずっといたわけではなく、顔を合わせても、最後のあの日以外、あまり会話らしい会話もしていない。けれど、同じ部屋で、時を過ごしたのだから、むしろ、何かあったと考えるほうが当然だろう。それでも、行平は、一応正直に、弁明はした。「まあ。そうだと思っていたが。」中納言の返事は、意外にも彼の弁明に納得していた。あまりにも、素直に信じてもらえたので、行平のほうが首を捻った。「誰にも頼らず、自活していこうなどと、姫としては常識はずれのことを考えて行動に出る娘だ。意に沿わぬ男のいうなりになどならぬと思うからな。」笑って、その後、付け加えた。「千沙という娘は、消えた。でなければ、あの子の安全が保てぬ。だが、我が家に加わった姫に、求婚する男が現れる分には問題なかろう。」そうでなければ、もう係わってくれるなという意味だ。もっともなことと、行平も、頷いた。とはいえ、ここへ来るまでは、それほど、確かな気持ちがあったわけではないが・・・・。
 これは、腹を据えて、ちゃんと手順を踏むかな・・・。
会話がすすむうち、行平は心の中で、思っていた。
ああ、それから、ここへ来た目的も果たさなければ。
けれど、思い出させても、大丈夫だろうか・・・・。
行平は、躊躇しながらも、それを口にした。側の知則の存在も気になり、ちらりと様子を伺うが、どうやら、中納言から聞いているのだろう。驚いたふうもなく、座っている。
 亡くなった彼女とは、どんな会話をしていたのか。
 訊かれた周子は、もちろん、ずっと気にかかっていたことなので、やっとその話題になって、少し、膝を進めて答える。あのあと、どうなったのかは、聞いていない。いつもは、周子がいろんなことに興味を示すのにも、あまい伯父だが、さすがに事件に係わることは禁じられている。体の調子を崩していた時は、ともかく、毎日、平穏に過ごしていても、心の底から晴れない気持ちがあるのを感じていた。

空に物思いするかな 16

2009-03-04 13:05:14 | 空に物思うかな
ざりざりと白砂の上を、歩く音がしている。
緌(おいかけ)のついた冠の後ろを巻いた巻纓(まきえい)の冠。欠腋の袍(けってきのほう)の下襲(したがさね)を帯に挟み込んだ姿。
緌とは、冠の左右についている扇状の飾りのこと。武官である為、袍も文官のそれとは違い腋が開いて、裾も前と後ろを縫い合わせず、動きやすい使用になっている。
行平が歩いている。勤務中なので、もちろんいつもの立烏帽子に直衣などという砕けた格好ではなく、武官の装いに身を固めていた。
行平は、呼ばれて庭を移動していく途中で足をとめる。卯の花の白い小さな花が咲いている。小さな白い花が、向うから、こっちへこぼれるように咲いていて。ふと、たった一度だけ笑顔を見せてくれた人を思いだす。千沙、いや、周子姫(あまねこひめ)か・・・。実の父の宰相(参議)どのがそう呼んでいた。彼女がもとの身分の姫に戻り、伯父の中納言の娘となった今、その姿は御簾を隔てた向う・・・どころか、気軽に尋ねてもいけない関係になってしまったのだ。方法がないわけではないが・・・。
思いついて、紙を取り出し、さらさらと書き付ける。ぽきりと、目立たぬところを一枝折り取り、その辺を探し、文使いの童を呼んで、文を託す。それを、見送って、戻ろうときびすを返す。行き先に、人がいる。
こちらを、生暖かい目でみている人へ。
「中務(なかつかさ)の宮さま。ご用と、伺いましたが。」
 そ知らぬ顔で、行平は、声をかける。中務の宮は、年の頃は行平より、一つ二つ上ぐらいに見えた。少し、間延びしたような表情にはみえるが、まあまあ平均的な顔立ち。
「ふふ。君が、職務途中で、付け文なんて、珍しいね。最近は、付き合い悪くなったって、悪友たちが言っていたよ。どこの、誰にご執心なんだろうねえ。」
「宮さま。からかわないで下さい。ただ、この間からの事の顛末を気にしているから、当たり障りない部分だけは、話してもいいかなと、今日あたり、訪ねていこうかと、書き送っただけですよ。」
 くだけた口調になっているのは、普段から親しい仲だから。身分の上下に煩い世界ではあるが、今、まわりに人はいない。
この人に、下手に隠すと、却っていじられる。
だから、正直に話してはみたが、あえて、誰にとは言わなかった。
「あの例の姫君?ふうん。もう、てっきり通っているのではないかと、思っていたが。」
「いや。そういう相手じゃないですよ。あの一件のあと、具合を悪くしたとかで、私の方も、どうしているかは気にはなっていたのですが、忙しくて今まで、放っておいたくらいですから。」
 別の意味で、へたに興味をもたれたら困る。とりたてて普通の女であるというふうに、宮の興をそそらない為に、さらっと流してしまおう。
宮に目をつけられたら、姫には面倒なことになるかもしれない。
宮さまは、良いところもおありなんだが・・・。
あちこちで、浮名をながして恋の噂の多い宮は、あの男前の左小弁といい勝負の数を競っている。それでも、対面をともなう家の姫などは上手に避けている左小弁などとは違い、宮は皇子であるだけに怖いもの知らずだ。ちょっと通ってすぐに、忘れ去ることも平気でしかねない・・・。相手の姫の対面にも、傷がつく。
