時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

やらへども鬼 32

2008-09-12 12:21:29 | やらへども鬼
今日は、友人を連れているので、直接声をかけないほうがいいのだろうか、それとも、いつものように、はきはきと答えてしまおうかとゆりは、考えていた。
ちょいちょいと、目を大きく見開いたまとのが、ゆりの袖を引いて、外を注視している。時貞の友人を見ている。ゆりも、じっと見てみると・・・・。
「雨水(うすい)・・・。」
 雨水(うすい)が、狩衣姿で座っている。元服して、垂らしてくくっていた髪を切り、髻を結って、烏帽子を頭に乗せている。
 雨水(うすい)が、ゆりの声を聞いて、懐かしさに目を細める。ゆりは、ささっと御簾をあげて、外へ姿を現してしまった。
 時貞がその様子を見て、苦笑した。
「やれやれ、困ったものだ。今日は、親王様として紹介するか、陰陽寮につとめている陰陽師として紹介するか、迷っていたのだが、後者だな。」
「え。どういうこと?」
 確か、院の暴挙を止めた御子として、帝より、特別後ろ盾がないままではあるが、親王宣下がおりた。彼は、表向きは今はずっと臥せっている父の院の静養を世話するために、裏の理由は、身柄を責任を持って預かるということで、表の官職につくことはないけれど、生活が保障された。そこまでの、事情は、ゆりも父から、聞かされたので知っていた。
「ええ。顔を知られることもありませんから、二重生活でしょうか。本当は、一介の陰陽師として、父の贖罪を含めて、人の役に立ちたいと願ったら、このような処置がおりたのです。いちおう、出歩く時は、薫風どのの従兄弟ということで、彼に教わって陰陽師になるために勉強しています。普段は、まだ、学生です。」
「それは・・・いいこと・・って言って、いいのかしら・・・。」
「こうして、雨水(うすい)のままで、ゆりさまにも、会えますしね。」
 元服して、様が変わったせいか、雨水(うすい)は、同じように笑っていても、前より大人びて見える。ゆりは、瞬時戸惑いを覚えながらも、すぐに、気を取り直して言った。
「そうだ。ねえ、笛を聞かせてよ。雨水(うすい)の音色が聴けなくなって、ちょっと残念だったもの。」
「それなら、筝をゆり姫があわせて弾いたらいいのじゃないか。」
 時貞が、言い添えて、筝が運ばれ、ひととき、美しい音色が邸内に響いた。明るい音にみちた二つの響きは、いつまでも、追いかけっこを楽しむように響いた
               おわり

作中の和歌

   年ごとに人はやらへど目にみえぬ心の鬼はゆく方もなし  賀茂保憲女
 
 (毎年毎年 鬼に扮した人は追い払うけれども 
         目に見えない鬼はどこへも追いやる方途がない)

                   訳は、いつもの通り 千人万首から 

 ???・・・・彼女、余程、悩みの深い人生を送った人なのだろうか。
 この歌の詠まれた時の作者の心境や、状況がわからないのでなんとも言えないが・・・。賀茂保憲って、あの、陰陽師だよね。その娘の作となると、何だか想像膨らんじゃって・・・。この時代、呪いとか日常茶飯事だったみたいだから、案外、「いい加減にしろよ、お前ら。祓っても祓っても、心の中にいくらでも欲を抱え込みやがって、きりがないだろう。」とか、当てこすりだったりして・・・。

 ちょうど、平安時代を舞台にしてまた、変な陰陽師のでるお話を書きたいなと思っていたので、この歌を使わせてもらいました。
 人物像を弱冠モデルにしようと思っていた人物がいたけれど、結局、違ってしまったので、キャラ達には、皆、モデルはありません。・・・一応。

 こんな変なお話に最後まで、付き合って下さった方、ありがとうございます。
 次も、きっと変な話・・・。
 
                          みん兎




やらへども鬼 31

2008-09-12 11:57:47 | やらへども鬼
「はじめに、打ち明けていればこのようなことにはならなかったかもしれない。もしかしたら、あの鬼は、その笛の鬼の気に惹かれて、引き寄せてしまったのかもしれないもの。」
 悲しそうな雨水(うすい)の母を、銀の髪の鬼がおろおろしながら、抱いている。
「母さま・・・。その老僧の言葉の続き。慈しみ育てるとともに、必ず、許しの心を取り戻せと、おおせがあったはず。それでも、容易に人には戻れないかもしれませんが、そうなることを願っています。」
 鬼と化す程の孤独・・・。孤独と化してしまう理由は、様々だが、それらと折り合いをつけて生きていくことが必要だろう。その方法も人様々だが、本来どんな人にも備わっているはずの能力だ。だが、己の姿も、まわりのことも正しく見ることがかなわないのが鬼。鬼になってしまうのは簡単だが、その者は永劫に浮かばれないのではないか。・・・・・・・。雨水の母がじっと、哀しそうに銀の髪の鬼を見つめていた。
 その銀の髪の鬼の頬を、雨水(うすい)の母の手が撫でる。鬼は涙を流さないが、まるで、そこに熱い滴が流れているように、優しく両手が包む。娘の手の温くもりを、銀の髪の鬼は感じた。
「・・・・・・。考えてみる。」
 銀の髪の鬼が抱いていた娘から手を離すと、そろそろと外へ向かう。
「待つのだ。」
 真白が呼び止める。
「その力を持ったままでは、よけいに元に戻りにくいだろう。それは、俺様のものだから、返してくれ。」
「返す・・・どうやって?」
 真白は、銀の髪の鬼が抵抗しないのをみとめると、すいっと手を彼女の喉に翳した。赤き靄が出てきて、それがだんだん大きな玉に変じていく。少し欠けた状態の大きな玉になると、真白はそれを、また、数珠に変えた。ゆりに、ぽいっと投げて寄こす。
「これは、主が持っているといい。近くにないと、式神としても、ものの役にたたないから、ちょうどいい。それから・・・。」
 もう一度、手を翳すと、真白の目が赤くひかる。
「とりあえず、代わりの気配をつけておいた。戻っても、鬼たちを押さえることができるぞ。狙われることはないのだ。」
 銀の髪の鬼は、ぺこりと真白に頭を下げて出て行った。帰り際、院を惑わせた女の鬼に唆されて、京中の姫を攫って隠している場所を教えてくれた。ここに、彼女の探していた娘がいると分っていれば、そんなこともなかったのにと、ぽつりと言った。
 桔梗が、式神を通じて、姫たちの居所を仲間に伝えたが、院の落ち着き先まで付き添って、その先は、薫風にまかせると、ゆりを連れて、仲間のもとへと急ぐ。
 攫われた姫たちを救い出すことことに、成功したけれど、わらわらとあふれ出る鬼たちの後始末に手をやく、仲間の手伝いをするためだ。結局は、どこからか現われた銀の髪の鬼が、それらを引き連れて、撤退してくれたので、それほど、手もかからず、この一件は終わった。



