もずの独り言・goo版

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【みんな生きている】曽我ひとみさん/NHK[全国]

2014-08-24 09:48:34 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!曽我ひとみさんの母親への思い》

北朝鮮による拉致被害者等の最初の調査結果が来月にも伝えられる方向で調整が進むなか、帰国した拉致被害者のうち、一緒に拉致された母親の消息が分かっていない曽我ひとみさんが新潟県で署名活動を行い、今回の調査が被害者の帰国に結びつくよう世論の後押しを求めました。
昭和53年8月、新潟県の佐渡で買い物から帰る途中、母親のミヨシさんとともに北朝鮮に拉致された曽我ひとみさんは、12年前の日・朝首脳会談のあと帰国を果たしましたが、母親の消息は分かっていません。
曽我さんは8月22日、地元の佐渡市で、被害者の早期救出を求める署名活動を行い、観光客たちが足を止めて署名に応じていました。
拉致問題を巡っては、北朝鮮が7月、拉致被害者等の調査を行う委員会を設置し、最初の調査結果は、9月の第2週以降に日本側に伝えられる方向で調整が続けられています。
曽我さんは

「日々、母親に会いたいという気持ちが募っています。少しでもいい結果が来ることを願っています」

と話していました。
また、北朝鮮に残された拉致被害者の心境に触れ、

「私の場合は調査が始まってからなかなか結果が出ず、日本に帰れるという期待感は少なかった。政府は、拉致された人たちの苦しみを理解し、最後までしっかり頑張ってほしい」

と求めました。

◆昭和53(1978)年8月12日
母娘拉致容疑事案
被害者:曽我ひとみさん(拉致被害時19歳)
被害者:曽我ミヨシさん(拉致被害時46歳)
「2人で買い物に行く」と言って出かけて以来失踪。
ひとみさんは平成14年10月日本に帰国。
ひとみさんの夫(ジェンキンス氏=アメリカ人)と2人の娘も平成16年7月に渡日・帰国。
北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、平成18年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

《新潟県警公開特定失踪者・村山 茂さんについて》
◆氏名:村山 茂
(むらやましげる)
◆年齢:24歳(昭和33年当時)
◆住所:東京都台東区
◆職業:会社員
◆身体的特徴:
1)身長165㎝くらい
2)眉間に2㎝位の傷跡あり

【失踪状況】
昭和33年12月、「ちょっと里(新潟)に帰ってくる」と言って、勤め先を出た後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・内藤 稔さんについて》
◆氏名:内藤 稔
(ないとうみのる)
◆当時の年齢:22歳(昭和36年当時)
◆当時の住所:新潟県新潟市
◆当時の職業:大学生
◆身長:165㎝くらい

【失踪状況】
昭和36年4月、新潟市内の飲食店に立ち寄った後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・阿部貞子さんについて》
◆氏名:阿部 貞子
(あべさだこ)
◆生年月日:昭和12年4月18日
◆年齢:24歳(昭和36年当時)
◆当時の住所:愛知県一宮市今伊勢町
◆当時の職業:紡績工
◆出身地:新潟県北蒲原郡中条町大字(現・胎内市)羽黒1825番地
◆身長:152cm~153㎝くらい
◆特徴:小肥り

【失踪状況】
昭和36年7月、愛知県内の勤め先から行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・武田紀子さんについて》
◆氏名:武田 紀子
(たけだのりこ)
◆当時の年齢:21歳(昭和42年当時)
◆当時の住所:栃木県足利市
◆新潟県上越市出身
◆当時の職業:家政婦
◆身長:155㎝くらい

【失踪状況】
昭和42年12月、栃木県足利駅でタクシーを降りた後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・片岡 清さんについて》
◆氏名:片岡 清
(かたおかきよし)
◆当時の年齢:30歳(昭和44年当時)
◆当時の住所:埼玉県草加市
◆身長:160㎝くらい
◆血液型:O型

【失踪状況】
昭和44年6月ころ、埼玉県草加市内で行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・松井ヨシ子さんについて》
◆氏名:松井(旧姓小池)ヨシ子
(まついよしこ/こいけよしこ)
◆当時の年齢:36歳(昭和49年当時)
◆当時の住所:東京都大田区
◆当時の職業:主婦
◆身長:145㎝くらい

