時の泉庭園

小説は、基本、ハッピーエンド。
話は、最後まで出来上がってからUPなので、全部完結済み。

(^◇^)・・・みん兎

やらへども鬼 5

2008-07-25 16:44:59 | やらへども鬼
牛車に揺られて帰る帰り道。
 同乗する時貞が、頃合を見計らって訊いてくる。
「そろそろ、何がわかったのか、聞かせてくれないかい。ずいぶん、姫君の部屋で楽しそうに話していたじゃないか。」
 あれから、ゆりはあの屋敷の姫君とも顔を合わせていた。
「別に・・・。兄上のお邪魔だろうと思ったから、あちらに長居していただけよ。なんてね・・・。」
 じっと見つめるゆりの視線をうけとめても、時貞は、涼しい顔だ。
「ねえ。兄上にとって、あのお方さまって大事な方よね。」
「だったら、どうだ。答えにくいということか?まさか、彼女が怪異の原因とか言うのじゃないだろうね。」
 ゆりが、首を横に振る。
「それは・・・まだ、わからないわ。」
「わからない。」
 時貞が首を捻る。
「とりあえず、怪異が起こらないようにはしてきました。起こらなくなって、どなたがお困りになるのか、あるいはがっかりなさるのか、はわかりません。」
「がっかりということは、嫌がらせということか。困るというのは?」
「・・・・・・・。兄上、何だか尋問みたいになってきたけれど?」
 いぶかしげな顔のゆり。時貞の口の端が、ほんの少しあがる。微笑しているだけなのだが、こうなると何を考えているのか、わからない。何か他に真意がありそうだが、切り口を変えて訊いてみるかどうか、迷う。
 いいや、もう、どうでも。
 心の中でつぶやき、ゆりはとすっと、後ろの牛車の壁にもたれる。
 ごそごそと、懐に隠してあった白い細長い紙切れを出した。
時貞にも、よく見えるようにひらひらと掲げて見せる。文字らしいものが書かれている。
 ぱしっ、その紙を細い指がそれに似合わぬ力強さで、弾く。
 時貞が瞬きをする。
「筝の背面に貼ってあったの。こっそり剥がすのに苦労したわ。筝がひとりでに鳴ってたのは、これ。笛に呼応するようになってたの。笛の方にも仕掛けがあると思うけど、捕らえてみないと駄目ね。」
「その符を張ったのは、やはり内部のものか・・・。」
「それも、女ね。」
「?」
筝の置いてある場所に目立たず近づけるとなると、限られてくる。はじめ、筝は姫の部屋に置いてあった。日常練習によく使われていたからだ。ひとりでに、笛の音に呼応するようになって、気味悪くなって、筝は、出入りのしにくい塗籠(ぬりごめ)に移動させられた。聞き出した事実を告げる。
「嫌がらせでなければ、笛に呼応するのは、何らかの合図だと思うの。だから、鳴らせなくなって、考えた末にこんなものを張ったんだわ。最初はやっぱり、人が弾いていたのよ。目的は、確かめてみないとわからないわ。」
「目的・・・。盗賊の手先が雇い人に混じっているかもしれないということは・・。だが。」
 新しく雇われた者はなく、年頃の姫君がいるので雇い入れる時も身元はきちんと確認されるはずだ。女主人は、若い公達との恋の噂など、いくつになっても華やかな話題に事欠かない女だが、邸内のことはしっかりと管理している。
その可能性は低いな・・・と、時貞が呟いたのを、ゆりは不思議そうに見ている。
「女所帯では、さぞかし不安だろうからね。合図だというなら、内緒の恋人を引き入れる為ということも考えられるが、あの方なら、わざわざそんな目立つことはなさらないよ。」
「兄上と、お方さまって・・・。」
「ゆり姫の勘違い。時々、ご機嫌うかがいに訪ねる程度の仲さ。あの方は、歌人としても名高く、あちこち交際範囲が広いからね。思わぬ情報網を持っている。ゆかしい方だがね。」
 本当のところは、互いに割り切った仲なのだが、さすがにそれは口にせず、時貞はゆりの疑問を封じた。ぽんぽんと、子供にするようにゆりの頭を撫でる。
「ふうん。そういえば兄上って、右近衛府の少将だっけ。だったら、仕事柄気になったというわけでもないよね。・・・どうしても、筝の音が必要なら、また、慌ててこの符を貰いに行く者がいるのじゃないかしら。」
 左右ともに近衛府は、内裏のうちの警備をする役割だ。武官であり、厳しく誰訊することもあろうし、つい口調がそうなってしまったのだろうか。ゆりは、そう考えた。
 家に帰りつき、車から降りるゆりを、支えてやりながら、時貞が爽やかな笑顔を浮かべて言う。
「ありがとう、参考になったよ。・・・推測だが筝が鳴らなくて困るのは姫君だ。実は、今、尚侍にという姫の父君の意向があるんだ。それとなく伝えておくが、あちらの対面というものがあるからね。ゆり姫も、これ以上は詮索してはいけないよ。」
 これ以上は、関わらなくていいよと言っているのだ。
ゆりは、それに答えて、うんと頷いた。



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