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時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

短夜の 5

2009-05-27 11:33:38 | 短夜の
「・・・・・・・・。」
 言葉もなく、文面を見つめる周子(あまねこ)。行平が、きゅっと眉を寄せる。
「良昌いるか。」
 外へ、声をかける。
「はい。まだ、控えております。」
 階附近で控えている。行平は、彼に文を渡す。良昌は、読み終わって、顔を上げると、興味津々でようすを伺っている女房たちに、にっこりと笑い、文を渡した。
覗いた彼女たちは、一様に眉を顰める。
小鷺は、ふっと気を失いかける。あの世からの恋文とするには、微妙な内容だが、奇妙な使者と遭遇しているだけに、彼女には怪異にあったように感じられたらしい。
一人の女房が遠慮がちに。
「あの、もしかして、これは宰相さまの北の方の嫌がらせでしょうか?でしたら、中納言さまにもお方さまにも、報告しなくては・・・。」
 宰相とは、参議の通称。周子(あまねこ)の実の父のことだ。長年、周子(あまねこ)の母は、その北の方とされる女君に嫌がらせを受け続けていた。その母も亡くなり、周子(あまねこ)が伯父に引き取られた今、そんな被害に会うこともなく過ごしてきた。周子(あまねこ)が、首を傾げる。行平も。
「まさか。中納言どのの面目をつぶすようなことはするまい。すれば、即、夫の宰相どのの耳に入るだろうし、拗れれば関係が悪化することは確実。さすがに、それくらいのことはわかるだろうから、周りの者が諌めるだろう?」
「そうですわね・・・。母が亡くなってから、私のことは、怖がらせることは出来ないと、怪異騒ぎは起きていませんもの。実質的に、家司などに圧力をかけて、物が滞るようにしていたもの。それは、執事を共有していたから出来たことで、こちらにそういうちょっかいはできませんものね。」
 祖父が亡くなり、残された頼りない女君ではなく、家産の管理は父に移っていたから、そんなことになっていたのだ。その頃は、向こうの家を拠点にしていたから、実際、事を処理する家司などが、手心を加え、実行する下へ行くほど、拡大解釈が成り立ち、周子(あまねこ)の家は、気がつくと暮らしも立ち行かないくらいになっていった。祖父が他界する時点で、もう少し育っていたら、自分の手で管理したのに。
あそこまで、荒れ果てた屋敷になることはなかったと、周子(あまねこ)は思う。
 行平が、慰めるように、彼女の手をふわりと両手ではさむ。
「詳しく訊いたことはなかったが、えぐいな。・・・それでは、今日の一件も、一応、中納言どのの耳に入れておくか。」
「あの、でも証拠はありませんのに・・・。」
 それに、後から伝わってきたことで、その北の方は、「ちょっと意地悪をしておやり。」と、言っただけで具体的なことは指示してはいない。
許す気にはなれないが、彼女が、どの程度のことを望んでいたのかは、周子(あまねこ)にはわからないのだ。不当に貶めることはしたくない。
 聞きながら、行平は、唇の端をわずかに持ち上げ、薄く笑う。
それほどのつもりはなかったとしても、自分の言った言葉が、下の者にどう伝わっていくか、ある程度想像がついたはずだと思う。わからなかったのだとしたら、お粗末な人柄だとしか言いようがない。
