ウクライナ侵攻の背景:アレクサンドル・ドゥーギンとネオ・ユーラシア主義

2022-03-09 12:30:00 | 歴史系




これまで紹介したウクライナ侵攻の話は主に軍事戦略であったので、今回はその背景となる思想や世界観について触れたいと思う。なお、ここで紹介する目的はそれをただこき下ろすのでもなければ、ましてやそれを崇めるためではない。あくまで、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という視点であることをお断りしておく。


さて、冒頭の動画ではロシア現代思想の紹介としてアレクサンドル・ドゥーギンの名前が出てくる。彼はソ連崩壊後に「ネオ・ユーラシア主義」と呼ばれるものを唱えはじめたが、これが前に紹介した小泉悠が「(西側諸国から見れば)陰謀論的世界観」と評したものの土台にあると言ってよいだろう。


ネオ・ユーラシア主義は、1920年代に唱えられた地政学に基づくユーラシア主義に、反グローバル主義が合流する形で「復活」したものと言える。つまり、アメリカ・イギリスという海洋国家の「大西洋主義」と、ロシア・ドイツといった大陸国家の「ユーラシア主義」が対立するもの(カール・シュミットの「友ー敵」図式を想起)として世界が認識され、かつ前者はリベラル・デモクラシーを普遍的価値観として信仰するだけでなく、商業主義や唯物主義といった形でそれらを他の世界へ浸透させようとしている(文化帝国主義を想起)、とみなしているのである(これを元にして、たとえばロシアとメルケル政権の蜜月を思い出すのは容易だろう)。


なお、商業主義や唯物主義などへの嫌悪感の背景をなすと想定される、ソ連崩壊と市場原理によって彼・彼女らが体験したアノミーを我々が共有することは極めて難しい。とはいえ、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ(『戦争は女の顔をしていない』で有名)の『セカンドハンドの時代』などを読めば、そして旧共産国の自殺率の高さを知れば(デュルケームの『自殺論』を思い出してもよい)、多少は彼らのトラウマを理解する一助にはなるかもしれない(以前の記事でも触れたが、戦前日本の状況も多少は参考になろう。すなわち、震災恐慌→金融恐慌→昭和恐慌→農村恐慌といった相次ぐ苦境の中、票欲しさにポピュリズムへ走り、足の引っ張り合いやできもしない空手形を連発する政党政治=欧米的制度に倦み、わかりやすい軍事的成果=軍部に民衆が期待するようになったのである。そしてそこでは、対外拡大を正当化する理論に亜細亜主義が用いられたことを想起したい)。


話を戻そう。
こういった世界観を踏まえれば、非軍事的なる要素、大雑把に言えばディズニーやマクドナルドに代表されるようなものがロシア国内に浸透していくのは、実際には提供側・需要者側ともに政治的意図はなくても、ステルスな侵略行為とみなされ、危機感と被害者意識が強化され続けるということになろう(だから西側諸国的な視点では陰謀論的に見えるわけだ)。


より詳しく知りたい方は、以下に挙げた




浜由樹子と羽根次郎の「地政学の(再)流行現象とネオ・ユーラシア主義」を読まれたい(ネットで閲覧可能)。浜由樹子は1920年代に出てきた(旧)ユーラシア主義についても『ユーラシア主義とは何か』という本を書いており、そもそも思想の出自に詳しい上、この論文ではドゥーギン以外にもパナーリンなど複数のイデオローグを紹介しており、2019のものとはいえ、情報を整理するのに役立つだろう。


また、ドゥーギンはその過激さゆえに名が売れてはいるが、知識人層への実際の影響力についてはパナーリンの方が大きい、と述べられている点には注意を喚起しておきたい。やや乱暴なアナロジーではあるが、戦前の日本で言えばドゥーギンが原理日本社の蓑田胸喜のようなタイプで、前者は東京帝大教授で皇国史観のイデオローグとして陸軍などに影響力をもった平泉澄になぞらえるとわかりやすいかもしれない。ちなみに、ネオ・ユーラシア主義が『ゲンロン』で取り上げられたことを困惑気味に言及しているのがおもしろい。


あるいは、ちょうど2014年のクリミア併合の年にドゥーギンの思想を紹介した動画もあるので掲載しておく。





なお、今回扱った発想法がファナティックなものに見えるなら、欧米で流行ったハンチントン(文明の衝突)やフランシス・フクヤマ(歴史の終わり)、あるいは日本の亜細亜主義などを想起すればよい(古くは中華思想もある)。つまり、こういった世界観はどこにでも生じうるものなのである。


もちろん、このグローバル化した世界でそのような発想がなされ、今まさに「先制攻撃に対する自衛」という正当化さえかなぐり捨てた侵略行為の一端を担っていることはなお驚愕に値するが、改めてリベラル・デモクラシー的な価値観が普遍の真理でも何でもない(少なくともそのようには思われていない)ことは肝に命じておく必要があると述べつつ、この稿を終えたい。

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