「これがあたしが聞いた話全部だよ」。
「それよりお前ぇ、火事の読売も売り歩かねえでそんなとこをほっつき歩ってたのかい」。
お紺は梅華から聞いた話を朝太郎にしゃべった。父の庄吉なら、おえんと直次郎の道成らぬ話も絶対に読売に載せると言い兼ねないからだ。庄吉は読売が売れる為なら何でもするのだ。
「だから、前に朝さんも言っただろう。読売で世間様を動かしておえんさんを救い出すのさ」。
「ああ言ったなあ、けど、本人が今のまんまで構うなって言ってんなら話は別だ。そっとしといてやんな」。
「馬鹿だねえ。言い訳ないじゃないか」。
「けどよ、肝心要な話は書けねえんだろう。だったら漸く巡り会った兄妹がどうして死ななきゃなんねえのか、金棒引きが騒ぎ出すぜ」。
そうなのだ。作太郎が死を選んだ訳をひねり出さなくてはならない。
「だから朝さんに相談しているんじゃないか」。
「おきゃあがれ。こちとら絵師だ。そこを考ぇるのがお前ぇの役目だろう」。
お紺は上目遣いに朝太郎を睨み、頬をぷーっと膨らませる。するとすかさず「怒ると膨れるところなんざ河豚そっくりだ」と、意地の悪い言葉が浴びせられる。
「おえんさんは不治の病だったんだよ。それで可哀想だってんで作太郎さんが一緒に…」。
言うか言い終わらぬうちに。朝太郎が頭を横に振る。
「直ぐにばれらあ。そしたら読売が嘘だったって言われるぜ」。
(だって嘘なんだから仕方ない)。
「おえんさんが作太郎さんを好いてしまった…」。
「もうひとりの兄さんとの仲をしゃべる者んの呼び水にならあ」。
(そう頭ごなしに言わなくても)。
「じゃあ、作太郎さんの方が分けありだったってえのはどうだえ」。
「死人に鞭打つこともあるめえ」。
(だったら、あんたが良い案を考えとくれよ)。
「分かった。火消しだよ。火消し。おえんさんは前に頭の娘と男を取り合ってたんだよ」。
「じゃあ何けぇ。火消しの頭を敵に回すのけ。そりゃあ無理だ。江戸っ子は火消しが大ぇ好きときてる」。
(八方塞がりじゃないか)。
お紺は黙り込んだ。
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「それよりお前ぇ、火事の読売も売り歩かねえでそんなとこをほっつき歩ってたのかい」。
お紺は梅華から聞いた話を朝太郎にしゃべった。父の庄吉なら、おえんと直次郎の道成らぬ話も絶対に読売に載せると言い兼ねないからだ。庄吉は読売が売れる為なら何でもするのだ。
「だから、前に朝さんも言っただろう。読売で世間様を動かしておえんさんを救い出すのさ」。
「ああ言ったなあ、けど、本人が今のまんまで構うなって言ってんなら話は別だ。そっとしといてやんな」。
「馬鹿だねえ。言い訳ないじゃないか」。
「けどよ、肝心要な話は書けねえんだろう。だったら漸く巡り会った兄妹がどうして死ななきゃなんねえのか、金棒引きが騒ぎ出すぜ」。
そうなのだ。作太郎が死を選んだ訳をひねり出さなくてはならない。
「だから朝さんに相談しているんじゃないか」。
「おきゃあがれ。こちとら絵師だ。そこを考ぇるのがお前ぇの役目だろう」。
お紺は上目遣いに朝太郎を睨み、頬をぷーっと膨らませる。するとすかさず「怒ると膨れるところなんざ河豚そっくりだ」と、意地の悪い言葉が浴びせられる。
「おえんさんは不治の病だったんだよ。それで可哀想だってんで作太郎さんが一緒に…」。
言うか言い終わらぬうちに。朝太郎が頭を横に振る。
「直ぐにばれらあ。そしたら読売が嘘だったって言われるぜ」。
(だって嘘なんだから仕方ない)。
「おえんさんが作太郎さんを好いてしまった…」。
「もうひとりの兄さんとの仲をしゃべる者んの呼び水にならあ」。
(そう頭ごなしに言わなくても)。
「じゃあ、作太郎さんの方が分けありだったってえのはどうだえ」。
「死人に鞭打つこともあるめえ」。
(だったら、あんたが良い案を考えとくれよ)。
「分かった。火消しだよ。火消し。おえんさんは前に頭の娘と男を取り合ってたんだよ」。
「じゃあ何けぇ。火消しの頭を敵に回すのけ。そりゃあ無理だ。江戸っ子は火消しが大ぇ好きときてる」。
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