 世間を騒がせた事件について、人々の噂も聞かれなくなった、冬の今日この頃・・。大納言邸の西の対の自室で、ゆりは欠伸をかみ殺しながら、巻物を広げていた。そばで、まとのがわくわくしながら、それを覗き込んでいる。絵巻物としてかかれたその物語は、優雅な和歌などを含み、姫君たちが喜ぶ、恋の物語だ。
「ねえ。そろそろ、いいでしょ?姫君ごっこ・・・・。」
 ゆりの願いに、まとのがぷっと頬をふくらます。
「駄目です。あれから、忙しいとかで、お仕事ばっかり熱心で、ずっと、私とのお約束をお忘れだったんですから・・・。」
「・・・・・。」
「それに、明日は、お友達に、結婚のお祝いの言葉を伝えにいかれるのでしょう?あちらは、きちんとしたお姫さまなんだから、形だけでもきちんとしないと・・・。あっ、いけない。今、何時ですかね?」
「さあ?冬だし、日が沈むのは早いから、そろそろかしら・・・。」
「大変、ゆりさまのお召し物をとりかえないと。」
「いいわよ。まさか、ご飯食べる為に着替えるとかじゃ、ないわよね。」
「違います。時貞さまが、今日お戻りの折に、友人を連れて来るから、妹をちゃんと姫らしく着飾らせておいてくれって、言われていて・・・。早く、ここを取り片付けなくちゃ、紫野さんに叱られちゃう。」
 まとのが、慌てて巻物を片付けると、計ったように、紫野が、やって来た。重い衣の入った箱を紫野に従って持って来た侍女たちは箱を置くと、紫野は彼女たちを退らせる。
 紫野とまとのに、着付けられながら、ゆりは大人しくしている。まとのが異常に張り切っていてこわい。
着付け終えると、紫野は、開けっ放しになっている格子を下ろし、廂からの入り口になっている所の御簾を下ろして、内と外を隔て、設(しつら)いを整える。
 着飾る意味ないやん・・・と、心の中で、ゆりがつっこんでいると、薄暗くなって来ていた室内に灯火を灯し、ゆりに扇を渡しながら、注意をうながした。
「外が暗くなってしまえば、灯りにこちらの姿が丸見えになってしまいますからね。お作法として、お顔は、必ずお隠し下さいませ。」
 紫野と、まとのが隣りに座って、控えている。その状態で、時貞がやってくるのを迎える。あいからず、上品な物腰だ。御簾をあげて中へは入らず、廂に陣取ると、彼が連れていた人物も、同じように隣に座った。外の方は薄暗いので、よほど目を凝らして見てみなければ、どんな人かはわからない。
「今日は、大人しくしているね。感心感心。友人に可愛い妹を自慢しようと連れてきたよ。」
「・・・・・・・・・。」
 なんと言ってやろうかと、迷っていた。


やらへども鬼 30

2008-09-12 11:52:48 | やらへども鬼
桔梗も、薫風もゆりも、身構える。だが、そばにいた雨水(うすい)の母のひとことに、攻撃を思いとどまる。
「母さま・・・。」
その言葉に、銀の髪の鬼は反応して、よろよろと、雨水(うすい)の母のもとに寄ってきて、抱きしめた。
「おお、姫じゃ。姫がいた。この手に戻ってきた。無事でよかった。お前たちが、姫を攫ったのかっ!」
 鬼が、目を吊り上げて、その場にいた者たちを睨みつける。今にも、攻撃に出そうだ。雨水(うすい)の母が、両手を広げて皆を庇う。
「お止めください。この方達には、お世話になって、助けていただいたのです。それに、ここには私のお慕いするお方も、大事な阿子もおります。」
「どういうことじゃ・・・。」
「皆さまにも、事情をお話しなければなりますまい。」
 銀の髪の鬼は、もとは身分の高い家の生まれだった。政争で、たまたま破れた側の夫を持つ妻は、勝った側の実家という立場で、そのまま寄り添うことが叶わなくなった。夫は、失意の内に亡くなったのだが、それよりも、寂しさと、周囲への恨みとで孤独になった女は、鬼と化して、まわりのものを赦さなかった。結局、縁につながる者が次々となくなり、気がついたときには、一人、朽ち果てた家に呆然と佇んでいた。身ごもったまま鬼と化した女は、人の子を産んだ。そこで、はじめて、後悔をしたのだ。鬼の身で、人の子を育てることなど出来ない。考えたすえ、人の女に変装して、通りを歩き、人のよさそうな老いた僧に託そうとしたのだ。ところが、正体をみやぶられ、命の危険にさらされた鬼は、あっさりと命を差し出すかわりに、この子を助けてくれと、地に臥した。老僧は、その姿を哀れんで、鬼に、ふところから出した赤い玉を渡して、一つ知恵を授けてくれた。
「鬼というものは、そもそも後悔はいたさん。すでに、人の心を無くしているからじゃ。じゃが、お前様は、中途半端に人の心を留めてしまったようじゃ。ところで、これは、怪しげなる妖術を使うものから、取り上げたものじゃ。強い力があるから、半端な鬼の瘴気に当てられることもない。これを、子に持たせて、自身で育てるがよかろう。そうして、もう一度、自らの過ちを見つめるのじゃ。寂しさに負けたり、人を恨むことばかりでは、良い子は育たん。人を愛しむことで、人の心を思い出すことが出来るかもしれぬ。この子に手伝ってもらうのじゃ。よいか、鬼の心に支配されては、この子は生きながらえることは出来ないぞ。」
 そう言って、去って行った。銀の髪の鬼は、言われたとおりに、朽ち果てた家でひっそりと、子を育てて生きていた。ところが、ほんのちょっと、留守をした隙に、大事な姫がいなくなった。
 その話を聞いて、薫風が疑問を差し挟む。
「では、あの、唐車など、鬼の子分たちは?」
「あれは、玉に惹かれてやってきた。取られそうになったので、一部をその笛に変えて、目くらましをかけ、姫にもたせ、残りは飲み込んだら、今度は、鬼たちが従うようになったのだ。」
「飲み込んだ・・・。」
「それで、姫。今までどうしていたのか・・・。」
 院に連れてこられた話をするとまた、怒り出すかもしれない。居合わせた人の間に、緊張が走った。
「時々、散歩に出かけると、いつも、見かける人がいたの。いつの間にか、親しく話しをするようになって・・・。」
 けれど、自分の身の上をかんがえれば、ずっと傍にいられるような方ではない。そう思って、そのうちそこには、行かなくなっていたのだが、それを探し出して、連れ出したのが、院だった。すべてを打ち明ける勇気がなくて、そのままずるずると、ここに居続けてしまったのだ。

