もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』はこれからも戦い続けます。

【みんな生きている】シェーンバッハ・サボー(4)/菅 義偉編

2019-06-09 07:55:10 | 日記
菅 義偉(拉致問題担当大臣、内閣官房長官、衆議院議員)

■国際社会へ連携呼びかけ

拉致問題担当大臣として国民大集会の開催にあたり、一言ご挨拶を申しあげます。
拉致問題担当大臣に就任してからもう半年が経ちましたが、被害者ご本人、そしてご家族の皆様方が歳を重ねる中で、未だ解決に至ってないことは、痛恨の極みです。ご家族の皆様の苦しみや悲しみに思いを致す時に、胸が締め付けられる思いです。政府として大変申し訳なく思います。
この集会に先立ち、安倍総理とともに、ご家族の皆様方と懇談した際に、必ずや拉致被害者の帰国を実現してほしいとの切なる思いを直接うかがいました。
私自身、何としても拉致被害者の方々の一日も早い帰国につながるよう果敢に行動していく考えです。
5月9日から11日にかけて、拉致問題の解決等に向けた日・米両国の連携の強化を図るべく、ワシントンDC及びニューヨークを訪問してきました。ワシントンDCはペンス副大統領、ポンペオ(Mike Pompeo)国務長官、シャナハン(Patrick Michael Shanahan)国防長官代行とそれぞれ会談しました。
これらの会談において拉致問題の早期解決に向けて日・米両国で引き続き緊密に連携していくことを改めてしっかりと確認してきました。
またニューヨークでは国連本部において、日本、アメリカ、豪州、そしてEUの共催による、拉致問題に関するシンポジウムに出席してきました。シンポジウムにおいては、日本の拉致被害者を含めた当事者から生の声を国際社会に訴えていただくと共に、ご家族の痛切な思いに寄り添い、拉致問題の一刻も早い解決に向けて国際社会の理解と協力を呼び掛けてきました。
政府は引き続き、アメリカを初めとする国際社会と緊密に連携していく考えです。
それと同時に、日本が主体的に取り組むことが重要です。先ほど安倍総理より、条件を付けず金正恩(キム・ジョンウン)委員長と直接向き合う決意が述べられています。
政府としても、拉致問題の解決に向けいかなるチャンスも逃すことなく、全力で取り組んでいきます。その上で国民の皆様お一人お一人が、この拉致問題に対する強い思いと、一日も早い拉致被害者の方々の帰国実現への強い意志をお示しいただくことは問題解決に向けた力強い後押しになります。


■拉致問題啓発に力を入れる

こうした観点から政府としては、拉致問題に関する啓発活動にも力を入れています。特にこれまで拉致問題について触れる機会の少なかった若い世代の皆さんへの啓発が重要であるという認識のもとに、今年度は新規施策として初等・中等教育に携わる教員をめざす大学生を対象に、授業の指導案を作成してもらい、実際に授業を行ってもらう。そうしたことを通じて様々な実践事例を積み重ねていく授業の実践をしています。
また特定失踪者問題調査会とも連携をしながら、北朝鮮に向けたラジオ放送を行っていますが、今後もその強化に取り組んでいきます。


■まさに正念場だ

まさに正念場だと思っています。日本政府が先頭に立って、拉致問題の解決に向けた機運を醸成し、認定の有無に関わらず、すべての拉致被害者の皆さんの一日も早い帰国実現につなげていきたいと思っています。
お集まりの皆さんには今後ともご支援、ご協力を心からお願いして、私のご挨拶とさせていただきます。
ありがとうございました。

