30歳になるノンフィクション作家の草下彰は、自分自身の生い立ちをテーマに作品を書く決意をした。草下の両親は彼が15歳のときに殺害され、犯人はいまだ不明だった。唯一の手がかりは犯行前に草下を訪ねてきた謎の男だったのだ。ある日公園で、男が倒れているのを発見し警察に通報した。その殺された男は井ノ内といい15年前の謎の男だった。殺された男、井ノ内の足取りを辿る草下だったが・・・。井ノ内の過去が少しずつ明らかになるにつれ草下の過去にも繋がって来る展開。人はどこかで皆、繋がっている。人の思いの繋がりの中で人は生きている。無戸籍問題や学びたくても入学できない夜間中学などの問題を扱いつつ深く切ない母親の愛情を描くミステリー小説。見えない絆の繋がりの物語でした。
2022年3月双葉社刊
刑事小説。大阪府京橋署刑事第二課暴犯係・礒野次郎とバディを組むのは京橋署に転属させられた元大阪府泉尾署刑事課、映画オタクの刑事・上坂勉(「桃源」で活躍)。食品卸会社「シノハラ」の社長、篠原が行方不明になり妻の真須美が「捜索願」のため京橋署を訪ね、暴犯係の二人が捜査するところから始まります。ヤクザの「筏組」、闇金業者、連鎖する胡散臭い悪徳業者たちの仕掛けを暴こうとした矢先、行方不明者・篠原の死体が発見される。自殺か事件か?その今回の複雑怪奇な事件と過去に起きた似た事件を2人のコンビが、京橋署のクセあり同僚たちと、地道に捜査して全容解明へと導いていきます。篠原をめぐる人間関係、巨額の保険金、そして手形の行方・・・絡まりもつれ合う糸をほぐすような調査から見えてくる真相、その連鎖から浮かび上がる過去の事件の内容が少しずつ明るみになっていく点が面白い。映画の薀蓄が映画を見ない人には邪魔だけど映画ファンには面白い。571頁の長編だが鋭い推理と話術で情報を得ていく関西弁の軽妙な突っ込みでコミカルな会話のシーンが多い展開は読みやすかった。捜査で訪れる土地や美味そうな食べ物にも興味を持った。
2022年11月中央公論新社刊
医療ミステリ。癌細胞を可視化することで、細胞レベルでどこに潜んでいるか分からない癌も捕捉することができる画期的な医療技術を売りに、ロボット手術システムの外科医の才所准一は、大阪で海外富裕層向けの自由診療クリニック「カエサル・パレスクリニック」を運営している。抗癌剤・免疫療法の趙鳳在、放射線科の有本以知子、予防医学の小坂田卓という優秀な三人の理事とともに最先端のがん治療を提供し、順調に実績を重ねていた。ところが、久しぶりに訪ねてきた病院の顧問が不審死を遂げる。これは病死か事故か、それとも・・・。「週刊文衆」のフリー記者矢倉が取材に来て、スキャンダル記事が掲載され高額な治療費への批判なども受け、クリニックに吹き荒れる逆風。才所はこうした事態にどう立ち向かうのかと展開される・・・。日本の国民皆保険は、世界に誇れる素晴らしい制度であるが、自由診療だけの病院を開設し、高額な言い値で治療を行う問題点を描いる。「医療でいちばん大切なことは患者さんに希望を与えること」希望を与えるために嘘の治療を行うことが本当に患者のためになるのか、考えさせられる内容でしたが終盤の結末は残念な終わり方で納得がいかなかった。
2023年3月角川書店刊
警察と医療を融合した医療ミステリ。医療事故で自分の診断に自信が持てず、迷ってばかりで、ついには患者の前に座るのが苦痛になった家入陽太郎が勤務する三品病院は、大阪市生野区鶴橋にあって、ベッド数二〇〇あまりの中規模病院。父から大阪総合大学医学部時代からの友人三品元彦のもとで「一度外の飯を食え。医療の本質を知れば強くなる。強くなれば再び患者の前に立てるはずだ」と、勉強するように言われた。彼の下でまずは他の医師たちの助手を務め、残りの時間は書類整理をするよう命じられた。数か月過ぎたいまも、まだ患者を診断するのは無理。まして救急患者となると、死にかけた男性の顔がちらつき、足が震える。そんな時何者かに腹部を刺された五十嵐夏帆が大阪の三品病院に緊急搬送された。懸命な治療の甲斐もあり、損傷した脾臓を温存したまま夏帆は一命をとりとめた――かに思えたが、術後あり得ない速さで容態が急変、命を落としてしまう。死因は刺傷によるショック死、あるいは医療ミス、それとも・・・院長から死因の究明を命じられた内科医の家入陽太郎は、夏帆の事件を担当する大阪府警の刑事・成山有佳子の協力を得て調査を開始する。夏帆の仕事場に入ると、真菰(まこも)が入っていた水槽が割れ、床が水浸しになっていた。やがて陽太郎は有佳子の助けを得て、自宅と仕事場で病原菌の検査を開始する。・・・