やらへども鬼 29

2008-09-12 11:50:42 | やらへども鬼
 瘴気もおさまり、雨水(うすい)の笛の音に浄化された堂内で、横たわる院と、それを見守る者たち。桔梗と、薫風が手を尽くして、手あてをしている。ゆりは、雨水(うすい)の傷の手当をしている。向こうを気にしながら、いつも、身につけて持ってきている、塗り薬をだして、塗り、水干の下の単衣の袖を切り裂いて、手際よく巻いている。
「雨水(うすい)。体は、だるくない?」
「平気です。途中までは、結構くらくら力が入らなくて、無理していたんだけど、笛を吹いていたら、何だか、急に楽になって・・・。」
 そばに、うさぎの姿に戻った真白がぽすっと座った。
「それは、その笛の力のせいだ。雨水(うすい)だから、引き出せた力とも言えるだろう。」
「笛の・・。そういえば、これは、真白の物なのかな。」
 雨水は、笛を真白に差し出そうとする。
「人の命は短い。貸しておいてもいい。我は式神の仕事で忙しい。鬼たちの王にもどるのも、今はつまらないし、かまわないのだ。」
 雨水(うすい)と、ゆりが顔を見合わせる。
「ありがとう。お借りします・・・。」
 こくんと真白が頷くと、今度はゆりを見た。
「今日はおもしろいものを見た。鬼になりかけたものが、引き戻された。お前のそばにいたら、また、興味深いものが見れそうだから、しばらく、式神としていてやる。あ、ただし、おやつは、ちゃんと寄こせよ。」
「おやつ・・・。」
 一番は、それが目当てではないの・・・と。疑いたくなったゆりだ。まあ、ここで、それを問うてみる必要もないことなので、敢えてつっこまない。傷の手当を終えて、ゆりも雨水(うすい)も、院が横たわっている方へと移動する。
「桔梗。院のご容態は・・・?」
 訪ねる大納言の声に、桔梗が微妙な表情をしている。
「ずいぶん、瘴気がお体を損ねているご様子。このまま、安静にして、回復を待つしか方法がありません。・・・雨水(うすい)は、院の御子でしたのね。こちらへ。」
 桔梗は、雨水(うすい)を差し招いた。院の傍に座らせて、片方の手を握らせた。
「時々でいいから、その笛を聴かせてあげるといい。今度のことは、心の病が発端だから、できれば、御心に負担がかからないように、体を癒すことに専念できるように。」
「はい・・・・。いろいろ、ありがとうございました。」
「いいえ。ゆりも、同じ年頃の子と親しくする機会はあまりないことだから、よいことだわ。いつも、大人相手ばかりだから、気ばかり強くなって・・・。同じ目線というものも、大切なことですのよ。」
「はい・・・。」
 雨水(うすい)の握っていた手に力が入ったので、院の顔を確かめる。目を開けているが、よく見えていないようだ。
「大納言は、そこにいるか。」
「はい。」
「わしは、これから、どうなる。遠国に配流か・・それとも・・・。」
「少なくとも、御身をどこかへお移しして、静養していただく必要がありましょう。あの、異形のものについては、こちらに出入りしていたとして、あとで、高位の者が、二三、質問に参るでしょうが、先代の院と、反目というのは、上としても避けたいようで、治世に汚点を残したくないでしょうからな。怪しいものを出入りさせてしまったと、院が先に、後悔なさっている旨をお知らせしておけば、事は丸くおさまる。今上も、あなた様を気の毒に思いこそすれ、追い詰めることはなさりますまい。」
「それは・・・・・。」
「臣としての勤めは、そのことを院にそれとなく、伝えておけということまでです。・・ここからは、私人の独り言として、お心のすみに留めておいて下され。」
「・・・・・・・・・。」
 出来れば、もう追い詰められるようなことにならないように、言葉をつむぐ必要があると思う。上手く伝わるものかどうか、大納言は、院の様子を見ながら、一呼吸おいた。身動ぎすることもなく、じっとしているから、その場は衣擦れの音すらしない。しんと静まりかえった中で、院の耳に、大納言の落ち着いた声が届く。
「御自ら、孤独になられますな。差し伸べられた手をお取りなさい。例え、それが、追い詰めて怨霊になることを防ぐための腹づもりであっても、御身の窮地を救うことには変わりありますまい。人というものは、それぞれ、自らを守って生きているもの。ですから、手を差し伸べるにしても、人様々、自ずと限界もありましょうし、皆、それぞれの生を懸命に生きていることに思い至ってくださいませ。」
「・・・・・・・・・・。」
 起こしてしまったことはともかく、踏みとどまったということは自らの選択であることに違いない。どんなに助け手があっても、選ぶか選ばないかは、自らの意思によるものだ。それは、やはりすごいことなのだ。人としての誇りを失っていないのなら、落ち着いて後に、ことの罪科についても思い至ることがあるかもしれない。
孤独な心が、拠りどころとなるような誇りを、思い出させるために。
「御位にあられた時は、賢君であられた。これまで、臣として、諫言を申し上げなかったことを、反省しております。偽善と思われましょうとも、そこに、一片の真心も含まれないということはございますまい。あまり、思いつめなさいませんように。賢君であられた時を汚さぬように・・・願うばかりです。」
「あい解った・・・。」
 院が話を聞いている間中、雨水(うすい)は、握っている手に何度も力が入ったのが分かった。
「・・・・御所内の者たちはどうなった。」
「瘴気に充てられて、倒れていましたから、運び出しましたが・・・何名かは、残念ながら、息絶えておりました。」
 院が目を瞑る。
「そうか・・・・。すまぬが、懇ろに弔ってやってくれ。」
「承知しました。」
 あとは、院の迎えを待つばかりとなり、しんとしたところに、突然、牛車の車輪が激しく地面にわだちを刻み、きしむ音が堂に近付いてきた。ぼんと、大きな風が、堂の格子戸のひとつを破戒して、銀の髪の鬼が乱入してきた。

