読書備忘録

私が読んだ本等の日々の
忘れない為の備忘録です

荻原浩著「ワンダーランド急行」

2023-08-20 | 荻原浩
ある朝、通勤と反対方向の電車に、魔が差して乗ってしまった。今朝の会議はユーウツ。こんな生活、いつまで続けるんだ・・・ぐだぐだ考えている間に、乗った下り電車は「急行」だった。次々と通過していく駅を見ながら40歳の野崎修作は「ろくでもない毎日からの脱出」とサボりを決める。スーツ姿で山に登り、…「日常」に戻ると・・・ん? 何かおかしい、街も家も会社も。どうやらこの世界どこかで聞いたような疫病が世界を分断していた。この世界は、新宗教の持つ票があらゆる選挙を左右するらしいこと。また「正義」に縛られた人たちはネット上で・・・
似ているがここは私の世界じゃない。ここは私のいるべき場所じゃない。私の世界へ帰るのだ。異世界の扉はどこにあったのか?どうすれば元の世界へ戻れるだろうか。次に行った異世界は今日は雨だった、そしてまた旅が始まる。タイムスリップでもパラレルワールド、アナザーワールドでもなく無限に増殖する時空を行き来出来る方法をみつけてしまった修作。「私」は「私」ではあるものの微妙な変化、違和感が常につきまとう。「新興宗教」「牛が絶滅貴種」「コロナ」「インターネットを媒介とする相互監視社会」「思考警察」「容姿や性差、嗜好で一切差別されないが寛容性が皆無の世界」「完全な軍事専制国家」など社会の目まぐるしい変容がある。妻が同じだったり別の人だったり、子供ができにくいはずなのに子供がいて、秘密もあって。うだつの上がらない「私」以外の登場人物は大きくキャラ変して居る世界・・・これは否定的に描かれたユートピア反理想郷・暗黒世界(ディストピア小説)か?理解しにくいストリーだが三つの異世界が描かれています。しかし、いずれもリアルの要素を誇張したものであって、よく読んで考えると現代日本の姿の一面です。視点を変えてみればいかに理不尽でばかげたことであってもその世界にも住んでしまうとそれが分からないで埋没してしまう。そういう麻痺した感覚さえも少し視点を変えれば、気が付くことが出来るということを示唆されています。ある意味この小説で描かれている事象はすべてリアルな日本の問題なのかもしれません。終盤全て夢だったという夢落ちの不安をずーッと感じながら、
ただ登場人物主人公ふくめ誰にも感情移入出来ず読了。
2022年12月日本経済新聞出版刊



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荻原浩著「楽園の真下」

2021-04-26 | 荻原浩
昆虫パニックホラー小説。コーラルブルーの海に囲まれ、亜熱帯の緑深い森に包まれている“日本でいちばん天国に近い島と呼ばれる”志手島。その島で世界最大級の17cmのカマキリが発見された。『びっくりな動物大図鑑』を執筆中のフリーライター・藤間は取材のため、現地へ向かうのだが・・・・。志出島は飛行場もなく、本土から船で19時間という海の美しい離島で、楽園ともいわれるこの島で、何故か最近自殺が多いと話題に上り始めていた。妻が自死を遂げ、未だに立ち直れていなかった藤間は、カマキリはともかく、自殺の謎に興味があったのだ。ヒロインの生物研究センターの秋村准教授が、カマドウマやハリガネムシや水面を泳ぐカマキリの謎等々昆虫についての蘊蓄がある意味不気味でした。最後の巨大カマキリと闘うシーンは圧巻。よくできたサスペンスホラーでしたが最後にもう一つ余韻を残すホラーのシーンが欲しかった。
202019年9月文藝春秋社刊
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荻原浩著「それでも空は青い」

