メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

『燃える傾斜』眉村卓/著(角川文庫)

2017-05-25 12:15:04 | 

『燃える傾斜』眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和52年初版)

「作家別」カテゴリーに追加しました。


[カバー裏のあらすじ]

その時、シロタの胸に去来したのはあの奇妙でインチキ臭い広告だった。
“今すぐドリーム保険に入りましょう! ドリーム保険は人生のやり直しの保険です・・・”
恋人を奪われ、合理主義万能の社会にイヤ気がさした、はみ出し者シロタは、全財産をこの保険につぎ込む決意をした。
が、その時彼は、これが驚くべき高度な文明を持つエリダヌ人の仕組んだ巨大な罠の一端だとは、夢にも思っていなかった……。
広大な宇宙に飛び出した地球人シロタの冒険を描き、人類文明に巨大な疑問符を投げかける眉村卓の問題SF!”


目次

1 序章
2 万能サービス連立会社
3 ドリーム保険
4 漂着者
5 短い滞在
6 跳航
7 エリダヌン
8 政策島で
9 イースター・ゾーン
10 エスピーヌンたち
11 地球戦団
12 終章


amazonで1冊1円+送料でまとめ買いした9冊を(眉村さん、出版関係者さんスミマセン
これまで持っている本と並べてみたら、カバーの背がうす緑色なのに気づいた

初版が多く、本編の紙は変色しているけれども、ウチにあるのは水色に近いから
私が学生時代に買った同じ昭和50年代の十数版もののほうが経年劣化しているということか
時間の流れを感じるなあ

ウィキで調べて、改めて木村光佑さんによるカバーの角川文庫作品を
手に入る範囲で順番に読もうと思い、手にとった本書は、
眉村さんの記念すべき長編第一作

のちに解説文にもあったが、まず何気ないはじまりからもう景色が見えてきて、
主人公と同化し、次の展開が知りたくて
まさに時間の経つのも忘れて、世界に入り込んでしまう

私の知る中では、一番SFらしいSFという感じで、
宇宙開発がまだまだ始まったばかりの現在の延長線上には
ほんとうにこんな未来があるのでは?と思わせる

それでいて、漂うサラリーマンの哀愁感は残っているからハマってしまうのかな
いつ、この怪しすぎる「ドリーム保険」の夢から覚めるのか
半ばドキドキしながら読んでいたけれども、さすがに夢オチではなかったのでひと安心w

それどころか、どこに行き着くのかという期待と不安の後に、思わず泣いてしまった
ああ、やっぱり素晴らしい作家さんだなあ



あらすじ(ネタバレ注意

シロタは、5年ほど前に建てられたドリーム保険連立会社に向かっていた
大きなポスターには、こう書かれていて、信用する者はいなかった

「ドリーム保険はやり直しのための保険です
 契約金をお払いになるだけで、あなたは人生の再出発が出来ます」




万能サービス連立会社のルームリーダー、テクナは面倒な移転請負の仕事を言い渡し
シロタは冒険のつもりで引き受ける

テ「彼はイースター・ゾーンのあいのこだったっけな」
「変わってますねえ 混血の連中ってのは」

会社の経営首脳陣は、今や人工頭脳に代行されているという噂はたぶん本当だろう


今や人類は150光年の範囲を植民地化している
そして、いまだ人間より優れた生命体は発見されていない
人間は原住民を使役し、殺して食っていた

しかし、イースター・ゾーンは古めかしい非科学的なことを好むため、半ば無視されていた


「まだ立ち退いていないのがいるらしい 見てきてくれないか」と技士に言われて行くと
「私、ここで死んでやるのよ 面白いでしょう」と半狂乱になっている女がいた
シロタは強制的に引きずり出す


調整局の命令で、昨日連れ出した女に、24時間シロタの部屋を貸せと言われる

テ「君は一度も結婚準備の同居申請をしたことがないだろ いい機会じゃないか
  行動は社用ビジョンで監視されるがね

女の名前はカーリ・フルスといった
シロタはなんとも落ち着かない一夜を過ごす



ある日、シロタのいた「906ルームは解散する」と急に降格人事が発表された
新しい配属先822ルームのリーダー、フィッツギボンは、シロタを呼び

「ここでは芸術などという馬鹿げたものはおろか、あらゆる感情は抜きにする
 これからは本気でやりたまえ 地球外の低級生命体相手の勤務につきたくなければな」


この日から何ひとつ空想力を刺激する仕事はなくなった
形にはまらなければ生きてゆけないのか それが順応というものかもしれない

フィ「すでに人間は物質であり、物質が作りあげた精神は、物質により決定される」


822ルームに異動してから、シロタはカーリとずるずる付き合っていた
(カーリと同居申請を出そう)