やらへども鬼 28

2008-09-12 11:47:39 | やらへども鬼
 笛を吹く雨水(うすい)の横に、いままでずっと、傍観していた真白が立ってじっと、それを見つめている。しばらく、考えていたが、とてとてと、ゆりの方によって来て言った。
「今なら、力が出せそうなのだ。」
「力玉って、あの笛なの?」
「たぶん、一部があれに変えられた。ほんの一欠片だから、気配も薄くてわからなかった。それに、残りも近付いているから、十分、力が出せるのだ。もとの姿にもどって、あの鬼を押さえることが出来る。命じよ。主。」
 真白は、膠着状態の薫風と戦っている鬼を指し示している。
「わかった。真白、お願い。元の姿に戻って、あの鬼を取り押さえて。」
 真白のまわりの空気が一変し、ゆらりとその姿が滲むと突然、天井につくかと云うほどの大きな鬼の姿に転じた。そのまま、ひらりと女の鬼のもとに寄って行く。
女の顔が一瞬、恐怖に凍りつく。
真白は、容赦なく鋭い爪を持った手でこれを切り裂き、床に叩き伏せた。
なお、それを食おうとしていたところに、ゆりの声が掛かる。
「真白。駄目っ!力が出せなければ、いいの。あなたの、罪を増やしては駄目よ!」
「む・・・・・・・・。」
 真白は、仕方なく、その女の鬼の力の源を、吸出し形にして、それだけを飲み込んだ。あとは、床にぐったりとなった異形と化した女がいるだけだ。
 院も、元の人の姿に戻ると、体から、力が抜けて、ふらりと膝をついた。雨水(うすい)の母が介抱している。そこへ、外がざわざわとしてきた。
人が沢山取り囲む気配がして、何人か弓と、刀を携えた者たちが入ってきた。それを掻き分けるように、大納言が、陰陽の助と数名の陰陽師たちを伴って、入ってきた。
「御前に踏み込む失礼、どうか、お許し下され。許しを請うにも、門からここまで、人が皆、倒れていました・・・。勅命で、ございます。そちらの、異形の者、帝と東宮のお命を狙い、世間を騒がせたものとして、捕縛せよとの命が下されました。引き立てていくことをお許しくだされ。どうか、庇い立てなさいますな。抵抗めさるなら、先代とても、謀反に連座せられるものとの仰せでございます。」
「大納言、そなたが参ったのか・・・・。」
 院の言葉に、大納言が、ゆっくりと膝をついて、礼をとった。
「本来は、検非違使の役目ですが、ここは、院の御所。せめて、御前にて、申し上げるのは、出来れば高位の者がよかろうということと、右大将をつとめ帝の身をお守りする責任者の一翼を担っている、私にと、ご下命がありました。災難に見舞われただけであろうから、できれば、院に失礼のないように、配慮せよとの仰せ・・・。私も、役目とはいえこういう形で、御前に伺いとうはありませんでした。」
「・・・・その者、連れて行け。」
 院の言葉を聞くと、大納言は連れてきた兵たちに指示を出す。
まず、院を室内にあった几帳の影に隠し、異形のものを捕縛して連れて行く命を下す。
「陰陽の助どの。兵たちに付いて行って、彼らの安全を図ってくれ。」
「畏まりました。それから、恐れ多いことながら、院におかれましては悪い気を吸って、随分と衰弱が激しいご様子。こちらへ連れてきた者たちのなかで、この桔梗と申すものを置いていきまする。申し訳ないが、その異形をおさえた陰陽師たちにも手伝わせて、あとを任せることにしましょう。」
「そのように・・・。」
 大納言が頷くと、兵たちが素早く動き出し、異形の女を連れ出した。
辺りが静かになる。御所内で倒れている者も、すべて運び出されると、兵たちは、一旦外へ出て、警護の者を塀の外に残して、ほとんどが去って行った。
 御所内には、倒れている人が運び出され世話をするものもいなくなった為に、院を、どこかの邸宅に移す手筈になっていた。だから、まだ、夜の闇の中で、一両の唐車が大急ぎで、門の中へ入っていくのを、塀の外を守っていた兵たちは、止めることもしなかった。