2021-04-18 | 荻原浩
人間関係に正解なんてない。人づきあいに悩む背中をそっと押してくれる7つの物語。バーテンダーの僕は、骨折で入院した先の看護師の彼女に恋をした。退院後、何度かバーを訪ねてくれたものの、バツイチ7歳年上の彼女との距離はなかなか縮まらない。なぜなら彼女は“牛男”と暮らしているようで・・・「僕と彼女と牛男のレシピ」。夢破れ、しがない現実を過ごしながらも、あの頃のまぶしい思い出が忘れられない中年男。野球をテーマに描かれた・・・「スピードキング」。祖父に教えられた野球が人生の転機となり,野球が生きがいとなった青年。人生,良いことなんてそうそうないけど,案外捨てたものでもない,と清々しく思える・・・「人生はパイナップル」。近未来のロボットを扱ったショートSF風の・・・「あなたによく似た機械」。ペットを監視するために付けたカメラに映った意外なものはコミカル調の・・・・「君を守るために」。20周年の同窓会に出かけたのは妖精が見えるといったあいつに会いたいため・・・「妖精たちの時間」。一卵性の双子の兄弟が同じ娘に恋をして・・・「ダブルトラブルギャンブル」。人と人の組み合わせの数だけ、物語がある。読めば心が軽くなる傑作7つの物語、「オチ」がついたどれも読後感はほっこり、人生前向きに生きようと思わせてくれる小説でした。
2018年11月角川書店刊
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荻原浩著「海馬の尻尾」

2018-04-05 | 荻原浩

社会的規範も無視し、協調性もなく暴力でしか解決しようとしない粗暴なヤクザ及川頼也が主人公。二度目の務めを終えた及川頼也はミカジメ料を取り立てに訪れたぼったくりバーで大暴れして暴力沙汰、酒乱を見かねた若頭にアルコール依存症を治すように命じられて病院に。病院での脳の検査の結果、アルコール依存症で反社会性パーソナリティ障害「他者に対する共感力の欠如。感情的情報の処理不全。自身の過ちから学ぶ能力の欠如。爬虫類脳的な快楽を抑えられない性質。」(P75)と診断された。対立するヤクザから命を狙われ逃げ込んだのが治療のため医療プログラムを受診するための隔離された病院。「良心がない」とまで言われたヤクザが、最後は患者仲間や病院、自らの組を巻き込んでいく展開。

日本人を含む国際テログループによる航空機ハイジャックで原発基地による原発事故が起きた2年後の「恐怖と不安が蔓延する」近未来の日本を舞台にしているところが面白い。

20181月光文社刊

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荻原浩著「ギブ・ミー・ア・チャンス」

2017-12-01 | 荻原浩

「人生やり直したい!」と何度思ったことか。でも、夢を追うのも楽じゃない。それでも、挑み続ける人々の姿を描いた少しだけ心が強くなる短編集8作。元相撲取りで身体でかい探偵・隠れるところがあるの・・・「探偵に向かない職業」、売れない演歌歌手の・・・「冬燕ひとり旅」。地方路線の電車の車内パーサーに転職した元CAのお仕事小説・・・「アテンションプリーズ・ミー」。漫画アシスタント、モデルを主人公にした少し物悲しく切ない話・・・「夜明けはスクリーントーンの彼方」。作家を目指す人たちが諦めずに夢を追っている微笑ましい話・・・「リリーベル殺人事件」地方公務員のゆるキャラ奮戦記・・・「タケぴよインサイドストーリー」や相方に逃げられた芸人・・・「押入れの国の王女様」

人生の転機を迎えた人々の悲喜こもごもを掬いあげる、笑いと涙の「再チャレンジ」など、ほっこりする内容でした。

2015年10月文藝春秋刊

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荻原浩著「海の見える理髪店」

2017-08-20 | 荻原浩

第155回直木賞受賞作。母と娘、夫と妻、父と息子。近くて遠く、永遠のようで儚い家族の日々を描く物語六編。伝えられなかった言葉。忘れられない後悔。もしも「あの時」に戻ることができたら・・・。誰の人生にも必ず訪れる、喪失の痛みとその先に灯る小さな光が胸に染みる家族小説集。店主の腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめた伝説の床屋。ある事情からその店に最初で最後の予約を入れた僕と店主との特別な時間が始まる表題作「海の見える理髪店」。店主の延々と続く懺悔のような身の上話は、最後の1頁で客の反応と、別れ際の店主の何気ない問いかけで関係が明らかになるミステリーのような出来。全て分かったうえでの意識を押しつける画家の母から必死に逃れて十六年。理由あって懐かしい町に帰った私と母との思いもよらない再会を描く・・・「いつか来た道」。
仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発。子連れで実家に帰った祥子のもとに、その晩から不思議なメールが届き始める・・・「遠くから来た手紙」。親の離婚で母の実家に連れられてきた茜は、家出をして海を目指す・・・「空は今日もスカイ」。父の形見を修理するために足を運んだ時計屋で、忘れていた父との思い出の断片が次々によみがえる・・・「時のない時計」。数年前に中学生の娘が急逝。悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた夫婦が娘に代わり、成人式に替え玉出席しようと奮闘する・・・「成人式」。人生の可笑しさと切なさが沁みるほろっとさせてくれる短編集。2016年3月集英社刊