医学専門用語が多過ぎて読み辛い。感染症の知識がないのでわからないことが多いが、自然に生息する菌が突然、牙をむく恐ろしさが、コロナ禍を経験した今リアルに感じた。家入陽太郎と、若手刑事 成山有佳子の二人の視点から、語られるが2人の今後が楽しみ。続編ありかな。
2022年7月講談社刊
伊達・堀内コンビの疫病神シリーズ。痛快クライムサスペンス。
白昼堂々起こった福岡の5億円の金塊強奪事件。かつて大阪府警のマル暴刑事だった堀内信也と伊達誠一は今ではヒラヤマ総業の調査員として不動産会社に所属している。仕事中偶然知ったこの事件の裏に下関港で発生した韓国釜山からの金塊密輸事件との繫がりを嗅ぎ取る。未だ押収されていない金塊で一儲けしようと行方を追う二人に、ヤクザ、半グレ集団、汚職警官たちが襲い掛かる。お金に執着しない2人の生き方、食べ物に拘りのある2人。リスクはあるがリターン高い生き方、スリリングな展開と関西弁の笑える掛け合い。
綱渡りの展開がご都合主義的だが痛快で面白く読めた。
2021年11月新潮社刊
大物彫刻家が遺した縮小模型・彫刻マケット、素人の蔵に眠っていた重文級の屏風、デッドストックのヴィンテージ・アロハシャツ、狩野派日本画、殷青銅器に古銭・・・。「こいつは金になる。」出し抜いて儲けてやろうと考えている、古美術業界の掘り出し物にたかる、欲深き人びと。だましだまされ、最後に笑うのは誰だ・・・6つ美術ミステリー連作集!
『マケット』『上代裂』『ヒタチヤ ロイヤル』『栖芳写し』『乾隆御墨』『鶯文六花形盒子』の短編
狐と狸の化かしあい。出てくる人間全員くせ者で、どいつもこいつも人を騙して金儲けしてやろうとする。骨董、古美術の裏側。偽物つくりの現場、最近は3Dプリンタを使った偽物まであるなんて・・・。TVでよくみる「なんでも鑑定団」の舞台裏側を小説で覗き見た感じ。また表紙の絵に騙されました、芸子さんの登場シーンは出て来ません。
2020年12月文藝春秋社刊
経済小説。粉飾決算や株価が過大評価されている企業を探し出し、カラ売りを仕掛けて追及レポートを発表、株価が下がったところで買い戻して利益を上げる投資ファンドを「カラ売り屋」というらしい。ニューヨークに本拠地を置くカラ売り専業投資ファンド、パンゲア&カンパニーは東京事務所を開設した。そのパートナーの北川靖は「タイヤ・キッカー」のトニーと組んで、傘下のMS法人を使って病院買収に邁進する巨大医療グループ東堂メディカル、架空売上げの疑いがあるシロアリ駆除会社東京シロアリ防除、タックス・ヘイブンを悪用して怪しい絵画取引を行う総合商社三金通商絵画部とそれぞれ対決。窮地に追い込まれた相手は、何とか株価を吊り上げ、パンゲアを叩きつぶそうと画策するのだが・・・。現代社会の問題を金融の知識をからめて、小説の形で学べた。今回は、国民皆保険を含む医療費の問題・・・「病院買収王」。成り上がりの後に経営者が豹変した企業経営者の問題・・・「シロアリ屋」。高騰する芸術作品のオークションの裏側・・・「商社絵画部」の3つ。金融市場に蠢く男たちの息詰まる攻防戦で、日本経済の病巣があぶりだされる展開で勉強になった。ただ主人公のパンゲア側の掘り下げが希薄で深まりが感じられなかった。
2021年10月角川書店刊
水がテーマのミステリー。初井希美は婚約者の千住光一を母と父代わりの伯父に会わせるためカメラマンの彼の到着を待っていた。だが時間になっても光一は現れず、そのまま行方不明に。彼は限界集落をテーマにしたフォトエッセイを連載しており、ふたりは結婚後、地方移住の計画を立てていた。自宅のPCに転送された写真のGPSログデ-ターを手がかりに、光一の妹・美彩と足取りを追うのだったが、光一の元交際相手・下槻優子も失踪していることを知る。二人は一緒なのか、悲しみと怒りを抱えつつ光一の足跡を追う希美だったが・・・。良く練られた伏線・プロットのミステリーだが、戦後の混乱の様子や、限界集落の村の再生事業、郷の天然水の販売事業など興味深い話などが絡み明らかになる真実の余りにも悲しい結末に読後感は良くない。