やらへども鬼 27

2008-09-12 11:45:01 | やらへども鬼
「うおおおお・・・・っ!」
 再び苦しみだしたと、思ったら、突然、院のまわりに青い炎のようなものが生じて、くわっと目を見開くと、正面に立っていたゆりに、その怒りの炎が雷のように向かってくる。
 印を結ぶ手が、間に合わないっ。
強い力に打たれるそう思った瞬間、横合いから、雨水(うすい)が飛び出してくる。
雨水(うすい)は、自分の体を盾にして、ゆりを両手で、抱きしめるように、庇い、力に打たれるのを遮った。力がぶつかった瞬間、衣があちこち破けて飛び散り、彼らは、そのまま床に倒れ臥す。
「ぐっ・・・!」
 雨水(うすい)が、ぐったりとなる。
「雨水(うすい)っ。どうして、飛び出してきたの!しっかりして、やだ、死なないで。」
 ゆりは、雨水(うすい)の下敷きになったままだ。気が動転しているところに、また、次の二撃めが。遅れて、堂に入って来た薫風が式を飛ばしてそれを防ぐ。結界をつくり、ゆりの側へ行く。身を起こして、雨水(うすい)の意識を取り戻そうとしているゆりに、薫風が指示する。
「気を失っているだけなら、こちらを何とかするのが先だ。ゆりどの、自分で結界を敷いて、雨水(うすい)と自分の身を守っていろ。」
 はっと我に返り、頷くゆり。涙が頬をつたって、雨水(うすい)の顔に落ちる。
「う・・・・。」
 目を開けた雨水(うすい)。
「雨水(うすい)。」
 呼びかけられて、雨水(うすい)は、自分の顔を濡らしているものに気付いて、ゆりの方に手を伸ばした。
「思い出した・・・。」
「え?何、しっかりして、大丈夫?」
「大丈夫。ゆりさまが、あの雨の日みたいに、笑って下されば、平気です。それより・・。」
 雨水(うすい)が目を細めると、ゆりの頬を濡らす涙を、自分の袖の端で拭う。身を起こすと、院の方を見ている。
「思い出した。あの日、偶然、あの女と、父上の会話を聞いてしまったんだ。今上と、東宮を呪い奉ると・・・。止めなければ、ならない。」
 雨水(うすい)を、ゆりが、心配そうにみつめている。
院を、きっと顔を上げて見つめ、雨水(うすい)が口を開く。
「父上。目をおさまし下さい。不本意に御位をおりた無念は、私には計り知れませんが、一時は、静かな生活を望まれたのではないですか。どうして、自分から、それを手放そうとなさいます。」
「うるさいっ。お前などに、わしの無念がわかるか。わしは、軽んじられているっ。」
「それは、ご自分から、人の入りを拒まれたからでしょう。何故、人のせいになさいます。それに、人を呪い、異形と化して、何となさいます。」
「鬼と化して、力を得れば、誰もわしに敵うものはいない。」
「そのような鬼と化したものが、御位に上がることを、天が赦しましょうか。鬼を主と仰がねばならない、民を哀れと思われませんか?もしも・・・もしも、思われないのでしたら、そんなお方に政を行う資格はございませんっ。」
「うるさいっ。うるさいっ、うるさいっ・・・。」
 院の怒りと共に、青い雷のような光がばしっと、飛んでくる。
ゆりは、急いで印を結び、雨水(うすい)のまわりに結界を敷いて、防御してやる。
今度は、間に合った・・・。
その間、薫風はどうしていたかというと、式神を使って、院にとりつく女の鬼を引き剥がし、戦っている。その女の鬼も単独でも、なかなか強く、勝負は膠着状態のようだ。
 ふと、院にすがるように袖を引くものがある。雨水(うすい)の母だ。寂しげな顔をいっそう影薄くみせて、それでも精一杯、引きとめようと見つめる。
「・・・・・・・。」
「鬼となる者の苦しみは、鬼と化した後でも変わりません。それは、鬼の側で見ていた私が、一番わかっています。そんなことでは、苦しみからは、逃れられないのです。鬼と化してしまえば、人から忌み嫌われ、もっと孤独から立ち直れなくなります。」
「・・・・・・・・・・・。」
「どうか、どうか、お願いにございます。私や阿子を、少しでも愛しむ心が残っているなら、お聞きとどけ下さい。私たちを、置いて行ってしまわないで・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
 院は動きを止めてじっと見ている。彼を惑わす鬼の言葉は、今は、入って来ないので、苦しそうに呻いて考えている。
 その様子を見て、ゆりが、雨水(うすい)にそっと囁く。
「雨水(うすい)。父上さまに戻って来てと心を込めて、笛を吹ける?」
「・・・・やってみます。」
 雨水(うすい)が、笛を吹く。始めは、はげしく心を揺らす雨の音。だんだんゆっくりと、大地にしみわたって、緑を潤す水のごとく、心の乾きに行き渡り、潤す。音の波が、鬼になりかけた孤独を優しく癒していく。吹きながら、いつのまにか、晴れた空に、緑のつやつやした満たされた景色の中で、手をさしのべてくれた人を雨水(うすい)は、思い浮かべていた。初めて、目線を合わせてくれた人、笑ってくれた人に、素直に手をのばしていた自分。
自分から、手をのばすことも必要なのだ。
自分を取り巻く世界が急に、色鮮やかできれいなのだと思えた。
そんなふうに、誰かが手を差し伸べてくれるように、差し伸べられている手を見逃さないように・・・取るべき手を間違えないように。
願いながら、曲を繋いでいく。
 戻って来て・・・そんな思いが通じたのか、鬼に変わりかけた院の姿が元に戻り始めている。雨水(うすい)は、ますます、人の心に染み入るような音色を響かせた。