【失踪状況】
昭和49年3月、東京都大田区の自宅から行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・齊藤常夫さんについて》
◆氏名:齊藤 常夫
(さいとうつねお)
◆当時の年齢:42歳(昭和49年当時)
◆当時の住所:新潟県三島郡出雲崎町
◆当時の職業:漁業
◆身長:173㎝くらい

【失踪状況】
昭和49年5月、小型船で自宅裏の船着き場から出港したまま行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・柄澤康弘さんについて》
◆氏名:柄澤 康弘
(からさわやすひろ)
◆当時の年齢:20歳(昭和51年当時)
◆当時の住所:新潟県阿賀野市
◆当時の職業:会社員
◆身長:168㎝くらい
◆特徴:手首に3㎝の手術痕

【失踪状況】
昭和51年10月、新潟市内の飲食店を出た後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・星野茂敏さんについて》
◆氏名:星野 茂敏
(ほしのしげとし)
◆当時の年齢:26歳(昭和52年当時)
◆当時の住所:新潟県新潟市
◆当時の職業:国鉄職員
◆身長:165㎝くらい

【失踪状況】
昭和52年3月、「佐渡の実家に帰る」と言って、新潟市内の寮を出たまま、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・武田祥一郎さんについて》
◆氏名:武田 祥一郎
(たけだしょういちろう)
◆当時の年齢:48歳(昭和58年当時)
◆当時の住所:新潟県新潟市
◆当時の職業:無職
◆身長:153㎝くらい

【失踪状況】
昭和58年3月ころ、新潟市内で目撃された後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・熊谷嘉則さんについて》
◆氏名:熊谷 嘉則
(くまがいよしのり)
◆当時の年齢:25歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:東京都荒川区
◆当時の職業:新聞配達員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年7月、東京都内のアパートから行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・矢坂 寛さんについて》
◆氏名:矢坂 寛
(やさかひろし)
◆当時の年齢:33歳(昭和63年当時)
◆当時の住所:群馬県高崎市
◆当時の職業:会社員
◆身長:160cm~165㎝くらい

【失踪状況】
昭和63年11月、「直江津港に釣りに行く」と言って、上越市内の実家を出たまま、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・駒野 孝さんについて》
◆氏名:駒野 孝
(こまのたかし)
◆当時の年齢:24歳(平成元年当時)
◆当時の住所:新潟県柏崎市
◆当時の職業:会社員
◆身長165㎝くらい
◆特徴:目尻(左右不明)に手術痕

【失踪状況】
平成元年1月、「床屋に行く」と言って自宅を出たまま、行方不明になっています。
その後、福井県坂井市三国町安島で使用車両が発見されました。

《新潟県警公開特定失踪者・赤田清隆さんについて》
◆氏名:赤田 清隆
(あかだきよたか)
◆当時の年齢:22歳(昭和56年当時)
◆当時の住所:新潟県長岡市
◆当時の職業:大学生
◆身長168.6cm
◆体重:59.7kg
◆特徴:
1)中肉
2)筋肉質
3)面長
4)コンタクトレンズ使用
◆足のサイズ:25.5cm

【失踪状況】
新潟県長岡市所在の大学に在学中の昭和56年3月11日、帰省先の鹿児島から大学寮に戻り、実家の母親に電話をした後、行方不明となっています。

《新潟県警公開特定失踪者・菊地 豊さんについて》
◆氏名:菊地 豊
(きくちゆたか)
◆当時の年齢:55歳(平成元年当時)
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の職業:会社員
◆身長:176㎝くらい

【失踪状況】
平成元年1月、小木町(現:佐渡市)の飲食店を出た後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・山川健作さんについて》
◆氏名:山川 健作
(やまかわけんさく)
◆当時の年齢:59歳(平成元年当時)
◆当時の住所:新潟県長岡市
◆当時の職業:医師
◆身長:169cmくらい