とは言え、今回の件は、違う。なぜなら、自分も似たような奴に遭ったから。
「いや、これは、文の行き違いとしてだ。だが、気味の悪い使いであったこともあるし、養父どのや養母どのにも、明日にでも、報告したほうがいい。」
「行き違いと、おっしゃるの?」
「ああ。」
 じっと見つめる周子(あまねこ)の目。茶色い瞳が賢しらな光を映す。
「その使者。目を顰めていなかったか?」
「あら、ええ。」
 念の為、側の小鷺をみる。彼女も、うんうんと頷く。
「そうか。じゃあ、俺が宮中で会った奴と、同じかな。人間違いして、文を落として行ったよ。あの文、開けておけばよかったか。」
 行平が、今日あったことを手短に話す。周子(あまねこ)が納得して。
「では、文のやり取りをしている方たちは、存在しているのですわね。女君のほうは、やっぱりご近所かしら・・・。この辺りは、皆同じような門地の家ばかりですもの。築地塀なんて、闇夜に間違えそうですものね。」
「・・・・・通いなれた道を間違えるのだから、かなり粗忽者だと思うぞ?」
 文の内容から、何度か、その使者も行き来しているはずだ。
「うふふ・・そうですわね。変てこな内容だけど、この文、届けたほうがいいのかしら?明日、伯母上に話して、どこのお宅か、見当をつけてみますわ。小鷺たちにも、情報収集を頼みますね。」
 小鷺たち女房が、頷いた。行平が、階の附近に立っている良昌に。
「男のほうも、当たってみるから、良昌、明日は協力してくれ。」
「かしこまりました。では、陰陽師などは、お呼びにならなくてよいのですね。」
「ああ。」
「それでは、私は、どちらかで待たせていただきますとしますかな。あ、その前に、これを。」
 薄絹を巾着状に上をしばって括ったものを、主に渡す。彼が去っていくと、女房たちも、部屋の灯りを消して、「では、お夜よりあそばしませ。」挨拶して出て行く。
 部屋が真っ暗になると、行平は、薄絹の袋を周子(あまねこ)に渡し、開けてみるように言った。
「蛍ですか?」
「袖に蛍を包みても・・・。」
「あら、どうしてそれを。」
「義姉君の悪戯だ。周子(あまねこ)の反古にした紙を貰ったぞ?良い方だな。」
 義姉の思いやりのある、悪戯を行平は、肯定する。
「ええ。」
「これは、俺の思いだ。」
「袖に包むのですもの。一匹なのではなくて?」
「包みすぎたかな。」
 随分大きな、風呂敷包みになってしまっている。結ぶ目を解くと、ふわんと、空中に蛍たちが散らばった。暗い室内で、淡い青い光が、ゆらゆらと揺れる。
「きれいですね。・・・・。」
 周子(あまねこ)の肩の辺りで、蛍が一匹淡い光を灯している。
一瞬、薄い絹の小袿の蘇芳色(すおういろ)が闇にふわりと浮かび上がる。会いたかった思いは、口に出来ず、周子(あまねこ)は笑みを浮かべて見ている。手で、小さな蛍を捕らえようと、身動ぎすると、蛍は衣を離れ、ゆらりゆらりと上へ、逃げてゆく。
周子(あまねこ)が、捕まえるのを諦めて、行平の方を見ると、じっとこちらを見ている彼の視線と目が合う。そっと、肩を寄せて寄り添う。
「人を恋しいと思う気持ちは、わかりますもの。あのお手紙も、届けてあげたほうがいいのよね・・・。」
「そうだな・・・。」
 淡い光が揺れる、闇の中。久しぶりに二人、寄り添って過ごした。





