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「みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記」星野博美

2023年11月30日 08時20分11秒 | 読書(宗教)


「みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記」星野博美

久しぶりの読み返し。

P94
 イエズス会はポルトガル王室と結びつき、ポルトガルの航海領域で独占的に布教する権利と経済援助を補償されていた(実際にはその金がとだえることが多かったが)。1534年にパリで創設され、40年に教皇から認可されたばかりの新進修道会、イエズス会が短期間で急成長を遂げたのは、ポルトガル王から与えられた排他的な特権のおかげだった。ポルトガルの行くところにイエズス会あり、なのである。(ところが、スペイン王フェリペ二世がポルトガル王位を継承してしまう・・・ショックだったに違いない)

P94
彼らが独占していた布教範囲が「市場開放」され、スペインを後ろ盾にする他の修道会が参入してしまうからだ。

P95
 日本の民が与り知らないところで日本の争奪戦が行われていた。それこそ、魂の救済を求めて改宗した日本のキリシタンにはまったく関係のない話だ。
 このあたりの経緯を読んでいると、不謹慎だが私は、コカ・コーラとペプシ、あるいはグーグルとアップルといった、グローバル企業の世界シェア争奪を連想してしまう。

P193 
島原半島の南目と天草を中心とした3万7000もの民が、老いも若きも3か月間たてこもり、12万もの軍から総攻撃を受けて皆殺しになった。ここは焦土と化しただけでなく、人の姿が消えたのである。それでは石高が維持できないため、半島北部の北目や小豆島から農民が移住させられた。そうめんは小豆島から来た移民が作り始めたといわれている。

P243
長崎を訪れる観光客の多くが土産に買うカステラで有名なのは福砂屋だが、トレードマークのこうもりは崇福寺のシンボルである。ポルトガル人の伝えたカステラが、福州の砂糖で作られ(だから福砂屋というらしい)、いまも日本時に愛されている。(私も長崎空港で福砂屋のカステラを買った)

P278
宣教師も一枚岩ではなく、イエズス会と托鉢修道会では、白と黒くらい主張が食い違う。(托鉢修道会も、ドミニコ会、フランシスコ会、聖アウグスチノ修道会、カルメル会と派閥がある)

P291
一度洗礼を授けた人間には、司祭が定期的に会い、罪の告白「告解」を聴き、罪をゆるす「ゆるしの秘蹟」を授けなければならない。司祭が1人もいなくなれば、信徒は永遠にゆるしを受けられず、罪を抱えっぱなしで死を迎えることになる。(中略)大追放後は、信徒を訪ねて告解を聴き、ゆるす、それこそが司祭の務めだった。
それを踏まえるか否かで、潜伏した宣教師の姿がまるで違って見える。まして、隠れキリシタンが2世紀以上も司祭を待ち続けた理由が理解できない。キリシタンは、ただ隠れていたのではない。待っていたのだ。

P320
織田信長が一向宗門徒を大量虐殺したことは有名だが、もしも彼らひとりひとりの名前や生きざまを詳細に書き残し後世に伝えるシステムが一向宗にあったとしたら、キリシタンの殉教者と同じくらいのインパクトを後世の私たちに与えたことだろう。

タイトルの意味が語られる
P362
 後世に残された絵や演奏の逸話は、南蛮文化の頂点というより、血なまぐさい迫害がすぐ背後に迫った、最後の一瞬のきらめきだったのである。それは、突然に現れて夜空を照らし、それを見たある者は珍しくて美しいと言い、ある者は不吉だと言う、彗星のようでもある。

P400・・・著者は、ビトリアを訪問する
バスクの生んだ聖人といえば、有名なのはイエズス会のロモラとザビエルですね、と言うと、「ザビエルはナバラです」と間髪を入れず訂正された。
ナバラはバスクであって、バスクでない。自分たちはバスク人同士で普通にバスク語を話すが、ナバラの言葉はまた違う。

P422・・・著者は、ラ・ハナを訪問する
「いま、神父の説教が日本の話に入りました。今日は日本からお客さんが来ている。あの人は観光客ではなく、ハシントに共鳴してはるか遠くの日本から来た、と紹介しています」(中略)
「レオン神父、ただ者じゃありません。あれだけ短い時間で日本の迫害を理解して、村人にわかるよう完結に、過不足なく伝えきりました。外から来て苦労している人だけあって、異文化に対する理解が深いんですね。すごいなあ。訳しながら、自分が感動しましたよ」

P439
海バスクは確かに華僑に似ている。しかし山バスクは、客家に似ているのだ。

P440
客家には、中華圏の近現代史を飾る人物が多い。(具体例として、洪秀全、孫文、鄧小平、リー・クアンユー、李登輝が挙げられている)

【感想】
長崎旅行の際に、とてもに立った。
旅行に行く1週間前あたりから読み返し始めた。
8年くらい前、この本を読んで気になり、
「いつか行こうかな」と思ったのが経緯。
実行するのにだいぶかかったけど。
(熟成に時間がかかる。あとはタイミング)

【ネット上の紹介】
「キリシタンの時代」とは、何だったのか?はるかな歴史の糸に導かれるように、著者はリュートに出会い、長崎からスペインへと殉教をめぐる旅に出る。遠い異国からきた宣教師と、救いを求めた信徒たち。迫害の果てに辿り着いたものとは。世界文化遺産の陰に埋もれた真実を照らす、異文化漂流ノンフィクションの傑作。
はじめに―宙をゆく舟
第1章 リュート
第2章 植民地
第3章 日本とスペイン
第4章 有馬
第5章 大村
第6章 大殉教
第7章 スペイン巡礼

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