2021年1月徳間書店刊
ダニエル・ジョーンズ編桑原洋子訳
偶然の出会い、マッチングアプリ、失恋、LGBT、永遠の別れ、新たな恋―今の時代の「愛」が見え、実話ゆえのほろ苦さも感じさせる、大人のため短編集みたいな・・・
編者のダニエル・ジョーンズは、ニューヨーク・タイムズの名物コラム「モダンラブ」の創設時からの編集者。多人種国家のアメリカらしい今が垣間、見れた。他人の人生の一部を覗き見る感覚だ。様々な人間模様がホッとしたり、心が温かくなったり、日本人の感覚とちょっと違って居たり、もどかしかったり千差万別の愛。
2020年10月河出書房新社刊
認知症、皆保険、終末医療など少子高齢化によって、社会が直面する問題をテーマにした社会派ミステリー。フリーペーパーの記者・国吉冬美は、老老介護をテーマに、寝たきりで認知症を患う妻を介護する夫の取材に自分の心酔するルポライターの杉作舜一が京都にきていることを知り心躍らせる。しかし杉作が訪問した時妻は絞殺され、夫は首を吊って死んでいた。遺書はないが無理心中「夫婦の死には何らかのメッセージが込められている」と杉作は調査を開始。そんな杉作のルポを手伝うことになった冬美は・・・。冬美の行動が「仕事サボって私事に奔走」と見えて感情移入出来なかった。老老介護の現場の空気はよく書かれている、国民皆保険の実情、医療従事者の疲弊感。医療の株式化の問題。冬美が無理心中をした隣人の高齢者夫婦や訪問看護の看護師や先輩達と小さな違和感をコツコツ積み重ねて疑問を解いて行くと驚きの真実が明らかになる展開です。諸問題にいろいろ考えさせられたミステリーでした。
2018年12月徳間書店刊
自転車で蛇行運転をしていた知的障害の青年が、警察官に呼び止められて捕まり、取り押さえられているときに死亡した。その一部始終を目撃していた広野ゆかりは翌朝の新聞を見て不審に思う。新聞記事が目撃した内容と違っていたからだ。警察官の暴行を目撃した複数の人間がいるにもかかわらず、県警はこの事実を隠ぺいし正当な職務だと主張するのだった。青年の父親は納得が行かず、事件に関心・疑問をもった毎朝タイムスの記者八田と目撃者を捜し、水木弁護士に依頼し事件現場にいた警察官数人を「特別公務員暴行陵虐致死容疑」で地検に告訴したのだが・・・警察官の犯罪を立証するのは至難の業、警察の隠蔽体質は陰湿で相当なもの目撃者へのなりふり構わずの脅し・隠蔽、妨害、身内意識の強い地検・裁判所、勤めている会社を辞めてまで奮闘する父親、弱者が理不尽な仕打ちを受け、巨大な権力と闘う緊迫の法廷シーン次の展開が気になり一気に読めました。結末意外な展開で驚きでした。「知的障害者に対する無知がこのような不幸を生み出した」(P281)この言葉が、心に響きました。
2017年6月双葉社刊
本宮慶太朗シリーズ第1弾。京都の小さな町で、遺書らしきメモとともに34歳の女性・小倉由那の遺体が発見された。それから数日後、同じ町で本宮心療内科を開業する本宮慶太郎のもとを、女子高校生の棚辺春来が母親に連れられて訪ねてくる。彼女の不調の原因を探ろうとする慶太郎は、春来の口から「由那は自殺なんかしていない」と訴える。本宮慶太郎は、彼女の訴えを聞き、独力で由那のことを調べ始める。自殺か事故か、密室殺人か由那の過去や人間関係を調べるうちに浮かび上がった様々なエピソードから事件の全貌が明らかになる。捜査権がない医者が警察情報を得たり調査したりをどのようにするのか若干無理があるように思うが、ミステリーとしては面白かった。食物廃棄の問題や、宮沢賢治の小説「よだかのこころ」の食物連鎖の話が興味深かった。「ウサギとカメの話・・・どうしてカメが勝ったんだと思う?・・・ウサギはカメを見て走った。けれどカメが見つめていたのはウサギじゃなく、ゴールだった。」(P335)
2019年4月 潮出版社刊