短夜の 4

2009-05-27 11:30:26 | 短夜の
 邸内が、静けさで満ちている夜更け。西の対の周子(あまねこ)の部屋は、まだ、灯りがついていた。周子(あまねこ)は、先ほどまで、義姉の頼子と二人、おしゃべりに夢中で、彼女が滞在中の自分の部屋へ引き取ったあとも、寝つけず起きていた。
灯りを灯して、何となく絵物語など眺めていた。風のない夏の夜の室内は、灯火の小さな火の近くでも、暑い。夏用の薄い単衣(ひとえ)を羽織っているだけといっても、快適とは言いがたい。湿気のきつい京の夏は、日が沈んでも暑さは去らない。
首筋にまとわりつく汗を不快に思い、時々、襟をぺらぺらっと捲くりながら、冷やす。
じじっと、火皿の火が揺れたので、ふと顔を上げた。まだ、灯りがついているので、ようすを見に、侍女がやって来たのだ。
「姫さま。まだ、起きていらっしゃるのですか?」
「小鷺?」
「はい。そうです。」
 几帳の向うから、こちらを伺うような声が聞こえる。灯りが点けっぱなしのままではないかと、消しに来たらしい。
「何だか寝付けなくて。でも、もう灯りを消して休むことにするわ。」
「では・・・。」
 小鷺が、寄ってきて、周子(あまねこ)のそばの灯りを消す。
 ふっと、灯りが消え、室内が真っ暗な闇に満たされた時。風もないのに、外で草木ががさがさと音を立てた。周子(あまねこ)は、耳をすまし、小鷺(こさぎ)がきゅっと、一瞬眉を寄せて振り返る。庭先に、あきらかに、人の気配がする。小鷺が、主と顔を見合わせ、小首を傾げた。
「予定が変わって、婿君がお戻りになられたのでしょうか?」
しかし、それならば門を潜ってくるはずで、先に連絡に邸内の者がやってくる。遅い帰宅であっても、迎えたばかりの婿ならば、冷たいあしらいはされないはずだから・・・。小鷺も変に思ったのだろう。どうすべきか、迷っている。
 部屋と外との隔たりを不安そうに見ている。先ほど出入りした木戸は開いているし、暑い夏なので、外からの風が入りやすいように微妙に進入しやすそうな造りになっている。
 周子(あまねこ)が、その辺に掛けてあった小袿(こうちぎ)をさっと羽織る。
そのまま、ようすを見ようと、出て行きそうになるのを小鷺が、止める。
「姫さま。危険です。もし、盗賊とかだったら・・・。」
「大丈夫よ。大勢の気配はしないもの。それに、ここにいる方が危険よ。こっそり様子を伺って、怪しければ、ここから逃げるほうがいい。」
「そ、そうですね。でも、塗籠に閉じこもって掛け金を下ろして隠れたほうが安全じゃありませんか?」
「それもねえ。逃げ道はいくつかあるほうがいい気がするわ。外は闇だもの。隠れる場所はいくらでもあるでしょう?」
 そう言って、廂へ出て、こっそり格子の外の外縁ごしに庭先を覗く。
「誰もいない・・・?」
 外は、見慣れた夜の風景。藍色に彩られた庭が広がるばかり。
 周子(あまねこ)は、首を捻る。後ろから、へっぴり腰でついてきた小鷺が、へなへなと床に座り込む。周子(あまねこ)も、ほっと胸を撫で下ろす。安心して、立ち上がり、そのまま、外縁に出た。
 こうして、庭を見渡しても、何もないじゃない・・・と、自分たちの勘違いに、苦笑してみる。
「!」
 いきなり、目の前に文が現われる。
「だ、誰?」
 よく見ると、人が立っている。いきなり暗がりに降って湧いたように人が・・・。水干烏帽子姿のその男は、じっとこちらを伺いながらしばらく、佇んでいた。
 周子(あまねこ)が、人を呼ぼうと声を出す為に、息を思いっきり吸う。
「新しい女房を召抱えられたのか。」
 先に、男の暗い声が響いた。相手は、周子(あまねこ)を女房だと勘違いしている。周子(あまねこ)は、肌を露出しかねない単衣姿を隠すために、小袿を引っ掛けただけで、着崩れないように、手で、胸元を押さえている。どこの世界に、こんな適当な姿で女主人のもとで、勤めている女房がいるのかしら。主より、近侍する女房達の方が、装いもきちんとしているのが、常識だ。けれども、周子(あまねこ)は、それを正す言葉は、飲み込む。
