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「マリー・アントワネット」シュテファン・ツヴァイク

2021年09月28日 10時45分30秒 | 読書(小説/海外)


「マリー・アントワネット」シュテファン・ツヴァイク

本書の面白さは、最初、享楽的で自分を甘やかすタイプの女性だったのが、不幸になるに従い、「王妃」という器にふさわしい人間となり、本来もっている自分を取り戻していく、この驚愕の変貌にある、と思う。

上巻P17
自分とは何か、これまで一度も問いかけたことのなかったこの女性が、苦しい試練によってようやく己の変貌に気づく。外見の魅力が失われたまさにそのとき、彼女は自分の内に何か新しい偉大なもの、試練なくして得られなかったものが生まれたことに気づく。
「不幸になってはじめて、自分が何者か、ほんとうにわかるのです」――誇りと動揺が相半ばするこの言葉が、ふいに彼女の驚きの口から洩れ出る。

リアンクール公が王に報告する
上巻P327
「バスティーユが襲撃されました!司令官が殺害されました!彼の首は槍先に刺されて、パリ中にさらされています!」。
「それは反乱ではないか」、不幸な君主は驚いて口ごもる。
 だが凶事の先触れは、無慈悲に訂正して曰く、「いいえ、陛下、革命です」。

フェルゼンと王妃
上巻P354
この女性が中傷され侮辱され迫害されて脅されていると知って初めて、ほんとうに心の底から彼女を愛するようになる。彼女が世の中から女神扱いされ、おびただしいお世辞に囲まれている間は身を引いて、彼女が助けを必要とし孤独になって初めて、敢然と彼女を愛したのである。

下巻P28
女性というものは、長い試練を経た確かな感情に従うときほど、誠実で高貴なときはない。そして王妃は、人間的にふるまうときほど王者らしいときはない。

下巻P60
(前略)王冠、子どもたち、自分の生命、全てを大規模な歴史的動乱から守らねばならなくなってようやく、自分自身の中に抵抗力をさがし、これまでは利用することなく貯蔵してあった知性と行動力を、いきなり引き出してくる。ついに水源を探りあてたのだ。
「不幸になってはじめて、自分が何者かわかります」という、美しく感動的な言葉が、彼女の手紙の中にきらめく。

下巻P63
「不幸になればなるほど、ほんとうの友人の真心に感謝せずにはいられません」
(中略)
35歳になってやっと彼女は、自分が何のために特別な運命を与えられたか気づいたのだ。

ランバール夫人に
下巻P209
「白くなってしまいました、不幸ゆえに」という悲劇的な文字とともに、一房の白髪を収めた指輪を友に贈った。

裁判のはじまり
下巻P302
(前略)裁判官の衣装を着込んだ警察官や書記なども相手にせず、正真正銘の裁判官、即ち歴史に対して、彼女は答えるのだ。
「いったい、いつになったらあなたは本来のあなたになるのでしょう」と20年前、彼女の母マリア・テレジアは悲嘆して書いてよこした。今、死を直前にして、ついにマリー・アントワネットは自らの力で、これまでは外からの借り物でしかなかった王者の品位を獲得する。名前は何というか、と言う質問に対して彼女は声を高め、きっぱりと、「オーストリア・ロートリンゲン家のマリー・アントワネット、38歳、フランス国王の未亡人です」。(この裁判シーンは秀逸。相手方との丁々発止のやりとりがあるが、マリー・アントワネットの知性が光る。非常に抜け目なく、巧妙な受け答えで言質をとらせない)

裁判中のやりとり・・・首飾り事件のラ・モット夫人について
下巻P317
「彼女とは会ったことはございません」
「悪名高い首飾り事件において、彼女はあなたの犠牲者だったのではありませんか?」
「それはありえないでしょう。わたしは彼女を知らなかったのですから」
「ではあなたは彼女を知っていたことを、あくまで否認するのですね」
「わたしの思考法ですと、それは否認ではありません。わたしは真実を述べているのであり、これからも真実を申し上げるつもりです」

マリー・アントワネット、死の直前に書かれた手紙
「わたしには友人たちがいました。彼らと永遠に別れなければならないと思うと、そして彼らの苦痛を意識しますと、死んでゆく身でありながらそれが最大の苦しみです。わたしが最後の瞬間まで彼らのことを思っていたと、せめて知っていてくれますように。(後略)」

フェルゼンの日記
下巻P334
「彼女があの最後の瞬間にたったひとりきりで、話し合いという慰めもなかったということが、自分の数ある苦しみのうち最大の苦しみである」

【関連図書】

「 美術品でたどるマリー・アントワネットの生涯」中野京子
ルイ16世の遺書
P165
「我が妻には、わたしのせいで彼女の身にふりかかってしまった不幸、そしてともに過ごした期間にわたしが彼女に与えたであろう悲しみについて赦しを乞います」

【感想・コメント】
マリー・アントワネット評伝は数多くあるが、シュテファン・ツヴァイク版が有名でスタンダード。池田理代子さんも、本書を読んで「ベルサイユのばら」を描いた。翻訳は中野京子さんだけど、これ以上の適役はいない。完全新訳、決定版で、旧訳よりずいぶん読みやすくなった。

【ネット上の紹介】
女帝マリア・テレジアの愛娘にして、フランス宮廷に嫁いだ王妃マリー・アントワネット。国費を散財し悪女と罵られ、やがて革命までも呼び起こす。しかし彼女は本来、平凡な娘―平凡な人生を歩めば幸せに生きられたはずだった。贅沢、甘やかし、夫の不能…運命は様々に不幸という鞭をふるい、彼女を断頭台へと導いてゆく。歴史が生み出した悲劇の王妃の真実を、渾身の筆で描き出した伝記文学の金字塔。完全新訳、決定版。