ビートルズが初めて訪日してコンサートを開いた1966年。昭和41年。日本の片隅、尽忠村で、或るおぞましい事件が起きた。私にとっては、忘れがたいというより、いまなお当時の光景といい、匂いといい、感触といい、生々しい記憶で胸が焼かれるような想いがする事件である。加えて、あの悲しみに満ちた出来事には、表向き解決した内容、すなわち、裁判になったり、新聞記事になったりした事実とは、また別の驚くべき真相があった。たとえば被害者の数は、公表された数よりも、はるかに多かったのだ。村の名の平和村への改名をめぐり起きた殺人事件。その謎に挑む「流しのギター弾き探偵」の鯨庭(イサニワ)行也。横溝の「犬神家の一族」を思い出させるような殺人事件の裏には太平洋戦争で息子らを失った親の思いが事件に影を落とす。蒸気機関車、黒電話、ポンプ式井戸、フィルムカメラ、昭和と現代とを比較する注釈が多用されて時代を知らない人も楽しめる工夫はあるが登場人物の深みや掘り下げが不十分だしミステリーもあまり驚きがないうえ怖さもなかったし読了後の感動も少ない。
2025年6月角川春樹事務所刊