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St. John of the Crossの生き方に憧れて

受洗後、最初に買ったカトリックの本が「愛への道」。相応しい生き方をしてない。彼に倣う生き方が出来るよう心がけたいです。

「2001年」と「マクベス」でなく「ソラリス」の比較。今度「マクベス」としようかな!の2

2011-11-11 12:43:51 | Weblog










東日本大震災被災者の方々の為に祈ります。
 あわれみ深い神様、あなたはどんな時にも私たちから離れることなく、
喜びや悲しみを共にしてくださいます。
 今回の大震災によって苦しむ人々のために、あなたの助けと励ましを
与えてください。私たちもその人たちのために犠牲を捧げ、祈り続けます。
そして、一日も早く、安心して暮らせる日が来ますように。また、この震災
で亡くなられたすべての人々が、あなたのもとで安らかに憩うことができま
すように。主キリストによって。アーメン。
 母であるマリア様、どうか私たちの為にお祈りください。アーメン。
。。。
新しいロザリオの祈りで祈ります。
アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます。
あなたは女のうちで祝福され、ご胎内の御子イエスも祝福されています。
神の母聖マリア、私たち罪びとのために、今も、死を迎える時も、
お祈りください。アーメン。
。。。
引き続き。
「「2001年宇宙の旅」と「惑星ソラリス」の比較映像学(もどきかな)
・・・
 「2001年」と「ソラリス」の場合はどうなのだろう?
 先ず、エンディングから遡っていく。「2001年」では、宇宙空間に浮かぶ
巨大な嬰児であり、「ソラリス」では、ソラリスかの海に浮かんだ自分の家。こ
れから、「2001年」が進化・発展、「ソラリス」が回帰・復活を扱っていると
捉えることは可能だろうか?宇宙が神の座であることは、数々の神話まで遡るま
でもないであろうし、海が母のイメージは文学的レトリック。
 病を通して、或いは、その克服の中で新たな創造がある、は意外な真実である。
両映画では、それぞれの主人公は、「外在する精神」の「内的精神の異常」の投影
により、また、「内的精神」の「外部への異常」な投影により蝕まれる。それは、
一種の産みの苦しみとして、新たな世界出現の為の必然法則であった。
 「2001年」では、ある「隠された未来の秘密」が機械の病を生み、脅威を
止める為には、機械に対する外科的な処方=思考回路の手動によるシャットダウン
しかなかった。しかし、それを完遂した瞬間回路から流れて来たのは、アイロニー
に満ちた童話であった。そして、これは第2部のテーマ「生命の回帰と誕生」とに
繋がる。「発生は進化の段階を模倣する」、それを辿ろうというのだ。
「ソラリス」は違う。過去の罪である。過去の罪が現実化された幻想を生む。そ
れは、しかしリジッドな現実である。己の弱さ。この海では、それが白日の下晒さ
れ、密室の中で24時間向き合わなければならなくなる。死んだ筈の妻の幻と何
年か過ごし、存在を疑った瞬間消え去る話は数ある。死をも越える愛。ここでは、
歪んだ現実に倦み疲れ、意識を失って夢にさ迷うとき消える。」   (未了) 
。。。
リパッティ。
J.S.バッハ、ヘス編「主よ、人の望みの喜びよ」
~エネスコ「ピアノ・ソナタ第3番二長調」を聴きながら、は同様。
写真は、今年の小津映画祭。
氏の別荘無芸荘。
飯田は雨が続いています。
。。。
今日一日が皆さんにとって良い日でありますよう、
お祈り申し上げつつ。
主のお恵みが皆さんに豊かに御座いますよう、
主イエスキリストの御名によってお願い申し上げつつ。
主への賛美と感謝とともに。

2011.11.11. 乗倉記す