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文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

Top 10 real-time searches on goo 2/12, 23:03

2022年02月12日 23時02分19秒 | 全般

1

Das Buch ist voll von Fakten und Erklärungen darüber, warum Korea so ist,

2

El libro está lleno de hechos y aclaraciones sobre por qué Corea es como es.

3

Le livre est plein de faits et de clarifications sur les raisons pour lesquelles

4

王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた

5

O livro está cheio de fatos e esclarecimentos sobre por que a Coreia é do jeito

6

1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった

7

彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった

8

Kniha je plná faktov a objasnení, prečo je Kórea taká, aká je.

9

It means that most of us are a race that has lived by deceiving ourselves.

10

Boken är full av fakta och förtydliganden om varför Korea är som det är.

 


Top 10 real-time searches 2022/2/12, 22:08

2022年02月12日 22時08分22秒 | 全般

1

王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた

2

Kniha je plná faktov a objasnení, prečo je Kórea taká, aká je.

3

Die boek is vol feite en verduidelikings oor hoekom Korea is soos dit is.

4

人口の1割にすぎない特権支配階級が残りの9割の民を奴隷のように扱い、さらに、奴が婢を支配する稀有な国が李氏朝鮮だった

5

Boken är full av fakta och förtydliganden om varför Korea är som det är.

6

It means that most of us are a race that has lived by deceiving ourselves.

7

1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった

8

彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった

9

الكتاب مليء بالحقائق والتوضيحات حول سبب ظهور كوريا على ما هي عليه.

10

Bogen er fuld af fakta og afklaringer om, hvorfor Korea er, som det er.

 


王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた

2022年02月12日 18時49分57秒 | 全般

以下は、2020年4月13日に出版された、元韓国陸軍大佐の「反日への最後通告」(池萬元)からである。
何故、韓国は、あのような態様であるのかについて、この本は、山ほどの事実で、明らかにしてくれている、本物の労作である。
反日教育と言う名のナチズムの実態を、完膚なきまでに知らせてくれる本物の本である。
反日教育で育った中国と韓国のナチスト達と、あろうことか、彼らの反日プロパガンダを真に受ける能力しかないにも拘わらず、欧米や日本で大学教授として生計を立てている人間達が必読。
朝鮮半島について全くの無知でありながら、彼らが信じがたいほどの嘘で作り上げた反日プロパガンダだけは真に受けている国連関係者達が必読。
21世紀に生きている全ての人間が必読。
見出し以外の文中強調は私。
以下は前章の続きである。

第一章 世界の中の朝鮮
人口の1割にすぎない両班が残りの9割の同族を奴隷のように扱い搾取していた朝鮮 
朝鮮は、西暦1392年に李成桂がクーデターによって高麗を滅ぼして建てた国だ。
高麗の忠臣や重臣、そして彼らと関わりのある人々はすべて奴隷と化した。
また、世宗が1432年に制定した『奴婢従母法』によって、両班系の男性と奴隷系の女性の問に生まれた子供は生母の身分に従い奴婢(奴は男奴隷、婢は女奴隷)になるしかなかった。
こうしてますます膨れ上がった奴婢層は、人間ではなく牛やロバの半分にも満たない値で取引される家畜のように扱われた。
人口の1割にすぎない特権支配階級が残りの9割の民を奴隷のように扱い、さらに、奴が婢を支配する稀有な国が李氏朝鮮だった。 
1910年に朝鮮半島全土で行われた戸口調査では、総世帯数289万4777戸中両班は5万4217戸で、全体のわずか1.9パーセントにすぎなかった。
屠殺業などに携わる白丁や物づくりに携わる工人などもいたが、彼らが占める割合は微々たるものだった。 
2012年にキム・ナムが書いた『朝鮮王朝実録』の15ページに「名字があった人は10パーセント未満」という小見出しがあるが、奴婢などには名字がなかった。
両班と奴婢の構成比率についての正確な統計はない。しかし、重要なことは奴婢が圧倒的多数を占めていたということだ。 
李朝が治めた518年間に1000件以上の逆謀事件があった。事件が起きるたびに血なまぐさい粛清があった。数百もの両班家門の人々が奴婢に転落した。
これに加えて第5代の世宗が『奴婢従母法』を制定し、奴婢身分の女性が産んだ両班の子供は奴婢になると定めたため、奴婢が幾何級数的に増加した。
奴婢は両班が飼う家畜のようなものであり、ロバの半値以下で取引されるいわば商品だった。
婢は両班の慰み者であり、両班の財産目録の上位を占める奴婢を生産してくれる道具だった。 
両班は様々な手段を使って兵役を免れた。国が外勢に侵略された時に出征して戦わなければならないのはもっぱら奴婢層の人々だった。
彼らの大多数は各両班の家で所有する奴婢であり、官奴婢はごく一部にすぎなかった。
彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった。
餌をくれる人になつく子犬のように自分にやさしくしてくれたら外国の軍隊にすら付き従った。
朝鮮が外勢に敗れざるを得なかった理由の一つだ。 
我々一人一人のアイデンティティーは何か?人口の1割しかいなかった階級の子孫か、それとも人口の9割を占める階級の子孫か?
大韓民国の族譜と戸籍を仮に全部調べてみたとしよう。なんと皆が両班の子孫だ。我々の大部分が自らを欺いて生きて来た種族ということになる。
両班の子孫だからと言って奴婢より優れていることは何もない。
記録によると、朝鮮の人々は、王族、両班、奴隷を問わず嘘と陰謀と野蛮という共通したDNAを持つ人種だったことがわかる。
文明に感化されない人間は獣よりも危険だ。
まさに、嘘と陰謀と野蛮という言葉は、現在韓国社会を何ヵ月間にわたって混沌へと突き進ませている文在寅や曹國といった人間にお似合いだ。
外部の侵略から国を守るのであれば、忠誠心のある兵士と彼らに対する訓練が必要だった。
しかし、兵役を担わされる朝鮮の奴隷と化した人々は主人と王を呪う烏合の衆にすぎなかった。
背負子を背負う筋肉はあっても、戦に役立つ筋肉はなかった。その上「国家が何か」という概念すらなかった。
だから、壬申倭乱(文禄・慶長の役)、丙子胡乱(清が李朝を侵略した戦い)など外国の侵略を受けるたびに、朝鮮の兵士が敵軍に加担するといったことが珍しくなかった。
一方、漢陽の朝鮮王宮ではどんなことが繰り広げられていたのか?
勢道政治、逆謀、謀略、血の雨、血みどろの争い、陰謀、四党派(老論・少論・南人・北人)の争い、垂簾聴政(幼い王に代わって王族の最長老などが行う摂政政治)、流刑、剖棺斬屍(死後に大罪などが発覚した時棺を割って死体を取り出して首を切ったりした刑罰)、陵遅處斬(大逆罪を犯した者に科した極刑:頭・胴体・手・足を切り落として晒し者にする。)、周牢の刑(両足を縛りその間に棒を挟んでねじる刑罰)、笞刑、杖刑、焼き鏝拷問など、一言で言えば王宮は嘘と陰謀と野蛮が支配していた。
朝鮮が少数の両班と多数の奴婢から成る社会体制として歳月を重ねている間、王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた。 
世界は今や弱肉強食の時代にさしかかっていたにもかかわらず、王と両班がこんな馬鹿げたことにうつつを抜かしていたのであるから、列強に国を奪われるのは時間の問題だった。
朝鮮は日本が滅ぼしたのではない。自滅したのだ。
一握りの王族と両班が自分の同族の血をすすることに陶酔している間に、時代の趨勢から取り残されて滅びたのだ。
旧韓末(朝鮮末期から大韓帝国までの時期)に知識人が恨嘆したように、9割の奴隷化した民が彼らを搾取する王族や両班のために身を挺して戦う動機などなかったから滅びたのだ。民と一緒に知恵を絞って銃砲を作り科学を興そうとしなかったから滅びたのだ。 
李朝の500年間、朝鮮はどれぐらい発展したのか?李朝末期の朝鮮の首都漢陽の町にはまともな道路がなかった。
道がくねくねと曲がり、わらで屋根を葺いた草屋がカタツムリの群れのように軒を連ねていた。
人や家畜が輩出した糞尿が通りにあふれ、両班は異臭が鼻を衝くその通りを輿に乗って通った。
人や家畜の排泄物が井戸に入り込んで井戸の水から悪臭が漂っていた。
ありとあらゆる伝染病が猛威を振るったが、医者もおらず、まともな医薬品もなかった。
自分が欲する財産を持つ者がいれば、有無を言わさず捕まえて周牢の刑などの拷問を加えて強引に財産を奪おうとした。
人権など最初からなかった。これが朝鮮を500年間統治した朝鮮王27名の作品であり、日本の総督に渡した朝鮮の総財産だった。  
1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった。
日本はこんな朝鮮を接収するなり、わずか10年で漢陽を東京風に変貌させた。
朝鮮人に日本人の真心を信じてもらうために、日本本土で使用すべき予算を朝鮮に投入して本土の建物より立派な現代式建物を建て、工場やダムや水力発電所を建設した。
道が広いと女真族が来るという迷信を信じた歴代の王は、あったはずの道まで無くしたが、日本は漢陽に鍾路や乙支路や太平路などの広い道路を作った。 
李氏朝鮮がそのまま続いていたら藁ぶき屋根の草屋は千年万年経っても2階建てにはならなかっただろう。
ところが、日本は10年も経たないうちに朝鮮の随所に5,6階建ての美しい建物を建てた。
日本による強制開化がなかったら、そして未だに朝鮮の王朝が続いていたとしたら、1910年からの109年間で朝鮮が今ほど発展していただろうか?
はなはだ疑問である。
しかし、日本は違った。朝鮮を無能な独裁王朝から救った。奴姉や両班の奴隷と化していた民を解放させた。科学と教育の力で開化させた。
朴正煕はその礎石の上にさらに18年の功績を積み上げた。それが今日の韓国である。
500年間に築いた遺産が草屋のレベルだったのだから、李朝最後の王・純宗以後、現在までの109年間、その子孫が王を務めていたとしたら、朝鮮は未だに2階建ての家すらなかっただろう。
123階のロッテワールドタワーなど夢のまた夢だったはずだ。 
この稿続く。


一握りの王族と両班が自分の同族の血をすすることに陶酔している間に、時代の趨勢から取り残されて滅びたのだ

2022年02月12日 18時45分52秒 | 全般

以下は、2020年4月13日に出版された、元韓国陸軍大佐の「反日への最後通告」(池萬元)からである。
何故、韓国は、あのような態様であるのかについて、この本は、山ほどの事実で、明らかにしてくれている、本物の労作である。
反日教育と言う名のナチズムの実態を、完膚なきまでに知らせてくれる本物の本である。
反日教育で育った中国と韓国のナチスト達と、あろうことか、彼らの反日プロパガンダを真に受ける能力しかないにも拘わらず、欧米や日本で大学教授として生計を立てている人間達が必読。
朝鮮半島について全くの無知でありながら、彼らが信じがたいほどの嘘で作り上げた反日プロパガンダだけは真に受けている国連関係者達が必読。
21世紀に生きている全ての人間が必読。
見出し以外の文中強調は私。
以下は前章の続きである。

