蝸牛のこちょこちょ

みずしろの普段着物と手仕事と好きなものの記録。

銘仙のお直し作戦、その一

2022年01月14日 | 普段着物
 
 これ、だいぶ前に買った銘仙です。古着屋さんで一目惚れして連れて帰りました。
 しかしその当時から、もう裾がこんな。

 
 虫食いで端っこボロボロ。
 しつけ糸つき、着られた形跡もなく表は綺麗なままなのにどうしてこんなことに、と申しますと、このくすみピンクの部分、ウールなんです。モスリンというやつ。
 汚れがあろうがなかろうがウールだけは容赦なく食われますからねえ。よっぽどおいしいんだと思います。わかる、わたしもマトン大好物やし。
 さすがにこれでは着られませんし、縫い糸自体も(こないだの紺の紬ほどではないにしても)弱ってましたので、全部解いて縫い直します。
 しかしなんで黒の絹縫い糸ばっかりこんなに先に傷むんでしょう。まさか植物染め鉄媒染の時代の糸使ってる……? そんなに古いとは思えないんだけど。

 解くのも難儀しました。
 明らかに素人針で、しつけも二重三重にしてあったり、中もすんごい縫い方してあったり、かと思うとなんでそんなにと思うほどがっちり固く留めてあったりして、時間のかかること。
 誰が縫ったんだろう。銘仙で、それも織傷が結構あって、裏も木綿とモスで、普段着ですが袖が長いんです。若い娘さん、裁縫の練習に自分で縫ったかな。面白いことに衿周りだけははっきりと別人の縫い方で、糸もまっすぐ最低限、すっきりと上手。目立つうえに難しいところだけ、年長の家族が手伝ってあげたのかもしれません。
 古着を触っていると、縁側の陽だまりで知らないおばあちゃんたちとお話しているような気持になります。これどなたの、ここえらいしっかり縫ったりますなあ、これは何の印、ここだけなんで赤い糸、黒糸足りなくなったん、それともなんかのおまじない?
 答えは返ってきませんけども、楽しいです。まあ容赦なく解いちゃってるわけですけども……。ごめんて。

 で、解きまして。次。
 
 この頑固な折り線をどうするか。
 まず「筋消し」の要領で、折山だけに僅かに水を含ませ、ドライアイロンで押さえてみました。使ってるのは胴にインク代わりに水を入れて使う筆ペンみたいな道具、水筆ペンといいまして、本来は画材です。
 
 左側がアイロンしたとこ。平らにはなるけど線残ってますねえ。
 幅を狭くするなら残ってたっていいんですけど、身幅はいっぱいまで出す予定。ちょっと目立つかなあ。
 
 次に自分で出来そうなのは「水洗い→張って干す」です。
 試しに目立たない部分を洗ってみたら、色落ちや色移りはほぼありませんでした。洗って絞ってパンパンはたいてもびくともせず、これは大丈夫と判断しまして、

 
 買っちゃった。伸子と張り木。
 実はもっと古いのがあります。譲って戴いたもの。ですが戴いた時既にサビサビのボロボロで、実用には向きませんでした。今回は新品です。
 これで布をぴんと張って乾かすと、アイロン無しでも皺や折跡がきれいに取れるという、すごい道具です。いったい誰がこんなん考えたんだか……。
 太さは色々あるんですが、とりあえず紬中と紬細を。正直これで良かったんかどうか、よくわかりません。曾祖母や、中学校の通学路にあった染め屋さんが使ってたのは見憶えてるんですけど、太さとか実際の技術まで見てませんでした。まさか三十年経って自分が買うと思わんし……(笑)
 この二種がまた本当に微妙な差で、全く見分けがつかないので、仕事の合間にせっせと印をつけてました。やっと終わったので、明日と明後日の休み、端縫いをして縁布をつけて、少しずつ張ってみようと思います。うまくいくといいなー。
 縫えるんはいつの話でしょう。というか、まだ八掛の新しいの買ってないんやけど。何色にしようかな。

お正月の着物の記録

2022年01月06日 | 普段着物
 カテゴリー普段着物で良いかなとちょっと迷いましたが他にないのでまとめました(雑)
 こんな雑なやつですが、本年もよろしくお願いいたします。

 そんなわけで、年末年始の着物記録。

 大晦日、うちはいつも明るいうちに湯をつかって着替えます。
 父方の祖父母が家に来てくれたので、以前祖母にもらった大島風のポリでお出迎え。しつけ付きだったのですが、面白いことに、伊達衿っぽいものが最初から縫い付けてありました。昔よくあったポリの風呂敷みたいな微かにシボのある布。面白いのでそのまま着ました。

