大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話85

2015年03月31日 | のしゃばりお紺の読売余話
 何が何やら解らないが、幸いしたのはここが長屋だということ。長屋の女たちは得てして読売に負けず劣らず噂話が好きなのだ。ちょっと水を差せば後は怒濤の如く話し出す。
 間もなく夕餉の支度に掛ろうかといった刻限である。ひと度門まで戻り、お紺は住民が井戸を使いに遣って来るのを待った。
 「ちょいとおかみさん。この長屋にお峰さんっていう人はいませんかねぇ」。
 出任せである。
 「お峰さんかい。そんな人はいないけど…お前さんは…」。
 太り肉の血色の良い三十半ばほどの女房が、お紺に胡乱な目を向ける。それもその筈、お峰なんて存在しないのだから。
 「あたしは、お峰ちゃんとは幼馴染みでしてね。あたしは未だ小さい時分にひっこしちゃったので、それっきりなんですが、この辺りに用があったものですから、確かこの長屋だったと思って、寄ってみたんですよ」。
 「そうかい、でもあんたが子どもの頃なら随分と前だろう」。
 「ええ、まあ」。
 (それほど前ではない)。
 だが如何にも面倒見が良さそうなその女房は、ほかの女房たちにも聞いてくれ、気が付けば四五人の人だかりとなっていた。
 「お峰さんかい。聞いたことないねえ」。
 「そうですか。確か、一番奥の、そうあの部屋だったと思うのですが」。
 先程金次が訪った部屋を指差す。
 「あすこは、随分前から空き家だったから、その前に住んでいたかも知れないねえ。だけど、あたしが来た時には、もう空き家だったよ」。
 一番古手の女房である。
 「ならどこかに引っ越したか…お嫁に行ったのかも知れませんね。おかみさんは何時、こちらに」。
 「そうさねえ、もう八年前になるかねえ」。
 「じゃあ、それからも空き家のまんまで」。
 「ああ、それが、この前夫婦もんが越して来たんだよ。八年いや、それ以上も空き家だったもんだから、わっちら皆で掃除してねえ」。
 (夫婦者)。
 「それはお峰ちゃん…の訳ないか」。
 些か無理があるが、女房たちの手はすっかり止まり、話に花を咲かせようと意気込んで見えた。お紺の思うつぼである。




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のしゃばりお紺の読売余話84

2015年03月31日 | のしゃばりお紺の読売余話
 金次の腹の底から響く様な声に圧倒されるが、読売を馬鹿にされたままでは引き下がれない。
 「よそ様はどうか分かりませんがね、うちの読売は嘘なんか書きやしませんよ」。
 話を盛って書くことはあるがと、独りごちた。
 お紺が真っ赤になって怒るので、金次は溜まらず口元を歪め、薄い笑いを浮かべる。それがまた、馬鹿にされたようで癇に障るお紺。
 「そいですかい。お前ぇさんの意気込みは伝わって参りやした。ですが、あの火事のこtであっしが知っていることはありやせん」。

 何ひとつねたを拾えなかったお紺は、帰り道舌打ちを鳴らしながら、掘り割りに小石を蹴り入れた。
 (喰えない男だったねえ。けど、笑いもんにされたって誰のことを言っているのさ)。
 金次に読売を馬鹿にされ、自身は小娘扱いされて口惜しいお紺は、踵を返すと、金次のyさを張ることに決めた。
 (あいつ、何かを絶対に隠している。そうでなくとも、華の火消しの裏の顔を暴いてやるさ)。
 こういった、個人を攻撃するかのような物見遊山を金次は非難していたのだが。
 待つこと一時。細い縞の着流し姿の金次が、手に風呂敷きを握り雪駄を鳴らしながら何処かへと向かう。それを物陰に隠れ隠れしながら追うお紺。すると、冬木町の裏長屋の門を潜るではないか。
 (何だい。こんな裏長屋に女でも囲っているっていうのかい。ちっ、時化た男だねえ)。
 金次の足は、一番奥まった高架に近い油障子の前で止まると、「いるかい」と、訪ないを入れた。
 中から、声がしたのだろう。お紺の場所からは聞き取れなかったが、直に金次は油障子を音を立てて中へと消えた。
 お紺は裏長屋から通りへと出る一本道の小路にある番太の見世先で、焼き芋を食べながら待つことにした。
 四半時の後、金次がその番太の見世の前を通り過ぎたが、手に持っていた風呂敷はなくなっていた。
 お紺が先程金次が入った裏店を、表から覗き込むのに難はなかった。何せ障子は破れ放題で、保護紙を当てようといった気配りもなかったからだ。
 薄暗い室内には、薄い夜具が置かれ、そこに横たわる女の髷を下ろした髪が見えた。
 (やっぱり女か。でも、あの人、病いじゃないかしらん)。
 女の枕元には竹皮の包みと、浴衣らしき物がきちんと畳まれて置いてある。先程の金次が手にしていた風呂敷と丁度同じくらいの大きさだ。




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