■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。
<原文>
『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』
https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx
<日本語訳>
『北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆当時の身分:中華料理店「来大」の店員
◆身長:180cm
◆特徴:
1)非常に痩せていた
2)右小鼻から右目にかけて薄いあざ
3)明るく社交的で友人が多かった
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
幼少の折に両親が離婚し、神戸市の児童養護施設に姉と共に預けられる。
昭和43年に同施設を卒園(田中 実さんも同年卒園、ただし田中さんは高卒で3歳年上)。
昭和52年頃、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営する中華料理店「来大」に勤務。
昭和53年には田中 実さんを「来大」に紹介し、共に働く。
同じ年の6月6日、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。その後半年程して、田中 実さん投函によるオーストリアからの国際郵便を受け取る。
その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。田中 実さんの誘いを受け入れ、打ち合わせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【みんな生きている】シェーンバッハ・サボー(5)/山谷えり子編

2019-06-09 07:50:10 | 日記
山谷えり子(自民党拉致問題対策本部長、元拉致問題担当大臣、参議院議員)

■雪の日に行列して署名する人もいた

正念場です。熱い思いでこうしてお集まりいただき、本当にありがとうございます。
署名が1341万4325筆、総理がおっしゃったように雨の日も雪の日も、家族会・救う会、そしてみんなで訴え、共感をいただいて集めた署名です。涙ぐみながら署名してくださる方、雪の日に行列をして署名をしてくださる方、色々な風景を胸に、私たちは歩いてきました。


■これまでとは全く違う日・米関係濃密化

解決を求めて20年余り、みんなで国連やアメリカにも理解を求めに行きました。しかし昨年から、安倍総理とトランプ(Donald John Trump)大統領との関係だと思います。これまでとは全く違う濃密な意見交換ができるようになりました。今年は一段と濃密になってきたと感じています。
セミナー、シンポジウムでは、横田拓也さん、飯塚耕一郎さん、瞳や口から炎が出ているのではないかと思うくらいの訴えをされました。また北朝鮮に捕えられてひどい目にあったオットー・ワームビア(Otto Warmbier)さんはアメリカに戻ってまもなく亡くなられました。しかし、そのお母さんのシンディ(Cindy Warmbier)さん、また米青年で中国で拉致されたのではないかと米上下両院で調査決議も出たスネドン(David Sneddon)さんのお兄さん、そして大韓航空機で50年前ハイジャックされて北朝鮮に連れて行かれたまま戻れず、お父さんに会いたいと訴える韓国の方、拉致議連の古屋会長。
みんなが訴えたそのセミナーには13局のテレビカメラが並び、内2局は生中継でした。米朝会談が2回開かれたので、アメリカの皆様は、北朝鮮とはどういう国なのか、そして人権侵害、拉致問題がどんなに深刻なのか。これまでとは全く違うレベル、フェーズでご理解いただけたと思っています。
国務省の政府高官、ホワイトハウス、NSC、議員、そしてシンクタンクの関係者、ラジオ放送関係者が一枚岩だと感じています。だからこそこの正念場をさらに集中して、あらゆることをやり抜いて、すべての拉致被害者即時一括帰国という喜びの結果につなげていいたいと思っています。
自民党拉致問題対策本部は議員外交を活発に展開しています。また制裁の抜け穴があってはいけません。制裁がどのように履行されているか、また瀬取りの監視がしっかりとしているか、先週(この集会は5月19日)もヒアリングを行って、意見交換をしたところです。
正念場です。しっかりとみんなで集中して解決の日、チャンスを捕まえようではありませんか。国内世論の盛り上がりがなにより必要です。
どうぞこれからも宜しくお願いいたします。
ありがとうございます。

■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。
<原文>
『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』
https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx
<日本語訳>
『北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆当時の身分:中華料理店「来大」の店員
◆身長:180cm
◆特徴:
1)非常に痩せていた
2)右小鼻から右目にかけて薄いあざ
3)明るく社交的で友人が多かった
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
幼少の折に両親が離婚し、神戸市の児童養護施設に姉と共に預けられる。
昭和43年に同施設を卒園(田中 実さんも同年卒園、ただし田中さんは高卒で3歳年上)。
昭和52年頃、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営する中華料理店「来大」に勤務。
昭和53年には田中 実さんを「来大」に紹介し、共に働く。
同じ年の6月6日、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。その後半年程して、田中 実さん投函によるオーストリアからの国際郵便を受け取る。
その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。田中 実さんの誘いを受け入れ、打ち合わせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【みんな生きている】シェーンバッハ・サボー(6)/村上史好編