翌日、サラリー前受制度を利用しに行くと、解雇証をもらったテクナと会う
「これからやる仕事にも困ったら、ドリーム保険に行く」と言う

パンフレットを読むと、今まで得てきたものは何もかも捨てるのが条件で
契約金は1回払いと同時に終身再出発権がもらえる、とある


カーリにフィッツギボンの話をすると、激しく動揺し「一緒には暮らせないわ」と言われる
フィッツギボンの個人記録を覗き見ると、かつて2人は同居していたが、
カーリを低級生命体との人体実験に利用して捨てたことを知る

その後、フィッツギボンからカーリが自殺したことを知らされる
「・・・辞職します」



絶望したシロタは、ドリーム保険に行く
「僕はもうこの地球にいたくないんだ 人間のいない世界に行きたい」
長いテストを受けて「合格した」と言われる

複雑な配線を施したイスに座り、瞬間移動した場所には太陽が2つあった
湖を目指して歩くと、突然建物群が現れ、十数人の人間が見ている

「あなたと同じ人間です 騙されてここに来たんです」
「聖者が来た!」

青い袋のような服を着た、男か女か分からない同じような人間に似た者が来て、塔に案内される
彼らはドリーム保険の連中に似ていた

「我々はエスピーヌン、、、いや、地球人ではない
 ここはあなた方の母星から2000光年離れた惑星 我々はエリダヌ族だ」


シロタの世話をするのはシニュームというエリダヌ族で、翻訳機を使っていろいろと説明をする

ドリーム保険の社員は、エリダヌ族が地球に派遣したスパイ
今、非常に凶暴で謎なエイバアトが侵略に次ぐ侵略を続け、銀河系を全支配しようとしている
ついに「銀河連邦」は崩壊し、弱小な惑星が次々消されていき、エリダヌも地球も危機にさらされている

カーリが生きていると告げ、地球にも協力を求めるためにシロタを調べる必要があるという

「そのカーリのいる地球を守る義務があるとは思わないかね
 あと2年もすれば地球も無事ではいまい 戦って死ぬほうがましだろう」


シロタは改めて、地球での生活を振り返った
追いかけられ、規制され、枠内で辛うじて作りあげるゆとりを悦楽と信じる生活の繰り返し
サラリーをもらって生きる大勢が、いかに微細な範囲で動き、全世界と信じてきたことか


「連邦加盟は51種族 我々エリダヌ人、君たちエスピーヌンといった炭素・酸素系族は、
 数は多いが、銀河系内では、環境に依存する度合いが高いため低級生命体とされている
 エリダヌ族は第16位、君たちは84位
 君たちは1000年前は千位以下だったが、明日には50位以内かもしれないんだ
 こんな異常速度で伸びる種族はいない 何か秘密があると考えた」



催眠教育によりエリダヌ語を話せるようになり、彼らが自分を見下しているのが分かる

エリダヌ族の合理主義は地球以上だった
有機体は進歩していない時、必ず退歩しているというのは常識
エリダヌ人は「芸術はとても非合理的だ」という

中性的な彼らにも、第一性(男)、第二性(女)があると知り、シニュームが女と分かり、戸惑うシロタ

彼らの間には恋愛や結婚はない
科学的合理性、感傷無用という傾向を進めれば、やがて地球も彼らと似た世界になるのではないだろうか

シロタは忘却された学説を思い出す

「もし地球と同じような環境に生物が発生したら、進化の結果、必ず人間と同じものになる
 それほど高能率で、自然に順応しているのである」




エリダヌは、地球の南の島のような色の海と、小さな島で構成されていて大陸がない
古代エリダヌ人は、独立統治体を形成し、中央集権はない

親子関係は断絶され、生まれた子どもは国家で保育される
既存の環境に修正を加えず、文化をもつ星を力で征服したりはしない
ここには本当の意味での歴史学はない

鉱物資源は少なく、植物の大繁栄時代がなければ、エリダヌ人は生きられないという理由から植物をとても大切にしている

シロタは「エスピーヌン1号」と呼ばれた



シニュームは、エスピーヌンの性の仕組み、観念を調べろと命令される
最初、抵抗したシロタも諦め、調査されるままに任せた

「性交は、男女両性の愛の最大の交歓形式なんです」
「それより種族保存の本能でしょう」

エリダヌ人は食事も快楽から外していた
朝食だけは娯楽で、あとの3食は、栄養学的な合成食物


シロタは銀河系のさまざまな種族を映像で見せられる
酸素も食物もいらず、熱エネルギーで生きられる生命体のほうが環境依存度の低さゆえに優者となっている
エイバアト人の実体を見た者は誰もいないが、今では、数万の彼らの軍団は、銀河系無敵だという