第一章 世界の中の朝鮮
人口の1割にすぎない両班が残りの9割の同族を奴隷のように扱い搾取していた朝鮮 
朝鮮は、西暦1392年に李成桂がクーデターによって高麗を滅ぼして建てた国だ。
高麗の忠臣や重臣、そして彼らと関わりのある人々はすべて奴隷と化した。
また、世宗が1432年に制定した『奴婢従母法』によって、両班系の男性と奴隷系の女性の問に生まれた子供は生母の身分に従い奴婢(奴は男奴隷、婢は女奴隷)になるしかなかった。
こうしてますます膨れ上がった奴婢層は、人間ではなく牛やロバの半分にも満たない値で取引される家畜のように扱われた。
人口の1割にすぎない特権支配階級が残りの9割の民を奴隷のように扱い、さらに、奴が婢を支配する稀有な国が李氏朝鮮だった。 
1910年に朝鮮半島全土で行われた戸口調査では、総世帯数289万4777戸中両班は5万4217戸で、全体のわずか1.9パーセントにすぎなかった。
屠殺業などに携わる白丁や物づくりに携わる工人などもいたが、彼らが占める割合は微々たるものだった。 
2012年にキム・ナムが書いた『朝鮮王朝実録』の15ページに「名字があった人は10パーセント未満」という小見出しがあるが、奴婢などには名字がなかった。
両班と奴婢の構成比率についての正確な統計はない。しかし、重要なことは奴婢が圧倒的多数を占めていたということだ。 
李朝が治めた518年間に1000件以上の逆謀事件があった。事件が起きるたびに血なまぐさい粛清があった。数百もの両班家門の人々が奴婢に転落した。
これに加えて第5代の世宗が『奴婢従母法』を制定し、奴婢身分の女性が産んだ両班の子供は奴婢になると定めたため、奴婢が幾何級数的に増加した。
奴婢は両班が飼う家畜のようなものであり、ロバの半値以下で取引されるいわば商品だった。
婢は両班の慰み者であり、両班の財産目録の上位を占める奴婢を生産してくれる道具だった。 
両班は様々な手段を使って兵役を免れた。国が外勢に侵略された時に出征して戦わなければならないのはもっぱら奴婢層の人々だった。
彼らの大多数は各両班の家で所有する奴婢であり、官奴婢はごく一部にすぎなかった。
彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった。
餌をくれる人になつく子犬のように自分にやさしくしてくれたら外国の軍隊にすら付き従った。
朝鮮が外勢に敗れざるを得なかった理由の一つだ。 
我々一人一人のアイデンティティーは何か?人口の1割しかいなかった階級の子孫か、それとも人口の9割を占める階級の子孫か?
大韓民国の族譜と戸籍を仮に全部調べてみたとしよう。なんと皆が両班の子孫だ。我々の大部分が自らを欺いて生きて来た種族ということになる。
両班の子孫だからと言って奴婢より優れていることは何もない。
記録によると、朝鮮の人々は、王族、両班、奴隷を問わず嘘と陰謀と野蛮という共通したDNAを持つ人種だったことがわかる。
文明に感化されない人間は獣よりも危険だ。
まさに、嘘と陰謀と野蛮という言葉は、現在韓国社会を何ヵ月間にわたって混沌へと突き進ませている文在寅や曹國といった人間にお似合いだ。
外部の侵略から国を守るのであれば、忠誠心のある兵士と彼らに対する訓練が必要だった。
しかし、兵役を担わされる朝鮮の奴隷と化した人々は主人と王を呪う烏合の衆にすぎなかった。
背負子を背負う筋肉はあっても、戦に役立つ筋肉はなかった。その上「国家が何か」という概念すらなかった。
だから、壬申倭乱(文禄・慶長の役)、丙子胡乱(清が李朝を侵略した戦い)など外国の侵略を受けるたびに、朝鮮の兵士が敵軍に加担するといったことが珍しくなかった。
一方、漢陽の朝鮮王宮ではどんなことが繰り広げられていたのか?
勢道政治、逆謀、謀略、血の雨、血みどろの争い、陰謀、四党派(老論・少論・南人・北人)の争い、垂簾聴政(幼い王に代わって王族の最長老などが行う摂政政治)、流刑、剖棺斬屍(死後に大罪などが発覚した時棺を割って死体を取り出して首を切ったりした刑罰)、陵遅處斬(大逆罪を犯した者に科した極刑:頭・胴体・手・足を切り落として晒し者にする。)、周牢の刑(両足を縛りその間に棒を挟んでねじる刑罰)、笞刑、杖刑、焼き鏝拷問など、一言で言えば王宮は嘘と陰謀と野蛮が支配していた。
朝鮮が少数の両班と多数の奴婢から成る社会体制として歳月を重ねている間、王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた。 
世界は今や弱肉強食の時代にさしかかっていたにもかかわらず、王と両班がこんな馬鹿げたことにうつつを抜かしていたのであるから、列強に国を奪われるのは時間の問題だった。
朝鮮は日本が滅ぼしたのではない。自滅したのだ。
一握りの王族と両班が自分の同族の血をすすることに陶酔している間に、時代の趨勢から取り残されて滅びたのだ。
旧韓末(朝鮮末期から大韓帝国までの時期)に知識人が恨嘆したように、9割の奴隷化した民が彼らを搾取する王族や両班のために身を挺して戦う動機などなかったから滅びたのだ。民と一緒に知恵を絞って銃砲を作り科学を興そうとしなかったから滅びたのだ。 
李朝の500年間、朝鮮はどれぐらい発展したのか?李朝末期の朝鮮の首都漢陽の町にはまともな道路がなかった。
道がくねくねと曲がり、わらで屋根を葺いた草屋がカタツムリの群れのように軒を連ねていた。
人や家畜が輩出した糞尿が通りにあふれ、両班は異臭が鼻を衝くその通りを輿に乗って通った。
人や家畜の排泄物が井戸に入り込んで井戸の水から悪臭が漂っていた。
ありとあらゆる伝染病が猛威を振るったが、医者もおらず、まともな医薬品もなかった。
自分が欲する財産を持つ者がいれば、有無を言わさず捕まえて周牢の刑などの拷問を加えて強引に財産を奪おうとした。
人権など最初からなかった。これが朝鮮を500年間統治した朝鮮王27名の作品であり、日本の総督に渡した朝鮮の総財産だった。  
1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった。
日本はこんな朝鮮を接収するなり、わずか10年で漢陽を東京風に変貌させた。
朝鮮人に日本人の真心を信じてもらうために、日本本土で使用すべき予算を朝鮮に投入して本土の建物より立派な現代式建物を建て、工場やダムや水力発電所を建設した。
道が広いと女真族が来るという迷信を信じた歴代の王は、あったはずの道まで無くしたが、日本は漢陽に鍾路や乙支路や太平路などの広い道路を作った。 
李氏朝鮮がそのまま続いていたら藁ぶき屋根の草屋は千年万年経っても2階建てにはならなかっただろう。
ところが、日本は10年も経たないうちに朝鮮の随所に5,6階建ての美しい建物を建てた。
日本による強制開化がなかったら、そして未だに朝鮮の王朝が続いていたとしたら、1910年からの109年間で朝鮮が今ほど発展していただろうか?
はなはだ疑問である。
しかし、日本は違った。朝鮮を無能な独裁王朝から救った。奴姉や両班の奴隷と化していた民を解放させた。科学と教育の力で開化させた。
朴正煕はその礎石の上にさらに18年の功績を積み上げた。それが今日の韓国である。
500年間に築いた遺産が草屋のレベルだったのだから、李朝最後の王・純宗以後、現在までの109年間、その子孫が王を務めていたとしたら、朝鮮は未だに2階建ての家すらなかっただろう。
123階のロッテワールドタワーなど夢のまた夢だったはずだ。 
この稿続く。


1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった

2022年02月12日 18時43分38秒 | 全般

以下は、2020年4月13日に出版された、元韓国陸軍大佐の「反日への最後通告」(池萬元)からである。
何故、韓国は、あのような態様であるのかについて、この本は、山ほどの事実で、明らかにしてくれている、本物の労作である。
反日教育と言う名のナチズムの実態を、完膚なきまでに知らせてくれる本物の本である。
反日教育で育った中国と韓国のナチスト達と、あろうことか、彼らの反日プロパガンダを真に受ける能力しかないにも拘わらず、欧米や日本で大学教授として生計を立てている人間達が必読。
朝鮮半島について全くの無知でありながら、彼らが信じがたいほどの嘘で作り上げた反日プロパガンダだけは真に受けている国連関係者達が必読。
21世紀に生きている全ての人間が必読。
見出し以外の文中強調は私。
以下は前章の続きである。