【失踪状況】
平成元年8月、「下田村(現:新潟県三条市)に山歩きに行ってくる」と言って自宅を出たまま、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・竹内喜文さんについて》
◆氏名:竹内 喜文
(たけうちよしふみ)
◆当時の年齢:47歳(平成2年当時)
◆当時の住所:新潟県上越市
◆当時の職業:会社員
◆身長:165㎝くらい

【失踪状況】
平成2年1月、「釣りに行く」と言って自宅を出たまま、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・森山幸子さんについて》
◆氏名:森山 幸子さん
(もりやまゆきこ)
◆当時の年齢:25歳(平成2年当時)
◆当時の住所:新潟県加茂市
◆身長:162㎝くらい
◆血液型:A型

【失踪状況】
平成2年8月、東三条駅で目撃された後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】アントニオ猪木編/NHK[全国]

2014-08-24 09:44:26 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!猪木-姜錫柱会談》

8月末、北朝鮮でプロレス大会を開催するアントニオ猪木参議院議員が、8月21日、東京都内で記者会見し、今回の北朝鮮訪問では、朝鮮労働党の高官と会談し拉致問題の解決を含めた日・朝関係の改善に向け、意見を交わすことに意欲を示しました。
次世代の党のアントニオ猪木参議院議員は、北朝鮮側と共同で、8月30日から2日間の日程で、平壌の体育館で国際プロレス大会を開くことにしており、訪朝を前に、21日、東京都内で記者会見しました。
この中で、猪木氏は、今回の訪問では北朝鮮の外交に深く関わってきた朝鮮労働党の姜錫柱(カン・ソクチュ)書記と会談する見通しを明らかにしました。
そのうえで、拉致問題を巡り、9月にも北朝鮮から1回目の報告があるとみられることに触れ、猪木氏は、

「報告の前に、できるだけよい環境作りをやっていきたい」

と述べ、北朝鮮側と拉致問題の解決を含めた日・朝関係の改善に向け、意見を交わすことに意欲を示しました。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】ロブサンワンダン・ボルド編/NHK[全国]

2014-08-24 09:40:32 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!》

モンゴルを訪れている日本の超党派の国会議員団は8月20日、モンゴルのロブサンワンダン・ボルド(Luvsanvandan BOLD)外相と会談し、北朝鮮による拉致問題の解決に向けて協力を求めました。
日本とモンゴルの友好議員連盟等の国会議員13人は、両国の文化交流の取り決めが締結されてことしで40年になるのに合わせてモンゴルを訪問していて、一行は20日、ボルド外相と会談しました。
会談では、7月、両国の間で貿易や投資の自由化を進めるEPA=経済連携協定について大筋で合意したことに触れ、両国が経済的な結び付きを強めていくことに向けて意見が交わされました。
また、日本側の議員団は、北朝鮮による拉致問題について、北朝鮮と国交があるモンゴルに問題の解決に向けて引き続き協力してもらうよう求め、ボルド外相は「やれることはしっかりとやっていく」と述べて、協力する考えを示したということです。
モンゴルはたびたび、日本と北朝鮮の政府間協議の会場となってきた他、拉致被害者の横田めぐみさんの両親が、めぐみさんが産んだ孫のウンギョンさんとことし3月に対面した際も面会の場所になる等、日・朝を巡る舞台となっていて、先月、安倍晋三総理大臣も拉致問題の解決に向けてエルベグドルジ大統領に協力を求めています。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《救う会認定拉致被害者・福留貴美子さんについて》
◆氏名:福留 貴美子
(ふくとめきみこ)
◆失踪年月日:1976(昭和51)年7月18日または19日
◆生年月日:1952(昭和27)年1月1日
◆当時の身分:アルバイト
◆当時の住所:東京都渋谷区恵比寿
◆最終失踪関連地点:海外