逃げる女、追う刑事。真鶴港の沖に浮かぶ地元実業家の遺体が発見された。共にクルーザーで出航した妻暁子はひとり港に戻り、すぐさま東京へ出かけたという。疑念を抱いた駿河刑事と岡田刑事は事件、事故の両面から捜査を開始した。妻の後を追うが、髪形、髪色、服装を変えた妻は都会の人込みに紛れこむ。妻の行方を捜す一方、その素性を洗うと、本名は浅野涼子といい広島で起きた殺人事件の容疑者として追われているという驚くべき過去が判明する。次第に明らかになる過去と実像この女は悪女なのか。・・・逃避する二人の女をめぐるサスペンスだが、あまりにご都合主義が過ぎて目に余る感じ、ラストはこの魔女の肖像が一抹の哀愁をおびたサプライズの結末が用意されている。
2019年9月双葉社刊
警察捜査小説シリーズ。沖縄の互助組織、模合。グループで毎月集まって金を出し合い、欲しい人間から順に落札するこの制度で集めた、仲間の金六百万円を持ち逃げした解体業者比嘉の行方を追うこととなった大阪府警泉尾署の刑事、沖縄出身の色男新垣遼太郎と映画オタクの刑事、上坂勤のイケメン&ブサイクの漫才コンビのような警察官が主人公。
どうやら比嘉は沖縄に向かったらしいという情報をつかんだ二人が辿り着いたのは、沖縄近海に沈む中国船から美術品を引き上げるという大掛かりなトレジャーハントへの出資詐欺だった。遺骨収集、景徳鎮、クルーザーチャーター。様々な情報と思惑が錯綜するなか、真実はどこに向かうのか。物見遊山気分で南西諸島を舞台とする那覇、宮古島、石垣島、奄美大島を珍道中巡り。上司の悪口ばかりで捜査もいい加減な刑事コンビかと思いきや!
新垣はモテまくりだし、上坂さんは映画オタクだけど的確な判断で容疑者の足取りを追い詰めていく。食べ物の薀蓄や映画の薀蓄は食べてみたくなったり映画を見たくなったりしますが捜査そのものは特に山場もなくハラハラドキドキも意外性もなく残念。
どうやら比嘉は沖縄に向かったらしいという情報をつかんだ二人が辿り着いたのは、沖縄近海に沈む中国船から美術品を引き上げるという大掛かりなトレジャーハントへの出資詐欺だった。遺骨収集、景徳鎮、クルーザーチャーター。様々な情報と思惑が錯綜するなか、真実はどこに向かうのか。物見遊山気分で南西諸島を舞台とする那覇、宮古島、石垣島、奄美大島を珍道中巡り。上司の悪口ばかりで捜査もいい加減な刑事コンビかと思いきや!
新垣はモテまくりだし、上坂さんは映画オタクだけど的確な判断で容疑者の足取りを追い詰めていく。食べ物の薀蓄や映画の薀蓄は食べてみたくなったり映画を見たくなったりしますが捜査そのものは特に山場もなくハラハラドキドキも意外性もなく残念。
2019年11月集英社刊
第65回2019年度の江戸川乱歩賞の受賞作。ハードボイルドミステリー。ヒロイン西澤奈美の職業は企業のトラブル炎上を鎮静化させるという請負人。怪しげなオフィスや店舗が入居する大久保の雑居ビルに住み冷蔵庫にはアルコールと栄養ゼリー、日課は体力トレーニング。話し相手はユキエと名付けたAI。服は黑尽くめ。世間から隔絶した人生を送っている。親を知らず児童養護施設で育ち、はじめて就職した会社の上司から弄ばれるというどん底の経験のなかで、「わたしなんて死んでしまえ」という声を乗り越えて生まれ直します。そして必死の思いで男どもに復讐を果たした彼女に、秘められた胆力を見抜いたボスの原田にスカウトされて、諜報工作に必要なあらゆる技術や格闘術、トレーニング法、専門知識などをたたき込まれます。高いスキルを身につけた彼女だったが、心を開く数少ない相手は同じ施設の後輩で二年前に再会して恋人になり別れた雪江だけです。大手医療薬品メーカー美国堂は、傘下に入れた韓国企業の社長による過去の反日発言がネットに流れ、「美国堂を糺す会」から抗議デモを受け、糾弾される事態に。このトラブル処理のため、「糺す会」に乗り込んだ彼女は、リーダーの”エルチェ”に近づいて徐々に信頼を得る。そして彼から同志として紹介された”ナミ”は、恋人になった姫野雪江だった。・・・トラブルシューター、嫌韓、ヘイトデモ。超タフでかなり非常だが、どこか弱さと危なげさをもつ黑好きのヒロイン。炎上トラブル処理という珍しい現代的なテーマでスピード感ある展開で大変面白かった。ラストの余韻が忘れられずにいます。ヒロインのその後、続編を期待します。
2019年9月講談社刊