 オプションはトリ外せません。ほんっとうに何をどうしてもどいてくれない……。
 インコ氏は最近ではわたしが着物を着始めるともう歓声を上げてすっとんできます。半衿(というか、その中の衿芯)のかたさが好きなんです。当然、半衿も衿芯も噛みまくられてボロボロですが、諦めて家着専用にしたのでもう好きにしてくれ。
 帯は行きつけの呉服屋さんでポリのプレタについてきたポリの半幅。気軽に使える黒が欲しかったので最高のドンピシャでした。てか、何故か色柄好き放題選ばせてくれたんだけど、あれ本来セット売りなんじゃないかなあ……。いつもすんません。
 これに古い腰紐、確か祖母が古い風呂敷を縫い直したやつです、それをたすきにして、ずーっと立ち動いてました。雪の中に出たりもしました。ポリ万歳だわ。

 明けて、新年。

 
 今年も何とか女三代で揃って着物着られました。
 父方の祖母も、亡くなった母方の祖母も、どちらも若い頃はまだ普通に着物を着ていた世代。当然あたりまえに着られるし、二人とも着物好きときています。受け継いだんですね、わたし……。
 母はいつもお気に入りの小紋、遠目には椿っぽいんですけど近寄ってみると八重桜のような、不思議な柄です。色味は冬っぽいんですけど。ちょっとお袖が長くて、いい布です。
 ただ、母は元々があまり着物に興味がなく、わたしがせっせと着たり手入れをしたりしているのを見て、引っ張られて「いいねえ」となって、お正月くらいは、で着るんですが、それ以外はさっぱり着ようとしません。そして、おそらくは加齢による諸々、と、認知症のごく初期かもしれません、もう「覚えて」いません。昔は当たり前のようにしていた本畳みすら、もう出来ません。小物も何が要るのか分からないので、全部わたしが揃えて、着せ付けて、後の手入れも片付けももちろんわたしです。
 祖母のはずっと箪笥に眠っていた色無地、いかにも昭和の嫁入り用、しつけ付きで一度も着られた形跡なし。大晦日に幾つか出しておいた候補から好きなものを選んでもらい、紅白見ながらせっせとしつけを解いたんですが、これもしかして「自家製」……? すんごい太い綿のしつけ糸で何重にも縫われていて、本体の星止めなども明らかに素人針。地模様は大名行列で、結構面白いんですけどB反っぽいし、もしかしてばあちゃん縫ったんかなこれ……。
 祖母は着付けは覚えているんですが既に90近い歳で、身体が動きません。で、こちらもあれこれ手伝いまして、お太鼓は出来んと言うので適当にそれっぽいのを(おい)

 名前忘れたけどあるんですよこういう、手がちょっと斜めに出たお太鼓。ある。あった。はず。
 年末に買った京袋帯、古着ですけどほぼ新品。初使用は自分じゃなく祖母になりました。帯締めだけ自分で結んだのでちょっとユルってますが大目に見たってください。

 そしてわたしのは、これは亡くなった母方の祖父に買ってもらった小紋で、珍しく誂えです。昔近所にあった呉服屋さんに、知らんうちに積み立てしとったらしくて、本来喪服用という名目だったらしいんですが、いまどき和服の喪服なんて一式作ったって着ませんでしょう、で、小紋にしてもらいました。
 当時は今思えばいちばん普段着物が廃れてた頃で、小紋の反物なんか、店に無いというので、問屋から持ってきてもらったんですが、それでも数反。少ない候補の中から、一目惚れでこれに決めました。周囲は「こんな柄、もうちょっと背の高い人が着るもんですけどねえ」「はっきりしすぎてて映りがどうだか」と散々だったんですけど、押し切りました。
 いま着ると誰からも絶賛されますので、ようやく時代がわたしに追いついたんですね(言うだけタダ) よく押し切った、二十年前のわたし。
 帯は一番気に入っているうちのひとつで、紬の名古屋帯です。珍しくきちんと(最初に畳まずに)お太鼓締めたのに、写真撮ってなかった、あほー……。
 これまた珍しく半衿と足袋はどちらも白で、新しくおろしました。新年ですから。
 
 
 お屠蘇とおせちを一通りいただいたらすぐ着替えちゃいました。
 こっちは家事モード、もう何度着たか分からないポリに、同じく使い倒してる博多の半幅。襦袢も変えました。
 これにウールの上っ張り着て、手拭いの前掛けとたすきして家事です。あー、楽。
 母は「よぅそんなん、着て動けるねえ」と言いますが、着物のほうが身体が楽なんですよ。洋服、たすきがけ出来ないから袖ずり落ちてくるし、帯ないから腰寒いし、かといって重ね着すると動きづらいし。
 着物から着物への着替え、十分かからなくなりました。カルタ結びでもこれ個人最速記録ちゃうかな。嬉しい。



 楽しい正月でしたが、なにせ母がもうかなり「出来ないこと」が増えていて、その分は当然、わたしがやらねばなりませんで。順番ですね。
 そんなわけで思っていた以上に忙しくて、結局休み中に予定してた手仕事はほぼまったく手つかず。
 辛うじてこれを解きましたんで、それはまた、別記事にします。