2019-06-09 07:45:09 | 日記
村上史好(立憲民主党拉致問題対策本部事務局長、衆議院議員)

■家族会・救う会のメッセージを受け止めて行動する

皆さん、こんにちは。
昨年、私が党を代表してこの場に立たせていただき、ご挨拶をさせていただきました。あれから1年経ちましたが、残念ながら拉致被害者の皆さんを取り戻すことができませんでした。ご家族に思いを致す時に、本当に申し訳ないな、国会議員として、立法府に席を置く者として力が足りなかったと痛感します。
先ほど横田拓也さんからご紹介がありましたが、家族会として、また救う会として北朝鮮の指導者に向けての初めてのメッセージを発信されました。その内容については色々な意見があったとのことでした。
被害者家族の皆様方からすればせっぱつまったことで、思いを心に封じて、被害者が帰ってきてほしいという思いがこのメッセージに込められていると思います。私たちはその思いをきっちりと受け止めて行動しなければならないと改めて思っています。
ご承知の通り、昨年から今年にかけて米・朝会談が開催され、状況が変わってきたことは事実です。日・朝はまだ交渉の端緒についていないかもしれないけれども、この流れをきっちり捕えて、拉致問題の解決のために政府は全力を尽くしていただきたいと思います。


■拉致問題解決に与野党関係なし

昨年も申し上げました。拉致問題の解決のためには与党も野党もも政府もない、みんな一緒です。別々ではダメなんだと党の立場から訴えをさせていただきました。この気持ちはもちろん変わっていませんし、少しでも早く被害者の皆さんを取り戻すために、全力を尽くしていきたい。
このことを皆様の前でお約束をして、これからも共に行動していきたいと思います。
皆さん、一緒に頑張りましょう。

■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。
<原文>
『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』
https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx
<日本語訳>
『北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆当時の身分:中華料理店「来大」の店員
◆身長:180cm
◆特徴:
1)非常に痩せていた
2)右小鼻から右目にかけて薄いあざ
3)明るく社交的で友人が多かった
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
幼少の折に両親が離婚し、神戸市の児童養護施設に姉と共に預けられる。
昭和43年に同施設を卒園(田中 実さんも同年卒園、ただし田中さんは高卒で3歳年上)。
昭和52年頃、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営する中華料理店「来大」に勤務。
昭和53年には田中 実さんを「来大」に紹介し、共に働く。
同じ年の6月6日、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。その後半年程して、田中 実さん投函によるオーストリアからの国際郵便を受け取る。
その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。田中 実さんの誘いを受け入れ、打ち合わせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【みんな生きている】シェーンバッハ・サボー(7)/原口一博編

2019-06-09 07:40:21 | 日記
原口一博(国民民主党国対委員長、拉致議連副会長、衆議院議員)

