Dogma and prejudice

媚中派も媚米派も同じ穴のムジナ
従属主義的思考から脱却すべし
(言っとくけど、「媚米」と「親米」は違うんだよ)

主人持ちの言論

2007-03-23 | 自称保守・親米保守
 慰安婦騒動に関する媚米派の反応を見るにつけつくづく思うことは、「媚米派というのは、歴史観についても、外交問題についても、ダブル・スタンダードな連中だ」という事。

 彼らにとっては、外交問題などで、北朝鮮や韓国を批判することはOKだけど、へたれた対応を取る日本政府を批判することはNGなのです。同時に、中国や韓国からの反日史観的言論(慰安婦非難等)を批判することはOKだけど、アメリカからの反日史観的言論(慰安婦非難等)を批判することはNGなのです。ノムヒョンは批判しても良いけど、シーファーを批判してはいけない。実にご都合主義な方々です。

 文壇で、志賀直哉が、小林多喜二の文学を、「主人持ちの文学」と評したという逸話がありますが、それとよく似たものです。小林多喜二の文学が「主人持ちの文学」であるなら、彼らの言論は「主人持ちの言論」というべきものでしょう。主人とは、小林多喜二の場合は、「共産党」でしたが、彼らの場合は「日本政府(とその庇護者と信じられているアメリカ)」です。

 彼らの目的は、日本政府を守る事と、反米世論を封じる事にあるようです。つまり、結局のところ、彼らは、アメリカ追随の従属外交を続けてきた「いわゆる旧来型の保守政治」を肯定する守旧派なのです。

 (彼らが、アメリカのマニュアルどおりに日本を変えようとする構造改革を支持することを以って、改革派だなどと自称することは、実に笑止千万です。あんなものは、改革じゃなく破壊です。)

 彼らは、戦後の日本を批判するけれど、その批判の矛先はマスコミにのみ向けられ、自民党政府に向けられることはありません。確かに、マスコミにも問題は多々有りましたが、戦後の日本の進路を決定してきたのはほぼ一貫して、彼らが応援している自民党政府そのものなんですよ。(「河野談話」を行ったのも自民党政府です。)自民党政府が「相手国に迎合したその場しのぎのいい加減な対応」を続けてきた結果が今日を招いているのです。

 今後も、自民党政府の「相手国に迎合したその場しのぎのいい加減な対応」を擁護している限りは、何も変わりません。永遠に「従属国家」として、アメリカや周辺国から舐められ、蔑まれ続けるだけです。

 

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