いや、この際、自分が興味を持ってもらっては困るのだ。それが、本音か・・・。行平は、平静を取り繕いながら、心の中で自分に苦笑する。
めずらしく自分自身の去就に迷ってもいる。
「おやおや。らしくないねえ。それだけ、まじめに考えているってことかな?ねえ、兄上。」
 相変わらず、のんびりとした顔で、ふいに後ろを振り向いて話をふる。あまりに、普通な調子で、建物の影から、人が出てくると、さすがに行平も驚いた。
「東宮さま。」
 慌てて、膝をつこうとして止められた。
「かまわぬ。今、散策の途中だ。警護ということで、さりげなく後ろからついてくるように。」
 大きな読経の声が、こちらへ流れてくる。それが、耳に届いて。「勘弁してほしいな。」と、溜息まじりにつぶやき、歩き始める。行平が、一瞬、返答にこまって、それでも、聞こえないふりを装ったのへ、「困ったものだな。おかげで、兄上がしっかりしなくちゃならない。」中務の宮が、隣りへやって来て囁く。「今は、経だからいいようなものの。神秘主義何とかならないものか。おかしなものを側に置くようなことがなければいいが。」帝のことを言っている。ぼやいたその言葉は、弟の宮が話しているけれど、真情は、兄の東宮も同じだ。是とも、否とも言わなかったが、批判と採られかねない言葉を、窘めることもしない。人がいないので、殊更、止めはしない。ちらりと視線を向けたので、聞こえていることは確かだと、後ろを歩いている行平にもわかる。
行平には、返答しかねることなので、宮の言葉は聞き流す。ただ、その反応も、わかっていることなので、宮も、独り言のように言っただけで、そのまま、後は、黙って、兄の後について行く。
 ゆっくりと、歩きながら、人のいないところに来ると一言二言、話を進めていく。
「結局、盗賊の集めた財宝はどこへ隠したのか、分らずじまいだったな。中納言が、あの寺で、かの人物に接触した者らに渡ったのではないかと言っていたが。左小弁が、被害総額を見積もってくれたが、額が合わぬ気がする。彼らは、少しばかり、もてなしを受けただけのようであるし・・・・。」
 この一件が、ただの盗賊捕縛ではない様相を呈してきた時、話を中納言のところへ持っていく前に、行平は、一度、東宮の弟宮、中務卿の耳に入れることにした。東宮と弟宮は、仲の良い兄弟であったし、当然、東宮の耳にはいることを期待していた。行平は、中務卿とも親しかったので、相談しやすい相手でもあったからだ。これも友人の左小弁は、帝の側近である蔵人の一人だったから、当然、帝もご存知なんだろうけれど、なぜか、指揮は東宮が執っている。そんなつながりがあって、この一件から、手を引くことが出来なくなったのだ。
「そうですね。かの宮にしても、それまで廃れていた方にしては、羽振りがいいといったくらいにしか、見受けられません。体裁を整えるためにくらいにしか、使っていないようですし、派手な宴席を設けたりなどはなさらないようです。もっとも、蔵の中まで覗いてみたわけじゃ、ないですが。」
 調べたかぎりでは、普通の貴族の暮らしよりも、地味だった。しかし、賊の一人が、屋敷に雇われていたことは、事実だ。
「持っていたとして、その金の使い道は?と、これが、行平の疑問だったな。」
「はい。人脈作りは、確かにさしあったて必要だったとは、思いますが、それならば、一席設けるなり、出かけていくなりして、きっかけを得ればいいのではないかと思います。わざわざ、寺で示し合わす必要はないのです。かなり、行動は怪しい。」
 東宮が、頤を軽く引く。
「兵部卿か・・・。実権はないとはいえ、一応、兵に係わる職権も持っているものな。まさか、それだけで、謀反に直結するとは言いがたいが。用心に越したことはないな。」
「はい・・・。」
 寺で、親密にしていた者たちは、藤氏や源氏を名乗っていても、あまり高い位の者はいなかった。彼らの名だけでは、兵は動かないだろう。
「引き続き調べてはみるが、それは他の者にやらせるとして、あの文の意味がな。寺で亡くなった女の文は、何か知っていて悩みがあるととれるような内容にもとれるが。他に気になることを言っていなかったか、詳しく問いただしてみてくれないか。そうしたら、今夜の宿直をさぼって、行平が意中の姫君のところへ、行っても大目にみてあげよう。勝手に、内裏の庭の花を折り取ったのもね。ついでに、恋もがんばれよ。」
「東宮さままで、おからかいにならないください。」
「はは・・。それでいじれるほど、かわいくもないだろう、君は。ま、冗談はよしとして、連絡は、緊急時以外は、中務を通すように。」
 人が来たので、「もう、警護はいいから。」と、去って行く。中務の宮が、ちらりと、こちらへ向けた顔が楽しいおもちゃを見つけたようで・・・。行平は、東宮の後ろへついていくその姿を見送りながら、こりゃ、あとでいじられるの覚悟だなと、どっと疲れを感じていた。