儒烏風亭らでんのポテンシャル:サブカルチャーとハイカルチャーを橋渡しする存在として

2023-10-23 16:43:34 | Vtuber関連
 
 
 
 
 
 
 
 
「儒烏風亭らでん」という名のVtuberがデビューするとなった時、最初に話題になったのは能面をつけたサムネに代表されるその奇矯さだった(キャラクターが見えていない状態において、視聴者を引き付ける大きな要素はビジュアルであり、その中心となる顔をあえて隠すのは珍しい。沙花叉クロエという前例・成功例があるにしてもだ)。
 
 
そして確かに、彼女は初配信でも色々と規格外な振る舞い・演出をするタレントであったが、それらは決して色物的ポジションを狙ったものではなく、極めて重要な特殊性を帯びていることが明らかになってきている。それは「サブカルチャーとハイカルチャーを橋渡しする役割」とでも表現することができるだろう(この観点で、本記事は「宝塚の黄昏:閉鎖性、ブラック校則、組織力」と対照をなす姉妹編として書いている)。
 
 
初音ミクなどを始源とするVtuberは、ここ数年でようやく認知度が上がってきた、サブカルチャーの中でも前衛的と言っていい存在である。ゆえにその受容者は比較的若年層に多く、相対的にハイカルチャーへの素養や背景を持たない人間が多い。そして親近感を重要な拠り所にしているVtuberは、仮にライバー自身がハイカルチャーの素養を持っていたとしても、視聴者層の特性からそのカードを前面に押し出すことは(少)なかった(しかしそれは、ポップカルチャーの担い手自身がハイカルチャーから全く切り離されていたことを意味しない。例えば、Vtuberではないが、X JapanのYoshikiは幼い頃からクラシックピアノに慣れ親しんでいただけでなく、小学生の時にクラシック音楽のレコードを自費で購入するなど、クラシックについて高い素養を持っていた。このように、ポップカルチャーの中でアイコン的存在となった人間が、ハイカルチャーの素養を持っている事例は決して珍しいことではない。これについては、以前記事で書いたプログレの来歴などを想起するのも有益だろう。
 
 
以上の背景からすれば、Vtuber界隈がこのままいけば、あくまでポップカルチャーの領域内でしか認知されず、その意味で他の島宇宙とは断絶した存在のままであるのが自然だと言える。では、そのVtuberが真逆に位置する(ように思える)ハイカルチャーとの橋渡しをするとはどういうことか?
 
 
ここで、補助線としてホロライブENの森カリオペが東京観光大使に任命されたことを想起したい。これはもちろん、ゆるキャラなどと同じで地方創生やインバウンド事業において新たな顧客層を開拓したいという自治体側の目論見と、将来安定とは言い難いYou Tubeというプラットフォーム以外で認知度を高め、外の世界にも根を張るためのカバー社の戦略という利害関係の一致によるものだと考えられる。
 
 
さらに、これをVtuberの越境的認知という戦略でより広く捉えるならば、カバー社=ホロライブというすでに業界では著名な企業が、その集客力を活かしてVtuber業界とその対極にある(若年層にとっては)ニッチなハイカルチャーの世界を結合する役割を果たし、ハイカルチャーの世界を活性化させるとともに、ハイカルチャーやその支持者層からの認知を獲得するという戦略を始めており、その先駆者として儒烏風亭らでんが抜擢されたのではないか、ということである(これはおそらく、メタバースなどへの進出と合わせて、要するにVtuberというものの活動領域をより広げていく視野の中に、ハイカルチャーとの接続という視点もあったのだろう。なお、これはまだ自分で調べられていないので又聞き情報だが、どうもカバー社の株主総会で、ハイカルチャーな領域との接続にもっと力を入れてもいいのではないか?という趣旨の提案が最近なされていたらしい。準備期間を考えれば、そこに影響を受けての取り組みというのではないだろうが、そういう視点でVtuber業界を見る人は存在している、という意味で触れておきたい)。
 
 
彼女の持っているポテンシャルや、彼女が背負っているであろう取り組みの可能性はあまりに大きいので、今回の記事で言及するのはここまでとしておきたい。
 
 
ただ、いくつか列挙しておくなら、ベンヤミン(写真の話→『複製技術時代の芸術』)、アンディ・ウォーフォル、村上隆、Stable Diffusion(AI生成画像)教育改革「ファスト教養」と「教養」、学術界(学術性)と生活の問題→「春木で呉座います」の取り組み西村玲の自裁、リカレント教育etc...といった具合である。
 
 
そしてそれは、冒頭の宝塚やジャニーズ問題、大手マスメディアの構造に通底する問題として挙がっている「閉鎖性と旧来の仕組みへのしがみ付き」「広げて繋げなければ衰退するだけである」といった今の日本が置かれた状況にどう対応するか、という問いへの一つのアンサーともなっていくだろう。
 
 
以上。

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