後ろから、恐々顔を出した小鷺も、相手が勘違いしているので主を呼び損ねて、成り行きを見守っている。文が見えたので、主に不当に言い寄る者ではないことに彼女は、安堵したが、きょろきょろっと、辺りを見回し、近くの灯台をそっと手を延ばし引き寄せる。いざという時は、これを振り回して・・・とはいえ、腰が抜けて力が入らないが。
叫び損ねてしまった周子(あまねこ)は。
「え・・・あの。」
 戸惑っていると、周子(あまねこ)の足元近くに、文が置かれる。その行為ひとつとっても、文使いとしてはおかしい。闇夜のなかに、降って湧いたように現われ、そして、どことなく生気のない雰囲気で、怪しい。
「いつもの闇路の果てよりのお使いでございます。どうか、奥方さまに。」
 頬骨のはった肉の削げた顔・・・。にやっと笑う。独特の暗さが増す。
 まるで、死神のようだわ。・・・・・・。と、思った時、周子(あまねこ)の頭に、かっと血がのぼる。「闇路の果てだなんて、あの世からの使いとでもいいたいの?ちょっと、いい加減になさいな!また、嫌がらせですか?」
 闇路の意味は、煩悩の多い、この世の例えだろうが、わざわざ、果てをつけた。つい、あの世を連想してしまう。
「め、めっそうもないっ!と、とにかくお渡ししました、取次ぎお願いしますぞ!」
「待ちなさいっ!」
 周子(あまねこ)が、庭に降りて行きそうな勢いで、一歩踏み出す。後ろから、いままで腰をぬかしてへたっていた小鷺が、彼女の足に取りつく。
「ひ、姫さまっ。お止めください。ご自分で追いかけるなんて。ひ、人を呼びましょう。」
「そんなこと言ったって、逃げられるわ。」
 小鷺に一言言って、振り返ると、もう、庭に気配はない。周子(あまねこ)は、大きく目を見張った。ごくり。つばを飲み込み、足元の小鷺と顔を見合わせる。
「姫さま、まさか・・・・。」
「そんなはずないわ。」
 ざくっざくっ・・・庭の白砂を踏んでこちらにやってくる人の気配。
「ひ姫さまっ。」
「・・・・・。」
 思わず尻餅をついてしまった周子(あまねこ)と、小鷺が身を寄せ合って、震える。
 やがて、ばたばたと、対の廊下を渡って、周子(あまねこ)付きの他の女房、二三人が、やってくる音が耳に響く。庭先に、人影が現われるのと、ほぼ同時。
「周子(あまねこ)?どうして、こんなところにいるんだ?」
「ゆ、行平さま・・・ああ、びっくりした・・・。」
「?」
 庭先に現われたのは、夫の行平だ。供も連れている。いつもの文使いの愛嬌のある男だ。主の奥方が、そこにいるので、そっと頭を垂れて、立ち止まっている。周子(あまねこ)と小鷺の主従は、ほっと脱力して、互いに顔を見合わせ薄く笑う。行平が、大股で、つかつかつかと、寄ってくる。同時に、廊下を滑るようにやって来た女房たちも侍る。彼女たちは、室内に灯りを点け、室礼が整っているか確認する。「あら、何で、こんなところに、灯台が。」一人の女房が、首を傾げる。
「あ、それは、私が、手元に引き寄せておいたの。」
「あなたが?」
「何かあったら、それを振り上げて、姫さまをお守りしなくっちゃって・・・。本当、恐ろしくて。」
 小鷺と女房たちの会話を聞いて、行平が、周子(あまねこ)に問う。先ほどの出来事を話すと、供の者に、庭に足跡がないか、調べに行かせる。それから、文を拾って、灯火の灯りの元で、開こうとする。周子(あまねこ)が、その袖を引っ張る。
「始めは、また、嫌がらせかと思ったけれど、考えてみれば、伯父の養女になってからは、まったく何もなかったのですもの。今更、そんなことはないはず。あの、使者といっていた者は、何だか人間らしくなかったの。もし、本物の・・・。」
「そなたにしては珍しいな。怪異には、必ず仕掛けがあるではなかったのか?大丈夫だ。少し、心あたりがある。」
「もし、気味の悪い言葉が書き連ねてあったら・・・。」
 行平は、黙って、首を横に振り、周子(あまねこ)を引き寄せた。彼の腕の中にくるまれて、周子(あまねこ)は文が開かれるのを見ている。
 綺麗に折りたたまれた薄様の紙には、



