中国琵琶の奏者、閻杰さんの演奏を聴きに行った。
そもそも、中国琵琶とはなんぞや?見たところ、大きなビワの形をした洗濯板!それほどに、たくさんの山形のフレットが並んでいる様子が、とても印象的な楽器。
10本の指(左手はフレットを押さえながら音を出し、右手は指につけた爪で外に向かって弾く)が、それはそれは早く細かく動く。
見ているこちらの方が、つりそうになる。
彼女は、中国琵琶の奏者の中でも技巧的なのかもしれない。
でも、音楽は技術だけではいけないと思う。
技術に裏打ちされた表現が個性ということになるのだろう。
実は、私は彼女の演奏を9年前に聞いている。
大体、9年前に聞いたということも忘れていたのだが、本人を見ると、あれ、見たことがあるというくらいの記憶が。
ただ、演奏が始まると、その時の記憶とあまりに違うので、別人だったかなあ、と思った。
あとで確認したら、確かに閻杰さん。
何が違うのか。
9年前もプロであった人が、9年の間にもっと成長したということか。
今回は、前回とは違う人とのコラボレーション。
今回コラボした上田さんというピアニストが彼女の違った顔を引き出したということなんだろう。
コラボの面白さを、ほんとうに実感した。
人間って、ある程度できてしまうと、なかなかそれを変えることができなくなる。
それは、年齢と共に硬直していくということかもしれないし、
出来上がったものを守りたいという心境に入るからかもしれないし、
それの複合したものなんだろう。
そういう意味で、いくつになっても次のステップを目指して、今までのことを壊していける柔軟な心というのが大事なんだろうと思う。
これは、音楽に限らず、生き方にも言える。
そうそう、この閻杰さん、音楽は楽譜を見るのではなく、ほとんど聴いて覚えるそうだ。
(そもそも、楽譜と言いつつ、邦楽の譜と同じで、数字が書き並べてあるだけだったけど)
なのに、9年前より日本語が上手になったとはとても思えなかった。
耳がいい人は語学の上達も早いというけれど、必ずしもそういうわけではないようで。
そもそも、中国琵琶とはなんぞや?見たところ、大きなビワの形をした洗濯板!それほどに、たくさんの山形のフレットが並んでいる様子が、とても印象的な楽器。
10本の指(左手はフレットを押さえながら音を出し、右手は指につけた爪で外に向かって弾く)が、それはそれは早く細かく動く。
見ているこちらの方が、つりそうになる。
彼女は、中国琵琶の奏者の中でも技巧的なのかもしれない。
でも、音楽は技術だけではいけないと思う。
技術に裏打ちされた表現が個性ということになるのだろう。
実は、私は彼女の演奏を9年前に聞いている。
大体、9年前に聞いたということも忘れていたのだが、本人を見ると、あれ、見たことがあるというくらいの記憶が。
ただ、演奏が始まると、その時の記憶とあまりに違うので、別人だったかなあ、と思った。
あとで確認したら、確かに閻杰さん。
何が違うのか。
9年前もプロであった人が、9年の間にもっと成長したということか。
今回は、前回とは違う人とのコラボレーション。
今回コラボした上田さんというピアニストが彼女の違った顔を引き出したということなんだろう。
コラボの面白さを、ほんとうに実感した。
人間って、ある程度できてしまうと、なかなかそれを変えることができなくなる。
それは、年齢と共に硬直していくということかもしれないし、
出来上がったものを守りたいという心境に入るからかもしれないし、
それの複合したものなんだろう。
そういう意味で、いくつになっても次のステップを目指して、今までのことを壊していける柔軟な心というのが大事なんだろうと思う。
これは、音楽に限らず、生き方にも言える。
そうそう、この閻杰さん、音楽は楽譜を見るのではなく、ほとんど聴いて覚えるそうだ。
(そもそも、楽譜と言いつつ、邦楽の譜と同じで、数字が書き並べてあるだけだったけど)
なのに、9年前より日本語が上手になったとはとても思えなかった。
耳がいい人は語学の上達も早いというけれど、必ずしもそういうわけではないようで。