第一章 世界の中の朝鮮
人口の1割にすぎない両班が残りの9割の同族を奴隷のように扱い搾取していた朝鮮 
朝鮮は、西暦1392年に李成桂がクーデターによって高麗を滅ぼして建てた国だ。
高麗の忠臣や重臣、そして彼らと関わりのある人々はすべて奴隷と化した。
また、世宗が1432年に制定した『奴婢従母法』によって、両班系の男性と奴隷系の女性の問に生まれた子供は生母の身分に従い奴婢(奴は男奴隷、婢は女奴隷)になるしかなかった。
こうしてますます膨れ上がった奴婢層は、人間ではなく牛やロバの半分にも満たない値で取引される家畜のように扱われた。
人口の1割にすぎない特権支配階級が残りの9割の民を奴隷のように扱い、さらに、奴が婢を支配する稀有な国が李氏朝鮮だった。 
1910年に朝鮮半島全土で行われた戸口調査では、総世帯数289万4777戸中両班は5万4217戸で、全体のわずか1.9パーセントにすぎなかった。
屠殺業などに携わる白丁や物づくりに携わる工人などもいたが、彼らが占める割合は微々たるものだった。 
2012年にキム・ナムが書いた『朝鮮王朝実録』の15ページに「名字があった人は10パーセント未満」という小見出しがあるが、奴婢などには名字がなかった。
両班と奴婢の構成比率についての正確な統計はない。しかし、重要なことは奴婢が圧倒的多数を占めていたということだ。 
李朝が治めた518年間に1000件以上の逆謀事件があった。事件が起きるたびに血なまぐさい粛清があった。数百もの両班家門の人々が奴婢に転落した。
これに加えて第5代の世宗が『奴婢従母法』を制定し、奴婢身分の女性が産んだ両班の子供は奴婢になると定めたため、奴婢が幾何級数的に増加した。
奴婢は両班が飼う家畜のようなものであり、ロバの半値以下で取引されるいわば商品だった。
婢は両班の慰み者であり、両班の財産目録の上位を占める奴婢を生産してくれる道具だった。 
両班は様々な手段を使って兵役を免れた。国が外勢に侵略された時に出征して戦わなければならないのはもっぱら奴婢層の人々だった。
彼らの大多数は各両班の家で所有する奴婢であり、官奴婢はごく一部にすぎなかった。
彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった。
餌をくれる人になつく子犬のように自分にやさしくしてくれたら外国の軍隊にすら付き従った。
朝鮮が外勢に敗れざるを得なかった理由の一つだ。 
我々一人一人のアイデンティティーは何か?人口の1割しかいなかった階級の子孫か、それとも人口の9割を占める階級の子孫か?
大韓民国の族譜と戸籍を仮に全部調べてみたとしよう。なんと皆が両班の子孫だ。我々の大部分が自らを欺いて生きて来た種族ということになる。
両班の子孫だからと言って奴婢より優れていることは何もない。
記録によると、朝鮮の人々は、王族、両班、奴隷を問わず嘘と陰謀と野蛮という共通したDNAを持つ人種だったことがわかる。
文明に感化されない人間は獣よりも危険だ。
まさに、嘘と陰謀と野蛮という言葉は、現在韓国社会を何ヵ月間にわたって混沌へと突き進ませている文在寅や曹國といった人間にお似合いだ。
外部の侵略から国を守るのであれば、忠誠心のある兵士と彼らに対する訓練が必要だった。
しかし、兵役を担わされる朝鮮の奴隷と化した人々は主人と王を呪う烏合の衆にすぎなかった。
背負子を背負う筋肉はあっても、戦に役立つ筋肉はなかった。その上「国家が何か」という概念すらなかった。
だから、壬申倭乱(文禄・慶長の役)、丙子胡乱(清が李朝を侵略した戦い)など外国の侵略を受けるたびに、朝鮮の兵士が敵軍に加担するといったことが珍しくなかった。
一方、漢陽の朝鮮王宮ではどんなことが繰り広げられていたのか?
勢道政治、逆謀、謀略、血の雨、血みどろの争い、陰謀、四党派(老論・少論・南人・北人)の争い、垂簾聴政(幼い王に代わって王族の最長老などが行う摂政政治)、流刑、剖棺斬屍(死後に大罪などが発覚した時棺を割って死体を取り出して首を切ったりした刑罰)、陵遅處斬(大逆罪を犯した者に科した極刑:頭・胴体・手・足を切り落として晒し者にする。)、周牢の刑(両足を縛りその間に棒を挟んでねじる刑罰)、笞刑、杖刑、焼き鏝拷問など、一言で言えば王宮は嘘と陰謀と野蛮が支配していた。
朝鮮が少数の両班と多数の奴婢から成る社会体制として歳月を重ねている間、王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた。 
世界は今や弱肉強食の時代にさしかかっていたにもかかわらず、王と両班がこんな馬鹿げたことにうつつを抜かしていたのであるから、列強に国を奪われるのは時間の問題だった。
朝鮮は日本が滅ぼしたのではない。自滅したのだ。
一握りの王族と両班が自分の同族の血をすすることに陶酔している問に、時代の趨勢から取り残されて滅びたのだ。
旧韓末(朝鮮末期から大韓帝国までの時期)に知識人が恨嘆したように、9割の奴隷化した民が彼らを搾取する王族や両班のために身を挺して戦う動機などなかったから滅びたのだ。民と一緒に知恵を絞って銃砲を作り科学を興そうとしなかったから滅びたのだ。 
李朝の500年間、朝鮮はどれぐらい発展したのか?李朝末期の朝鮮の首都漢陽の町にはまともな道路がなかった。
道がくねくねと曲がり、わらで屋根を葺いた草屋がカタツムリの群れのように軒を連ねていた。
人や家畜が輩出した糞尿が通りにあふれ、両班は異臭が鼻を衝くその通りを輿に乗って通った。
人や家畜の排泄物が井戸に入り込んで井戸の水から悪臭が漂っていた。
ありとあらゆる伝染病が猛威を振るったが、医者もおらず、まともな医薬品もなかった。
自分が欲する財産を持つ者がいれば、有無を言わさず捕まえて周牢の刑などの拷問を加えて強引に財産を奪おうとした。
人権など最初からなかった。これが朝鮮を500年間統治した朝鮮王27名の作品であり、日本の総督に渡した朝鮮の総財産だった。  
1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった。
日本はこんな朝鮮を接収するなり、わずか10年で漢陽を東京風に変貌させた。
朝鮮人に日本人の真心を信じてもらうために、日本本土で使用すべき予算を朝鮮に投入して本土の建物より立派な現代式建物を建て、工場やダムや水力発電所を建設した。
道が広いと女真族が来るという迷信を信じた歴代の王は、あったはずの道まで無くしたが、日本は漢陽に鍾路や乙支路や太平路などの広い道路を作った。 
李氏朝鮮がそのまま続いていたら藁ぶき屋根の草屋は千年万年経っても2階建てにはならなかっただろう。
ところが、日本は10年も経たないうちに朝鮮の随所に5,6階建ての美しい建物を建てた。
日本による強制開化がなかったら、そして未だに朝鮮の王朝が続いていたとしたら、1910年からの109年間で朝鮮が今ほど発展していただろうか?
はなはだ疑問である。
しかし、日本は違った。朝鮮を無能な独裁王朝から救った。奴姉や両班の奴隷と化していた民を解放させた。科学と教育の力で開化させた。
朴正煕はその礎石の上にさらに18年の功績を積み上げた。それが今日の韓国である。
500年間に築いた遺産が草屋のレベルだったのだから、李朝最後の王・純宗以後、現在までの109年間、その子孫が王を務めていたとしたら、朝鮮は未だに2階建ての家すらなかっただろう。
123階のロッテワールドタワーなど夢のまた夢だったはずだ。 
この稿続く。


彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった

2022年02月12日 18時41分11秒 | 全般

以下は、2020年4月13日に出版された、元韓国陸軍大佐の「反日への最後通告」(池萬元)からである。
何故、韓国は、あのような態様であるのかについて、この本は、山ほどの事実で、明らかにしてくれている、本物の労作である。
反日教育と言う名のナチズムの実態を、完膚なきまでに知らせてくれる本物の本である。
反日教育で育った中国と韓国のナチスト達と、あろうことか、彼らの反日プロパガンダを真に受ける能力しかないにも拘わらず、欧米や日本で大学教授として生計を立てている人間達が必読。
朝鮮半島について全くの無知でありながら、彼らが信じがたいほどの嘘で作り上げた反日プロパガンダだけは真に受けている国連関係者達が必読。
21世紀に生きている全ての人間が必読。
見出し以外の文中強調は私。
以下は前章の続きである。

第一章 世界の中の朝鮮
人口の1割にすぎない両班が残りの9割の同族を奴隷のように扱い搾取していた朝鮮 
朝鮮は、西暦1392年に李成桂がクーデターによって高麗を滅ぼして建てた国だ。
高麗の忠臣や重臣、そして彼らと関わりのある人々はすべて奴隷と化した。
また、世宗が1432年に制定した『奴婢従母法』によって、両班系の男性と奴隷系の女性の問に生まれた子供は生母の身分に従い奴婢(奴は男奴隷、婢は女奴隷)になるしかなかった。
こうしてますます膨れ上がった奴婢層は、人間ではなく牛やロバの半分にも満たない値で取引される家畜のように扱われた。
人口の1割にすぎない特権支配階級が残りの9割の民を奴隷のように扱い、さらに、奴が婢を支配する稀有な国が李氏朝鮮だった。 
1910年に朝鮮半島全土で行われた戸口調査では、総世帯数289万4777戸中両班は5万4217戸で、全体のわずか1.9パーセントにすぎなかった。
屠殺業などに携わる白丁や物づくりに携わる工人などもいたが、彼らが占める割合は微々たるものだった。 
2012年にキム・ナムが書いた『朝鮮王朝実録』の15ページに「名字があった人は10パーセント未満」という小見出しがあるが、奴婢などには名字がなかった。
両班と奴婢の構成比率についての正確な統計はない。しかし、重要なことは奴婢が圧倒的多数を占めていたということだ。 
李朝が治めた518年間に1000件以上の逆謀事件があった。事件が起きるたびに血なまぐさい粛清があった。数百もの両班家門の人々が奴婢に転落した。
これに加えて第5代の世宗が『奴婢従母法』を制定し、奴婢身分の女性が産んだ両班の子供は奴婢になると定めたため、奴婢が幾何級数的に増加した。
奴婢は両班が飼う家畜のようなものであり、ロバの半値以下で取引されるいわば商品だった。
婢は両班の慰み者であり、両班の財産目録の上位を占める奴婢を生産してくれる道具だった。 
両班は様々な手段を使って兵役を免れた。国が外勢に侵略された時に出征して戦わなければならないのはもっぱら奴婢層の人々だった。
彼らの大多数は各両班の家で所有する奴婢であり、官奴婢はごく一部にすぎなかった。
彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった。
餌をくれる人になつく子犬のように自分にやさしくしてくれたら外国の軍隊にすら付き従った。
朝鮮が外勢に敗れざるを得なかった理由の一つだ。 
我々一人一人のアイデンティティーは何か?人口の1割しかいなかった階級の子孫か、それとも人口の9割を占める階級の子孫か?
大韓民国の族譜と戸籍を仮に全部調べてみたとしよう。なんと皆が両班の子孫だ。我々の大部分が自らを欺いて生きて来た種族ということになる。
両班の子孫だからと言って奴婢より優れていることは何もない。
記録によると、朝鮮の人々は、王族、両班、奴隷を問わず嘘と陰謀と野蛮という共通したDNAを持つ人種だったことがわかる。
文明に感化されない人間は獣よりも危険だ。
まさに、嘘と陰謀と野蛮という言葉は、現在韓国社会を何ヵ月間にわたって混沌へと突き進ませている文在寅や曹國といった人間にお似合いだ。
外部の侵略から国を守るのであれば、忠誠心のある兵士と彼らに対する訓練が必要だった。
しかし、兵役を担わされる朝鮮の奴隷と化した人々は主人と王を呪う烏合の衆にすぎなかった。
背負子を背負う筋肉はあっても、戦に役立つ筋肉はなかった。その上「国家が何か」という概念すらなかった。
だから、壬申倭乱(文禄・慶長の役)、丙子胡乱(清が李朝を侵略した戦い)など外国の侵略を受けるたびに、朝鮮の兵士が敵軍に加担するといったことが珍しくなかった。
一方、漢陽の朝鮮王宮ではどんなことが繰り広げられていたのか?
勢道政治、逆謀、謀略、血の雨、血みどろの争い、陰謀、四党派(老論・少論・南人・北人)の争い、垂簾聴政(幼い王に代わって王族の最長老などが行う摂政政治)、流刑、剖棺斬屍(死後に大罪などが発覚した時棺を割って死体を取り出して首を切ったりした刑罰)、陵遅處斬(大逆罪を犯した者に科した極刑:頭・胴体・手・足を切り落として晒し者にする。)、周牢の刑(両足を縛りその間に棒を挟んでねじる刑罰)、笞刑、杖刑、焼き鏝拷問など、一言で言えば王宮は嘘と陰謀と野蛮が支配していた。
朝鮮が少数の両班と多数の奴婢から成る社会体制として歳月を重ねている間、王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた。 
世界は今や弱肉強食の時代にさしかかっていたにもかかわらず、王と両班がこんな馬鹿げたことにうつつを抜かしていたのであるから、列強に国を奪われるのは時間の問題だった。
朝鮮は日本が滅ぼしたのではない。自滅したのだ。
一握りの王族と両班が自分の同族の血をすすることに陶酔している問に、時代の趨勢から取り残されて滅びたのだ。
旧韓末(朝鮮末期から大韓帝国までの時期)に知識人が恨嘆したように、9割の奴隷化した民が彼らを搾取する王族や両班のために身を挺して戦う動機などなかったから滅びたのだ。民と一緒に知恵を絞って銃砲を作り科学を興そうとしなかったから滅びたのだ。 
李朝の500年間、朝鮮はどれぐらい発展したのか?李朝末期の朝鮮の首都漢陽の町にはまともな道路がなかった。
道がくねくねと曲がり、わらで屋根を葺いた草屋がカタツムリの群れのように軒を連ねていた。
人や家畜が輩出した糞尿が通りにあふれ、両班は異臭が鼻を衝くその通りを輿に乗って通った。
人や家畜の排泄物が井戸に入り込んで井戸の水から悪臭が漂っていた。
ありとあらゆる伝染病が猛威を振るったが、医者もおらず、まともな医薬品もなかった。
自分が欲する財産を持つ者がいれば、有無を言わさず捕まえて周牢の刑などの拷問を加えて強引に財産を奪おうとした。
人権など最初からなかった。これが朝鮮を500年間統治した朝鮮王27名の作品であり、日本の総督に渡した朝鮮の総財産だった。  
1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった。
日本はこんな朝鮮を接収するなり、わずか10年で漢陽を東京風に変貌させた。
朝鮮人に日本人の真心を信じてもらうために、日本本土で使用すべき予算を朝鮮に投入して本土の建物より立派な現代式建物を建て、工場やダムや水力発電所を建設した。
道が広いと女真族が来るという迷信を信じた歴代の王は、あったはずの道まで無くしたが、日本は漢陽に鍾路や乙支路や太平路などの広い道路を作った。 
李氏朝鮮がそのまま続いていたら藁ぶき屋根の草屋は千年万年経っても2階建てにはならなかっただろう。
ところが、日本は10年も経たないうちに朝鮮の随所に5,6階建ての美しい建物を建てた。
日本による強制開化がなかったら、そして未だに朝鮮の王朝が続いていたとしたら、1910年からの109年間で朝鮮が今ほど発展していただろうか?
はなはだ疑問である。
しかし、日本は違った。朝鮮を無能な独裁王朝から救った。奴姉や両班の奴隷と化していた民を解放させた。科学と教育の力で開化させた。
朴正煕はその礎石の上にさらに18年の功績を積み上げた。それが今日の韓国である。
500年間に築いた遺産が草屋のレベルだったのだから、李朝最後の王・純宗以後、現在までの109年間、その子孫が王を務めていたとしたら、朝鮮は未だに2階建ての家すらなかっただろう。
123階のロッテワールドタワーなど夢のまた夢だったはずだ。 
この稿続く。