シロタは「政策島」に連れていかれる

「ひとつの世界は常に統制のとれた、反措定のない一色であるべきだというのが私たちの考えです
 しかし、エスピーヌンの世界は、いつも闘争や対立がある
 それが進歩の方向に向けられれば、大きな力を発揮するんじゃないか


「協同作業よりも、競争作業のほうがずっと高能率なんですよ」

海を見ながら、銀河2000億の恒星をもつ太陽系、その中の1%は地球と似た条件を具備しているといわれる
今、自分は銀河系内で、もっとも地球に似た惑星にいるのかもしれない



「跳航能力」を持つ珪素生物ハイナンタ族の宇宙船が漂流していて、1人のハイナンタ人を捕える
「跳航」とは、歪められた空間を、歪曲面を通らず、最短距離を突き抜けること

彼らは1000度以下だと岩とソックリだが、高い温度の小部屋に入れると交信可能となる
「エイバアトの侵略に遭って負け、今はカラミン族を攻撃しているだろう」

キータラ「その延長線上には群小種族がいて、その先はエリダヌだ! 計算だとあと1年しかない!」
敵わないとなるとシロタは用済みということになる

「地球と共同戦線は張れないんですか? 我々も訳も分からず滅亡したくない
 僕というサンプルがある 交渉すればきっとうまくいきます」

シロタは説得に成功し、重大な課題を背負う
強力な軍団を持ち、宇宙随一の文化を保持すると自負する地球人を一致団結させ、
エイバアトに対する防衛線を作りあげるという大仕事


エリダヌ人はシロタを中心にグループをつくり、あらゆる方法を考え出す「ブレーン・ストーミング」となり、シロタの独壇場となる
「君たちの弱味は、指揮者の不在ではないか あなたたちは、体制と支配について解っていないようだ」

地球では、今は、個人の力はゼロに等しく、事実上支配している上層階級を説得することが先決
「エスピーヌへ逃げたエリダヌ人に、逃亡の罪を帳消しにする代わり協力を誓わせるんだ」

シニューム「エスピーヌンを一番よく知るのは私です 世論形成のために接触をとります」
次、いつ再会するか分からず、シロタが何気なく彼女の頬にキスすると、なんと顔を赤らめた
すでに彼女は復性のコースをたどっていた



1000名の工作隊が組織され、シロタはラムーと呼ぶ恒星に行き指揮をとる

広告の方法は相変わらずポスターを使うというエリダヌ人

「我々には判らんよ 不条理な色彩や線がいっぱいあるくせに、何の意味もないように思えるんだがね(w
 エスピーヌのどこかで彼らの知らない強力な爆発とか起こしたらどうか」

「まるで三文芝居だ 地球人は気狂いのように全銀河系を相手に見境いなく戦うでしょう」(『スターウォーズ』みたいに?w

次はアフリカに行き、吹き矢にヤラれたというエリダヌ人
シ「あそこは天然記念地域で、未開の民族を集めて保護しているんだ」


瞬送装置などを公開し、ドリーム保険の真相も明かすなどして、1ヶ月の工作が次第に効果を見せはじめる

「イースター・ゾーンを動かせる人間なら、どんな仕事でもやり遂げられる」という金言を利用して、
シロタは自ら乗り込むと、貴族の出迎えを受ける

高官「地球は、完全合理主義に毒されている 多元的同時存在という観念がないんですかな」

最高権者の老人から問答を受けるシロタ
「宇宙は何によって存在するや?」
「自我により認識されるから」

合理主義の鬼であるエリダヌ人に納得させるのは不可能だった
「ここの住民は、直感に憑かれた狂人なんだな」

この世界の物質文明は、もうだいぶ長い間停滞していた

「不必要な発達は、人間の精神に悪影響を与えますからね
 我々は事実よりも、可能性を尊びますから
 芸術や哲学は、必要だから残しているのです」


「イースター・ゾーン」の「イースター」の意味は、東洋を意味する単語から出たものらしい
物質文明を基とする西洋文化は、表面的に東洋を圧倒しながら、いつか、その精神面から多くの影響を受けた
精神が肉体に変化を及ぼすことは、人々はよく知っているが
ヨガなどの形だと、もはや「イースター・ゾーン」でしか扱えなくなっている