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荻原浩著「ストロベリーライフ」

2017-07-19 | 荻原浩

独立して2年目のグラフィックデザイナー恵介36歳。ならない電話、鳴り響くクレームの電話より怖い物があることを知った。このひと月鳴らない電話を眺め溜息をついていたら、突然鳴ったのだ。気張って出ると、母からの父が倒れたという知らせだった。妻の美月と園児の銀河を連れて急ぎ東京から静岡へ。命は取留めたが脳梗塞の後遺症で半身麻痺と言語障害がありリハビリが必要との事、がしかし他にも重大事が。恵介の実家は農家だった。継ぐのが嫌で反対を押し切って東京に出たため農業の事は全くの素人。どうしたものかとハウスを覗いたらいつの間にかトマト栽培がイチゴに替わっていた。兎に角、今実っているイチゴは枯らすわけにはいかないと恵介の農業生活が始まった。「農業なんてかっこ悪い。」と思っていたはずだった。猛反対の妻。夢を持って始めた志半ばのデザイナーの仕事はどうする。夢を諦めるか。実家を捨てるか。高齢化の農業、儲からない農業といった日本の農家の将来を明るくする一つの方策をユーモアを交えた暖かい眼で綴った明日への元気がわいてくる人生応援小説。得意なデザインやIT技術、人脈を駆使して頑張る恵介を応援したくなる感動物語でした。

2016年10月毎日新聞社出版刊

コメント (2)
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荻原浩著「金魚姫」

2016-08-06 | 荻原浩
ブラック企業、失恋。人生の窮地に立たされた男と、金魚の化身の奇妙な同居生活。
ファンタジーユーモア小説。
主人公の江沢潤は同棲していた彼女には出て行かれ、典型的ブラック企業・仏壇仏具販売会社の営業として毎日のノルマに
追い立てられて睡眠導入剤なしには眠れない日々を過ごしていた。
ある身も心も限界を感じていた日曜日近所の夏祭りに立ち寄り目に留まった金魚すくいで金魚の琉金を持ち帰り入手した
古本の「金魚傳」で飼育法を読んでいるとふいに濡れた髪から水を滴らせた妖しい美女が目の前に現れた。
幽霊それとも・・・漆黒の髪、黒目がちの目。エビせんを欲しがりテレビで覚えた日本語を喋るへんな奴。
「リュウ」と名付けると何故か死んだ人の姿が見えるようになり、次々と大口契約が舞い込み始める。・・・
金魚を飼ったことがないのでその可愛さや飼育法の薀蓄は解らなかったが独特の不思議な雰囲気で読後感はせつない小説でした。
『寿命が尽きるまではしっかり生きろ。しっかり生きるために僕は変わらなくては』(P244)
2015年7月角川書店刊
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荻原浩著『冷蔵庫を抱きしめて』

2015-11-11 | 荻原浩
都会に住む現代人の心を闇から解放します。現代人のライトだけど軽くはない心の病気に、シニカルにクールに迫る8編の短編集。
心に鍵をかけて悪い癖を封じれば、幸せになれるかな? いや、それではダメ。
新婚旅行から戻って、はじめて夫との食の嗜好の違いに気づき、しかしなんとか自分の料理を食べさせようと苦悶する中で、
摂食障害の症状が出てきてしまう女性を描いた表題作他、DV男ばかり好きになる女性・・・「ヒット・アンド・アウェイ」、
マスクなしでは人前に出られなくなった男性・・・「マスク」
自分に似た男が現れる話・・・「アナザーフェイス」
他に「顔も見たくないのに」「カメレオンの地色」「それは言わない約束でしょう」「エンドロールは最後まで」など。
個人的には「ヒット・アンド・アウェイ」の読後感がスカーッとしてよかった。
2015浩年1月新潮社刊
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荻原浩著「二千七百の夏と冬」上・下