婢は両班の慰み者であり、両班の財産目録の上位を占める奴婢を生産してくれる道具だった。

2022年02月12日 18時38分35秒 | 全般

以下は、2020年4月13日に出版された、元韓国陸軍大佐の「反日への最後通告」(池萬元)からである。
何故、韓国は、あのような態様であるのかについて、この本は、山ほどの事実で、明らかにしてくれている、本物の労作である。
反日教育と言う名のナチズムの実態を、完膚なきまでに知らせてくれる本物の本である。
反日教育で育った中国と韓国のナチスト達と、あろうことか、彼らの反日プロパガンダを真に受ける能力しかないにも拘わらず、欧米や日本で大学教授として生計を立てている人間達が必読。
朝鮮半島について全くの無知でありながら、彼らが信じがたいほどの嘘で作り上げた反日プロパガンダだけは真に受けている国連関係者達が必読。
21世紀に生きている全ての人間が必読。
見出し以外の文中強調は私。
以下は前章の続きである。

第一章 世界の中の朝鮮
人口の1割にすぎない両班が残りの9割の同族を奴隷のように扱い搾取していた朝鮮 
朝鮮は、西暦1392年に李成桂がクーデターによって高麗を滅ぼして建てた国だ。
高麗の忠臣や重臣、そして彼らと関わりのある人々はすべて奴隷と化した。
また、世宗が1432年に制定した『奴婢従母法』によって、両班系の男性と奴隷系の女性の問に生まれた子供は生母の身分に従い奴婢(奴は男奴隷、婢は女奴隷)になるしかなかった。
こうしてますます膨れ上がった奴婢層は、人間ではなく牛やロバの半分にも満たない値で取引される家畜のように扱われた。
人口の1割にすぎない特権支配階級が残りの9割の民を奴隷のように扱い、さらに、奴が婢を支配する稀有な国が李氏朝鮮だった。 
1910年に朝鮮半島全土で行われた戸口調査では、総世帯数289万4777戸中両班は5万4217戸で、全体のわずか1.9パーセントにすぎなかった。
屠殺業などに携わる白丁や物づくりに携わる工人などもいたが、彼らが占める割合は微々たるものだった。 
2012年にキム・ナムが書いた『朝鮮王朝実録』の15ページに「名字があった人は10パーセント未満」という小見出しがあるが、奴婢などには名字がなかった。
両班と奴婢の構成比率についての正確な統計はない。しかし、重要なことは奴婢が圧倒的多数を占めていたということだ。 
李朝が治めた518年間に1000件以上の逆謀事件があった。事件が起きるたびに血なまぐさい粛清があった。数百もの両班家門の人々が奴婢に転落した。
これに加えて第5代の世宗が『奴婢従母法』を制定し、奴婢身分の女性が産んだ両班の子供は奴婢になると定めたため、奴婢が幾何級数的に増加した。
奴婢は両班が飼う家畜のようなものであり、ロバの半値以下で取引されるいわば商品だった。
婢は両班の慰み者であり、両班の財産目録の上位を占める奴婢を生産してくれる道具だった。 
両班は様々な手段を使って兵役を免れた。国が外勢に侵略された時に出征して戦わなければならないのはもっぱら奴婢層の人々だった。
彼らの大多数は各両班の家で所有する奴婢であり、官奴婢はごく一部にすぎなかった。
彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった。
餌をくれる人になつく子犬のように自分にやさしくしてくれたら外国の軍隊にすら付き従った。
朝鮮が外勢に敗れざるを得なかった理由の一つだ。 
我々一人一人のアイデンティティーは何か?人口の1割しかいなかった階級の子孫か、それとも人口の9割を占める階級の子孫か?
大韓民国の族譜と戸籍を仮に全部調べてみたとしよう。なんと皆が両班の子孫だ。我々の大部分が自らを欺いて生きて来た種族ということになる。
両班の子孫だからと言って奴婢より優れていることは何もない。
記録によると、朝鮮の人々は、王族、両班、奴隷を問わず嘘と陰謀と野蛮という共通したDNAを持つ人種だったことがわかる。
文明に感化されない人間は獣よりも危険だ。
まさに、嘘と陰謀と野蛮という言葉は、現在韓国社会を何ヵ月間にわたって混沌へと突き進ませている文在寅や曹國といった人間にお似合いだ。
外部の侵略から国を守るのであれば、忠誠心のある兵士と彼らに対する訓練が必要だった。
しかし、兵役を担わされる朝鮮の奴隷と化した人々は主人と王を呪う烏合の衆にすぎなかった。
背負子を背負う筋肉はあっても、戦に役立つ筋肉はなかった。その上「国家が何か」という概念すらなかった。
だから、壬申倭乱(文禄・慶長の役)、丙子胡乱(清が李朝を侵略した戦い)など外国の侵略を受けるたびに、朝鮮の兵士が敵軍に加担するといったことが珍しくなかった。
一方、漢陽の朝鮮王宮ではどんなことが繰り広げられていたのか?
勢道政治、逆謀、謀略、血の雨、血みどろの争い、陰謀、四党派(老論・少論・南人・北人)の争い、垂簾聴政(幼い王に代わって王族の最長老などが行う摂政政治)、流刑、剖棺斬屍(死後に大罪などが発覚した時棺を割って死体を取り出して首を切ったりした刑罰)、陵遅處斬(大逆罪を犯した者に科した極刑:頭・胴体・手・足を切り落として晒し者にする。)、周牢の刑(両足を縛りその間に棒を挟んでねじる刑罰)、笞刑、杖刑、焼き鏝拷問など、一言で言えば王宮は嘘と陰謀と野蛮が支配していた。
朝鮮が少数の両班と多数の奴婢から成る社会体制として歳月を重ねている間、王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた。 
世界は今や弱肉強食の時代にさしかかっていたにもかかわらず、王と両班がこんな馬鹿げたことにうつつを抜かしていたのであるから、列強に国を奪われるのは時間の問題だった。
朝鮮は日本が滅ぼしたのではない。自滅したのだ。
一握りの王族と両班が自分の同族の血をすすることに陶酔している問に、時代の趨勢から取り残されて滅びたのだ。
旧韓末(朝鮮末期から大韓帝国までの時期)に知識人が恨嘆したように、9割の奴隷化した民が彼らを搾取する王族や両班のために身を挺して戦う動機などなかったから滅びたのだ。民と一緒に知恵を絞って銃砲を作り科学を興そうとしなかったから滅びたのだ。 
李朝の500年間、朝鮮はどれぐらい発展したのか?李朝末期の朝鮮の首都漢陽の町にはまともな道路がなかった。
道がくねくねと曲がり、わらで屋根を葺いた草屋がカタツムリの群れのように軒を連ねていた。
人や家畜が輩出した糞尿が通りにあふれ、両班は異臭が鼻を衝くその通りを輿に乗って通った。
人や家畜の排泄物が井戸に入り込んで井戸の水から悪臭が漂っていた。
ありとあらゆる伝染病が猛威を振るったが、医者もおらず、まともな医薬品もなかった。
自分が欲する財産を持つ者がいれば、有無を言わさず捕まえて周牢の刑などの拷問を加えて強引に財産を奪おうとした。
人権など最初からなかった。これが朝鮮を500年間統治した朝鮮王27名の作品であり、日本の総督に渡した朝鮮の総財産だった。  
1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった。
日本はこんな朝鮮を接収するなり、わずか10年で漢陽を東京風に変貌させた。
朝鮮人に日本人の真心を信じてもらうために、日本本土で使用すべき予算を朝鮮に投入して本土の建物より立派な現代式建物を建て、工場やダムや水力発電所を建設した。
道が広いと女真族が来るという迷信を信じた歴代の王は、あったはずの道まで無くしたが、日本は漢陽に鍾路や乙支路や太平路などの広い道路を作った。 
李氏朝鮮がそのまま続いていたら藁ぶき屋根の草屋は千年万年経っても2階建てにはならなかっただろう。
ところが、日本は10年も経たないうちに朝鮮の随所に5,6階建ての美しい建物を建てた。
日本による強制開化がなかったら、そして未だに朝鮮の王朝が続いていたとしたら、1910年からの109年間で朝鮮が今ほど発展していただろうか?
はなはだ疑問である。
しかし、日本は違った。朝鮮を無能な独裁王朝から救った。奴姉や両班の奴隷と化していた民を解放させた。科学と教育の力で開化させた。
朴正煕はその礎石の上にさらに18年の功績を積み上げた。それが今日の韓国である。
500年間に築いた遺産が草屋のレベルだったのだから、李朝最後の王・純宗以後、現在までの109年間、その子孫が王を務めていたとしたら、朝鮮は未だに2階建ての家すらなかっただろう。
123階のロッテワールドタワーなど夢のまた夢だったはずだ。 
この稿続く。


It means that most of us are a race that has lived by deceiving ourselves.