「イースター・ゾーン」戦団長タルイは「地球戦団」を作るよう声をかけてくれとシロタに頼む



カーリは、デザインの仕事をし、帰り道にドリーム保険に寄り
「シロタは帰ってきませんか?」と尋ねるのが日課になっていた

新しいポスターをふと見るとシロタが写っていた
「地球の人々に告ぐ 団結しよう 地球連邦のもとに」

エスピーヌ・エリダヌ同盟が結成されると、全人類は体制を整えていった
人類史上最大規模の軍団「地球戦団」

無敵と呼ばれた軍団だが、今度の統括戦団長は、地球を救うという重大な責任から断る者が続出する
「敵を知らず己を知らざれば百戦全敗という言葉がある 勝ち味はほとんどありません」

シロタに戦団長を指名してくれと名簿が来て、
リンゲ・サンという名前の響きだけで決めてしまう



万能サービス連立会社は、多くの部門を縮小していた
フィッツギボンのパートナーとなっているエリダヌンはシニューム

シニュームの実験の話を聞いて、フィッツギボンは自分の話も明かす
会社命令で白鳥座のエンヌ族の心をとらえるため、人体実験が必要となり
涙を飲んでカーリを催眠状態にして交渉を持たせた

2人の気持ちは近づいていくように思えた シニュームなら判ってくれる よく似た魂なのだ



地球の総力をあげた瞬送装置、重力場推進艇が堂々と並んだ
「重力場推進」は、ロケット自身が自由に重力を調節して飛翔すること

総勢1億の兵の中には4000万人の亜人間が含まれているが
このような船団は、もう二度と作られないだろう
軍団には小型原爆がいろどりを添えた

戦団長リンゲ・サンと副戦団長・タルイが会う
リンゲ・サンが正規の軍団長ではないことで、周囲には懐疑心が広まっていた

フィッツギボン「戦団長、最高能力者の人工頭脳で調べたところ、地球戦団は必ず勝つとのことです」
リンゲ「人工頭脳にそんな予言は出来ないよ」と言っても、フィッツギボンは最後まで譲らない

リンゲ・サンは宇宙の子だ 人間同士では下手な付き合いしか出来ないが、
こうした状態に置かれると、白熱した力を持つのだ
あるのはただ、人類の恐るべき戦闘意欲だけだった


テクナはシロタに会いに行き、後に「エスピーヌン2号」となる
シロタは、自分が神格化されていることに唸る
個人の評価は、社会がどれほど発達しても、本人とは別の所で作り上げられるのだ


エイバアトの武器は、エネルギー奪取弾だった
彼らは空気も要らず、ただ恒星のエネルギーと、自身の身体があればいい

すでに、銀河系第一1位のヒロソ人を侵略し、他の種族が消されたため、
エリダヌ族は3位、地球人は15位に上がっている

エイバアトは跳航に入り、真っ直ぐにこちらへやってくることが判った
最後の関門であるタルイの率いる連団は、まともにエイバアトとぶつかった
地球側から無数の核融合弾が飛び出した

「他艇との連絡途絶!」

そこで突如、敵軍が消える 集結し、跳航に入るつもりらしい
「させてたまるか 跳航用意」

跳航中の物体の衝突は、恐ろしい大爆発となるのは周知の事実だった
「やろうぜ」 わあっと喚声があがった

しかも、連絡の途絶えた地球軍の数百の艇が同じことをしていたのを、各々の指揮官はついに知らなかった
「地球バンザイ」「アトハタノンダ」という断末魔の送信が全船団に渡った

(まるで第二次世界大戦の特攻隊そのまんまじゃないか/涙


いったんエイバアトの動きが止まる

リンゲ・サン
「彼らの奪取弾の保有量と比べたら問題にならん 地球の伝統的武器を、どうしても使わねばならぬ」

地球軍は核融合を基とする与熱武器で戦う一方、
別働隊は銀河系を大きく迂回してエイバアトの母星に向かい、強力な触媒を打ち込んだ
数日後にはこの太陽は爆発し、新星と化すはずだ

