九条林檎というVtuberが、文春オンラインのインタビューに答え、Vtuberがそのキャラクター性に自身が飲み込まれることにより活動を維持的なくなることを、「喰われる」と表現していたのを見て少し興味が湧いたので短い記事を書きたい。
念のため言っておくが、Vtuberの数が増えたとはいえ2万人を超える程度であり、日本の総人口1億2000万からすると約0.00016%という割合で、さらにその中の一部に起きる現象であるから、この話が即座に一般的と言える訳ではない。
にもかかわらず、なぜ興味が湧いたかと言えば、このような「症状」が、20年・30年後の人間社会で広く見られる可能性は決して低くないと思うからだ。
思えば、「キャラ的人間関係」というワードがそれなりに流行ったのはゼロ年代頃と思われるが、「~キャラ」というわかりやすい枠組みに自分を当てはめて自身を演じるそのコミュニケーション方式については、東浩紀や宇野常寛、斎藤環などがこれまでも分析してきた(ついでに言えば、こうした関係性が、対面していない時でさえSNSによって自己を監視・侵食してくる様を描写したのが2008年の土井隆義『友だち地獄』である)。
思うにそれは、お茶の間でTVを視聴する習慣の減少や、概ね似たゲームを消費していた環境が変質したことで、すでに共通前提がどんどん縮小しているにもかかわらず、それでもなお同質性を維持しようとする関係性の中、立ち位置を確保するための一種の生存戦略だったと言えるのではないだろうか(ちなみに、そういった圧力の息苦しさや中身の無さと同時に、しかしそこで生きざるをえない主に若年層の姿をよく描ているのが、朝井リョウの『何者』や『桐島、部活やめるってよ』などである)。
そして今や、『先生、どうか皆の前でほめないでください』(2022発刊)の世界である。つまり、「出る杭」になりたくないがために、自己主張しないどころか、褒められること(によって周囲から浮き上がる!?)さえ嫌がるところまで来た次第。そしてこれは完全にリンクした話とまでは言えないが、減り続ける若年層の中で不登校の割合は増え、発達障害と診断される人間の数も増え続けている、という状況となっている(もちろん、これは診断基準や社会的認知により「発見」される側面があるので、それらの人々が全て新規に出てきたと言うつもりはない)。
多様性を言祝ぐ世界の中で、なるほど(もちろん相手を配慮・尊重するのは大前提として)自己を主張することが肯定される社会ならば、色々な衝突があったとしても、微調整をかけられていく可能性(バッファ)は十分残っていることだろう。
しかしそもそも、主張しないことを是とする社会(その典型は近代的監獄の構造を受け継いだ学校空間だが)ならばどうか?そこではもはや共通前提など限られた部分しか残されておらず、しかも全き他者に自己をプレゼンするという習慣も持たないがゆえに、表面的な、極めて表面的なすり合わせしかできなくなる(なぜなら周囲のどこに「地雷」が埋まっているかわからないからだ)。
こういった話は、実のところ1999年の山岸俊男『安心社会から信頼社会へ』などでも指摘されてきたことで、言ってしまえばハイコンテクストな日本社会のあり方と後期近代の社会的特徴の不整合が、少しづつ、しかし誰の目にも明らかなレベルで暴露されてきた状況というのが令和の現在と言える(これに関して言えば、ジャニーズ問題や宝塚の事件などを始め、閉鎖的社会で超法規的なルールがまかり通っていたものについて、近年告発が相次いでいることも同様に注目される)。
そして今述べた状況が、現代社会における人・物・情報の(過剰)流動性によって成立している以上、それを抑止するのは中国やロシアのごとき強権的な統制でも行わない限りは不可能なので、(個人レベルならまだしも)社会レベルでは不可逆と断言していい(「江戸時代への回帰」みたいな話を比喩でも語っている人間に対して私が愚昧の極みだと評価するのは、こういった事情による)。
とするなら、現状観察される日本的コミュニケーション様式と成熟社会の特徴の不整合とそれによる「発症」もまた、次の10年、20年とさらに加速していくことを避けられないであろう。
さてそうなった時、ほとんど常に「なりすまし」を要求される人々の精神状況はどのように変質していくのかと考えた時に、今回九条林檎が述べたキャラクターを演じるVtuberが「喰われる」という現象は、むしろ近未来の(日本)社会の人々の姿とさえ言えるのではないか、と私は思うのである(なお、この状況を後押しするのが、繰り返し述べているAIの「進化」と並行する人間の「劣化」である)。
というわけで、Vtuberに起きているらしい「症状」を、近未来の人間社会におけるアバターとペルソナの話として読んでみて大変興味深かった次第だ。
以上。
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