2015-05-10 | 荻原浩
縄文時代と現代が交互に展開される古代冒険小説。舞台は2011年の大震災のあった年の夏。
関東地方のダム建設工事の掘削作業中に3千年ほど前とみられる2体の人骨が発見される。
調査の結果この人骨は、縄文人時代男性と弥生人の特徴を持つ女性の人骨らしく、二体は手を重ね、顔を向け合った姿であった。
取材していた新聞記者の佐藤香椰は、この恋人同士とみられる二人にいったいどんなドラマがあったのかと
次第に謎ときにのめりこんでいく。
紀元前7世紀、東日本。ピナイの村に住むウルクは15歳。5年前に父を亡くし、一家を支える働き頭だが、
猟ではまだまだ半人前扱いで、いろいろと悔しい目にあうことも多い日々。
近ごろ村は、海渡りたちがもたらしたという神の実 米=〝コーミー〟の話でもちきりだのが、同時にそれは「災いをもたらす」元凶とも噂されていた。・・・
学術的にも不明な部分が多く解らない部分の多い古代人の生きた時期が小説の題材に選ばれていて特に縄文末期と弥生初期とが重なり合っていた時代という設定で狩猟民族と農耕民族の生活や暮らしぶりを背景に著者ならではの想像力を駆使して珍しく面白い考古学的歴史ミステリーとしても楽しめた。違う文明との遭遇、貧富の差や当時の暮らしぶりなど想像力が掻きたてられた。
2014年6月双葉社刊
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荻原浩著「家族写真」

2014-07-02 | 荻原浩
表題作含む7つの家族に関する短編集

嫁ぐ娘と、16年間男で一つで育ててきた定年間近の父。ユーモアあふれる語り口の中に、親子の歩んできた日常がひしひしと感じられて・・・。「結婚しようよ」

家族でダイエット、肥満解消・・・「肉村さん一家176kg」

夢のマイホーム見学会が・・・「住宅見学会」

51歳の独身男が結婚など考えたことがなかったのだが・・・「プラスチック・ファミリー」

サザエさんのお父さん波平さんは54歳、フネ50歳の設定だって・・・「磯野波平を探して」

田舎で写真館を営む父親が脳梗塞で倒れた・・・「家族写真」

家族でドライブに出かけたのだが渋滞に巻き込まれ・・・「しりとりの、り」

勝手でわがまま、見栄っ張り、失礼なことを平気で言って、うっとうしいけどいないと困る、愛すべき家族の物語。

家族に訪れる悲喜こもごもを、ときに痛快に、ときに切なく描かれた、クスリと笑ったあとにじんわり心に沁みてくる家族小説です。
センチな文体だが心地好く読後感がいいのがこの著者です。

2013年5月講談社刊

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萩原浩著「花のさくら通り」

2014-03-01 | 荻原浩
シャッター通りまであと一歩。さびれた商店街の再生プロジェクトを請け負ったのは、
和菓子屋の2階に移転してきたばかりの超零細&倒産寸前の広告制作会社だった。
『オロロ畑でつかまえて』『なかよし小鳩組』に続くユニバーサル広告社シリーズが久びさに復活。
「さびれた商店街の活性化、請け負います!」
不況にあえぐユニバーサル広告社。次なるクライアントは住んでいる人も高齢化し、商店街もすっかりさびれ、シャッターを閉めたままの店が目立つようになった閑古鳥が鳴く「さくら通り商店会」だった。
最初はポスター制作だけのはずが、いつしかタッグを組んで商店街の活性化を目指すことに。
「今までと同じやり方ではだめだ。新たな有効策を考えなくては!」そう叫んで街の活性化を
模索する人々の前に、その街のぬしのような者たちが立ちはだかる。
彼らは、今までのやり方を押し通そうとするのだ。
連続放火犯を獲れえる為の夜回りのエピソードや寺の息子と教会の娘の許されざる恋など、離婚で逢えなくなった娘との手紙のやりとりなどコメディータッチで展開されるのだが登場人物が多すぎて面白いのだが消化不良で終ってしまった感じ。
「理屈がなくても、裏づけがなくても、何もしないより、何かをしたほうがましです。覚悟は何かをした後についてくるものだ。かわろうとしなければ、かわれない」(P144)
2012年6月集英社刊
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萩原浩著「幸せになる百通りの方法」