2022年02月12日 18時27分20秒 | 全般
The following is from "An ultimatum to the anti-Japanese" (Jee Man-won) by a former South Korean army colonel, published in its first printing on April 13, 2020.
The book contains facts and clarifications about why Korea is the way it is.
It is a real work of art that shows the reality of Nazism in the name of anti-Japanese education to the fullest extent.
It is a must-read for Chinese and Korean Nazis who grew up with anti-Japanese education and those who make a living as university professors in the West and Japan, despite being only capable of considering their anti-Japanese propaganda as truth.
It is a must-read for UN officials who are utterly ignorant of the Korean peninsula but take seriously the anti-Japanese propaganda they have created with their unbelievable lies.
It is a must-read for every human being living in the 21st century.
The emphasis in the text, except for the headline, is mine.
The following is a continuation of the previous chapter.
Chapter 1: Korea in the World
Chosun, where only 10% of the yangban population, exploited the remaining 90% of their people, treating them like slaves.
Joseon was founded in 1392 by Lee Sung-gye, who destroyed Goryeo in a coup d'etat.
Goryeo's loyal and senior vassals became enslaved and all those associated with them.
In addition, according to the "Nobi follows mother's status law" enacted by King Sejong in 1432, children born to yangban men and slave women had no choice but to become nobi (no means enslaved man, bi means enslaved woman) according to the status of their birth mother.
In this way, the ever-growing Nobi class was treated not as human beings but as livestock, traded for less than half the price of cattle or donkeys.
Joseon was a rare country where a privileged ruling class of only 10% treated the remaining 90% of the population as enslaved people and where the bi ruled the no. 
According to a door-to-door survey conducted throughout the Korean peninsula in 1910, out of 2,894,777 households, the yangban numbered 54,217, only 1.9 percent of the total.
Although some Baekjeong were involved in slaughtering and other businesses and artisans engaged in manufacturing, they accounted for only a tiny percentage of the total. 
A subheading on page 15 of "The True History of the Joseon Dynasty," written by Kim Nam in 2012, says, "Less than 10 percent of people had surnames," and Nobi and others did not have surnames.
There are no exact statistics on the composition ratio of yangban and Nobi.
However, what is essential is that the Nobi were in the overwhelming majority. 
During the 518 years of Joseon rule, there were more than 1,000 cases of conspiracy. Every time an incident occurred, there was a bloody purge. Hundreds of people from the yangban family fell to the nobi.
In addition to this, the 5th King Sejong enacted the "Nobi follows mother's status law," which stipulated that a yangban child born to a woman of nobi status would become a nobi, and the number of Nobis increased geometrically.
My note: Nobi were not only objects of sale and plunder but also collateral for debts, given as gifts, and freely bought and sold (trafficked) as masters' property. According to the Matriarchal Law, a child of a nobi was a nobi; therefore, once a person fell into the nobi status, he could not leave it for generations.:
Nobi was like livestock kept by the yangban, commodities traded at less than half the price of donkeys.
The bi was the yangban's woman toyed with for the temporary pleasure of sex that produced the Nobi that occupied the top of the yangban's property list. 
The yangban used a variety of means to avoid military service. 
When outside forces invaded the country, the nobi class had to go to war and fight.
Most of them were Nobis owned by each yangban house, and only a few were government Nobi.
They only had a fear of the yangban and no sense of loyalty to their masters, much less the concept of the state itself.
They followed even foreign armies as long as they were kind to them, like puppies attached to those who feed them.
It is one of the reasons why Joseon had to be defeated by foreign forces. 
What is the identity of every one of us? 
Are we descendants of a class that made up only 10 percent of the population or of a class that made up 90 percent of the people?
Let us suppose we examine all the family histories and registers in Korea. They are all descendants of yangban. 
It means that most of us are a race that has lived by deceiving ourselves.
Being descendants of yangban does not make us any better than the servants.
Records show that the people of Joseon, whether royalty, yangban, or enslaved people, were a race with a common DNA of lies, intrigue, and barbarism.
A man uninspired by civilization is more dangerous than a beast.
Lies, conspiracy, and barbarism are the words that suit people like Moon Jae-in and Cho Kuk, who have been plunging Korean society into chaos for months. 
Loyal soldiers and their training were necessary to protect the country from outside aggression.
But the enslaved people of Joseon who were forced to serve were nothing more than a bunch of crows cursing their masters and the king.
They had the muscle to carry a backpack but not the muscle to fight; besides, they did not even have a concept of "what the nation was.
Therefore, whenever there was a foreign invasion, such as the Japanese invasion of Korea (1592–1598) or the Qing invasion of Joseon, it was not uncommon for Joseon soldiers to join the enemy forces.
Meanwhile, what was going on in the royal palace of Joseon in Hanyang?
Politics, intrigues, conspiracies, bloodshed, bloody conflicts, conspiracies, conflicts among the four factions (the old, the young, the southern, and the northern), regency, exile, dissection of the corpse, cutting off the head of the corpse, and so on. It was an extreme punishment for criminals: the head, torso, hands, and feet were cut off, and the body was exposed to the elements.) In a word, the royal palace was dominated by lies, intrigue, and barbarism.
While Joseon was aging as a social system consisting of a few yangbans and many Nobis, the king and his yangban were reveling in the material and sexual exploitation of 90% of the enslaved people, not to mention the Nobis. 
The world was now in the age of the law of the jungle, and with the king and yangban indulging in such nonsense, it was only a matter of time before the powers that be took the country.
Japan did not destroy Joseon, but it destroyed itself.
It was left behind by the trend of the times and perished when a handful of royalty and yangban were intoxicated with the blood of their people.
As the intellectuals at the end of the old Han Dynasty (the period from Joseon to the Korean Empire) lamented, 90% of the enslaved people perished because they had no motivation to fight for the royalty and yangban who exploited them. Instead, they died because they did not try to make guns and develop science with the people. 
During Joseon's 500 years, how much did Joseon develop?
The roads twisted and turned, and grass huts with straw roofs lined the streets like a flock of snails.
The streets were filled with feces and urine produced by people and livestock, and the yangban rode palanquins through the streets with their noses filled with foul smells.
The excrement from people and livestock entered the wells, and the water from the wells stank.
All contagious diseases were raging, but there were no doctors or proper medicines.
If anyone had the property they wanted, they would seize it without question and try to take it by force through torture such as caning.
There were no human rights from the beginning. 
It was the work of 27 Joseon kings who ruled Joseon for 500 years and was the entire property of Joseon given to the Japanese governor.
Japan took from Joseon in 1910 90% superstitious and ignorant people, 10% greedy, lying, and conspiracy-minded yangban, and the land covered with filth and contagious diseases.
Japan seized Joseon and transformed Hanyang into a Tokyo-like city in just ten years.
To make the Koreans believe in the sincerity of the Japanese, they invested the budget that should have been spent on the Japanese mainland in Chosun to build modern buildings, factories, dams, and hydroelectric power plants that were more magnificent than those on the mainland.
Successive kings who believed in the superstition that wide roads would attract Jurchen people lost the streets that should have been there, but the Japanese built wide roads such as Jongno, Euljiro, and Taepyeongno in Hanyang. 
If Joseon had continued, the straw-roofed grass huts would have remained one-story buildings even after ten million years.
However, in less than ten years, Japan built beautiful buildings with five or six stories all over Joseon.
Had it not been for Japan's forced opening, and had the Joseon dynasty still existed, would Korea have developed as much as it has in the 109 years since 1910?
I doubt it very much.
But Japan was different. Japan rescued Joseon from the incompetent dictatorship and liberated the people Nobi and Yangban had enslaved. So they opened up the country with the power of science and education.
Park Chung-hee added another 18 years of achievements on top of that foundation stone, the Korea of today.
If the descendants of Joseon's last king, King Junjong, had been king for the past 109 years, Joseon still would not have even had a two-story house because the legacy built over 500 years was at the level of a grass house.
The 123-story Lotte World Tower would have been an ENTIRELY unrealizable dream. 
This article continues.
 

 

 


Кніга поўная фактаў і тлумачэнняў пра тое, чаму Карэя такая, якая яна ёсць.

2022年02月12日 17時38分19秒 | 全般

Ніжэй — «Ультыматум антыяпонцам» (Джы Ман-Вон) былога палкоўніка паўднёвакарэйскай арміі, апублікаваны ў першым друку 13 красавіка 2020 года.
Кніга поўная фактаў і тлумачэнняў пра тое, чаму Карэя такая, якая яна ёсць.
Гэта сапраўдны мастацкі твор, які ў поўнай меры паказвае рэальнасць нацызму ў імя антыяпонскага выхавання.
Гэта абавязковае прачытанне для кітайскіх і карэйскіх нацыстаў, якія выраслі з антыяпонскай адукацыяй, і для тых, хто зарабляе на жыццё ўніверсітэцкімі прафесарамі на Захадзе і ў Японіі, нягледзячы на ​​тое, што здольны лічыць сваю антыяпонскую прапаганду толькі праўдай.
Яе трэба прачытаць кожнаму чалавеку, які жыве ў 21 стагоддзі.
Акцэнт у тэксце, акрамя загалоўка, мой.
Пра гэтую кнігу
Ідэя аб тым, што Карэя - гэта краіна кветак, а Японія - краіна дэманаў, была фальшывай выявай, створанай камуністамі.
Чосон нарадзіўся ў 1392 годзе, і 27 каралёў з прозвішчам І кіравалі 518 гадоў да 1910 года. Як апісвалі замежнікі, сталіца Ханьян была бруднай, багатай заразнымі хваробамі і мяжой хлусні, інтрыг і рабавання.
Жанчыны былі рабамі мужчын, прыладамі вытворчасці, якія выраблялі паняволеных людзей для янбана.
Дзесяць працэнтаў янбань паняволілі дзевяноста працэнтаў свайго роду, і яны аддаваліся гэтаму задавальненню.
Племянным народам, які застаўся пасля закону джунгляў, які ў рэшце рэшт прыйшоў і памёр, быў Чосон.
Японія, якая кіравала такой нецывілізаванай краінай, усяго за 30 гадоў пабудавала будынкі ў японскім стылі, шырокія дарогі, чыгункі і цягнікі, плаціны і электрычнасць, а таксама школы, каб забяспечыць сучасную адукацыю.
Ён навукова распрацаваў хангыль, які Янсангун пахаваў у 1504 годзе, праводзіў экзамены па карэйскай мове і даваў даплаты на карэйскую мову тым, хто здаў, прызначыў 9 кастрычніка Днём хангыля ў 1928 годзе і кіраваў выкарыстаннем папяровых грошай замест цяжкіх літых манет.
Без Юкічы Фукудзавы, імя якога надрукавана на японскай купюры ў 10 000 ен, у карэйцаў не было б слоў, якія яны выкарыстоўваюць сёння, і не было б у іх канала для зносін з астатнім светам.
Першай справай Японіі было маральнае выхаванне, напрыклад, не хлусіць і паважаць бацькоў, але Кім Дэ Чжон і Лі Хэ Сан пахавалі гэта выхаванне.
З таго часу дзяцей выхоўваюць, а не выхоўваюць.
Гледзячы на ​​сучаснае маладое пакаленне, здаецца, што асоба чалавека, выхаванага без адукацыі, больш небяспечная, чым звера.
Багацце Японіі ў Карэі за 40 гадоў склала 5,2 мільярда долараў, з іх 2,3 мільярда — у Паўднёвай Карэі і 2,9 мільярда — у Паўночнай Карэі.
ЗША канфіскавалі маёмасць на 2,3 мільярда долараў, якую Японія пакінула ў Паўднёвай Карэі (Карэя), і аддалі яе рэжыму Сынгмана Ры.
Гэта ў восем разоў больш, чым 300 мільёнаў долараў, атрыманых у 1965 годзе.
На яе долю прыпадала 80 працэнтаў усёй эканомікі новастворанай Рэспублікі Карэя.
ЗША абшукалі кішэні і багаж «пераможаных японцаў» і адправілі іх дадому без нічога, акрамя адзення на спіне.
Пак Чон Хі ствараў карэйскую эканоміку на працягу 18 гадоў, выкарыстоўваючы гэта як трамплін.
Без дапамогі Японіі не было б ні хуткаснай дарогі Кёнбу, ні Пхоханскага металургічнага завода, ні цяжкай хімічнай прамысловасці, ні плаціны ракі Соян, ні металургічнага завода Пхохан.
Без паставак Японіі матэрыялаў, дэталяў, тэхналогій і капіталу зборачная прамысловасць, якая падтрымлівае Карэю, мусіла б закрыцца.
Гэтая кніга багата ілюстраваная фотаздымкамі і фактычнымі матэрыяламі.
Ён быў напісаны выключна на падставе фактаў.
З фотаздымкаў і матэрыялаў можна зразумець, што Чосун і Японія, якія ведаюць жыхары Карэйскага паўвострава, адрозніваюцца ад сапраўдных Чосун і Японіі.
Гэта супрацьлегласць іміджу дзвюх краін, які адбіваецца ў свядомасці жыхароў Карэйскага паўвострава.
Гэта хлусня, што Карэя - гэта краіна прыгожых кветак, і гэта хлусня, што Японія - гэта краіна дэманаў, гэта хлусня, што Японія пахавала Хангыль, гэта хлусня пра суцяшальных жанчын, гэта хлусня аб прымусовым прызыве , гэта хлусня пра ўсё.
Сённяшнія вядучыя кампаніі ў Карэі - гэта амаль без выключэння кампаніі, якія выраслі з японскіх кампаній.
Японія — не тая краіна, якую трэба ненавідзець, а краіна, якая дае перавагі і незаменная для карэйскай эканомікі, якая павінна прыняць трохкутную эканамічную структуру Японіі, ЗША і Паўднёвай Карэі ў якасці свайго лёсу.
Дык хто і з якой мэтай зрабіў гэтае скажэнне?
Мае калегі-карэйцы абавязкова павінны ведаць.
Гэты артыкул працягваецца.