本来、異種族間の争いは、支配圏の確保が最大の目的となるが、
エスピーヌンは、いったん戦いを始めると、まず敵にいかにして打撃を与えるかを考える
地球人の野蛮さは、貴重な要素だった

与熱武器は、エイバアトにエネルギーを与え、どんどん数を増やしていった
地球軍はそれを引っ張って、母星に近づいて行く


記録要員のフィッツギボンは、リンゲ・サンが報告に来るたびに
この秘密作戦について執拗に質問攻めにして困らせ、ついには縛られてしまう

「戦団長、敵が方向転換しております!」

この機を待っていたリンゲ・サンは1000隻の無人艇を発射させる
「完全に包囲されました!」
「あと10秒、9秒、、、1秒、ゼロ」

これほど大量の人間が一度に瞬送できると考えた者はいなかった
意識の隅にでも反対の気があれば、狂ってしまうという瞬送に成功する

エイバアトの全軍が現れ、リンゲ・サン「離脱!」
数百倍にふくれあがる太陽の中にエイバアトの全軍団が呑まれていく頃には、地球軍は飛翔していた

その後、エイバアトがどこにもいないという報告を聞き、にわかに信じられない人々
エイバアトが作った植民地にも誰もいないという

リンゲ・サンらは、タルイらの追悼をする
彼の死は、イースター・ゾーンをもう一度地球の一部として受け入れる最大の布石となるだろう
リンゲ・サン自身も一躍有名な将軍として地球に迎え入れられることとなる



シロタ「これは、終わりなんだろうか それとも、始まりなんだろうか」

テクナ
「どちらでもないさ 終わりや始まりと言えるものは、そうたくさんはないよ

 君は地球文明に対立物としてエリダヌ文明を紹介した
 第二にイースター・ゾーンの文明をもう一度世界の渦へ投げ込んだ
 第三に、個人というものが歴史に残ることを証明した

 歴史に残る人物は、大抵、当事者に、ある世界観と機会があっただけなんだ
 無論、君は作られた英雄さ だがそのことが決定的なんだ



エイバアトは銀河系内に全く存在しなくなったらしいとシロタも聞いた
らしい、というのは、銀河系内すべてを調査するのは到底不可能だからだ

講演を聞きに行く途中、シニュームに会う すっかり地球人の女性の恰好だった

「あなたがエスピーヌン1号だったように、私はエリダヌ1号として一生を送るつもりです
 私は初めて、個人に希望があり、それを達成するのがどれほど楽しいか知ることが出来ました」

1人のエリダヌ人が講壇に立った

「今ではエリダヌンとエスピーヌンが全銀河代表として、生命体諸族の再建、再構成を図らねばならない
 我々はエスピーヌンの多面性、多種性を学ばなくてはなりません」

シロタははっと何かに目覚めた
そうだ 対立物を失った地球文明は停滞する
あまりの合理主義に反発した自分こそ、最も地球的なのではなかったか

これで帰れる・・・と思った

講演はつづく

「エイバアトの侵略法は、惑星の表面を急激に冷却か高熱にして、生物が死滅した後に定着するやり方です
 だがどこにもエイバアトはおろか、死体さえ見つからなかった

 ある意見では、エイバアトは量子体だという説です
 彼らの個人は我々の細胞のようなものだったという説もあります

 私の意見は、エイバアトは“消された”というものです
 荒唐無稽に思う人もいると思いますが、我々は見張られている あるいはそれが“神”かもしれない
 もし、生命体を保護し監視する機構があるとして、エイバアトは銀河系の秩序を乱すものとして
 宇宙から消滅させられたと考えられはしないだろうか

 私は言いたい 宇宙の広大さを知ったがゆえに、自らその視野を狭めるのと同様
 我々は知識を過大評価していないだろうか
 科学的知識で説明のつかないことを無理やり説明づけるか、否定するという二者択一の態度は、もう改めていいのでは
 ある種の“畏れ”をそろそろ復活させてもいいのではないか


博士はシロタに
「我々の発展は常に、より大きなもの、対立するものを必要としていたのですよ
 エリダヌがエスピーヌに求めていたのはそういう精神的把握法だったのです」



講演後、シロタはシニュームからフィッツギボンと結婚したことを聞く(ええ?! 一番嫌な奴じゃん
「あの人は私にはよく解ります 最もエスピーヌンに似たエリダヌ人と
 エリダヌ的なエスピーヌンとの結びつきを奇妙と思いますか?」