2013-08-07 | 荻原浩
α波放出のためにモーツアルトを聴き、「外見力」を高めるために特定の色のネクタイを選ぶ・・・それは成功して幸せになるため!奇妙な成功ジンクスに囚われた男の悲喜劇を描いた表題作「幸せになる百通りの方法」他、現代を象徴するような社会現象や流行の数々、困難な時代に滑稽な努力をしている人々を鋭くそして温かく描いた7つのユーモア短編集。
恋人が突如「歴女」になってしまった「歴史がいっぱい」、リストラを家族に言い出せない『ベンチマン』、不倫の恋の踏ん切りがつかない「出会いのジャングル」、
役者志望のはずがやっていることは俺オレ詐欺の片棒担ぎ罠にはめようと躍起になる役者くずれの面々と、その上手をいく大阪のおばちゃんとのやりとりが笑える「俺だよ、俺」、
物のない時代を経験した80代のおばあちゃんの目に、にわか節電に盛り上がる今どきの家族の姿、節電をテーマにした「原発がともす灯の下で」
ネット社会・ブログ・ツイッター「今日もみんなつながっている。」
これは「ここではないどこか」「あなたじゃない誰か」不器用で情けない、けれど懸命に日々を生きようとする主人公たちに著者が贈る温かいエールです。
個人的にはリストラの「ベンチマン」と「原発の・・・」の家族がおもしろかった。

2012年2月文藝春秋刊
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荻原浩著「月の上の観覧車」

2013-04-15 | 荻原浩
主人公は、傾きかけたリゾート会社を経営する70代の社長、会社の経営はすでに破たんし、運営する遊園地ももうすぐ閉園しなければならない。妻は4年前にがんで亡くなり、自身もがんを患っている。息子は13歳で他界した。
そんな寂しい境遇の「私」が、自社の観覧車に乗る。実は観覧車は主人公にとって、昔から満月の日死者とつかの間の出会いができる場所だった。観覧車を1周するあいだに過去が交錯し、それぞれの過去における観覧車と、そこでの死者との出会いが紹介される。最後の搭乗では、両親、妻、息子という、すべての愛しい人たちとゴンドラに揺られるのだ。
月光の差し込む観覧車の中で、父・母・息子、愛する人々と束の間の再会を果たしながら思う男の回想「守れるはずもないことを、いくつ約束したのだろう。
逃げるように出た故郷、家族に押しつけた身勝手な夢。いつだってその残酷さに、気付かぬわけでは決してなかった。」と・・・表題作他、もう取り戻せない時間の哀歓を描いた8つの短篇集。
人は皆、心に何らかの傷を抱えて生きている。そんな人生の折り返しにたった主人公達の迷う心理状態を、過去と現在、現実と幻想といった渾沌を静かに描いてる。
あの時、別の道を選んでいたらのもっと違った別の人生、あり得たかもしれない他者との異なった関係が、今は亡き人の思念など。
ホロ苦い思い出とともに読後感が優しい気持にさせてくれる連作短編を読んでいるような小説でした。

2011年5月新潮社刊
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荻原浩著「砂の王国」上・下

2012-02-12 | 荻原浩
転落はほんの少しのきっかけで起きた。主人公の山崎遼一41才は、大手証券会社をクビになり、妻・美奈子に逃げられ、借金を重ねて、住む場所を放棄せざるを得ず、ネットカフェ難民にあげくに携帯・財布を持ち逃げされ遂にホームレスになってしまう。そのときの全財産は、3円。
段ボールハウスの設置場所を求めて辿り着いた公園で出会ったのは、怪しい辻占い師錦織龍斎と若い美形のホームレス仲村だった。やがて寒さと飢えと人々の侮蔑の目中で閃く、「俺は宗教を興す」。
龍斎と出掛けた浦和競馬場で大穴を当てると、それを元手に仲村を教祖に祭り上げて、龍斎と3人で新興宗教「大地の会」を立ち上げ自分を路上に捨てた世間に逆襲を誓うのだった。
「大地の会」の事務局長・木島礼次と名を変えて二人を裏で操り、徐々に会員数を増やしていく。作りだされた虚像の上に、芸能人の広告塔も出来会員数も飛躍的に増えたとき、創設者でありながら自分では制御しきれなくなった組織「大地の会」。
人間の底知れぬ強さとかぎりない脆さ。多くを手に入れ、ふと振り返ると、そこにあるのは空虚な祝祭と、不協和音だったとは。人の心を惹きつけ、操り、そして壮大な賭けが迎えた結末は予想通り。
大きくなりすぎて制御不能に、ある日突然、他の組織に乗っ取られたり、組織から追い出されたり、ビジネス界ではよくあること。同じ新興宗教を扱った篠田節子の『仮想儀礼』とまた違った面白さした。
驚愕のリアリティで描かれるホームレスの極貧の日々と宗教創設の様子、こうやって新興宗教が出来るんだ、そしてやがて訪れる悲劇、登場人物のキャラも明確で、長編ながら難なく読めました。
仲村のようにやがて自分が教祖だと信じ込んでいく様が怖かった。

2010年11月講談社刊
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