■ハドソン研究所でセミナー

皆さん、こんにちは。
たくさんの署名を集めてくださった全国の皆様に、この場を借りてお礼を申し上げます。
私たちが、行動する拉致議連を立ち上げて、その思いを超党派で固めてもう21年が経ちました。5名の方が帰りましたが、未だにすべての拉致被害者の一括帰国に至っておりません。国会議員の一人として、また拉致議連のイニシャルメンバーとしてお詫びを申しあげたいと思います。
今大きなチャンスが来ています。先ほど拉致議連会長の古屋さんが話をしてくれました。当然のことです。私は政党の代表というよりも、拉致議連の副会長として皆さんにお伝えしたい。そしてこれを聞いている北朝鮮の皆様にもメッセージを送りたいと思います。
私たちはハドソン研究所でセミナーを行いました。13台のカメラが並ぶ中で、3つの局が生中継をしてくれました。横田拓也さん、飯塚耕一郎さんの訴えが、全米の皆さんの心を打ちました。
そして、バージニア大学の学生が北朝鮮を旅行していて、そして瀕死の状態でアメリカに帰ってきて亡くなった。そのお母さん、シンディ・ワームビア(Cindy Warmbier)さんの訴えもありました。
拉致問題はわが国だけの問題じゃないんです。全世界の問題であり、そして人権の問題です。そのことを確認したい。
そして先ほど古屋会長はとても大事なことを言いました。トランプ(Donald John Trump)大統領、金正恩(キム・ジョンウン)委員長の最初の会談で金正恩委員長は拉致問題に触れることを避けようとした。しかし、2回、3回と、拉致問題は人権問題であると言い、金正恩委員長は避けられないことを理解した。これは大事なことです。
私は国会対策委員長も務めていますから、この拉致問題の解決のためには与野党の枠を超えて、すべてをかけて応援をしたいと思います。
今日は多くの国会議員が来ていますから、皆さんにも申し上げたいと思います。
私たちの制裁は成功しています。皆さんが集めていただいた意思のため、制裁は成功しています。


■北朝鮮のサイバーでわが国からお金が抜けているのに超党派で対応を

しかし、制裁を逃れている部分もある。それについて率直に申し上げたい。
一つは朝銀(朝銀信用組合)です。
もう一つはサイバーです。
サイバーでわが国からお金が抜けているんじゃないですか。
私たちはこうこうことについても党派を超えて、団結して、決して不当なことがこれ以上続くことがないように、そして拉致被害者の皆さんが一括帰国できるように、頑張っていきたいと思います。
今がチャンスです。心無い人の中には、「アメリカに行って何をやるんだ」という人がいました。しかし皆さん、北朝鮮はまだ休戦状態なんです。わが国は国交がありません。北朝鮮に最も大きな力を持つ同盟国に対して、最も大事な人権問題を訴えることのどこがおかしいんでしょうか。
皆さん、団結しましょう。今日は飯塚繁雄さんが来られていません。横田 滋さんのお姿もありません。時間がない中で私たちが結束してこの問題を解決していこう。
そして北朝鮮の皆さん。皆さんには多くの資源と未来の可能性があります。しかし、その資源もインフラがなければ持ち腐れです。前の代に拉致をしたその被害者を日本に一刻も早く返してください。皆さんの未来がそこから開けるんです。
この場を借りて、北朝鮮の金正恩委員長を初め、皆さんに訴えます。
櫻井よしこさんを初め、ずっとこの活動を支援してくださっている皆さんに、心からお礼を申しあげ、この会が来年は開かれないように、皆さん共に頑張りましょう。
ありがとうございました。

■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。
<原文>
『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』
https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx
<日本語訳>
『北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆当時の身分:中華料理店「来大」の店員
◆身長:180cm
◆特徴:
1)非常に痩せていた
2)右小鼻から右目にかけて薄いあざ
3)明るく社交的で友人が多かった
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
幼少の折に両親が離婚し、神戸市の児童養護施設に姉と共に預けられる。
昭和43年に同施設を卒園(田中 実さんも同年卒園、ただし田中さんは高卒で3歳年上)。
昭和52年頃、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営する中華料理店「来大」に勤務。
昭和53年には田中 実さんを「来大」に紹介し、共に働く。
同じ年の6月6日、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。その後半年程して、田中 実さん投函によるオーストリアからの国際郵便を受け取る。
その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。田中 実さんの誘いを受け入れ、打ち合わせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【みんな生きている】シェーンバッハ・サボー(8)/竹内 譲編

2019-06-09 07:35:18 | 日記
竹内 譲(公明党拉致問題対策委員長、衆議院議員)

