衣擦れの音が近付いてきたが、行平は、ちょっと気にとめただけで、振り向かなかった。いつも、周子(あまねこ)が焚き染めている香と違う。その部屋に残った香りと違うので、てっきり、この家の女房が、様子を見に来たのかと思った。
月明かりに、落とした影。ぽつんと一人、床に延びている。周子(あまねこ)が、その影に寄り添うように、座る。行平には、座ったのは気配でわかったが、声をかけてこない。変だなと、しばらくして、行平が振り返ろうとした時、忍び笑いが聞こえる。
「宴には、参加されないのですか?お友達は、皆様とお酒を召し上がりながら、談笑されてましたわ。」
行平も、衣冠束帯姿と、ちゃんと宴に招かれる礼装を身につけていた。けれど、ずっと向こうでは見かけなかったから、ここに早くから居たのだろう。
急にそばの御簾があがる。
行平が、御簾を巻き上げたまま、立っていた。
肩のところで御簾を持ち上げた手をとめているので、月明かりがまともに入ってくる。
あ、影がここにいなくなっちゃったわ。なんて、周子は、思い。
格子のそばにあった行平の影は、今は、少し離れたところに立っている。陰がいなくなり、急に一人ばっちになってしまったような気持ち。不安定な心を持って行きようもなくて、そっと、顔をあげて、行平のほうを見る。
「いつもと違う香なので、てっきり、ここの家の女房かと、思った。」
「今日は、お姉さまと一緒に、仕度をしたから。どうして、来てくださらなかったの?」
宴のさざめきがこちらまで、響いてくる。
「招かれてはいたが、向こうで過ごすと、酔っ払いどもを撒くのが大変だからなあ。早々に、ここへ来ていた。」
てっきり、宴にいなかったことを聞かれているのかと思い、答える。
「違います。約束です。あの一件が片付いたら、一番に報告に来てくださるのではなかったの?私、結局、伯父から聞きましたのよ。」
「あ・・ああ、そうだったか・・・・。じゃあ、もう一度、俺からも、報告を聞くか?」
「え?」
「中納言どのの教えてくれた事の他に、訊きたいことがあるのか?」
「あ、ええと・・あの。」
何故、あの笑い顔の男があんな無謀な計画をしたのかしらと、疑問を口にしそうになってしまった。あの男は、東国で叛乱を起こした者たちの縁につながる者だということは調べにより、わかっていた。ひょっとすると、一矢報いるだけが目的だったのかもしれない。色んな、思惑を巻き込んで・・・。て、違う、そうじゃなくて、ええと・・・。この状況で、どんな言葉を返したらいいのよと、周子(あまねこ)は、心の中で、反論する。混乱しているのが、外からみても、丸分りで、焦ってる。見てる行平の口角がちょっと上がる。
「・・・なんてな。もうひとつの約束も、考える時間をあけてやった方がいいと、思ってな。」
「・・・・・・・・・。」
「返事は・・・・。」
行平が御簾を上げたままになっているので、中へ月の光が降り注いでいる。
紅の重ねを着た周子の姿を惜しげもなく外へさらす。
開いた檜扇は、ちょうど胸の前で、止まったままだ。
聞く必要があるの?
と、ちょっと首を傾けて見る目が、答えている。
唇が動く。
薄紅色の袖に行平の手が伸びる。声は、聞こえたのか聞こえないのか・・・。
ぱさりと、御簾が下に落ち、あとは静まり返った暗闇が残るだけ。
時折、宴の遠くのさざめきが、こちらに流れてくるだけ。
でも、それは、恋人たちの耳には、届かないもの・・・・・。
今は、月の支配する夜空で、物思いにふける青空もお休みだ。
とりあえず、めでたしめでたし。
おわり
作品懺悔
皇族を詐称出来るのかどうか・・・・・?わかりません。出所の怪しい宮さまが、役職につけるのかどうなのか・・・・・?