 今は、夢でしか逢えぬ愛しい君へ。また、返事を書いてしまう駄目な私を笑ってくれ。
 思いを断ち切ること出来ず。
道知らばつみにもゆかむすみのえの岸におふてふ恋忘れ草
 捨てきれぬ愛惜の思いを情けなく思いながら。いつか、私のことを忘れてしまっても、それでも、君の幸せを願っている。闇路の果てより。

短夜の 3

2009-05-27 11:27:01 | 短夜の
直接、文を見られたわけではないけれど、義姉君(あねぎみ)、正確には彼女の侍女が、その文の内容は、たぶんこうこうあたりさわりないことが、書かれているはずだからと前置きをした。その紙を渡された。義姉君は。
「聡い子だけど、こういうことは不器用ねえ。本当は、めそめそしてらしたくせに・・・かわいいったらないわ。それに、忙しいって言っても、会う時間ってのはつくるものよ。」
「まあ。頼子姫さま。周子(あまねこ)姫さまは、夫君のことを心配して、あまり無理をおっしゃるものではないと思っていらしゃるのですわ。いじらしいではありませんか。」
「そうなのだけど。素直じゃないわねえ・・・。私だって、何も、いますぐ来いって呼びつけろとは、言ってないのよ。でも、寂しいお気持ちは伝えなくっちゃ、ね。」
「そうですわね。くすくす・・・。」
 御簾ごしではあったけれど、主従が遠慮もなく会話しているので、義姉姫の声もじかに聞いてしまった。使いの男が、ぽかんとしていると。
「それは、周子(あまねこ)さんの部屋で、反古(ほご)にした紙を拾ったのよ。だから、皺が寄っているけれど、あの子の隠した本心だと、思うの。だから、文を読み終わったあと、それをお渡ししてね?こういうのは、ちゃんと伝えなくてはね。」
 侍女の手から、皺をのばして、ふたつに折りたたまれた紙を受け取った。

思いあらば袖に蛍をつつみても いはばやものを 問う人はなし
(夏衣の袖に蛍を包む、ぽっと小さな灯りが薄絹を透かして、簡単にもれてしまうこの灯りのように、恋しいと思ってしまう心を、あの方が問いかけて下さるわけでもなく・・・。)

 周子(あまねこ)の溜息が聞こえてきそうだ・・・。
受け取って、行平は、開けてみた反古にした紙に、彼女の字で書かれた和歌を見た。
大事にその紙をまた、折って、しばらく両手で包むように持っている。
不思議なことに、その薄衣を透した暖かい熱を、手に伝えてくれるように感じる。
 ふと、顔を上げる。そこにある、宮たちの目。互いに見交わす。見えたか?見えましたとも。と、微妙な空気で、言葉にはしない会話。
「きれいな字だな。お転婆姫を想像していたが・・・。そういえば、敦時は、彼女を見たんだっけ?」
 敦時は、左小弁の名。宮が、訊く。
「行平の姉君のところでですか?それほど注視していたわけでもないので、印象を訊かれても・・・それより、行平の反応のほうが面白かった。姫君じゃないと思っていたから、許される行為かもしれないけれど、かなりじろじろ見ていたし、あれは、始めから好みの女だったんだな?」
「ふうん。美人のうちには入るってことか・・・。」
 宮がつぶやいて、行平と目が合うと、にやっと笑う。
「心配するな。ちょっかいかけようと思ってるんじゃない。行平と斬り合う度胸など、私にはないから。」
 左小弁、敦時も隣りで、ふふっと思い出し笑いし。
「そうそう、宮は、年上の豊麗な女が好みなんですよね。」
 と言い添える。宮が、むっとしながら。
「そなたが、それを言うか?」
 敦時が、いいえと首を横に振っている。二人の会話を聞いて、事情を察した行平が、うんと首を縦に振る。
「何だ、鉢合わせか・・・。」
 しかも、女に二股かけられていた。ずばり、行平の言葉に、二人とも、情けない表情に。
「したたかな女でしたね。」
「あれだけ、あっけらかんとしていられると、怒る気も失せる。」
 片方と約束していたのを忘れて、もう片方とも約束してしまったというのはともかく、二人が、鉢合わせしても、まったく悪びれるふうもなかった女の様子に、怒る気も失せた。さすがに、そこで過ごしはしなかったけれど、甘えるようなお詫びの手紙に、結局、返事を出し、完全に仲が絶えたわけでもない。という宮の説明に、敦時は。
「私は、過去形ですが。そんなに心は広くないんでね。ところで・・・。」
「・・・今日は、かぶらないだろうな。敦時。」
 互いに探り合うようにしながら、我関せずの行平を振り向く。
「宮も、敦時も、これから、ナンパですか?」
「うん。そなたは・・・。」
 宮が訊きかけて、敦時が遮る。
「参加するわけないじゃないですか。」
「だな。それじゃ、おやすみ、行平。夏の夜は明けるのが早い。行動するなら、早くしないとな。」
 そう言って、二人とも互いに牽制し合いながら、立ち去って行く。途中でくるりと振り返った敦時が。
「そうそう、知ってるかい?靴の法則を。」
「靴?」
「夜中にこっそり抜け出す奴が、ばれまいと戻って来た時に一番奥に、放りなげるらしい。一番奥だと、さも、ずっとまじめに勤務してましたって証拠のように思うだろう?新人がよくやる奴さ。」
「ああ、なるほど。ばればれって、わけだな。」
「そうそう、今夜もそんなアホな奴がいるかもね。おもしろいから、夜明け前に、暇を持て余したら、見に行ってごらんよ。」
「・・・そうだな。」
 ちぇ、ばれてるか。行平のこの後の行動を読んで、友人が、ちょっとした忠告をした。隣りで、宮がちょっと欠伸をして。

