大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

のしゃばりお紺の読売余話82

2015年03月27日 | のしゃばりお紺の読売余話
 「だから無理なんだってばよ」。
 「無理じゃない。朝さんがそうやって意地の悪いことばかり言うんなら、あたしひとりだっておえんさんを救ってみせる」。
 お紺はふんと鼻息荒く立ち上がると、朝太郎の膝を蹴飛ばし框から下りた。後ろから朝太郎の「痛ぇ」とか、「この、ひょうたくれ」とか、「ちょっと待ちねえ」とか聞こえていたが、そのまま油障子をわざと大きな音をたてて閉めたのだった。
 (とは言ったものの、一体どうやったら良いのやら)。
 お紺は宛もなく、歩くうちに、気が付けば大川渡り、深川佐賀町南三組の火消しの頭の元へと足を向けていた。
 「あっしが金次ですが、読売屋さんがどんなご用件で」。
 訪ないを入れたお紺の前に現れた金次は、間近で見れば見るほど滅法界男前で、女子なら誰でも恋いこがれる養子だろうと、お紺は漠然と思ったほどだ。
 「あ、あたしはお紺と申します」。
 訪ないの時に、「横網町の読売屋」だと伝えていた。
 「木挽屋の火事の様子を知りてえとおっしゃられましても、あっしらは火を消すのが仕事でして、それ以外のことは分かりやせんが」。
 (良い男は口も堅い)。
 これがそこいらの熊さんや八つっあんなら、何をもったいぶってと思うところだが、男前なら、何でも許せるから不思議である。
 「はい。その知っていることだけで結構です」。
 「と申されやすと」。
 「あの火事の晩、あたしは屋根の上から、若頭がお女郎さんを助けようと二階に梯子を掛けて上ったのを見ていたのです」。
 すると金治は懐手に、「ああ」と頷く。
 「あの時のお女郎さん、お信さんと言うそうですが、そのお信さんのことで、知っていることなら、何でも構いません、教えてくださいませんか」。
 「あっしは火消しですぜ。火事場で人を助けは致すやすが、いちいち素性までは分かりやせん」。
 言われなくても最もであることはお紺も良く分かっている。
 「でも、あたし、見ちまったんですよ」。
 「何をで」。
 「あの時、助けようとすれば出来た。だってお信さんに手を伸ばせば届く所に居たじゃありませんか。その時、あなたさんはお信さんと何かを話ましたよね。ええ、声は聞こえませんでしたけど、口元が動くのをはっきりと見たんですよ」。




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