 


Книгата е пълна с факти и разяснения защо Корея е такава, каквато е.

2022年02月12日 17時33分05秒 | 全般

По-долу е от „Ултиматум към антияпонците“ (Jee Man-won) от бивш полковник от южнокорейската армия, публикуван в първото си отпечатване на 13 април 2020 г.
Книгата е пълна с факти и разяснения защо Корея е такава, каквато е.
Това е истинско произведение на изкуството, което в най-пълна степен показва реалността на нацизма в името на антияпонското образование.
Това е задължително четиво за китайските и корейските нацисти, израснали с антияпонско образование, и за тези, които си изкарват прехраната като университетски преподаватели на Запад и Япония, въпреки че са способни да смятат антияпонската си пропаганда само за истина.
Това е задължително четиво за всяко човешко същество, живеещо в 21-ви век.
Акцентът в текста с изключение на заглавието е мой.
Относно тази книга
Идеята, че Корея е земя на цветята, а Япония е земя на демоните, беше фалшив образ, създаден от комунистите.
Чосон е роден през 1392 г. и 27 крале с фамилното име И управляват 518 години до 1910 г. Както описват чужденци, столицата Ханянг е мръсна, пълна със заразни болести и граница на лъжи, интриги и грабеж.
Жените бяха роби на мъжете, инструменти за производство, които произвеждаха поробени хора за янбан.
Десет процента от янбан са поробили деветдесет процента от техния вид и те са се отдали на това удоволствие.
Племенната нация, която беше оставена от закона на джунглата, която в крайна сметка дойде и умря, беше Чосон.
Япония, която управляваше такава нецивилизована страна, построи сгради в японски стил, широки пътища, железопътни линии и влакове, язовири и електричество и училища, за да осигури модерно образование само за 30 години.
Той научно разработи Hangeul, който Yangsangun погреба през 1504 г., проведе изпити по корейски език и предостави надбавки за корейски език на тези, които издържат, определи 9 октомври за ден на Hangeul през 1928 г. и ръководи използването на хартиени пари вместо тежки отлети монети.
Без Юкичи Фукузава, чието име е отпечатано на японската банкнота от 10 000 йени, корейците нямаше да имат думите, които използват днес, нито биха имали тръбопровода за комуникация с останалия свят.
Първото нещо на Япония беше моралното възпитание, като например да не лъжеш и да уважаваш родителите си, но Ким Дае-джунг и Лий Хе-сан погребаха това образование.
Оттогава децата се отглеждат вместо да се образоват.
Гледайки днешното младо поколение, изглежда, че личността на човек, отгледан без образование, е по-опасна от тази на звяр.
Богатството на Япония в Корея за 40 години възлиза на 5,2 милиарда долара, с 2,3 милиарда в Южна Корея и 2,9 милиарда в Северна Корея.
САЩ иззеха имотите на стойност 2,3 милиарда долара, които Япония остави в Южна Корея (Корея), и ги дадоха на режима на Сингман Ри.
Това е осем пъти повече от 300 милиона долара средства за искове, получени през 1965 г.
Тя представляваше 80 процента от общата икономика на новосъздадената Република Корея.
САЩ претърсиха джобовете и багажа на "победените японци" и ги изпратиха вкъщи без нищо освен дрехите на гърба им.
Парк Чунг Хи изгради корейската икономика в продължение на 18 години, използвайки това като трамплин.
Без помощта на Япония нямаше да има автомагистрала Gyeongbu, нито завод за стомана Pohang, нито тежка химическа промишленост, нито язовир на река Soyang, нито завод за стомана Pohang.
Без доставките на материали, части, технологии и капитал от Япония, монтажната индустрия, която поддържа Корея, би трябвало да изпадне.
Тази книга е богато илюстрирана със снимки и фактически материали.
Написано е само въз основа на факти.
От снимките и материалите Чосун и Япония, които хората на Корейския полуостров познават, са различни от действителните Чосун и Япония.
Това е обратното на образа на двете държави, който се запечатва в съзнанието на хората на Корейския полуостров.
Лъжа е, че Корея е земя на красиви цветя и е лъжа, че Япония е земя на демони, лъжа е, че Япония е погребала Хангъл, лъжа е за утешителни жени, това е лъжа за принудителна военна служба , това е лъжа за всичко.
Днешните водещи компании в Корея са почти без изключение компании, израснали от японски компании.
Япония не е страна, която трябва да се мрази, а страна, която е осигурила ползи и е необходима за корейската икономика, която трябва да приеме триъгълната икономическа структура на Япония, САЩ и Южна Корея като своя съдба.
И така, кой направи това изкривяване и с каква цел?
Моите колеги корейци определено трябва да знаят.
Тази статия продължава.

 


Cartea este plină de fapte și clarificări despre motivul pentru care Coreea este

2022年02月12日 17時25分52秒 | 全般

Următorul este din „Un ultimatum pentru anti-japonezi” (Jee Man-won) de un fost colonel al armatei sud-coreene, publicat în prima sa imprimare pe 13 aprilie 2020.
Cartea este plină de fapte și clarificări despre motivul pentru care Coreea este așa cum este.
Este o adevărată operă de artă care arată realitatea nazismului în numele educației antijaponeze în cea mai mare măsură.
Este o lectură obligatorie pentru naziștii chinezi și coreeni care au crescut cu educație antijaponeză și pentru cei care își câștigă existența ca profesori universitari în Occident și Japonia, în ciuda faptului că sunt capabili să considere doar propaganda lor antijaponeză ca adevăr.
Este o lectură obligatorie pentru fiecare ființă umană care trăiește în secolul 21.
Accentul din text, cu excepția titlului, este al meu.
Despre această carte
Ideea că Coreea este țara florilor și Japonia este țara demonilor a fost o imagine falsă creată de comuniști.
Joseon s-a născut în 1392 și 27 de regi cu numele de familie Yi au domnit timp de 518 ani până în 1910. După cum au descris străinii, capitala, Hanyang, era murdară, plină de boli contagioase și o frontieră de minciuni, intrigi și jaf.
Femeile erau sclavele bărbaților, instrumentele de producție care produceau oameni înrobiți pentru yangban.
Zece la sută dintre yangbani au înrobit nouăzeci la sută din felul lor și s-au răsfățat cu această plăcere.
Națiunea tribală care a fost lăsată în urmă de legea junglei care în cele din urmă a venit și a murit a fost Joseon.
Japonia, care a condus o țară atât de necivilizată, a construit clădiri în stil japonez, drumuri largi, căi ferate și trenuri, baraje și electricitate și școli pentru a oferi educație modernă în doar 30 de ani.
El a dezvoltat științific Hangeul, pe care Yangsangun l-a îngropat în 1504, a condus examene de limba coreeană și a oferit alocații pentru limba coreeană celor care au promovat, a desemnat ziua de 9 octombrie drept Ziua Hangeul în 1928 și a condus utilizarea banilor de hârtie în locul monedelor turnate grele.
Fără Yukichi Fukuzawa, al cărui nume este tipărit pe bancnota de 10.000 de yeni a Japoniei, coreenii nu ar avea cuvintele pe care le folosesc astăzi și nici nu ar avea canalul pentru a comunica cu restul lumii.
Primul lucru al Japoniei a fost educația morală, cum ar fi să nu minți și să fii respectuos cu părinții, dar Kim Dae-jung și Lee Hae-san au îngropat acea educație.
De atunci, copiii au fost crescuți în loc să fie educați.
Privind la tânăra generație de astăzi, se pare că personalitatea unei persoane crescute fără educație este mai periculoasă decât cea a unei fiare.
Bogăția Japoniei în Coreea timp de 40 de ani a totalizat 5,2 miliarde de dolari, cu 2,3 ​​miliarde de dolari în Coreea de Sud și 2,9 miliarde de dolari în Coreea de Nord.
SUA au confiscat proprietățile de 2,3 miliarde de dolari pe care Japonia le-a lăsat în urmă în Coreea de Sud (Coreea) și le-au dat regimului Syngman Rhee.
Este de opt ori mai mult decât suma de 300 de milioane de dolari primite în 1965.
A reprezentat 80% din economia totală a nou-înființată Republică Coreea.
SUA au căutat în buzunarele și bagajele „japonezilor învinși” și i-au trimis acasă cu nimic altceva decât hainele pe spate.
Park Chung Hee a construit economia coreeană timp de 18 ani, folosind aceasta ca o rampă de lansare.
Fără ajutorul Japoniei, nu ar fi existat nicio autostradă Gyeongbu, nici o uzină siderurgică Pohang, nicio industrie chimică grea, nici un baraj al râului Soyang și nici o uzina siderurgică Pohang.
Fără furnizarea Japoniei de materiale, piese, tehnologie și capital, industria de asamblare care sprijină Coreea ar fi trebuit să iasă din afaceri.
Această carte este bogat ilustrată cu fotografii și materiale concrete.
A fost scris doar pe baza faptelor.
Din fotografii și materiale, Chosun și Japonia pe care oamenii din Peninsula Coreea le cunosc sunt diferite de Chosun și Japonia actuale.
Este opusul imaginii celor două țări care este imprimată în mintea oamenilor din Peninsula Coreeană.
Este o minciună că Coreea este un tărâm al florilor frumoase și este o minciună că Japonia este o țară a demonilor, este o minciună că Japonia l-a îngropat pe Hangeul, este o minciună despre femeile de mângâiere, este o minciună despre recrutarea forțată. , este o minciună despre orice.
Cele mai importante companii de astăzi din Coreea sunt aproape fără excepție companii care s-au dezvoltat din companiile din Japonia.
Japonia nu este o țară de urât, ci o țară care a oferit beneficii și este indispensabilă pentru economia coreeană, care trebuie să accepte ca soartă structura economică triunghiulară a Japoniei, Statelor Unite și Coreei de Sud.
Deci cine a făcut această distorsiune și în ce scop?
Colegii mei coreeni ar trebui să știe cu siguranță.
Acest articol continuă.

 


Книга сповнена фактів і роз’яснень про те, чому Корея така, яка вона є.

