コッツウォルズの空の下 スウェーデン報「まあ、見てね」

イギリスとスウェーデンの日常を画像で送ります。
スウェーデン情報は、かなり過去のログを開いてくださいね。

クリスマスのごちそう

2008-12-29 16:26:00 | 食べ物

GOD JUL och GOTT NYTT ÅR!!
メリークリスマス そして 新年おめでとう
喜怒哀楽関連画像
この画像、以前も載せたかも。
クリスマスのごちそうは、ユール(JUL)ボードと呼ばれます。
これが、いわゆるバイキング料理のルーツじゃないかな。
大きなテープルに並べてあるごちそうを
取りに行っては食べる・・・というあの方式。
メニューはどこで食べてもほとんど同じ。

豚肉料理とニシン料理が主です。

この時期、スウェーデンを旅行する人は
ホテルなどでユールボードを提供しているので体験できます。
宿泊しなくても大丈夫。
なにしろバイキング料理ですから。

メイン料理の
豚肉のハムはおいしいですよ。
昨年は、日本にできたIKEAでも
冷凍の豚肉のハムを扱っていました。
それとグレッグ(スパイスの利いたワイン)を体験すれば
あなたもスウェーデンのクリスマス料理について語れます。

でも、語りたい???

詳しくは
喜怒哀楽で。
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ディズニータイム

2008-12-25 07:14:11 | 行事

GOD JUL och GOTT NYTT ÅR!!
メリークリスマス そして 新年おめでとう
喜怒哀楽関連画像
クリスマスイブの恒例はディズニーアニメを見ること
Kalle anka(ドナルドダックのこと)と呼ばれる
ディズニーアニメのハイライトシーンを集めたような番組が
15時から始まる。
それを家族そろってみるところから
クリスマスイブのイベントは始まるのだ。
何年ぐらい続いているのか未確認だが、
すっかりセリフを暗記している大人が
テレビと一緒にセリフを唱和しながら見ている姿は
ほほえまし・・・を通り越して・・・異常?!

本当に不思議な国だ。
詳しくは
喜怒哀楽で。
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ペッパーコッカかざり

2008-12-22 21:31:54 | 行事

おなじみのペッパーコッカ
ショウガ入りクッキーですね。
このシーズンにはあちこちで作られ
それを組み合わせて家を作ったり
こんな風に窓の飾りにしたり
お店に行くと
「おひとつどうぞ」
とふるまわれたり・・・
という代物。
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ハートの木

2008-12-19 08:18:43 | 行事

デンマークのチボリ公園だと思う。(記憶が不確か)
夏以外は閉園してますが
クリスマスシーズンだけ特別に開きます。

園内はクリスマスデコレーション。
木の葉の落ちた木にハートのデコレーション。
いかが?
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ルシアに点灯

2008-12-18 09:22:52 | 行事

ま、この季節のお決まり画像ということで。
灯の女王、ルシア祭。
たいだいノーベル賞授賞式前後におこなわれるので
受賞者のホテルにストックホルムのルシアが
寝込みをおそう行事があるらしい・・・

裏で、直前にろうそくに点灯しているところです。
バースデーケーキの気分???
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脳と胎児の模型

2008-12-15 11:46:15 | グッズ

我が家では、クリスマスプレゼントはツリーの下に置かれます。
夫は、先月のヨーロッパ出張で子供たちのプレゼントを買ってきたようです。
昨夜、それが、ツリーの下に置かれました。
ヨーロッパの買い物はプラスティックバックにそのまま入っているだけ
不精な夫は、それをラッピングすることもなく置いてあります。

こっそりのぞいてみたら、
「脳の模型」と「胎児の入った子宮の模型」でした。
デンマーク製。

先日の立体人体パズルもデンマークの博物館で見た物です。
こういうのが北欧の教育なのか・・・

しかし、これをクリスマスプレゼントで貰って
子どもたちはよろこぶだろうか?
勉強嫌いの息子に脳
独身主義の娘に子宮と胎児
(たぶん、逆だったらもっと怖い)
って、ブラックジョークとしか思えない・・・・
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カルチューレンのクリスマス

2008-12-14 09:27:47 | 行事

ルンドの市内中心部にカルチューレンという
ミュージアム(明治村みたいな歴史博物館)があります。
クリスマス前に1日だけ(2日だったかも)
クリスマスバザーが開かれます。

クリスマス用のクッキーや飾りなどを
販売します。
旅のお客様で、スウェーデンのクリスマス気分を
味わいたかったらぜひ、行ってみてください。

人気のイベントで、行列ができています。

画像が暗くて見にくいって・・・?!
この暗さがスウェーデンの12月なのよ!!
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人体パズル

