美代の方はそれで安心なら良いが、鶴二には話して聞かせるのも無駄なようなので、新たにほかの女に目を向けるほか手だてはないだろうと誰もがそう思うのだった。
「これはこれは由造。先程は大変でしたな」。
他人ごとのように軽い口調で豊金に姿を現したのは、とんだ貧乏神の濱部である。
思わず腰を浮かせ帰ろうとする千吉と由造だが、それよりも早く、濱部は二人の中に割って入り腰を下ろしてしまった。
そして横から素早く手を伸ばし、千吉の酒を一気に呑み干すと、「本日はわしの奢り。呑んでくだされ」。と奢りといった言葉を知っていたことが不思議でならない千吉と由造に酒を一杯づつと、肴に焼き豆腐を頼むのだった。
次第に自分だけ酒の回った濱部は、自分や鶴二の母親の手前、美代が恥じらっていたと臆面もなく言い出し、千吉と由造と金治を驚かすが、それでも年の功だろう、「しばらくは見守るのが良かろう」と、己は手を引くことを告げた。
だが、この後がいけない。またも己の与太話に一人花を咲かせ、「今度、長屋に連れて来ようかと思うておるのだ」。これまた相手は柳橋芸者であった。
「濱部様、月に五両の賃金を貰いなすっているって話してましたが、その五両は柳橋で散財してなさるんですかい」。
金治が幾分嫌みを込めて聞くのだが、濱部は嬉しそうに、
「芸子を飾るのは旦那の務め。それに、わしの元へ参りたいと言って聞かぬのだ」。
(柳橋芸者が、あんな裏長屋に住むもんかい)。
三人の思いは同じだった。
「金の切れ目が縁の切れ目ってね、もし本当に濱部様が五両もの大金を稼いでいたとしても、それを使い果たしたらお終いだろうよ」。
濱部が機嫌良く帰る後ろ姿に金治は呟く。
「しかしまた、どうして普通の娘さんではいけないのやら」。
「千吉、だからお前さんはまだまだ青いのさ」。
「おや、由造には解るのかい」。
「玄人女は客には愛想良くかしずくから、手痛い思いをせずに済むのさ。素人はそうはいかねえ。嫌なら肘鉄だって食らわすからな」。
「まあ、濱部様もお寂しいのでしょう」。
金治は年も近い濱部の気持ちも解らなくはないといった口調だった。
その後しばらくの間、見慣れぬ細身の中年男が川瀬石町辺りで、飯屋に良さそうな家を探しているといった噂があったが、それも次第に下火となった頃、濱部に伴われて一度だけ足を向けた深川で鶴二は柳橋で松菊という芸子に優しく酌をされたことから、美代から松菊へと乗り換えてくれたらしい。
鶴二は丁寧にも近江屋に由造を訪ね、美代の気持ちに添えなくて申し訳ないことを美代に伝えて欲しいと頼むと、それだけでもあんぐりと開いた口の塞がらない由造に向かって、
「お美代さんには申し訳ありませんが、松菊さんはあんな年増じゃないんですよ。へっへっへっ」。
と、気味悪い微笑で去って行った。
これで美代のことで近江屋から用を言い付けられることもなくなる。松菊という芸者には気の毒だが、「まあ男の扱いは手慣れた女子、己でどうにかするだろうさ」。由造は一息つくのだった。
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「これはこれは由造。先程は大変でしたな」。
他人ごとのように軽い口調で豊金に姿を現したのは、とんだ貧乏神の濱部である。
思わず腰を浮かせ帰ろうとする千吉と由造だが、それよりも早く、濱部は二人の中に割って入り腰を下ろしてしまった。
そして横から素早く手を伸ばし、千吉の酒を一気に呑み干すと、「本日はわしの奢り。呑んでくだされ」。と奢りといった言葉を知っていたことが不思議でならない千吉と由造に酒を一杯づつと、肴に焼き豆腐を頼むのだった。
次第に自分だけ酒の回った濱部は、自分や鶴二の母親の手前、美代が恥じらっていたと臆面もなく言い出し、千吉と由造と金治を驚かすが、それでも年の功だろう、「しばらくは見守るのが良かろう」と、己は手を引くことを告げた。
だが、この後がいけない。またも己の与太話に一人花を咲かせ、「今度、長屋に連れて来ようかと思うておるのだ」。これまた相手は柳橋芸者であった。
「濱部様、月に五両の賃金を貰いなすっているって話してましたが、その五両は柳橋で散財してなさるんですかい」。
金治が幾分嫌みを込めて聞くのだが、濱部は嬉しそうに、
「芸子を飾るのは旦那の務め。それに、わしの元へ参りたいと言って聞かぬのだ」。
(柳橋芸者が、あんな裏長屋に住むもんかい)。
三人の思いは同じだった。
「金の切れ目が縁の切れ目ってね、もし本当に濱部様が五両もの大金を稼いでいたとしても、それを使い果たしたらお終いだろうよ」。
濱部が機嫌良く帰る後ろ姿に金治は呟く。
「しかしまた、どうして普通の娘さんではいけないのやら」。
「千吉、だからお前さんはまだまだ青いのさ」。
「おや、由造には解るのかい」。
「玄人女は客には愛想良くかしずくから、手痛い思いをせずに済むのさ。素人はそうはいかねえ。嫌なら肘鉄だって食らわすからな」。
「まあ、濱部様もお寂しいのでしょう」。
金治は年も近い濱部の気持ちも解らなくはないといった口調だった。
その後しばらくの間、見慣れぬ細身の中年男が川瀬石町辺りで、飯屋に良さそうな家を探しているといった噂があったが、それも次第に下火となった頃、濱部に伴われて一度だけ足を向けた深川で鶴二は柳橋で松菊という芸子に優しく酌をされたことから、美代から松菊へと乗り換えてくれたらしい。
鶴二は丁寧にも近江屋に由造を訪ね、美代の気持ちに添えなくて申し訳ないことを美代に伝えて欲しいと頼むと、それだけでもあんぐりと開いた口の塞がらない由造に向かって、
「お美代さんには申し訳ありませんが、松菊さんはあんな年増じゃないんですよ。へっへっへっ」。
と、気味悪い微笑で去って行った。
これで美代のことで近江屋から用を言い付けられることもなくなる。松菊という芸者には気の毒だが、「まあ男の扱いは手慣れた女子、己でどうにかするだろうさ」。由造は一息つくのだった。
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