やらへども鬼 26

2008-09-12 11:41:14 | やらへども鬼
どこから、忍び込むか迷った。さすがに、人の寄り付かないとはいえ、院の住まう場所、築地の崩れたところなどは見当たらない。
 薫風の式神、藤の蔓に塀の上に上げてもらう。
 ふと、下をみると、警護の侍が倒れている。
 降りようとしていた雨水(うすい)とゆりを薫風が止める。薫風の手から、白い小さなの紙片がするすると風に舞うように飛び出した。
 時々、目の前で小さな風の渦が起こる。
 どこからか、声がして、中のようすを報告した。門の方でも、中でも人が倒れているという。
「来るまでに、使いを陰陽の頭(かみ)さまに出しておいた。おそらく、兵もこちらを取り囲むようなことになると思うが、それまで、待つか?」
「でも、手遅れになるかも・・・。この、微かに聞こえる読経の声・・・。何の呪いを行うつもりなのかしら。」
「自ら、鬼に転じて、呪うか・・・。」
 薫風が呟く。先へ進むことにした。
 ゆりが、真白に、門を開けてくるように命じる。
 下へ降りた。瘴気の混じった揺れる空気が、三人の目を惑わす。むっと息が詰まるようだ。内は、禍々しい雰囲気に支配されている。
いつの間にか、皆、はぐれてしまっていた。
この読経を中断して、瘴気を防げば、再会出来る。
それぞれが、そう判断して、奥へと進む。
 広い庭園を抜けて、やっと建物にたどり着く。ゆりは、ひらりと欄干を乗り越え廂の廊下に飛び乗る。そのまま、角を曲がろうとしたところで、人とぶつかりそうになった。
「・・・!」
「阿子・・・。」
 あえかな香りの袿にぎゅっと、抱きしめられてしまった。童装束で、髪を後ろに束ねているので、暗闇でゆりが誰だかわからないのだろう。
 雨水(うすい)の母だ、と、思う。
「違います。雨水(うすい)・・・って言ってもわからないか。えっと、友達のゆりです。彼も、ここに来ているの。この瘴気の中で互いにはぐれてしまって、けれども、この読経の主のもとに向かっているのは確かです。これを、祓わなければ。」
 ゆりの言葉に、彼女はそろそろと力を抜いて、顔を確かめるように覗き込む。
 どこか、寂しげな表情の人。何よりも、その頼りない瞳に自分が映っているのかと、ゆりは不安になった。
「あの方をお止めしなければ・・・。呪いが完成してしまえば、鬼になってしまう。阿子の笛で、この瘴気を祓わなければ・・・。」
「祓うために雨水(うすい)が必要なの?ちょっと、名前は存じませんけど、お方様。あなたの阿子さまは、心配でないの?祓うと言ったって、これだけ、呪力があがっていれば、祓うほうも危険なんですよ。いくら、素質があるからって、ひどいじゃないですか。」
「・・・・・・・・。」
 大きく目を見開く姿が、ゆりの目に映った。
 微かに、はかなげに彼女が瞳を揺らす。
「阿子を心配してくれるのね。そうね、私は、何もしてやれない母だった・・・。でもね、ゆりさんだったかしら・・・。あの方が鬼に変じれば、あの子にも災いがふりかかるの。そうではなくて?」
「・・・ええ。だから、止めに来たんです。もう一人、仲間の陰陽師が来ているから、彼もそちらへ向かっているわ。この瘴気さえなければ、式を飛ばして、邪魔をするのだけど。」
 瘴気がどんどん強くなっていく。それとともに、ますます道に迷いやすくなり、普通の人間には立っているのさえ、やっとだ。ごほっ、ごほっ、と咳き込む。雨水(うすい)の母が、袿の袖を広げて、ゆりを近くに引き寄せる。不思議なことに、少し体が楽になる。驚いて、見上げると、寂しげな微笑が頷く。
 うんと、頷いて、先を急ぐ。
迷うように、結界を張られていることは、ゆりにとって大したことはない。けれど、この瘴気の中で、足を進めるのは、楽じゃない。雨水(うすい)の母のおかげでどうにか、もっているけれど、ともすれば、足がもつれがちになる。
 あせりで、額に汗が滲んだ。
 と、その時。清涼な風が、そよそよと、吹き、夏の暑さを祓ってくれるように、ゆりの体が楽になる。耳に、笛の音が届いた。
雨水(うすい)が、どこかで吹いているんだ。
 ゆりは、耳をすませて、音の方向を探る。みれば、広大な院の御所の庭の小高く盛り上がった丘のような場所に、堂が建っている。そちらの方角からだ。
「大変、雨水(うすい)が一番、読経の近くにいるわ。急がなくては。」
 ゆりは、雨水(うすい)の母の手を引いて、駆け出した。庭に降り立つ必要はなく、この場所から、渡り廊下で繋がっている。
 ゆりを見つけた薫風が、彼女達のはるか後ろの方で、叫んでいる。
「ゆりどの!外は、今、勅命を帯びた兵たちが囲んでいる。同行している陰陽の助さまが、しばらく足止めをしてくださるが、長引けば、兵たちが踏み込んでくるぞ。」
今は、一時的に瘴気を押さえているが、盛り返したところに、兵たちがなだれこんで来たら、二次災害のようなことになるのもありうる。武器を持って、殺気立った者にどのような影響を与えるのか、計り知れないのも不安だ。
 真白が、ゆりの斜め上に姿をあらわし、同時に移動しながら、鼻をぴくぴくさせている。
「やっぱり、力玉の気配がするのだ。」
 ゆりは、ちらりと真白をみやったが、足を留めている余裕はない。
 堂へ、踏み込もうとしたとき、獣の唸り声のようなものが耳に入った。
「うおおおお・・・・っ!邪魔をするな。その笛、うるさいっ!」
 堂へ飛び込んだゆりの目に映ったのは、僧形のおそらくは院とおぼしき、青黒く皮膚の変色した、なかば、鬼と化した人の姿。耳を押さえて、うるさそうに体を捩っている。目が、時々、狂を含んで、それでもまだ、正常な人の目との間を行ったり来たりしている。
「耳を塞がないで!しっかり、その笛の音色を聴いて!人であることを已めないで!」
 ゆりは、声をあげた。その声が届いたのか、院は、しばらく、落ち着いた目の色に戻る。ぜえぜえと、苦しげな息を吐いている。そこへ、ひらりと、垂領(ひれ)を靡かせて、古代めいた飛天女のような女が宙から舞い降りてきて、院にすがる。顔は・・・・。やはり、あの水無瀬だ。彼女は、飛天女のように身軽で美しいが、禍々しい雰囲気を纏い、目は常人とは違う光りを放ってる。院の心を、からめとるように、腕を首に巻きつけるように、耳に何かささやく。ちらっと、ゆりたちの方に向けた視線は、忌々しいものをみる目つきだ。