2022年02月12日 17時25分32秒 | 全般

Нижче наведено «Ультиматум антияпонцям» (Джи Ман-Вон) колишнього полковника південнокорейської армії, опублікований у першому виданні 13 квітня 2020 року.
Книга сповнена фактів і роз’яснень про те, чому Корея така, яка вона є.
Це справжній твір мистецтва, який у повній мірі показує реальність нацизму в ім’я антияпонського виховання.
Це обов’язкове читання для китайських і корейських нацистів, які виросли з антияпонською освітою, а також для тих, хто заробляє на життя викладачами університетів на Заході та Японії, незважаючи на те, що вони здатні вважати свою антияпонську пропаганду лише правдою.
Це обов’язкове до прочитання кожній людині, яка живе в 21 столітті.
Наголос у тексті, крім заголовка, мій.
Про цю книгу
Думка про те, що Корея – це країна квітів, а Японія – країна демонів, була фальшивим образом, створеним комуністами.
Чосон народився в 1392 році, і 27 королів з прізвищем І правили 518 років до 1910 року. Як описують іноземці, столиця Ханьян була брудною, насиченою заразними хворобами і межею брехні, інтриг і грабежу.
Жінки були рабами чоловіків, знаряддями виробництва, які створювали поневолених людей для янбану.
Десять відсотків янбань поневолили дев'яносто відсотків свого роду, і вони віддалися цій насолоді.
Племінним народом, який залишився позаду за законом джунглів, який зрештою прийшов і помер, був Чосон.
Японія, яка правила такою нецивілізованою країною, лише за 30 років побудувала будівлі в японському стилі, широкі дороги, залізниці та потяги, дамби та електрику, а також школи, щоб забезпечити сучасну освіту.
Він науково розробив ханголь, який Янсангун поховав у 1504 році, проводив іспити з корейської мови та надавав пільги з корейської мови тим, хто здав, призначив 9 жовтня днем ​​ханголь у 1928 році та керував використанням паперових грошей замість важких литих монет.
Без Юкічі Фукузави, чиє ім’я надруковано на японській банкноті в 10 000 ієн, корейці не мали б слів, які вони вживають сьогодні, а також не мали б каналу для спілкування з рештою світу.
Першою річчю Японії було моральне виховання, наприклад, не брехати та поважати батьків, але Кім Де Чжон та Лі Хе Сан поховали це виховання.
З того часу дітей виховували, а не виховували.
Дивлячись на сучасне молоде покоління, здається, що особистість людини, вихованої без освіти, небезпечніша за особистість звіра.
Статки Японії в Кореї за 40 років становили 5,2 мільярда доларів, з них 2,3 мільярда доларів у Південній Кореї та 2,9 мільярда доларів у Північній Кореї.
США конфіскували майно на суму 2,3 мільярда доларів, яке Японія залишила в Південній Кореї (Корея), і передали її режиму Сінгмана Рі.
Це у вісім разів більше, ніж 300 мільйонів доларів, отриманих у 1965 році.
На її частку припадало 80 відсотків загальної економіки новоствореної Республіки Корея.
США обшукали кишені та багаж «переможених японців» і відправили їх додому, окрім одягу на спині.
Пак Чон Хі створював корейську економіку протягом 18 років, використовуючи це як трамплін.
Без допомоги Японії не було б ні швидкісної автомагістралі Кьонбу, ні металургійного заводу в Пхохані, ні важкої хімічної промисловості, ні греблі на річці Соян, ні металургійного заводу Пхохан.
Без поставок матеріалів, деталей, технологій та капіталу з Японії складальна промисловість, яка підтримує Корею, мала б припинити свою діяльність.
Ця книга багато ілюстрована фотографіями та фактичними матеріалами.
Він був написаний виключно на основі фактів.
Судячи з фотографій і матеріалів, Чосон і Японія, які знають жителі Корейського півострова, відрізняються від справжніх Чосон і Японії.
Це протилежність образу двох країн, який закарбувався у свідомості жителів Корейського півострова.
Це брехня, що Корея - це країна прекрасних квітів, і це брехня, що Японія - це країна демонів, це брехня, що Японія поховала Хангыль, це брехня про жінок, що втішаються, це брехня про примусовий призову в армію. , це брехня про все.
Сьогодні провідні компанії в Кореї – це майже без винятку компанії, які виросли з японських компаній.
Японія — це не країна, яку треба ненавидіти, а країна, яка надала переваги та є незамінною для корейської економіки, яка має прийняти трикутну економічну структуру Японії, США та Південної Кореї як свою долю.
Тож хто зробив це спотворення і з якою метою?
Мої колеги-корейці повинні знати.
Ця стаття продовжується.

 


人口の1割にすぎない特権支配階級が残りの9割の民を奴隷のように扱い、さらに、奴が婢を支配する稀有な国が李氏朝鮮だった

2022年02月12日 17時24分59秒 | 全般

以下は、2020年4月13日に出版された、元韓国陸軍大佐の「反日への最後通告」(池萬元)からである。
何故、韓国は、あのような態様であるのかについて、この本は、山ほどの事実で、明らかにしてくれている、本物の労作である。
反日教育と言う名のナチズムの実態を、完膚なきまでに知らせてくれる本物の本である。
反日教育で育った中国と韓国のナチスト達と、あろうことか、彼らの反日プロパガンダを真に受ける能力しかないにも拘わらず、欧米や日本で大学教授として生計を立てている人間達が必読。
朝鮮半島について全くの無知でありながら、彼らが信じがたいほどの嘘で作り上げた反日プロパガンダだけは真に受けている国連関係者達が必読。
21世紀に生きている全ての人間が必読。
見出し以外の文中強調は私。
以下は前章の続きである。

第一章 世界の中の朝鮮
人口の1割にすぎない両班が残りの9割の同族を奴隷のように扱い搾取していた朝鮮 
朝鮮は、西暦1392年に李成桂がクーデターによって高麗を滅ぼして建てた国だ。
高麗の忠臣や重臣、そして彼らと関わりのある人々はすべて奴隷と化した。
また、世宗が1432年に制定した『奴婢従母法』によって、両班系の男性と奴隷系の女性の問に生まれた子供は生母の身分に従い奴婢(奴は男奴隷、婢は女奴隷)になるしかなかった。
こうしてますます膨れ上がった奴婢層は、人間ではなく牛やロバの半分にも満たない値で取引される家畜のように扱われた。
人口の1割にすぎない特権支配階級が残りの9割の民を奴隷のように扱い、さらに、奴が婢を支配する稀有な国が李氏朝鮮だった。 
1910年に朝鮮半島全土で行われた戸口調査では、総世帯数289万4777戸中両班は5万4217戸で、全体のわずか1.9パーセントにすぎなかった。
屠殺業などに携わる白丁や物づくりに携わる工人などもいたが、彼らが占める割合は微々たるものだった。 
2012年にキム・ナムが書いた『朝鮮王朝実録』の15ページに「名字があった人は10パーセント未満」という小見出しがあるが、奴婢などには名字がなかった。
両班と奴婢の構成比率についての正確な統計はない。しかし、重要なことは奴婢が圧倒的多数を占めていたということだ。 
李朝が治めた518年間に1000件以上の逆謀事件があった。事件が起きるたびに血なまぐさい粛清があった。数百もの両班家門の人々が奴婢に転落した。
これに加えて第5代の世宗が『奴婢従母法』を制定し、奴婢身分の女性が産んだ両班の子供は奴婢になると定めたため、奴婢が幾何級数的に増加した。
奴婢は両班が飼う家畜のようなものであり、ロバの半値以下で取引されるいわば商品だった。
婢は両班の慰み者であり、両班の財産目録の上位を占める奴婢を生産してくれる道具だった。 
両班は様々な手段を使って兵役を免れた。国が外勢に侵略された時に出征して戦わなければならないのはもっぱら奴婢層の人々だった。
彼らの大多数は各両班の家で所有する奴婢であり、官奴婢はごく一部にすぎなかった。
彼らには両班に対する恐怖があるだけで、主人に対する忠誠心など微塵もなく、まして国家についての概念自体なかった。
餌をくれる人になつく子犬のように自分にやさしくしてくれたら外国の軍隊にすら付き従った。
朝鮮が外勢に敗れざるを得なかった理由の一つだ。 
我々一人一人のアイデンティティーは何か?人口の1割しかいなかった階級の子孫か、それとも人口の9割を占める階級の子孫か?
大韓民国の族譜と戸籍を仮に全部調べてみたとしよう。なんと皆が両班の子孫だ。我々の大部分が自らを欺いて生きて来た種族ということになる。
両班の子孫だからと言って奴婢より優れていることは何もない。
記録によると、朝鮮の人々は、王族、両班、奴隷を問わず嘘と陰謀と野蛮という共通したDNAを持つ人種だったことがわかる。
文明に感化されない人間は獣よりも危険だ。
まさに、嘘と陰謀と野蛮という言葉は、現在韓国社会を何ヵ月間にわたって混沌へと突き進ませている文在寅や曹國といった人間にお似合いだ。
外部の侵略から国を守るのであれば、忠誠心のある兵士と彼らに対する訓練が必要だった。
しかし、兵役を担わされる朝鮮の奴隷と化した人々は主人と王を呪う烏合の衆にすぎなかった。
背負子を背負う筋肉はあっても、戦に役立つ筋肉はなかった。その上「国家が何か」という概念すらなかった。
だから、壬申倭乱(文禄・慶長の役)、丙子胡乱(清が李朝を侵略した戦い)など外国の侵略を受けるたびに、朝鮮の兵士が敵軍に加担するといったことが珍しくなかった。
一方、漢陽の朝鮮王宮ではどんなことが繰り広げられていたのか?
勢道政治、逆謀、謀略、血の雨、血みどろの争い、陰謀、四党派(老論・少論・南人・北人)の争い、垂簾聴政(幼い王に代わって王族の最長老などが行う摂政政治)、流刑、剖棺斬屍(死後に大罪などが発覚した時棺を割って死体を取り出して首を切ったりした刑罰)、陵遅處斬(大逆罪を犯した者に科した極刑:頭・胴体・手・足を切り落として晒し者にする。)、周牢の刑(両足を縛りその間に棒を挟んでねじる刑罰)、笞刑、杖刑、焼き鏝拷問など、一言で言えば王宮は嘘と陰謀と野蛮が支配していた。
朝鮮が少数の両班と多数の奴婢から成る社会体制として歳月を重ねている間、王と両班たちは、奴婢は言うに及ばず、奴隷と化した9割の民を物質的に搾取し、性的に搾取することに興じていた。 
世界は今や弱肉強食の時代にさしかかっていたにもかかわらず、王と両班がこんな馬鹿げたことにうつつを抜かしていたのであるから、列強に国を奪われるのは時間の問題だった。
朝鮮は日本が滅ぼしたのではない。自滅したのだ。
一握りの王族と両班が自分の同族の血をすすることに陶酔している問に、時代の趨勢から取り残されて滅びたのだ。
旧韓末(朝鮮末期から大韓帝国までの時期)に知識人が恨嘆したように、9割の奴隷化した民が彼らを搾取する王族や両班のために身を挺して戦う動機などなかったから滅びたのだ。民と一緒に知恵を絞って銃砲を作り科学を興そうとしなかったから滅びたのだ。 
李朝の500年間、朝鮮はどれぐらい発展したのか?李朝末期の朝鮮の首都漢陽の町にはまともな道路がなかった。
道がくねくねと曲がり、わらで屋根を葺いた草屋がカタツムリの群れのように軒を連ねていた。
人や家畜が輩出した糞尿が通りにあふれ、両班は異臭が鼻を衝くその通りを輿に乗って通った。
人や家畜の排泄物が井戸に入り込んで井戸の水から悪臭が漂っていた。
ありとあらゆる伝染病が猛威を振るったが、医者もおらず、まともな医薬品もなかった。
自分が欲する財産を持つ者がいれば、有無を言わさず捕まえて周牢の刑などの拷問を加えて強引に財産を奪おうとした。
人権など最初からなかった。これが朝鮮を500年間統治した朝鮮王27名の作品であり、日本の総督に渡した朝鮮の総財産だった。  
1910年に日本が李朝から譲り受けたものは、迷信深い9割の無知蒙昧な人々と欲深く嘘つきで陰謀が得意な1割の両班、そして汚物で被われた大地と伝染病だった。
日本はこんな朝鮮を接収するなり、わずか10年で漢陽を東京風に変貌させた。
朝鮮人に日本人の真心を信じてもらうために、日本本土で使用すべき予算を朝鮮に投入して本土の建物より立派な現代式建物を建て、工場やダムや水力発電所を建設した。
道が広いと女真族が来るという迷信を信じた歴代の王は、あったはずの道まで無くしたが、日本は漢陽に鍾路や乙支路や太平路などの広い道路を作った。 
李氏朝鮮がそのまま続いていたら藁ぶき屋根の草屋は千年万年経っても2階建てにはならなかっただろう。
ところが、日本は10年も経たないうちに朝鮮の随所に5,6階建ての美しい建物を建てた。
日本による強制開化がなかったら、そして未だに朝鮮の王朝が続いていたとしたら、1910年からの109年間で朝鮮が今ほど発展していただろうか?
はなはだ疑問である。
しかし、日本は違った。朝鮮を無能な独裁王朝から救った。奴姉や両班の奴隷と化していた民を解放させた。科学と教育の力で開化させた。
朴正煕はその礎石の上にさらに18年の功績を積み上げた。それが今日の韓国である。
500年間に築いた遺産が草屋のレベルだったのだから、李朝最後の王・純宗以後、現在までの109年間、その子孫が王を務めていたとしたら、朝鮮は未だに2階建ての家すらなかっただろう。
123階のロッテワールドタワーなど夢のまた夢だったはずだ。 
この稿続く。


Książka jest pełna faktów i wyjaśnień, dlaczego Korea jest taka, jaka jest.

2022年02月12日 17時08分32秒 | 全般

Poniższy tekst pochodzi z „ultimatum do antyjapończyków” (Jee Man-won) autorstwa byłego pułkownika armii Korei Południowej, opublikowanego w pierwszym druku 13 kwietnia 2020 r.
Książka jest pełna faktów i wyjaśnień, dlaczego Korea jest taka, jaka jest.
To prawdziwe dzieło sztuki, które najpełniej pokazuje realia nazizmu w imię antyjapońskiej edukacji.
Jest to obowiązkowa lektura dla chińskich i koreańskich nazistów, którzy dorastali z antyjapońską edukacją, a także dla tych, którzy zarabiają na życie jako profesorowie uniwersyteccy na Zachodzie i Japonii, mimo że są zdolni jedynie uważać ich antyjapońską propagandę za prawdę.
To obowiązkowa lektura dla każdego człowieka żyjącego w XXI wieku.
Akcent w tekście z wyjątkiem nagłówka jest mój.
O tej książce
Pomysł, że Korea jest krainą kwiatów, a Japonia krainą demonów, był fałszywym obrazem stworzonym przez komunistów.
Joseon urodził się w 1392 roku, a 27 królów o nazwisku Yi panowało przez 518 lat, aż do 1910 roku. Jak opisali obcokrajowcy, stolica Hanyang była brudna, pełna chorób zakaźnych i graniczyła z kłamstwami, intrygami i grabieżami.
Kobiety były niewolnicami mężczyzn, narzędziami produkcji, które produkowały zniewolonych ludzi dla yangban.
Dziesięć procent yangban zniewoliło dziewięćdziesiąt procent swojego gatunku i oddawali się tej przyjemności.
Plemiennym narodem, który został pozostawiony przez prawo dżungli, które ostatecznie przybyło i umarło, był Joseon.
Japonia, która rządziła tak niecywilizowanym krajem, zbudowała budynki w stylu japońskim, szerokie drogi, linie kolejowe i pociągi, tamy i elektryczność oraz szkoły, aby zapewnić nowoczesną edukację w ciągu zaledwie 30 lat.
Opracował naukowo Hangeul, który Yangsangun pochował w 1504, przeprowadził egzaminy z języka koreańskiego i zapewnił dodatek z języka koreańskiego tym, którzy zdali, oznaczony 9 października jako Dzień Hangeul w 1928 roku, i kierował używaniem papierowych pieniędzy zamiast ciężkich odlewanych monet.
Bez Yukichi Fukuzawy, którego nazwisko widnieje na japońskim banknocie o wartości 10 000 jenów, Koreańczycy nie mieliby słów, których używają dzisiaj, ani nie mieliby możliwości komunikowania się z resztą świata.
Pierwszą rzeczą w Japonii była edukacja moralna, taka jak niekłamanie i okazywanie szacunku rodzicom, ale Kim Dae-jung i Lee Hae-san pogrzebali tę edukację.
Od tego czasu dzieci są wychowywane, a nie kształcone.
Patrząc na dzisiejsze młode pokolenie, wydaje się, że osobowość osoby wychowanej bez wykształcenia jest bardziej niebezpieczna niż zwierzęca.
Bogactwo Japonii w Korei przez 40 lat wyniosło 5,2 miliarda dolarów, z 2,3 miliarda w Korei Południowej i 2,9 miliarda w Korei Północnej.
Stany Zjednoczone przejęły majątek o wartości 2,3 miliarda dolarów, który Japonia pozostawiła w Korei Południowej (Korea) i przekazały go reżimowi Syngmana Rhee.
To osiem razy więcej niż 300 milionów dolarów w ramach roszczeń otrzymanych w 1965 roku.
Stanowiło 80 procent całej gospodarki nowo powstałej Republiki Korei.
Stany Zjednoczone przeszukały kieszenie i bagaż „pokonanych Japończyków” i odesłały ich do domu z samymi ubraniami na plecach.
Park Chung Hee przez 18 lat budował koreańską gospodarkę, wykorzystując to jako odskocznię.
Bez pomocy Japonii nie byłoby drogi ekspresowej Gyeongbu, huty Pohang, przemysłu chemicznego, tamy na rzece Soyang ani huty w Pohang.
Bez japońskich dostaw materiałów, części, technologii i kapitału przemysł montażowy, który wspiera Koreę, musiałby zniknąć z rynku.
Książka ta jest bogato ilustrowana fotografiami i materiałami merytorycznymi.
Został napisany wyłącznie na podstawie faktów.
Ze zdjęć i materiałów, Chosun i Japonia, które znają mieszkańcy Półwyspu Koreańskiego, różnią się od rzeczywistych Chosun i Japonii.
Jest to przeciwieństwo obrazu obu krajów, który odcisnął się w świadomości mieszkańców Półwyspu Koreańskiego.
To kłamstwo, że Korea to kraina pięknych kwiatów, i to kłamstwo, że Japonia to kraina demonów, to kłamstwo, że Japonia pochowała Hangeul, to kłamstwo o pocieszaniu kobiet, to kłamstwo o przymusowym poborze do wojska , to kłamstwo o wszystkim.
Dzisiejsze czołowe firmy w Korei to prawie bez wyjątku firmy, które wyrosły z firm japońskich.
Japonia nie jest krajem, który należy nienawidzić, ale krajem, który przyniósł korzyści i jest niezbędny dla koreańskiej gospodarki, która musi zaakceptować jako swój los trójkątną strukturę gospodarczą Japonii, Stanów Zjednoczonych i Korei Południowej.
Więc kto dokonał tego zniekształcenia iw jakim celu?
Moi koledzy Koreańczycy zdecydowanie powinni wiedzieć.
Ten artykuł jest kontynuowany.

 


Boken er full av fakta og avklaringer om hvorfor Korea er som det er.

2022年02月12日 17時05分27秒 | 全般

Følgende er fra "An ultimatum to the anti-japanese" (Jee Man-won) av en tidligere oberst i den sørkoreanske hæren, publisert i sin første trykking 13. april 2020.
Boken er full av fakta og avklaringer om hvorfor Korea er som det er.
Det er et ekte kunstverk som viser realiteten til nazismen i navnet til anti-japansk utdanning i full utstrekning.
Den er et must-lese for kinesiske og koreanske nazister som vokste opp med anti-japansk utdanning, og for de som livnærer seg som universitetsprofessorer i Vesten og Japan, til tross for at de kun er i stand til å betrakte deres anti-japanske propaganda som sannhet.
Den er et must-lese for alle mennesker som lever i det 21. århundre.
Vektleggingen i teksten bortsett fra overskriften er min.
Om denne boken
Ideen om at Korea er blomstenes land og Japan er demonenes land var et falskt bilde skapt av kommunistene.
Joseon ble født i 1392, og 27 konger med etternavnet Yi regjerte i 518 år frem til 1910. Som beskrevet av utlendinger var hovedstaden Hanyang skitten, full av smittsomme sykdommer og en grense av løgner, intriger og plyndring.
Kvinner var menns slaver, produksjonsverktøyene som produserte slaver for yangban.
Ti prosent av yangban gjorde nitti prosent av sitt slag til slaver, og de har hengitt seg til den gleden.
Stammenasjonen som ble etterlatt av jungelens lov som til slutt kom og døde, var Joseon.
Japan, som styrte et så usivilisert land, bygde bygninger i japansk stil, brede veier, jernbaner og tog, demninger og elektrisitet, og skoler for å gi moderne utdanning på bare 30 år.
Han utviklet vitenskapelig Hangeul, som Yangsangun begravde i 1504, gjennomførte koreanske språkeksamener og ga koreanske språkgodtgjørelser til de som besto, utpekte 9. oktober til Hangeul-dagen i 1928, og ledet bruken av papirpenger i stedet for tunge støpte mynter.
Uten Yukichi Fukuzawa, hvis navn er trykt på Japans 10 000 yen-seddel, ville ikke koreanere hatt ordene de bruker i dag, og de ville heller ikke hatt rørledningen til å kommunisere med resten av verden.
Japans første ting var moralsk oppdragelse, som å ikke lyve og ha respekt for sine foreldre, men Kim Dae-jung og Lee Hae-san begravde den utdannelsen.
Siden den gang har barn blitt oppdratt i stedet for utdannet.
Når man ser på dagens unge generasjon, ser det ut til at personligheten til en person som er oppdratt uten utdanning er farligere enn et beists.
Japans formue i Korea i 40 år utgjorde 5,2 milliarder dollar, med 2,3 milliarder dollar i Sør-Korea og 2,9 milliarder dollar i Nord-Korea.
USA beslagla 2,3 milliarder dollar i eiendom som Japan etterlot seg i Sør-Korea (Korea) og ga den til Syngman Rhee-regimet.
Det er åtte ganger mer enn 300 millioner dollar i kravsmidler mottatt i 1965.
Den utgjorde 80 prosent av den totale økonomien i den nyetablerte republikken Korea.
USA ransaket de "beseirede japanske" lommene og bagasjen og sendte dem hjem uten annet enn klærne på ryggen.
Park Chung Hee bygde opp den koreanske økonomien i 18 år, og brukte dette som et springbrett.
Uten hjelp fra Japan ville det ikke vært noen Gyeongbu Expressway, ingen Pohang stålverk, ingen tung kjemisk industri, ingen Soyang River Dam, og ingen Pohang stålverk.
Uten Japans tilførsel av materialer, deler, teknologi og kapital, ville monteringsindustrien som støtter Korea vært nødt til å gå konkurs.
Denne boken er rikt illustrert med fotografier og faktamateriale.
Den ble skrevet utelukkende basert på fakta.
Fra bildene og materialene er Chosun og Japan som folket på den koreanske halvøya kjenner til, forskjellige fra den faktiske Chosun og Japan.
Det er det motsatte av bildet av de to landene som er innprentet i hodet til befolkningen på den koreanske halvøya.
Det er en løgn at Korea er et land med vakre blomster, og det er en løgn at Japan er et land av demoner, det er en løgn at Japan begravde Hangeul, det er en løgn om å trøste kvinner, det er en løgn om tvungen verneplikt. , det er løgn om alt.
Dagens fremste selskaper i Korea er nesten uten unntak selskaper som vokste ut av Japans selskaper.
Japan er ikke et land som skal hates, men et land som har gitt fordeler og er uunnværlig for den koreanske økonomien, som må akseptere den trekantede økonomiske strukturen til Japan, USA og Sør-Korea som sin skjebne.
Så hvem gjorde denne forvrengningen, og til hvilket formål?
Mine medkoreanere burde definitivt vite det.
Denne artikkelen fortsetter.