■無条件で日・朝会談に臨むとの安倍総理の決意は余程のこと

皆さん、こんにちは。
公明党を代表して、考え方と決意を述べさせていただきます。
北朝鮮を巡る情勢は刻々と変化しています。昨年、本年と米・朝首脳会談が開催され、朝鮮の非核化とともに拉致問題が解決に向けて大きく前進するものと期待されました。
本年2月には2回目の米・朝首脳会談に先立ち、先ほどもありましたが、家族会・救う会の皆様が初めての試みとして、金正恩(キム・ジョンウン)委員長に「全拉致被害者の即時一括帰国」が実現するのであれば、日・朝国交正常化に反対する意思はない、と。また拉致被害者は静かな日常生活を送ることを切望しているとのメッセージを出されました。
しかし残念ながら、米・朝間の交渉は決裂し成果がありません。それどころか、北朝鮮は未だに「日本人の拉致問題は根本的かつ完全に解決済みだ」との主張を繰り返しています。
北朝鮮には完全な非核化、そして拉致被害者全員を帰国させるという具体的な行動をしっかりと履行させる必要があります。金委員長はトランプ(Donald John Trump)大統領のみならず韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領、最近ではロシアのプーチン(Vladimir Vladimirovich Putin)大統領とも首脳会談を行っていますが、朝鮮半島の非核化に向けた交渉の成果は一向に上がっていません。
そのような中、今回安倍総理が、条件をつけないで日・朝会談に臨むとして、金委員長との首脳会談に対する並々ならぬ強い決意を表明されました。これは、これまでの経緯からすると余程のことであると、公明党としても考えています。
そして先週は、拉致問題担当大臣である菅官房長官が訪米して、ペンス(Mike Pence)副大統領らと会談し、前提条件なしに日・朝首脳会談をめざす総理の意向を伝達されました。また日・米両国が拉致問題の早期解決に向けて協力することを改めて確認されたことは、大変意義のあることだと考えています。
当事者である北朝鮮との対話の機会がなければ拉致問題の解決もはかれないわけで、非核化を迫られた北朝鮮と米国との交渉が進展していない時であるからこそ、日・朝間に対話のチャンスが生まれると確信しています。


■人口の4割が飢餓状態の北朝鮮

北朝鮮は、経済的には今非常に苦しい状況です。人口の約4割に当たる1,010万人もの国民が飢餓状態にあります。そのような意味で、政府におかれても適切な時期に日・朝首脳会談を実現させ、非核化のみならず拉致問題を進展させていただきたいと思います。
拉致問題が進展しない間にも、拉致被害者ご本人やその帰国を待ちわびておられるご家族の皆さんの高齢化が進んでおり、一刻の猶予もありません。政府はこうしたご家族の切実な気持ちをしっかり踏まえ、現在の国際情勢をチャンスと捕え、拉致問題に取組んでいただきたいと思います。
我々公明党も、政府与党の一員として今回の安倍総理の決意から具体的な対話のレールが敷かれるようにバックアップし、一日でも早くすべての被害者をご家族のもとに戻せるよう最大限の努力をしていく決意を申しあげ、ご挨拶と致します。
頑張りましょう。
ありがとうございました。

■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■国連の北朝鮮人権調査委員会は2014年2月、北朝鮮帰還事業や拉致問題を含む北朝鮮政府による人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書を発表しました。
<原文>
『Report of the Commission of Inquiry on Human Rights in the Democratic People's Republic of Korea』
https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx
<日本語訳>
『北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)最終報告書』
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page18_000274.html



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆当時の身分:中華料理店「来大」の店員
◆身長:180cm
◆特徴:
1)非常に痩せていた
2)右小鼻から右目にかけて薄いあざ
3)明るく社交的で友人が多かった
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
幼少の折に両親が離婚し、神戸市の児童養護施設に姉と共に預けられる。
昭和43年に同施設を卒園(田中 実さんも同年卒園、ただし田中さんは高卒で3歳年上)。
昭和52年頃、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営する中華料理店「来大」に勤務。
昭和53年には田中 実さんを「来大」に紹介し、共に働く。
同じ年の6月6日、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。その後半年程して、田中 実さん投函によるオーストリアからの国際郵便を受け取る。
その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。田中 実さんの誘いを受け入れ、打ち合わせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする