手帳は学生時代から使っていますが、フル活用し始めたのは今夏からです。
測量野帳を教えていただいたことがきっかけで、アナログで書いて思考するのが自分にとってものすごく「楽」なのだと再認識したのです。
わたしは極端な文章思考型で、とりあえずなんでもかんでもwordにがーっと書いて書いて書きまくって、徐々に考えを纏めて行くというやり方をしていました。wordを使っていたのは単に慣れているからというのと、他に文章作成用ソフトを知らなかったからです。
思考とほぼ同じ速度で文章が打てるので快適ですし、後からつけ足したり入れ替えたりも簡単に出来て非常に楽なので、今も文章だけで出来る思考はデジタルでやっています。
ところが。
これを何年もやっているうち、漢字をおそろしく忘れていることに気が付きました。
読めるけど書けないのです。脳内には漢字が浮かんでいるのに手が書けなくて何度も書き直したり、ひどいときはひらがなを書き間違えたりして、さすがに焦りました。
そこで日記を手書きに戻し、年の前半はあまり活用出来ていなかった手帳も細かく書き込むようにしました。
手帳術とかナントカ方式とかは何度か見てみたんですがサッパリ理解できないし、説明書を見ながら書いていたら思いついたことがどっか行ってしまう(笑)ので、ルールとか一切決めずに思いついたときに好きなように書き散らかしています。
色分けですら、何色が何の意味だったか翌日には忘れてしまうので、やってません。いいのよ、わたしが見て分かればそれで。
…書いててちょっと自分のおつむ具合に涙を禁じえません。
さておき。
アナログに戻して2か月半。
徐々に手が「手書き」に慣れてきたのでしょう、書き間違いは明らかに減りました。(なくなったとは言いません。あくまで当社比)
自分にとってどういうものが使いやすいか分かってきたら、手帳の書き込みもやりやすくなりました。
そして、野帳に片端から吐き出している「思いつき」が、アナログで図や線を交えて書くと、物凄く纏めやすいことに気が付きました。
デジタルでは(わたしの技量では)、思いついたところにちゃちゃっと図を入れる、ちょっとだけイラストでメモを補足する、ということが、なかなかできません。
そもそもデジタル絵なんて描けないし、文章に絵を貼り付けようと思ったら別々のソフトで開いて作って挿入して…あああめんどくさい。(と、思うあたりが根本的にアナログ脳なのでしょうけれど…笑)
それでどうしても文章でのみ書くスタイルになってしまっていたんですが、文章だけではどうしても表現しきれなかった、小さな改善案や、もの作りに関することなどが、小さい図をつけるだけで圧倒的に見やすくなりました。
文章でのみ書いていた時に頻発していた、後日見直して「…これ結局何をどうしたかったんだっけ」という情けない事態も極端に減りました。
どんだけ説明下手なのか。
以前はPCを開くまでに何処かへ紛れて消えてしまっていた、「あ、あれ行きたい」「これをやってみよう」「こんなのどうだろう」という思いつきが、消えて行かなくなりました。紙の手帳は、開いて書くのに数秒もかからず、何処にでも持って行けるからです。
書き出してみると、一日に結構いろんなことを思いついては忘れていたのだなと気づき、世の中にこうもメモ帳やらノートやらが溢れている理由がようやく分かりました(笑)。
最初はメモといっても何を書いていいのかすら分かりませんでしたが、慣れたらもう、なんでもかんでも書かないと逆に不安になるくらいです。実際そうやって何でもかんでも書いているうちに、必要最低限の効率のいいメモの取り方が少しずつ分かってくる気がします。気がするだけな気もしますが気は心です。ややこしいわ。
あとわたしは付箋紙をもうちょっと惜しまず使ったほうがいい。次の目標です(笑)。