その者の乗った馬車の暴走が幼い命を散らしたのだが、件の相手は、子に非が合ったと使いの者に見舞金を持たせただけで、自責の念も感じられないと、瑾英が続ければ、安芳も頷くのだが。
「それでおいらに、その男を召し出せって言うのかい。それでいってえ誰なんだい」。
「名は吉永久一と申されます」。
吉永、吉永と勝は呟くが、どうにもぴんとこないようである。
「海軍省って一言で言ってもよ、随分と人が多くてね」。
海軍省だけでも、旧広島・尾張・桑名・一橋・淀の各藩邸を使用していた。
「勝殿が知られぬ、木っ端役人だ」。
直明が口を挟む。
「だったらよ、その木っ端役人に謝らせればいいのかい」。
違うと首を良くに振りながら直明。
「瑾英、申せ」。
「はい。その吉永久一に面会の仲立をして頂きたいと存じます」。
ふーんと横目で瑾英を見た安芳は、そいつがどこに務めているかを調べればいいのかと聞き返す。
「仲立だと申したであろう」。
些か焦れ気味の直明。次第に声が大きくなるのだった。
「仲立ってえのはよ、謝らせるって事だろう。そいつが悪かったと認めれば良いんだろう」。
己の言葉が終わるや否や、安芳の表情が険しくなる。
「正か、斬るつもりか」。
「そのような事は、明治の世では流行らぬのであろうが」。
直明の返答にほっと安堵した安芳、大きな溜め息を洩らすのだった。
「だったらどうしようってんだい。増々分からねえ。金かい」。
直明、更に首を横に振り、瑾英を促す。
「脅します」。
「おい、こりゃあまた物騒な事を言い出す、御坊様じゃねえか。おい直明様よ」。
海軍大輔である勝の手前、口先だけの詫びを述べるだろうが、そんな体裁ではなく、己の仕出かした事への真の謝罪を貰うだけの事。その為には、幼き目が最期に見たであろう恐怖を味わってもらうと、瑾英は言う。
「だったらよ、ひとつだけ約束してはくれねえか」。
命を奪う事はするな。それは相手の為の命乞いではなく、直明と瑾英が罪を被らぬ為だと言う安芳に、深く頷く二人。
「だが、そいつが再び海軍省に顔を出せるかどうかは、約束は出来んがな」。
「相変わらず、物騒でいけねえ」。
目で笑い合う安芳と直明。いずれが龍か虎かは分からぬが、両雄並び立つ姿に圧倒される瑾英であった。
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「それでおいらに、その男を召し出せって言うのかい。それでいってえ誰なんだい」。
「名は吉永久一と申されます」。
吉永、吉永と勝は呟くが、どうにもぴんとこないようである。
「海軍省って一言で言ってもよ、随分と人が多くてね」。
海軍省だけでも、旧広島・尾張・桑名・一橋・淀の各藩邸を使用していた。
「勝殿が知られぬ、木っ端役人だ」。
直明が口を挟む。
「だったらよ、その木っ端役人に謝らせればいいのかい」。
違うと首を良くに振りながら直明。
「瑾英、申せ」。
「はい。その吉永久一に面会の仲立をして頂きたいと存じます」。
ふーんと横目で瑾英を見た安芳は、そいつがどこに務めているかを調べればいいのかと聞き返す。
「仲立だと申したであろう」。
些か焦れ気味の直明。次第に声が大きくなるのだった。
「仲立ってえのはよ、謝らせるって事だろう。そいつが悪かったと認めれば良いんだろう」。
己の言葉が終わるや否や、安芳の表情が険しくなる。
「正か、斬るつもりか」。
「そのような事は、明治の世では流行らぬのであろうが」。
直明の返答にほっと安堵した安芳、大きな溜め息を洩らすのだった。
「だったらどうしようってんだい。増々分からねえ。金かい」。
直明、更に首を横に振り、瑾英を促す。
「脅します」。
「おい、こりゃあまた物騒な事を言い出す、御坊様じゃねえか。おい直明様よ」。
海軍大輔である勝の手前、口先だけの詫びを述べるだろうが、そんな体裁ではなく、己の仕出かした事への真の謝罪を貰うだけの事。その為には、幼き目が最期に見たであろう恐怖を味わってもらうと、瑾英は言う。
「だったらよ、ひとつだけ約束してはくれねえか」。
命を奪う事はするな。それは相手の為の命乞いではなく、直明と瑾英が罪を被らぬ為だと言う安芳に、深く頷く二人。
「だが、そいつが再び海軍省に顔を出せるかどうかは、約束は出来んがな」。
「相変わらず、物騒でいけねえ」。
目で笑い合う安芳と直明。いずれが龍か虎かは分からぬが、両雄並び立つ姿に圧倒される瑾英であった。
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