【失踪状況】
1976(昭和51)年7月中旬、同居していた友人に「モンゴルに行く」と言い残して出国後、行方不明となる。
1980(昭和55)年3月、突然同居していた渋谷区恵比寿の友人宅に現れた後、横浜市の友人宅に2泊した後、「大阪に行く」と言い残して再び行方不明となるが、後に北朝鮮に渡ったよど号犯の岡本 武と結婚し2児をもうけていたことが明らかになる。
1996(平成8)年夏によど号犯グループの小西隆裕から実家に「1988(昭和63)年夏に土砂崩れで死亡したと北朝鮮側から知らせを受けた」旨の手紙が送られてきたが、真相は不明のままである。

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】拉致被害者支援予算増額編/NHK[全国]

2014-08-24 09:36:47 | 日記
《「勝負の夏」から「決着の秋」へ!拉致被害者帰国に備え、拉致被害者支援法改正へ》

政府の拉致問題対策本部は、北朝鮮による拉致被害者たちが新たに帰国する場合に備えるため、平成27年度予算案の概算要求に、今年度より25%多い15億8000万円余りを計上する方針を固めました。
政府は、北朝鮮が「特別調査委員会」を設けて、拉致被害者等の調査を行っていることを踏まえ、拉致被害者たちが帰国する場合に備え、現在は10年となっている給付金の支給期間の延長を検討すること等を盛り込んだ支援策を決定しました。
これを受けて、政府の拉致問題対策本部は、政府が認定している拉致被害者のうち、帰国が実現していない12人や、その家族が帰国した場合などに、給付金の支給等の支援を円滑に実施するため、平成27年度予算案の概算要求に、今年度より3億円余り、率にして25%多い、15億8000万円余りを計上する方針を固めました。
また、拉致問題対策本部は、早ければ秋の臨時国会で、拉致被害者支援法を改正したいとしています。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《救う会認定拉致被害者・福留貴美子さんについて》
◆氏名:福留 貴美子
(ふくとめきみこ)
◆失踪年月日:1976(昭和51)年7月18日または19日
◆生年月日:1952(昭和27)年1月1日
◆当時の身分:アルバイト
◆当時の住所:東京都渋谷区恵比寿
◆最終失踪関連地点:海外

【失踪状況】
1976(昭和51)年7月中旬、同居していた友人に「モンゴルに行く」と言い残して出国後、行方不明となる。
1980(昭和55)年3月、突然同居していた渋谷区恵比寿の友人宅に現れた後、横浜市の友人宅に2泊した後、「大阪に行く」と言い残して再び行方不明となるが、後に北朝鮮に渡ったよど号犯の岡本 武と結婚し2児をもうけていたことが明らかになる。
1996(平成8)年夏によど号犯グループの小西隆裕から実家に「1988(昭和63)年夏に土砂崩れで死亡したと北朝鮮側から知らせを受けた」旨の手紙が送られてきたが、真相は不明のままである。

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】松木 薫さん/NHK[熊本]

2014-08-24 09:32:31 | 日記
熊本市出身の拉致被害者・松木 薫さんの姉の斉藤文代さんが8月19日、天草市で講演を行い、突然、家族を奪われた苦しみについて訴えました。
松木 薫さんは昭和55年、留学先のスペインで拉致されました。
この日は薫さんの姉の斉藤文代さんが天草市で講演し、会場には学校関係者たちおよそ430人が集まりました。
この中で、文代さんは薫さんの帰りを待ち続けた母親のスナヨさんが、今年1月に92歳で亡くなったことについて触れ、

「拉致問題は時間が経てば経つほどつらいことが起きます」

と一刻も早い解決を訴えました。
また、北朝鮮が行うとしている再調査については、これまで2度、北朝鮮から薫さんの遺骨とされるものを提出されのちに別人のものと判明した過去のずさんな調査について触れ、

「再調査の結果がどうであれ弟の薫の姿をこの目で見るまでは喜ぶことはできません」

と話していました。
参加者のひとりで、地元の中学校の30歳の女性教諭は

「拉致問題はどこか遠くの出来事と感じていましたが、初めて講演を聞いて許せないと思いました。生徒たちに伝えたいです」

と話していました。
講演の後、NHKの取材に対し、斉藤文代さんは

「涙を流して真剣に話を聞いてもらい、痛みを分かち合うことができました。先生たちには拉致問題を通して家族の大切さを子供たちに教えてほしいです」

と話していました。

◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:松木 薫さん(拉致被害時26歳)
被害者:石岡 亨さん(拉致被害時22歳)
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