「今日は、もうさすがに、お呼びはかからないだろうさ。」
 ちゃいちゃい・・と手を振る。そのまま、二人の後ろ姿を見送って、まだ、そこに控えている我が家の使者を見ると、にまっと憎めぬ顔で笑った。
「お出でになる準備なら、すぐに整います。」
「・・・・頼む。」
 阿吽の呼吸で、内裏の外へ抜け出す。
 周子(あまねこ)の興味を示しそうな面白い話も、あることだし・・・と、自分に言い訳をしながら、結局、行平は、彼女の元へと向かった。

短夜の 2

2009-05-27 11:23:49 | 短夜の
 いつまでも、しらじらと明けているような真夏の日も。やっと、日が翳り、夜を迎える。空の青が色を失い、白へ、白からまた、薄い藍色へと、色づく。だんだんと、濃い藍色へと塗り替えらる。暗くなり、星が瞬く、みずみずしい藍の空の下。内裏の一角では、宿直(とのい)の者たちが、帝の御前にて、詩を吟じたり、楽を奏したり、しばし、風雅な遊びを奉仕していた。やがて、辺りに嘯々とたなびいていた楽の音も、止んだ頃。内裏の庭先には、濃く闇が垂れ込めて、静けさに包まれている。皆、それぞれの場所へ戻ったはずだ。
今日は、急なお召しで帝の御前へ、短い間ではあったが、宿居で残っている者たちが集まり、楽を奏したり、詩を吟じたりすることになった。行平も、当然、そこにいた。
夜も更けて、帝もその愛妃もお休みになり、解放されて、部屋へ戻る途中。
行平は、何気なく、庭へと目を移した。
ぽっと、小さな灯りが点滅している。ひとつが点滅すると、呼び合うように、また、小さな灯りが灯る。あちらでも、こちらでも、蛍が灯りを灯して、暗い夜の庭を飛び回っている。この季節の、美しい景色だ。足をとめて、見ていると、急に、闇夜に人の顔が浮かび上がる。
「もうし・・・。これを預かって来ました。」
「!」
 驚いた。何だ。文使いの者か。それにしても、不健康そうな奴だな。
闇の中に、いきなり降って湧いたような現われ方に、さすがの行平も肝が縮む思いで、相手を観察する。文を捧げているので、文使いとわかるのだが、烏帽子を乗せた下の顔は、頬骨が出て、貧相で、暗い。何だか、影が薄い感じだ。その男は、そろそろと、外縁へ近付き、欄干から覗いて、ぐっとこちらへ顔を寄せてくる。その近付き方も、体の重みを感じない歩き方だ。じっと、目を細めてこちらを注視している。「あっ。」と言って、すすすっ・・・と、後ろへ引き下がる。ぺこりと、頭を下げ。
「人違いでした。申し訳ありません。」
「?」
 詫びると、姿を消した。
「おい。」
 黒っぽい服を着ているせいだろうか・・・。物凄い、速さで後ろまで引き下がったせいだろうか。庭の木々の間に姿が隠れたと思うと、すぐに気配すらしなくなった。
木々の枝が鳴る。真夏の風も少ないこの時期に・・・・。
 おい、おい。やばいぞ。俺。今、何か、やばいものと接触したのかも・・・。縫いとめられたように、行平はその場から、動けない。
「あの。」
「!」
「?」
 急に、背後から声をかけられ、驚いた。振り返ると、後ろに、中務の宮。友人の左小弁。庭先、斜め後ろに、我が家の使いの者が見えた。声をかけたのは、我が家の使いだ。
行平は、止めていた息を吐いて、整える。
「どうした。まるで、物の怪にでもあったような顔してるぞ?」
 と、宮。面白い余興を見ているような感じだ。
「え?もしかして、そのまさかかい?」
