宮崎浩一・西岡真由美『男性の性暴力被害』:なぜそれは不可視化されてきたのか

2023-11-01 16:03:14 | 本関係
ジャニーズ問題は単体の現象ではなく、日本における閉鎖性や組織論(忖度と官僚主義)として幅広く観察されるものだと繰り返し書いてきたが、これは性暴力の認識の仕方についても同じことが言える。
 
 
つまり、今後への大きな課題として捉えた時、一過性のスキャンダルのようなものとして扱うのはまさに大手マスメディアと同じ陥穽にはまっているわけで、そうならないようにするためにも、「男性→男性」といった性暴力がどのような影響を被害者に及ぼすのか、また他国ではどのように捉えられてきたかを知ることが必要だろう。
 
 
というわけで今回『男性の性暴力被害』という本を取り上げたわけだが、ここでは性暴力被害に遭った男性と女性の類似点(自己コントロール感の喪失やPTSD)、あるいは両者の相違点(男性=性行為における主体性や身体的強さというジェンダー観との乖離による苦悩)、性暴力の加害者における男女の内訳(女性も15%強存在する)といったことが説明されている。
 
 
さて、これ以上本の内容をつらつら説明してもあまり有益ではないと思うので、私の経験と現状認識について少し話しておきたい。まず出発点として、性暴力として認識しやすい(そして実際件数としては多い)「男性→女性」というベクトルでのそれは、以前「性暴力の告発について」「性犯罪に見る反社会的自己責任論」で書いた頃と、何ら変わってはいない。つまり、相変わらずのレイプファンタジーや被害者側を責めるような言説(セカンドレイプ)は続いており、それは変化していかなければならない、と思っているということだ。
 
 
ただ、「男性→男性」や「女性→男性」というベクトルでの性被害については触れたことがなかったように思う。これについては、海外にいた自分の旧来の友人(男性)が二年前に日本人の女性ストーカーに遭い、拘束されての性暴力や脅迫などの被害を受けているとの相談を受けたことをよく記憶している。警察に通報して接近禁止命令などを出したはもらったそうだが、家族にも危害が及ぶかもしれないことでの憔悴が相当なものであることはSNSの文面でも伝わってきて、その様はまさに本書で登場する「侵襲」という言葉が相応しいように思えた。
 
 
一度話が収まったはずなのに、度々相手から蒸し返されしつこく連絡が来る、という状況は相手を「論理では理解不能なモンスター」として認識させるとともに、そのモンスターから常に監視され狙われている恐怖により精神的疲弊はすさまじいものとなる。そしてそこには支配・コントロールされる自分への情けなさの吐露なども本書で書かれている内容とかなり重なるものであった(こうして人が追い詰められ、その人格を破壊されていく様は、まさしく「魂の殺人」という言葉が相応しいように思える)。
 
 
彼が私に相談してきたのは、
1:加害者に追い込まれた状況
2:女性→男性というベクトルでの性暴力の困惑・無理解(おそらく彼自身もそういう知見が希薄)
3:海外で相談する人間がいない・少ない
という二重三重の孤独の中にいたことが大きいと思われるが、あるいはストーカーの話が出た時に、参考になる本として小早川明子『ストーカーは何を考えているか』を紹介した時、彼が小早川氏に実際相談していた、ということで問題系の理解をある程度共有できる人間だと認識されたことも大きかったのかもしれない。
 
 
専門家でもなく経験者でもない私は、相手に対する否定的な言動をしないよう注意しながら(≠全肯定)傾聴することを心掛けたが、この経験が、「女性→男性」や「男性→男性」というベクトルでの性被害を理解する一つのバックグラウンドとなっていることは間違いないだろう。
 
 
さて、話を一般的な事柄に戻そう。
私がジャニーズ問題を性暴力という最も根源的な観点で捉えた時、変えていかねばならないと思うのは、「性暴力の加害者=男性、性暴力の被害者=女性」という極めて単純化された図式的理解だと考える。つまり、何人であれ望まぬ性的行為に晒されるのは性暴力であり、それを党派的に理解し前述のような図式を押し付けるのは、誰であれ加害者やその幇助者となりうる、ということである(だから、自身への性暴力については批判的な目でいるのに、男性→男性といったベクトルでの性被害には無頓着なばかりか、むしろBLなどの文脈でレイプファンタジーをそこでは認めるような欺瞞について厳しく非難するのである)。
 
 
「据え膳食わぬは男の恥」といった言葉や、いわゆる「おねショタ」のような筆卸し的なものへの憧れは、あくまで虚構ゆえに成立する単純化されたファンタジーであって(この点では歴史小説宗教なども同じ)、複雑な現実の前には暴力的ですらある(朝井リョウ『正欲』はその領域をも扱った話なのだが、映画化されたこの機会に、そろそろレビューを書きたいと思っている)。

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