《特定失踪者・高松康晴さんについて》
◆氏名:高松 康晴
(たかまつやすはる)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年11月1日
◆生年月日:昭和16(1941)年3月23日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆身長:165cmくらい
◆体重:50kg
◆当時の身分:会社員
◆当時の住所:神奈川県鎌倉市
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:神奈川県鎌倉市材木座海岸

【失踪状況】
就職が決まり、東京の本社で辞令をもらって鎌倉の寮に入った。
その翌日の夕刻、他の同僚2人と材木座海岸の浜辺へ散歩に出て、3人で話をしているうち、高松さんひとり、そこを離れて行った。
その後、寮にも戻らず。
昭和36年12月『週刊読売』で、2週間前に失踪した他の男性とともに記事になっている。

《特定失踪者・西村三男さんについて》
◆氏名:西村 三男
(にしむらみつお)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年5月
◆生年月日:昭和37(1962)年5月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆身長:170cmくらい
◆血液型:O型
◆当時の身分:会社員
◆当時の住所:山口県山口市
◆熊本県出身
◆失踪場所:山口県山口市

【失踪状況】
ゴールデンウィーク後、実家の熊本から山口市にある会社に戻り、寮から工場へ移動中失踪。
原付免許も寮に置いたまま、住民票もそのまま。
失踪後6カ月程して無言電話あり。

《特定失踪者・藤山恭郎さんについて》
◆氏名:藤山 恭郎
(ふじやまやすろう)
◆失踪年月日:昭和57(1982)年12月14日
◆生年月日:昭和35(1960)年1月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:大阪府大阪市
◆血液型:B型
◆当時の身分:大学中退直後
◆失踪場所:大坂府大阪市?

【失踪状況】
昭和57(1982)年12月14日、本人から実家に荷物と手紙が来てそれ以来、音信不通。
親子関係は良好だったが、昭和57年夏、帰省中に大学を中退したい、郵政省の試験を受けたいなどと話す。
昭和57年12月9日大学に中退届け。
失踪後約1年間、毎月15日前後に呼び鈴が2~3回なりすぐ切れる電話があった。
一度、父親が出ると声が聞き取れずにすぐに切れた。

《特定失踪者・稲田裕次郎さんについて》
◆氏名:稲田 裕次郎
(いなだゆうじろう)
◆失踪年月日:平成14(2002)年2月25日
◆生年月日:昭和56(1981)年4月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆身長:162cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:熊本学園大学商学部経営学科2年
◆当時の住所:熊本県熊本市帯山
◆特徴:
1)髪の毛多い
2)水泳が得意
3)考え事をするときに耳を触る癖
4)ある程度パソコンの知識がある
5)関西弁で話すことがある
◆失踪場所:熊本県熊本市の自宅から

【失踪状況】
2月21日「高校水泳部の友人とたまたま会ったので一緒に食事をして帰る」との電話。
夜12時頃帰宅(後に確認したところ元水泳部の友人は誰も会っていないことが判明)。
25日朝9時半頃、自宅にいるのを父親が確認。
夜11時頃バイト先から「無断欠勤している」との電話がある。
本人の預金通帳は16日から25日の間に4回に分けてほとんど全額引き出していることが分かる。
大学で出席状況を調べると2001年5月頃からずっと欠席している。
学内のパソコン室はよく利用していたらしく、失踪当日午後6時頃パソコン室の利用カード返却の記録があった。
3月21日夜以来無言電話や不審な電話が何度かかかっている。

《熊本県警公開特定失踪者・濱野喬一さんについて》
◆氏名:濱野 喬一
(はまのきょういち)
◆行方不明当時の年齢:44歳
◆当時の住所:兵庫県神戸市
◆当時の職業:調理師
◆身長:165㎝
◆特徴:痩せ型

【失踪状況】
昭和54年10月、熊本市内で兄に「福岡に行く」と言って別れたまま、以降音信不通となり、行方不明となっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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