大江戸余話可笑白草紙

お江戸で繰り広げられる人間模様。不定期更新のフィクション小説集です。

ひじ傘雨 第七章 6

2013年05月02日 | ひじ傘雨
 「ですが、颯太坊は戻っては来ません」。
 「あれ、浄念寺の御坊様とあろうお方が、何と気弱なこってい。これじゃあ、晃仙様が嘆かれますぜ」。
 瑾英の声から、どうにも颯太は、相手側の落ち度で命を失いかつ、その相手は大物であり、事を有耶無耶にしようと計っているらしいと読んでいた。
 「瑾英。お前が二の足を踏むなら、俺が颯太の弔い合戦をしようじゃないか」。
 おやと、六助が片方の眉を上げる。
 「ほれ、宗太郎さんもこう言ってますぜ」。
 「宗太郎、そう容易い事ではない」。
 ふんと鼻を鳴らした宗太郎。
 「俺は、横浜の外国人居留地の側で店をやってるんだ。客には、新政府へと顔の利くお人もいれば、新政府のお役人だっているのさ」。
 早速にと飛び出そうとする宗太郎を、鉄道も夜は休みだ。闇が明けるまで待てと引き止めた瑾英だった。
 一方の六助は、闇でも日の最中でも同じ事と、当時を知る者を探すと、こちらはすっと消えようとするのを引き止めた瑾英。
 「六助さん。幾ら何でも、この世の者とは語らえないでしょう」。
 「あっしらの同輩は、そこいら中にいますんでね。颯太坊が跳ね飛ばされたのを見ていた者もいる筈でさ」。
 「ですが、あの世の者の申し立てでは、誰も信じてはくれません」。
 それどころか、耳に届かぬではないかと瑾英。すると、不敵の笑みを讃えた六助。
 「なあに簡単でさ。この世の者に乗り移らせちまえばいいだけ。どうせなら、華族様や新政府のお役人辺りにしとけば間違いないでさ」。
 何故かもの凄く、意地悪そうに見える顔ですっと消えた。
 「六助さん。そのような事は御仏はお許しになりません」。
 眠れない一夜が明けた。
 「そう言えば、お前自分の事を俺って言っているが」。
 私と丁寧な口調だった宗太郎が、横浜へと移り住んでから、言葉遣いそもそもも違えば、俺なぞと聞き慣れない言葉で己を呼んでいる。横浜の方言なのかと、瑾英は不可思議に思っていた事を口にした。
 「違うよ。これが流行なのさ」。
 「だったら男衆は皆、俺と言うのかい」。
 「そうだな。御維新前から、俺とか僕とか言っていたらしい」。
 商人は違っていたがなと宗太郎。呼び名なぞどうでもいい。今は、一刻も早く、颯太の無念を晴らすのだと息巻いて、再び新橋からの鉄道で横浜を目指す。
 「瑾英様、また大変な事になりましてございまするな」。
 宗太郎がいる間、姿を隠していた牛鬼だった。
 「牛御前様。如何したものでしょう」。
 「そうですね。取り急ぎ晃仙様のご意見を伺って参りましょうか」。
 己であれば信濃まではひとっ飛び。直ぐ晃仙の答えを持って来ると鬼牛は言う。
 「お待ちください。何時までも晃仙さんに頼っていたのでは、拙僧も一人前にはなれません。それに晃仙さんも精一杯にございます」。
 おやといった表情の牛鬼。なればこの度は己ひとりで立ち向かうのかと。
 「ひとりではありません。宗太郎や六助さんと力を合わせます。もちろん、牛御前様のお力も借りとう存じます」。
 それならばと頷く牛鬼だが、それでも晃仙にとっては血を分けた甥。知らせた方が良いと、信濃へと飛ぶのだった。 





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