 左小弁は、きれいな顔をいぶかしげに、傾げる。眉を寄せたが、彼も、どちらかというと、面白がっている。行平は、憮然と。
「確かめる。」
 そう言って、庭へ飛び降りる。つかつかと、はだしのまま、木々の陰に近寄り、辺りを見回す。おやと、手前の木の枝に引っかかっていた文を見つけ、それを拾って戻って来た。
 待っていた宮たちに、それを示すと、さっきまでのことを話した。
 宮が頷きながら。
「なんだ。ただの文の行き違いか。それにしても、行平ほどの者を驚かすとは、よっぽど、薄気味悪い風体だったんだな。」
 くすくすと、笑う。文は、薄様の紙で、煙るような紫色をしている。宮のとなりで、左小弁が、その文を裏返したり、くるくると手の中で弄びながら、開けようかどうしようか、迷っている。
「宿直(とのい)している誰かに、届けられたのは確かだな。行平と、間違えたんだから、衣冠束帯姿で、背格好が似ているとなると、大分的を絞れるのではないか?」
 言いつつも、左小弁が、僅かに眉を寄せる。
衣冠束帯は、普段着ではないが、略装であり、夜間には認められる格好。つまり、宿直(とのい)の者のほとんどが、対象となってしまう。が、背の低い奴と、ともかく高位のおっさん共は、外れるな。何て、おおざっぱな分類なのだ。言わねば良かった。
「どうかな・・・。かなり、近眼だったようだから。随分、寄ってきて、目を顰めてしばらくの間注視していた。まあ、後宮の女房たちの誰かへではないことは確かだ。」
 さすがに、男女の違いを間違えるほど、粗忽者はいないだろう。
「開けて見てもいいかな?」
 左小弁が、考えている。行平と間違えたんだから、年は若い相手だとは思うけれど、近眼なら、それも危うい。開けて、うっかり偉い人の秘密の恋とかだったりしたら、面倒だし、どうしようかと、行平と、宮の顔を見る。
「このまま、落しといてもいいんじゃないか?相手がわかったとしても、こういう物は、渡すのも気を使うだろう。」
 宮が、面倒くさげに、床を指差す。う~ん。この辺りに、置いておこうかと、欄干に目を落とした時、そこに、行平の家の文使いの男が待っていたのを、思い出した。左小弁が、大人しく控えている彼を示す。
 使いは、今夜も帰れなくなった旨の文を届けて戻ってきたのだ。
「控えのお部屋へ行ってみたんですが、いらっしゃらなくて・・しばらくお待ちしていたんですが、宮さまと左小弁さまが、通りかかられたので、主をお見かけしなかったかと、伺ったんです。」
 ここまで、着いて来たのは、彼らの暇つぶしだろう。文を持って帰って来たのを、めざとく気付いて、からかうつもりなのか・・・・。
遅くに使いをやってしまったので、返事はいいと言っておいたのに。ぶつくさ言いながらも、文を受け取り、そこに、彼女の筆跡を見ると、自然、顔が綻びる。内容は、想像したとおり、仕事で忙しい行平の身を案じてくれるものだ。訪れがないことを、残念ですとは、書かれていたが・・・・。
行平が、文面に目を通したのを見計らって。使いの者が、二つ折りにした一枚の紙を差し出す。
「実は、その文を預かって帰ろうとしていたところ、邸内に逗留していた奥方さまの義姉君に捕まってしまいまして・・・。」
 にまっと笑う。どことなく、憎めない雰囲気を持っている男だ。正式な妻とされる女君への文使いなので、別に、こそこそしていたわけでもなく、呼び止められても、不思議にも思わなかったと、彼は言い訳をした。