2008-12-13 22:17:48 | 観光

こんなものを立体パズルにしちゃうなんて・・・

わかりやすいっていうか、
気持ち悪いっていうか・・・

コメント (2)
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ミーティングルーム

2008-12-09 09:18:25 | 生活

ここは、病院のミーティングルーム。
居心地のいい空間です。

どちらかというと利用者の居間のような印象を受けました。

手前左は刺繍のフレーム。
利用者の一人がここで刺繍を刺しているところです。

病院のイメージを覆すでしょ。

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加藤周一のいない国

2008-12-08 13:15:23 | エッセイ
今、メールをチェックすると知人から
「日本は加藤周一のいない国になってしまった」
という一文が届いていた。

加藤周一
世界に通用する日本の頭脳といわれ医学博士であった。
海外の多くの大学で教鞭をとった世界人であった。
そして、反戦活動家であった。
戦争放棄の憲法9条を守る「九条の会」の発起人の一人でもある。

加藤周一の反戦活動は戦争で友達を失ったところに原点がある。
「あれほど生きることを願っていた男が殺された。我にかえると、悲しみではなくて、抑え難い怒りを感じた」
自伝的回想録「羊の歌」の一文である。

私が「羊の歌」を読んだのは高校生のころだ。
憧れの同級生が
「加藤周一の羊の歌、いいよ」と勧めてくれたからという不純な動機である。

当時の私にも戦争はすでに過去の歴史の一部になっていた。
しかし
「生きていればどんな人を愛したのか、どんな仕事をしたのか、どんな音楽を聴いたのか・・・」
という思いは、多感な時期の私には強く共感できるものだった。

しばしばこのブログでも触れることだが、
私は息子の闘病中、多くのファイターたちと出会った。
文字どおり命をかけて病気と闘っている勇敢なファイターたちだ。
そして、その中の決して少なくない何人かが大人になることなく亡くなっていった。
高校で発病して長い闘病生活をしていたT君は移植が成功したとき
「これでぼくも、将来のことを考えていいんだね」と母親に尋ねた。
いつ終わるか分からない自分の人生。ずっと、将来のことを考えないようにして
生きてきたのだった。
移植は成功したのに、あまりに弱っていた心臓は、T君の命を止めた。18歳だった。

9歳のMちゃんは、「お父さんありがとう」「お母さんありがとう」
「お姉ちゃんありがとう」「○○先生ありがとう」「看護婦さんありがとう」
と、身近の人一人一人にお礼を言いながら亡くなっていった。
お礼をいわなければならないのは、あなたの素晴らしい戦いぶりに励まされた
私たちのほうなのに・・・

そうして見送った多くのファイターのことを考えるにつけ、
どんなに無念だったろう。どんなに生きたかっただろう。と思う。

「生きたい人が、生き続けられる世の中」
本当に、そんな当たり前のことが、とても難しい。

先日、娘と母と3代で街中で食事をした。
たまたま、話題が空襲の話になった。
「焼け野原で、我が家からあの建物がはっきり見えたんだよ」
などという会話がきっかけだった。

今いるこの繁華街が学校からの帰り道だったのだけど、
あっちにもこっちにも片づけられない死体がころがっていたのに
不思議と臭いを思い出さないんだよね。
たぶんすごく臭かったと思うんだけど、当時は臭いなんて気になる余裕がなかったんだろうね。

警報がなると校庭に掘った穴にひとりづつ飛び込むんだけど
空襲が終わった後、穴から出てこない友達が必ずいるんだよね。

そんなロシアンルーレットみたいな生活が日常だったころ。

娘は、本気で驚愕した。
「戦争って、すごい昔のことのような気がしていたけど、おばあちゃんが
体験してたなんて。まだ、体験者が生きているほど最近のことなんて。それがショック」

どんな角度から見ても、どんな巧言を駆使しても
「戦争はいけない」
結論はひとつだ。
人殺しのない戦争なんてないのだから。
「生きたいと願う人が、生き続けることができない世の中」
そんな不条理は、許されるはずがないのだ。

加藤周一は「戦争を許してはならない」と声に出して訴えた。
「羊のようにおとなしい沈黙を守ろう」と思うたびに友人のことを考えたそうだ。
それが、「羊の歌」なのだ。

スウェーデンでイラクから逃げてきたクルド人の友達ができた。
「雨の中を夜通し、見つからないように這って山の中を逃げたんだ」
戦争は、過去の話ではない。

日々の不自由ない暮らしの中で、ともすると人は思考停止に陥る。
考えないということは、楽なことなのだ。

でも、考えないところには何も生まれない。
行動しなければ、なにもかわらない。

偉大な頭脳と言われた加藤周一が
最後にそして生涯をかけて歌い続けたのが
「戦争は許してはいけない」という歌だった。

知人の
「日本は加藤周一のいない国になってしまった」
という一文が心に突き刺さる。
89歳だった。
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