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林芳正氏の辞任を受け、日中友好議員連盟の会長になったのは、田中派出身の故小渕恵三元首相の娘、優子氏である

2022年01月13日 22時18分30秒 | 全般

以下は前章の続きである。

中国への傾倒を貫く
しかし、藤山氏は台湾を認めず、自ら所属する団体も中華人民共和国と連携した。
日中友好議員連盟は1973年4月24日に設立され、藤山氏は同日、初代会長に就任した。
超党派の「日中国交回復促進議員連盟」の後身である。
1970年12月9日に設立され、1972年9月下旬に田中角栄首相が訪中し、国交正常化によってその使命を果たした短命の組織である。
大平正芳外相(当時)は田中氏と中国へ同行した。
現在、岸田文雄自民党総裁(兼内閣総理大臣)が長としている派閥は、故大平氏の「宏池会」であり、今の林外相は、岸田派に所属している。
岸田氏が、自分の派閥の中でより有能な人物の登用を、一般市民や党内の多くの人々からすでに不信感を持たれている林外相のために見送ったことは残念である。
ちなみに、林義郎氏が所属したのは、田中氏の派閥だった。
現在、林芳正氏の辞任を受け、日中友好議員連盟の会長になったのは、田中派出身の故小渕恵三元首相の娘、優子氏である。
この稿続く。


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