[2021年 2月 追補] 1年前に上げたこの記事、月に何件もはアクセスされない💧んであるが、突如きのうは10件以上のアクセス数をカウントした。きっと理由があるだろ❔と思ってググってみたところ、明日2月7日の14時から関東ローカル(フジ系)で「星 愛美さん」に関するドキュメンタリー番組が放映されるらしいと分かった。
観たいとは思うが地デジ難民の小生には視聴しようがないし、そもそも中京地区では放映されてない番組だ。まなみん"嬢"の艱難辛苦も詰まった半生記が語られるようだが、TVのパワーで彼女に再びスポットライトが当てられるなら結構な話。ここは陰ながら(年長者&旧ファンの身として)遠き街の「彼女のこれから」にエールを送ることにしよう [追補 ここまで]
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わたしたち自営業者に定年はない。基本、死ぬ瞬間まで現役だ。終わってから他人から眺めたのが自分の人生なのであって、自分では人生を設計できない。設計できないと生前に悩むのも、ぶっちゃけ時間の無駄だ。悩んでないで、とにかく不惑を過ぎようと、還暦を越えようとがむしゃらに生きる。毎日起きて、働いて、食って、寝る。それだけである。
きのう、馴染みの客に呼ばれて豊田市に行ってきた。
店のおやじはもう呂律も回らず身体ヨボヨボで、じっと立ってることすらできない。10秒もすると、震えていた膝がガクンと折れてソファに崩れ落ちる。正真正銘、やっとこさ生きてる末期のご老体だ。家族が見るに見かねて、ついに明くる年1月末付けで「閉業します」という挨拶状を手配。その一通が昨年暮れ弊社にも届いてたから、ともかく「20年間、お世話になりました」と"最後の"お礼を言うつもりで出かけた。
そしたら指三本をグイと目前に突き出してみせ、「あと3年は"やる"ことにしたから」とブチ上げてくるじゃないか。
見るからに元気そうにゃ見えない人がだよ 3年後も生きてたら奇跡みたいに急激な衰弱ぶり晒して、なのに口ぶりだけは自信満々で吹聴するんだから頭が下がる。まあ自営業はプロスポーツ選手と違い、周囲とか成績とかでなく、自分と自分の身体のみが引退を決められる。客が誰ひとり来なくたって、孤独死するまで店を閉めない店主だっている。このおやじも、まさしく「そういう人」なのだ。
日本には古来より『鶴と亀』って長寿の縁起担ぎがある。千年万年は無理にしても、たしかにツルやカメは長生きする方だ。そのために食性は至って雑食で、頑強な顎やクチバシを持ち、食えるモノなら何だって啄(つい)ばむ。
というワケで、あなたは『鶴と蛙(カエル)』という格言をご存じだろうか。
たぶん知らない人がほとんど、だと思う。ツルは英語でクレーン。あの、高層ビル建築現場にソソり建って資材を吊り上げてる「クレーン」の語源(となった鳥)であることは、知ってる人もいるだろう。なら「crane and frog quotes」で画像をググってみれば、そこにはこんな絵柄が山のようにヒットしてくる。そう、『鶴と蛙』とはズバリ主に英語圏で広く持ち出される、老若男女にポピュラーな格言なのだ。
カエルも雑食なのであるが、より図体のデカいツルやサギにとっては餌でしかない。圧倒的な強い力(=運命)の前には、問答無用で食われるしかない。しかし、「しかない」と無抵抗のまま食われるワケにもいかない。たとえ運命(❔)だろうと、食われるまでは「食われる運命だった」とは確定しない。ならば❕❕ ということでツルの首を引っつかみ、その息の根を止めようと⚡もがくカエル。
これが、英米豪などじゃ知られた『鶴と蛙』の箴言だ。わたしの人生はずっと、この「食われまいとジタバタし続けるカエル」だった。もがいてるうちに数十年が過ぎた。そしてまだ、ツルの息の根は止まってない。
その間に、いろいろな(ツルから逃れるための)方策にも走った。結局ダメで、やめたことも多い。だが、小さな「やめる、あきらめる」は幾度だろうと繰り返していい。貫徹ばかりに目を奪われ、深入りする必要はない。とにかく、いろいろと試して試して試しまくって、でも、大筋で続けてこられたことだけは、最後まで停めてはイケない。現役当時のイチローに「朝カレー伝説」なんてのが湧いたときも、改めて取材で問われた本人が、けろっとした表情で「今はもうやってない」と答えた逸話のように、細かい「始めた、やめた」の連続こそが長丁場のサバイバル人生を精神面から支えるんである。