シロタはしばし呆然としたが、急いで一度地球に帰ろうと決意する

地球人は待ちに待っているし、エリダヌ人はなんとか引き留めようとして
キータラが久しぶりに来て「教育島の思想学高級講座の講師として招きたい」と誘う

一度作り上げられた評価は、逆に本人に作用する
いつの間にか、シロタは人類の中で役割を与えられ、その通り動かなければならなくなっている
虚像に合わせて生きてゆくことは困難だ 彼には自信がなかった


「また、こちらへやってくるのか?」
「たぶん・・・私がエスピーヌでの存在価値がなくなった時には・・・」



地球では、シロタが瞬送台で帰国するニュースでもちきりだった
カーリは迷った挙句、気づくと宇宙空港に足を向けると、十数万人がすでに集まっていた

瞬送台から出たシロタは「諸君、ぼくは英雄ではない!」
素晴らしい謙遜だと、群衆はわあっとどなった

「カーリ・フルスはいますか」
「ここよ!」

カーリは泣きながら手をあげた そして走った
ずいぶん遠いわ もう涙でよくは見えない





【稲葉明雄解説 内容抜粋メモ】

私は、眉村さんに対して、夢の都会に住む人として以前から憧れている

私は、大阪で生まれたが、父の転勤で転々とし、若くして東京に出てしまったため、
戦前の大阪らしさを知らず、東京も大阪も同じに見えて味気ないかぎり

太宰治の『東京八景』にこんな文章がある

「私は十年以前、初めて東京に住んだ時には、東京全図など買い求める事さえ恥ずかしく躊躇した
 とうとう決意し、買い求め、下宿でこっそり、地図を開いた
 隅田川、浅草、赤坂、ああ、なんでもある 行こうと思えば、いつでも、すぐに行けるのだ
 私は、奇蹟を見るような気さえした・・・」


大阪人の話し言葉の胡散臭さに2通りあって、
使う語彙は関西弁だがイントネーションが標準語風な人と
逆にイントネーションは関西風だが語彙が標準語風な人、どちらもイモだと私は極論する

竹村健一さんの話術は、その意味でまことに痛快だ
関西人の実利主義と、アメリカ仕込みのプラグマティズムが見事に一致している

眉村さんの場合は、その経歴が示すように、仁鶴のような生なエロキューションではない
しかし筋の通ったいい意味でのローカリティが話しぶりからうかがえる


小説家はレッテルを貼られるのを好まない

星新一の「文明批評的未来コント」
小松左京の「超壮大スケール・未来パニック」

光瀬龍の「荘重未来時代劇」
豊田有恒の「古代史ドラマ」
筒井康隆(この先生だけは、形容しがたいが)しいていえば狂気SF(w

眉村さんは、処女作から、一時「企業SF」などと呼ばれていた

今でもそういう一面はあるだろうが、近来はペシミスティックな作品群が目につく
戦後の青春期を確たる抱負もなく過ごし、40を越え、改めて生の意味を見つけようとする
お話づくりに疲れた作者の言い知れぬ黄昏


眉村さんの作品がよく読まれる理由の1つは、その書き出しの上手さにある
なんとなく冒頭からすんなり入り、いつのまにか小説であることを忘れてしまうような上手さだ(なるほど!
こういうのは意外に難しく、半分以上、天性のものではあるまいか


眉村さんには「学園もの」と言われる分野があり、私が最も好きなのはこの手のものなのだ
大いに人気があり、NHKで繰り返し放映されている
『なぞの転校生』『ねらわれた学園』『幕末未来人』(←これ知らないな

SFのSは、本質である「センス・オブ・ワンダー」と解すべきだという説がある
「どこか変だなあ」という感覚を受け入れるのは、もともと子どもの特質なのだ



今作については、昭和38年、東都書房のSFシリーズ第一作として出版され
これ1冊で終わってしまった幻の本だった

まだSFの揺籃期に、眉村さんに賭けた出版担当の原田さんの意気込みは大変なものだったが、
作者自身も書いているように、毀誉褒貶なかば、というよりむしろ風当たりのほうが強かったらしい
(なぜだろう/驚

作者自身の言葉でもあるが、良くも悪くも、眉村さんのすべてが今作に現れている
日本SFの先駆的長編の1つとして、細部まで噛みしめて読んでいただきたい



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