やらへども鬼25

2008-09-05 14:05:26 | やらへども鬼
 こそこそこそと、ほっかむりしたうさぎが、廊下を歩いている。ゆりと、薫風は顔をみあわせ、真白の近くへそっと移動する。むぎっ。耳をつかんで、持ち上げるゆり。
「うわっ。離せ。出て行くのだ。」
 家出をしようとしていた。理由を訊いてみて、ゆりは溜息をついた。薫風の方を見て言った。
「薫風がこの間言っていたみたいなこと・・・予定調和ってやつかしら。」
「院のそばの怪しい女に、大事な力玉をだましとられた、か。奪い返せば、いいのではないか?おそらく、その女がもっているのではないか?」
 真白が鼻をぴくぴくさせる。もう、何十年と経っている。奪われてから、方々探したが見つからなかった。ゆりに捕まるまでも、あちこち、めぼしい屋敷のまわりを嗅いでまわっていたが、やはりそれらしきものはしない。
「あの場所からは、匂いがしない。強いていえば、雨水(うすい)の笛のほうが、よく似た匂いがするのだ。」
「そう、じゃあ。院の御所の怪しい女のことも、知っていたの?」
「・・・・・・・いけすかんやつだ。人を酔わせて、いい気になったところを騙し取りやがった。人を妖言で惑わすやつなのだ。そういえば、妃の位に拘っていた。今度は、人間の王を狙うのか。」
「あんた、鬼の王様みたいなこというのね。・・・って、本当?へえ、ふううん・・・。」
 まじまじと、真白をながめるゆり。そばで薫風が、いぶかしげな顔をしている。
「王様ということは、臣下もいるのかしら・・・。」
「いる・・・・。人間の臣下と違って、力に従うから、今は身を隠しているけれど、見つかっちまったから・・・。」
「この間の行列か。」
「あの、銀の髪の奴は知らないぞ。他の奴らは、あいつに従ってたみたいだな。」
「じゃあ、院の御所の女と何か関係があるのかな。」
「違うと思うぞ?どっちかっていうと、悲しみで、鬼になった感じがしたのだ。」
「鬼も、元は人・・か。理由は様々というわけか。」
薫風の言葉に、ゆりが真白を哀れみの目で見つめている。ぎゅっと、抱きしめる。
「真白、お前って、食い意地がはって間抜けなやつだけど、鬼になるほど辛いことがあったのね。かわいそう。その念から、解放されるまで、私が手助けしてあげるわ。式神として良い事をしていれば、きっといつか、その念が浄化されるかもしれないわ。」
「うわあ・・そんな何に怒っていたかもわからん、大昔のものなど、どうでもいいのだあ。離せっ。」
「・・・・理由も、忘れちゃったのね。」
 ゆりと真白の様子を見て、薫風がくすりと笑った。真白の目をのぞきこむように見て、請合う。
「害もなさそうだが・・・真白。ゆりどのならば、お前が、浄化されるきっかけをくれるかもしれない。お前たち、鬼は寿命というものがないから、ゆりどのが生涯を終えるまでに足りなければ、ずっと、主を変えていき、従うといい。ゆりどのが、良心的なやつのもとに託せるように、考えてもくれるだろうし。」
 真白の赤い目がじっと、薫風を見ている。
「ゆりどのは、人の孤独に手を差し伸べてやれるらしい・・・・。」
 薫風の言葉に、ゆりが首を傾げた。何か言おうとしたところに、真白がくきくきと、首を動かし、思い出したように、呟いた。
「そういえば、雨水(うすい)も、家出するところをみたのだ。」
「ええ~!早く言いなさいよ。」
 ゆりが、慌てて外へ駆け出す。薫風は、自分の式神を呼んで、使いをどこかにやった。雨水(うすい)の目的は、院の御所。薫風も、ゆりの後を追う。
 院の御所につくまえに、雨水(うすい)に追いついた。
 雨水(うすい)の手をとって、ふくれっつらのゆりが言う。
「ちょっと、いいかげん、見くびらないでよ。危ないからって?私の術者としての腕を信用しないの?」
 困ったような顔の雨水(うすい)が、いる。ぎゅっと、握っている彼の手に力がはいる。それに、応えてゆりが頷く。雨水(うすい)の顔に浮かんだ頼りない笑みに、ゆりが、にっこりと笑って応える。
「行こう。」
 追いついて来た薫風をみとめると、雨水(うすい)を促して、院の御所へと向かった。