いつも、いい加減な、内容です。
こんな話でぇ~が、一番なので、時代考証とかもかなりいい加減です。
今回は、怪しくても、物の怪とか退治する話は抜きで、やりたかったんです。平安時代といえば、やっぱ恋バナよねえ~と、軽く。
登場人物に、モデルはありません。
古今集の和歌の訳は、角川ソフィア文庫から出てる「古今和歌集」を参考にしました。
by みん兎
月明かりに、落とした影。ぽつんと一人、床に延びている。周子(あまねこ)が、その影に寄り添うように、座る。行平には、座ったのは気配でわかったが、声をかけてこない。変だなと、しばらくして、行平が振り返ろうとした時、忍び笑いが聞こえる。
「宴には、参加されないのですか?お友達は、皆様とお酒を召し上がりながら、談笑されてましたわ。」
行平も、衣冠束帯姿と、ちゃんと宴に招かれる礼装を身につけていた。けれど、ずっと向こうでは見かけなかったから、ここに早くから居たのだろう。
急にそばの御簾があがる。
行平が、御簾を巻き上げたまま、立っていた。
肩のところで御簾を持ち上げた手をとめているので、月明かりがまともに入ってくる。
あ、影がここにいなくなっちゃったわ。なんて、周子は、思い。
格子のそばにあった行平の影は、今は、少し離れたところに立っている。陰がいなくなり、急に一人ばっちになってしまったような気持ち。不安定な心を持って行きようもなくて、そっと、顔をあげて、行平のほうを見る。
「いつもと違う香なので、てっきり、ここの家の女房かと、思った。」
「今日は、お姉さまと一緒に、仕度をしたから。どうして、来てくださらなかったの?」
宴のさざめきがこちらまで、響いてくる。
「招かれてはいたが、向こうで過ごすと、酔っ払いどもを撒くのが大変だからなあ。早々に、ここへ来ていた。」
てっきり、宴にいなかったことを聞かれているのかと思い、答える。
「違います。約束です。あの一件が片付いたら、一番に報告に来てくださるのではなかったの?私、結局、伯父から聞きましたのよ。」
「あ・・ああ、そうだったか・・・・。じゃあ、もう一度、俺からも、報告を聞くか?」
「え?」
「中納言どのの教えてくれた事の他に、訊きたいことがあるのか?」
「あ、ええと・・あの。」
何故、あの笑い顔の男があんな無謀な計画をしたのかしらと、疑問を口にしそうになってしまった。あの男は、東国で叛乱を起こした者たちの縁につながる者だということは調べにより、わかっていた。ひょっとすると、一矢報いるだけが目的だったのかもしれない。色んな、思惑を巻き込んで・・・。て、違う、そうじゃなくて、ええと・・・。この状況で、どんな言葉を返したらいいのよと、周子(あまねこ)は、心の中で、反論する。混乱しているのが、外からみても、丸分りで、焦ってる。見てる行平の口角がちょっと上がる。
「・・・なんてな。もうひとつの約束も、考える時間をあけてやった方がいいと、思ってな。」
「・・・・・・・・・。」
「返事は・・・・。」
行平が御簾を上げたままになっているので、中へ月の光が降り注いでいる。
紅の重ねを着た周子の姿を惜しげもなく外へさらす。
開いた檜扇は、ちょうど胸の前で、止まったままだ。
聞く必要があるの?
と、ちょっと首を傾けて見る目が、答えている。
唇が動く。
薄紅色の袖に行平の手が伸びる。声は、聞こえたのか聞こえないのか・・・。
ぱさりと、御簾が下に落ち、あとは静まり返った暗闇が残るだけ。
時折、宴の遠くのさざめきが、こちらに流れてくるだけ。
でも、それは、恋人たちの耳には、届かないもの・・・・・。
今は、月の支配する夜空で、物思いにふける青空もお休みだ。
とりあえず、めでたしめでたし。
おわり
作品懺悔
皇族を詐称出来るのかどうか・・・・・?わかりません。出所の怪しい宮さまが、役職につけるのかどうなのか・・・・・?
いつも、いい加減な、内容です。
こんな話でぇ~が、一番なので、時代考証とかもかなりいい加減です。
今回は、怪しくても、物の怪とか退治する話は抜きで、やりたかったんです。平安時代といえば、やっぱ恋バナよねえ~と、軽く。
登場人物に、モデルはありません。
古今集の和歌の訳は、角川ソフィア文庫から出てる「古今和歌集」を参考にしました。
by みん兎