時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

花ぬすびと 7

2010-05-28 09:14:00 | 花ぬすびと



 いつものように、「梨花どの、こちらか?」と、外縁に座り、中の気配に訊ねる。簾のしたから、昼間梨花が身につけていた袿の裾が見えている。梨花が、返事をする前に、目の前の簾が揺らぎ、兵衛佐が身を滑り込ませる。梨花の斜め後ろの方へ・・・さりげなく、すぐ傍に座り、梨花の肩に手が伸びて来た。ぺシッ。兵衛佐の手を梨花の手が叩く。
「痛てっ。なんだ、そちらからお声がかかったから、てっきりお誘いかと思った。」
「違っ。もう、油断も隙もないわね。聞きたいことがあるって、言ったでしょ?」
 くるりと身を翻し、兵衛佐の正面に、梨花は座り直す。初めの印象とは、違うわと、この頃思ってしまう。女五の宮さまの直感のほうが正しかったかも・・。梨花は、頬を膨らまし、怒ったように。
「兄君の宰相の中将さまの話聞こうと思ってたら、しばらく顔見せなかったじゃない。」
「そりゃ、さすがに、忙しかったから・・・。」
 兵衛佐は、噂の真偽を確かめるべく、知人と二人、市中をあちこち回っていたのだと、あっさり教えてくれた。
「まあ、それじゃ、あの噂の法師の影は、見つけたの?」
「いや。手掛かりはない・・が、知人が、模倣犯じゃないかと言い張るんだ。怪しげな呪術師なんか、結構たくさんいるものだし・・・。それに・・」
「それに?」
 兵衛佐は、しぶい顔をしていたが、梨花がのぞきこむようにして訊ねるので、仕方なく。
「毒を盛られたのではないかと、私は、疑ってるんだ。兄上の屋敷は、人の出入りも激しいし、いちいち家人も細かいことを覚えてない。やろうと思えば、可能だろう?」
「その知人の方も、そう言ってるの?」
「ああ。ほら、梨花どのも知ってる、満春だよ。賀茂満春。」
「賀茂っていうと、あの方、陰陽師なの?」
「いいや。一族には属するらしいが、本人はいたって普通の学生さ。明法家になるつもりらしい。怨霊退散だの、調伏だの、あんなどんくさい奴が出来ると思うか?」
「そうねえ・・・何だか、書籍に埋もれてる姿は、似合いそうだけど・・。」
「でも、まあ、そういう一族のはしくれだからか、時々、妙に感が働く時があるんだよ。そいつが、もっとよく調べたほうがいいかもと、言い出すものだから、よけいそう思ってしまって・・。」
「兵衛佐どのも、始めからそう思ったの?」
「ああ。たらたら時間をかけて、効いたか効かないかわからないものに頼るより、一服盛るほうが現実的だろう?女の恨みって言うけれど、兄上の相手って、間が空かずにすぐに次の相手がある女ばかりだからなあ・・・と、これは、誰にも言うなよ?」
「じゃあ、何なの?」
「ずばり降嫁が実現されたら、確実に早く出世するに決まってるじゃないか。そうなると、誰かの頭を追いこして行くわけだぜ?」
「誰かって、誰?」
「う~ん。そこが、わかんないんだよな~。あんまり、おおっぴらに、家人を動かして聞いて回れない・・・。」
「あ、それで忙しかったのね?」
「寂しかったか?」
 ついでのように背に手を伸ばし、引き寄せようとする。兵衛佐の手を、梨花の手がまた、ぱしっと叩く。
「もう、心配ごとがあるのでしょう!」
「それは、それ、これはこれ。物事には、進展のないときだってあるさ。ずっと、思いつめてたって、ダメなときは駄目・・・っと。」
 きっと、怒りの矛先が立つ気配を感じ、兵衛佐は、まじめに座りなおす。
「紅梅どのの、噂は知ってる?」
「いや・・女房達のことまでは耳にはいらないが・・。」
 梨花は、女達の間で流れている噂を話す。今日、それを女五の宮が否定したことも。
「それで、紅梅どのが、気になさって、落ち込んでなければいいけれど、私、明日許可をもらって、様子を見に行ってみようかしら・・。」
 女の話は要領を得ない。今、感想を述べなくても・・・と、兵衛佐は、思った。とはいえ、自分も誰が犯人だとか、そんなことを相談に来たわけではないから、同じようなものかと、納得する。
けれど、紅梅という女のことは、梨花には内緒で、調べて見る価値はあるかと思い立つ。ここに勤めたての頃、親身になってくれた紅梅に、親しみの気持ちを抱いてる梨花に、
そんなことを言ったら、怒りだすに決まってる。
「ま、そういうことだから、ゆっくりしたいけれど、もう行かなくちゃならない。明日宿下りするなら、ついて行ってやるよ。また、大路で、変な奴に絡まれるといけないからな。」
「いいわよ。子供じゃあるまいし。」
「かまわないさ。今日一緒に、過ごせなかった分さ。」
「え?」
 兵衛佐は、すぐ手元の梨花の袖口を床から、掬ってそれに、口づけた。簾のすきまから差し込む、月あかりがはっきりとそれを照らし出す。少しだけ近づいた距離だけ、ほのかに兵衛佐の衣に燻らした香りが、頬を撫でるように掠めて行く。直接、引き寄せられるよりも、象徴的で、梨花は言葉を失い、赤くなる。
「じゃあな。」
「あ、ち、ちょっと、もう、油断も隙もない~。何なのよ、それ。」
 あっさり、人の気配の消えた庭先。縁側に、そっとにじりでて、梨花は、月を見あげる。
 何を案じていたのか、何に惑わされているんだか・・もう、わからなくなって、柱に頭をこつんと寄せて、その夜は、ぼんやりと過ごした。


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