だから自分、人生を「頑固に、無理でも気を張って食いしばる=頑張る」とかって、いかにも苦しそうな生活の送りかたは性に合わない。そうでなく、やはりそこは間寛平氏のごとく「止まると死ぬんじゃ=あくせく動いてた方が(気が紛れて)楽になるんじゃ」と思うから"ままならぬ"日々も過ごしてられる💗と思ってる。思う、ってより、そんな実感しかない。
ツル(=容赦のない運命、迫りくる逆境)の首根っこを少しでも絞り上げて、ツルの奴めを慌てさせてやった方が、息をつく暇も生まれ、辺りを眺める余裕もできる。カエルの人生を送る者の「生きがい」なんて、それだけのことで、それでありつつ、それに勝る悦びはないのである。
まあ別に、その悦びを(周囲に)分かってくれとまでは望まない。けど、いちいち説明せんでも分かっててくれそうな人は、ときどきネットでもお見受けする。ひとりだけ例を挙げると、星 愛美(ほし・まなみ)さん。
いわゆるバブル期に、"Aで始まりVで終わる業界"の女優でいらした。年代だと、小生の「いもうと分」的な齢廻りの女性(ひと)。キャラとしちゃ、この頃まだ幼さ残した顔立ちのアイドルだった後藤久美子(ゴクミ)嬢の、その"5年後は🍀こんな感じの❔お姉さん"…的なイメージで(ウットリ~)。
彼女の出演するビデオに目を血走らせてた時分、わたしは当時じゃ先端にして花形の"Oで始まりAで終わる業界"で営業やってて、この業界に見切りをつけ(つけられ?)、今の一匹オオカミ的な自営業へと人生の舵を切ったのと、彼女がダンサー稼業へと活動の軸足を移したのが(おそらく)同時期。ダンサー稼業も芸人みたく、あるいはパンピー界の個人事業主みたいなもんであるから、世間のニーズという「ツルのひと声」で収入も翻弄されるであろう。
その熾烈さは、わたしたちカエル同然な自営業者の生業(なりわい)もご同様───辞めてく人、去ってく人の姿はフツーに日常の光景だ。中には煙のごとく逃げちまった人、事業の苦境を妻にも話せず独り自殺してった先輩もいる。そんな自分の「あれから」の悪戦苦闘を思うと、この星さんもまた同じ時代の戦友のようで(一度もリアルには お姿すら拝謁したことないのに)とても他人とは思えないんだな。
って、これじゃ相当アブナいエア・ストーカー犯だろ【自爆🔥www】
ともかく、彼女も真っ向「与えられる日常を続け、続けられてきた日常は停めずに」いる人だ。最強にカッコいい。また彼女の場合、ふと誰かが「そーいや星 愛美って子、前いたけどぉ…」と思い出してググると、一番上に彼女本人のツイッターアドレスが どっか~ん❕と出てきて『わわっ…まだ現役なんじゃん❕❕❔』と否が応でも瞬時に知れるのが(個人事業主の目線では)羨ましい環境だなァ、とwww
わたしの場合、もし近況が "ふたたび往時のように" 伝わろーもんなら「あの人、まだ時代遅れのソフトウェア販売なんかで生きてんの❔ ここ十年はSNSでも見かけねーし、マジ信じらんねーわ」と鼻で嗤って憐れんでくれそうな旧・知人が何十人といるぜよ
かつての同級生や(新卒入社時の)同期らは皆、今どきばりのSNS生活には疎くって、だから自分なんかが趣味つながりでネット交流してたのは(優に❕ ひと回り以上は)年下の連中ばっか。彼らと長く親交を深めても(商売上のオファーが期待できるでもなく)趣味以上の分野に人脈が拡がるもんでもないから次第に過疎った。それだけの話なんだけどね(侘) まして、その"旧友"どもには自分が〈具体的にどんな業界向けのソフトを制作してる〉だとか、いちいち告ってもいない。あいつらには、この「わたしの今」をググって発見する術(すべ)もないワケだ。
つか、繰り返しになるが「わたしの今」を知ってもらっても「だからナニ❔」だし。利益が出るワケでもカエル同然な自営業者への同情が買えるワケでもない。ってえ話になって、わたしは時間を無駄遣いすることを早々に切り上げ、きょうもまた、我が身を咥えて離さないツル野郎の首元をぐいっ、と絞め始めるのであったとさ~あ。 🎵ちゃんちゃん…っ❕
=了=