時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

やらへども鬼 4

2008-07-25 16:40:12 | やらへども鬼
ついたお屋敷で案内の女房について行く。
 ゆりは、扇で顔を隠しながらも、通り過ぎる屋敷内をするどく見つめて、観察していた。
 通された室には、几帳が立てかけてある奥から、重ねた衣装の裾や袖が見えている。
 香りが舞い飛んだ、ゆりが、そう思っていると、几帳の向こうで身動ぎする気配がする。
 続いて、落ち着いた声が聞こえ、時貞とその婦人の会話がしばらく続く。訪問時の挨拶に加え、「この間、どこそこの知り合いが、文を送ってきましたの。石山詣でに出た折に、詠んだ歌で良いものがありましたわ・・・。」「う~ん、なかなか・・・。近江といえば湖、そう言えば、こんな歌を聞きました・・・・。」とか、和歌の話らしきものが聞こえて来るが、興味のないゆりは、ほとんど聞き流して、まったく違う方向の庭に目をやっていた。
「それで、こちらが、妹姫なのね。」
 急に話をふられて、慌てて、意識をこちらに向けたゆり。
「突然迷惑かと思ったのですが、ついて来ると聞かなくて・・・。何分、まだ幼くて、わがままいっぱいに育ったものですから・・・・。」
「あらあら、かわいくて、兄上さまが甘やかしているのではないの?大納言さまも、非常に大事にされていると聞きますよ。ねえ、ゆり姫さまとおっしゃったかしら、家にも、少し年上ですけれど、姫がおりますのよ。どうかしら、今から姫とお会いにならない?」
 几帳に遮られて、顔は見えないが相手の探るような目を感じる。
ゆりが、ちらりと横目で時貞を見て、通されたまわりの様子を見て、几帳の向こうの女主人を見る。廂の間ではなくて、こんな間近に通されるわけか・・・。なるほどね、ふ~ん。妹の視線を感じた時貞の扇に隠れた口元が一瞬、悪戯に跳ね上がる。
その反応にゆりは、一瞬目を丸くするが。
やれやれ・・・、もちろんそれが目的で来たんですよ、と。お方様へ、心のなかでつっこみつつ、ゆりはやおら、顔を隠していた檜扇を広げたまま膝に乗せたかっこうで、前のめりになって返事をする。淑女らしさを、うっかり忘れた、いかにも子供っぽいしぐさが、相手の警戒心を解いた。
「まあ、同じ年頃のお友達?うれしいわ。ああ・・でも、どうしましょう、お兄様。私、お歌は得意ではないの。こちらの姫さまに嫌われたら・・・。筝なら、少しはましなんだけど。」

 直球勝負に、時貞は、一瞬ぎょっとなったが、すぐに微苦笑を浮かべてとりなす。
「どうも、子供のいうことは・・・遠慮を知らない。こちらの事情を存知ないのです。気を悪くなさらないで下さい。」
「あら、まあ。構いませんことよ。そうねえ、私も姫も筝の音を聞くのは好きですわ。けれども、今は少し障りがあるの。」
 お方さまは、事情を話し始めた。身動ぎもせず、くいいるように話に聞きいっているゆりをどうするつもりだと、時貞が成り行きを見ている。
 お方さまの話を聞き終えて、ゆりがほおっと息を吐いた。
「笛の音に、呼応するように筝の音・・・。とても、美しい音色がするのですね?」
「ええ。」
「その筝は、笛の音に恋をしているのかしら・・・。」
 きらきらと、夢を見るような目をしているゆり。内心では、我ながら寒っ、と思っている。子供らしい答えに、お方さまがつい笑いをもらした。
「まあ、かわいらしい想像ね。」
 声に温かみが宿っているから、馬鹿にしているわけではないらしい。少し面白がるような響きがあった。
「だって、悪いものだったら、そんな美しい音色は出せないと思いますもの。見てみたいわあ。ねえ、お方さま、駄目ですか?」
 にこっと、笑う。
「そうねえ。それならば、ここへ運ばせてみようかしら。」
 とうとう、お方さまの許可を取り付けた。
 筝が運ばれて来て、室の中央に置かれる。
「普通のお筝ですわねえ・・・。」
 言いながら、ゆりは筝に寄って行って弦に触れる。
「あら、ゆり姫、お待ちになって。」
 お方さまの止める声も間に合わなかった。けれど、何事も起こらない。
「・・・・ゆり姫、具合が悪くならない?」
 心配そうに訊ねる声。ゆりが、元気よく首を横に振る。
「無作法をいたしました。非礼のお詫びに、一曲、お聞かせ申し上げますわ。どうぞ、お兄様とお二人、お聞きになっていて下さいまし。」
 控えている女房たちに、筝を端に寄せてもらって弾き始める。
 静かに音がはじき出される。やがて、豊かな音色で室は満たされた。高く低く、心地よい音色が、屋敷中に満ちて、明るい光りが満ちるようだ。
しばし、誰もが手を止めて聞き入る。
演奏が終わると、聞いていた者の顔が明るく輝いた。
「心地よい音色に、何やら先日来のもの思いが晴れるような気がしますわ。ありがとう。」
 お方さまが、晴れやかな声で言った。


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