短夜の 1

2009-05-27 11:16:08 | 短夜の
 続きのお話です・・・・。

「短夜の」 空に物思いするかな その弐 (ちょっとだけ、怪談)

※和歌など、作者、訳の出展元、参考本などは、作中では明記していないものもあります。歌がつくれないので、それらしいのを借りてきました。話を締めくくったあと、まとめて、記します。

 真夏の空は、目にまぶしい。憎らしいくらい青く輝いている・・・・。
 仕事の手が空いた昼下がり。人気の少ない殿社の片隅。衛門の佐、行平は、外縁の廊下に座り、ぼうっと、空を見上げている。
ああ、今日ぐらいは、家に帰りたいなあ・・・。
 意志の強そうな、しっかりした表情を刻む眉。すっきりした目許。どちらかというと、当世流行の優男の部類には入らないが、育ちの良さからくる上品さは、身についており、きりっとさえしていれば、それなりに、内裏の女房たちからも、注目される容貌をしているのに、今は、力の抜けた顔をしている。
これが、月の出ている明け方の夜ならば。


 思いやる心も空になりにけり 独り有明の月をながめて
(あの人のことばかり想っているうちに、僕の心はからっぱになってしまったよ。ひとりぼっちで、有明の月の残る空を眺めてさぁ・・・。)

 なんて、歌を詠んだかもしれない。
生憎と、燦燦と日の降り注ぐ、真夏の気だるい午後だったが。時節柄、外から見ただけでは、ただ、暑さに茹だっているだけのように見える。
行平は、今年の春の徐目で、衛門の佐はそのままで、蔵人に補されて以来、帝の身辺に侍す忙しい身となり、宮中に泊り込みの日が多く、自由の利かない身となっている。恋しい人に、会いに行く間さえままならない。どうしているだろうか・・・・。それは、もちろん、自分のことを思っていてくれるだろうけれど。また、妙なことに、興味を持っているのではなかろうかと、心配だ。彼の想い人は、間違いなく京でも数の少ない部類の姫君、高貴な育ちにも拘らず、ちょっと(?)変わった性格をしている。怪異など、仕掛けが必ずあるものだと言い、興味がわけば、出かけて行って、その仕掛けを見つけてしまうのだ。
普通なら、姫君が出かけるなど、もっての他。親が許すはずがないことを、彼女の養い親である伯父と、伯母は、それを咎めることもなく、一緒に面白がっているようなところのある人達だ。出かけるに際しては、実弟などを伴って、身の安全はきちんと確保されてはいるが、行平にとっては、それでも気がかりなことには違いない。それならば、強く戒めればいいものを・・・。本来なら、世間的には欠点と映るはずの彼女の言動も、彼には何ら気にならないどころか、好ましくさえ映っている。これも、惚れた弱みという奴か。はたまた、俺も、変わり者の仲間なのか・・・。まあ、あれこれ考えたって、とどのつまりは、彼女に会えれば、いいのだ。会えないのも、そろそろ限界だよ。今夜辺り、こっそり抜け出そうか。
そんなことを考えて、外縁の欄干の前に座り、肘をついて、手で頤を支え、限りなくやる気ない姿勢で、空を見上げていた。あの空、周子(あまねこ)も見ているだろうか。
 はあ・・・と、溜息の音。行平は、慌てて、背筋を伸ばして、きょろきょろと辺りを見回した。今の溜息は、自分ではない。人の気配のするほうへ、廊下の角に近付く。こっそり、見てみると、六位の蔵人で、名を源益治だ。ぼっと、庭を見ている。なんだ、向うも物思いに浸っている奴がいるなあ。行平の口角が、上がる。そのまま、声はかけず、そっとその場を離れた。