やらへども鬼 24

2008-09-05 14:03:31 | やらへども鬼
 人も寝静まった時刻の真夜中に、まだ、灯りの漏れている部屋がある。さすがに、格子戸は閉められているが、真冬と違い、風通しよく簾で内と外を隔てているだけなので、近付けば気配が伝わる。薫風が中から顔を出した。
「何か、訊きたいことがあるという顔だな。ゆりどの。」
「あ、うん。中で起こっていることがわからないのに、乗り込むなんて、薫風らしくないと思って・・・。他に知っていることが、あるんでしょう?」
 院の側に仕える怪しい女がいるということだけで、乗り込んで行ってどうしようというのか。しかも、相手が物の怪の類であるとして、退治してしまった場合、後始末はどうつけるのか。院のお気に入りの女房がいなくなって、その夜、怪しげな人の出入りがあったとしたら、人はどんなふうに解釈するのか。院が自覚して、その物の怪を置いていた場合は、どうなるのか。世間から、忘れ去られたような方でも、院を相手に敵対するようなことになれば、一介の陰陽師ごときに関われる話なのか。薫風とて、宮仕えの身には違いないのだ。疑問は、あるのに、薫風は、案外簡単に決断したようなのだ。
 ゆりの懸念を聞いて、薫風がへえという意外な顔をしている。
「立場だとか、考えるんだな。それなり、状況判断は出来るんだ。」
むっとして文句を言いかけるゆりを、手でよけるように首をすくめて、先の説明を続ける。
「帝と、東宮のもとに、連日、陰陽師たちが侍っている。呪いが放たれているのだ。結界を張って、警護している。」
「結界・・?連日ねえ。そんな、呪いって、あるのかしら・・怨霊なら、わかるけれど。」
「うん。普通は大きな術であれば、あるほど、破られたその時に、反動が大きくなるだろうから、術者は死んでしまうだろうな。それが、こちら側に疲弊をもたらすほど、連日続く。」
「あ、それで、母上にもお声が掛かったわけか。」
 薫風が軽く首を縦に振る。
「ともかく、術の行われる場所を特定するために、占いを行った陰陽の助さまが、倒れられた。倒れる前に、不思議な啓示を受け取ったのだが、それが、場所を特定出来る鍵になるのか、わからないものだった。最初に口にされた、水という言葉は、院の御所なら水辺にあるから、説明はつく。」
「あとは?」
「鬼、天后、あるいは天と后か、最後は意識が朦朧として口走っていたそうだから、正しいかどうかは、わからない。そして、反吟の卦が出ていた。」
「まさか、謀反・・・?でも、今の帝には、後継がいらっしゃるわよね。」
「だが、男皇子はお一人だ。他に、御位につかれる血筋の皇子はいらっしゃらない。随分、遡って古皇子をさがせば、別だろうけれど、帝が崩御し、東宮が薨去ということになれば、もう一度、今の院に践祚(せんそ)ということもあるのではないか。」
「・・・・・・。ねえ、雨水(うすい)どうなっちゃうのかしら。」
「大納言さまさえ、知らぬ顔をしてくだされば、連座することもないだろう。正式にも、認められてないのだし、物の怪に狙われなくなれば大丈夫だろう。」
「何で、狙われていたのかしら・・・。笛のせいだけとも思えないけれど。」
「邪魔には思っていただろう。おそらくは、謀反という決定的な言葉を聞いてしまったから、始末されかかったとか。」
「・・・・・・・・。」
 ゆりが頷く。雨水(うすい)の記憶が戻らない以上、断定できないが、推測は、まあ、そんなところだろう。
 彼女は、廊下にぺたりと座り込んで、溜息をついた。自分は、どれだけ雨水(うすい)に手を貸してあげられるのか・・・。考えると、重たくなってくる心。ふと、風がそよいだ。わずかな、変化に気付き、顔をあげる。

やらへども鬼 23

2008-09-05 14:00:16 | やらへども鬼
 その日は、人目を忍ぶように、日暮れ時を選び、ひっそりと市女笠の女が、大納言邸を訪れた。
「確かに、このお方です・・・よく、ご無事で・・・。」
 通された室で、その女は、雨水(うすい)と対面すると、その手をとって涙を流した。
「あの・・・。」
 困ったように、雨水(うすい)が口をぽかんと開けている。女は、雨水(うすい)の母に仕える者だという。ひとつの笛を差し出し、雨水(うすい)の手に握らせる。
「花鎮めの風といわれる笛です。いつも、身につけていらっしゃった・・・。これが、寝殿の脇に落ちていて、その日から、あなたさまのお姿が、院の御所から消えてしまった。」
「・・・・・・・。」
 見事なつくりの笛だ。それでも、何も思い出せない雨水(うすい)は、困っている。
そばにいたゆりが、不審げに眉をよせて、ちらりと大納言を見る。
薫風も、その場に控えているのだが、彼もじっと難しい表情で見ている。
「院の御所から、皇子が消えたのであれば大騒ぎに、なりませんか・・・。」
 控えめに、薫風が訊いた。
「正式に、認められたお方なれば、そうであろうが・・・。母君はあくまで、院の側仕えの女房。それも、随分お立場の弱いお方のようで、院の御子でありながら、いるようないないような扱いだったとか・・・。院の御所ともなると、気位の高い女房たちもいるからな。・・・・・・目立たぬように、過ごしていたらしい。新しい者の中には、素性を知らぬものもいるそうだ。子どもにとっては、良い環境と言えん。」
「では、それに耐えられなくなって、家出したのかしら。その・・・だから、記憶を失ってしまって・・・。」
 ゆりは、両手を胸のところでぎゅっと握り締める。雨水(うすい)の母に仕えるというその女を見ている。大納言が、これから雨水(うすい)を送っていこうというのを、その女は、首を横に振った。
「いいえ。出来ましたら、こちらで匿っていただきたいのです。あの女・・いえ、失礼しました。姉小路どのと呼ばれるお方です。あのお方が現われてから、院の御所は前にもまして、瘴気のよどむところとなりました。若君の笛だけが、わずかにそれを祓えるものだったのです。きっとそれで、狙われたに違いありません。」
 その言葉に、ゆりが頷く。
「そういえば、雨水(うすい)を拾った時、はだしだったし、あちこち着物も破けていて、それで、どこかのお屋敷に勤めていて、酷い扱いを受けていたのか、もしくは、継子いじめみたいなことを想像していたのだけど・・・・。だから、あまり熱心に聞いてまわらなかったのよね。」
「そうですか・・・。」
「ところで、雨水(うすい)の母君は、どうしていらっしゃるの?」
「はい。とても、案じておられます。若君の笛の音が、あの場所を、・・父君を引き止めておける手だてだから、戻って欲しいとおっしゃっていましたけれど、私はこちらにいらっしゃったほうがよろしいかと思います。良い予感がしません。」
「そうね・・・・。」
 ちらり、ちらりと、薫風を見ているゆり。うんと、頷いて、薫風が雨水(うすい)に訊ねる。
「あの水無瀬と何か、繋がりがあるのだろうな。雨水(うすい)。このまま、のらりくらりと、姿を隠して相手をかわすか。それとも、自分を狙っている者と対決して、晴れて堂々と道をあるけるほうがいいか、どちらを選ぶ?」
「これ以上、お荷物になるのは好みません。ですが、・・・対決するのを選ぶとして、勝ったら、やはり、もとの場所へ戻ることになるのでしょうか。私は、今の生活がいいのですが。」
「それは、後になってみなければわからない。そうか・・では、手筈を整えて、院の御所に忍び込みましょう。」
 身を隠し続けられるかどうかは、かなり、怪しくなってきている。薫風の言に、雨水(うすい)が、覚悟を決めたように頷く。ゆりは、腰を浮かして何か言いかけたが、そのまま口をつぐんでじっと、眉根を寄せて見守っている。薫風の様子から、まだ、彼が何か隠していると確信している。あとで確かめなくては・・・。そう思って、じっと黙っていた。