大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎~ 俎上の魚十 

2011年07月22日 | 縁と浮き世の通り雨~お気楽ひってん弥太郎
 「おい由造。お前さん近頃捕り物に関わってるって噂だぜ。一体なにをしてるんだい」。
 声の主は幼馴染みの千吉。所は毎度お馴染みの川瀬石町の煮売酒屋・豊金である。
 「お見限りだと思ってたら、柳橋に顔を出してるそうじゃないか」。
 こちらも幼馴染みの加助である。
 「やれやれ、お前さんらも相変わらずの地獄耳だこと」。
 由造は面倒臭そうにこれまでの一部始終を話すはめになった。
 「そういやこの前、深川に商いで行って来たんだがね、ちょいとばかり鶴二の家の噂を聞いたのさ」。
 千吉が聞いたのは、鶴二の家はそうとうに風変わりで、鶴二以外はほとんど見掛けないのだが、借金に借金を重ねて、店賃も踏み倒しているにも関わらず、医師を名乗る兄だけが景気が良いらしい。
 絵双紙の師匠って方の兄は、家から一歩も外に出ないで売れる宛のない絵をひたすら描いている変わり者で有名だが、医師を志している方の兄は、鶴二とは似ても似つかず、がたいも大きく、顔つきもすゞやか。女子の紐になって暮らすこともできようが、なにせ気性が荒い。
 家からは母親の金切り声や、茶碗の割れる音などが良く聞こえるらしく、近くの人も近づかない有様。
 「鶴二の家は深川か。医師、見栄えが良い…繋がったぜ」。
 由造はすくっと立ち上がると、そのまま闇に消えた。向かった先は八丁堀の義弟・境川小一郎の御用屋敷。

 「それで下手人は鶴二の兄だったんですか」。
 この日豊金には、千吉、由造、加助の面々に加えて珍しい顔があった。由造の義弟で同心の小一郎である。千吉の問いに小一郎は、少し難しい表情をし、
 「それが鶴二でござった」。
 「えっ。あの鶴二かい」。
 由造の頓狂な声が響く。
 「はい。兄上の仰せに従い、鶴二の兄を番所に呼んで問い質したところ、松菊との関係は認めましたが、大事な金蔓を殺すもんかと開き直りまして。どうにも埒が開かないので鶴二を会わせましたところ…」。


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