娘は、白けた顔。いや、何度もおえんについて聞かれたのだろう。またかといった顔付きにも見えた。そして、お紺の問いには答えずに、聞き返す。
「幼馴染みって、初耳だねえ」。
お紺を疑っている様子は、急にぞんざいになった言葉遣いから伺え知れた。
「ああ、おえんちゃんは、余り自分のことは話さないからねえ」。
話していたら辻褄が合わなくなる。第一、おえんが子どもの頃、何処に住まわっていたかも知らないのだ。だが、おえんが無駄話をしないといったところは的を得ていたようだ。茶汲み娘にしては口が重かったらしい。
「しかし、おえんちゃんが水茶屋で働いているって聞いた時は、驚いたよ。だって、おえんちゃんはお愛想ひとつ言えないだろう」。
すると、娘は乗ってきた。
「そうなんだよ。気の利いたことも言えないどころか、あれじゃあまるで愛想無しなんだよ。だけど、あの器量さ。おえんさん目当ての客は多かったねえ」。
娘の言葉遣いが急に親しみを増した。
「その中に、ええっと誰だったか、確か火消しも居ただろう」。
「あれ、知ってなさるのかえ」。
多きな目がくるりと動いた。
「おえんちゃんから、所帯を持つって聞かされていたんだけどねえ」。
お紺はさも残念そうにふうっと肩で息を付いた。
「あたいもおえんさんは、太助さんを真底好いていると思っていたのさ。だけどねえ」。
(そうだ、太助だった)。
「まあ、あちらさんにも事情が有ったのだろうさ。ご縁がなかったてこった」。
お紺はしたり顔で言う。
「けどおかしいんだよ。太助さんを好いているものだとばかり思っていたんだけどねえ」。
「どういうことだい」。
「おや、知らないのかい」。
びっくりしたように目を見開いた娘は、一段と可愛らしい。
「太助さんを諦め切れずに、頭の娘さんと取り合ったのは知っているよ」。
娘は大げさに頭を横に振る。そして右の手で、宙を掴む様な素振りを見せ、心かしか声色も高くなったようだ。
「そうじゃなくてさ、あんた、本当に知らないのかい」。
「えっ、何かあったのかい」。
お紺は空とぼけてみせる。すると待っていましたとばかりに娘の舌は滑らかに滑り始めた。
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「幼馴染みって、初耳だねえ」。
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「ああ、おえんちゃんは、余り自分のことは話さないからねえ」。
話していたら辻褄が合わなくなる。第一、おえんが子どもの頃、何処に住まわっていたかも知らないのだ。だが、おえんが無駄話をしないといったところは的を得ていたようだ。茶汲み娘にしては口が重かったらしい。
「しかし、おえんちゃんが水茶屋で働いているって聞いた時は、驚いたよ。だって、おえんちゃんはお愛想ひとつ言えないだろう」。
すると、娘は乗ってきた。
「そうなんだよ。気の利いたことも言えないどころか、あれじゃあまるで愛想無しなんだよ。だけど、あの器量さ。おえんさん目当ての客は多かったねえ」。
娘の言葉遣いが急に親しみを増した。
「その中に、ええっと誰だったか、確か火消しも居ただろう」。
「あれ、知ってなさるのかえ」。
多きな目がくるりと動いた。
「おえんちゃんから、所帯を持つって聞かされていたんだけどねえ」。
お紺はさも残念そうにふうっと肩で息を付いた。
「あたいもおえんさんは、太助さんを真底好いていると思っていたのさ。だけどねえ」。
(そうだ、太助だった)。
「まあ、あちらさんにも事情が有ったのだろうさ。ご縁がなかったてこった」。
お紺はしたり顔で言う。
「けどおかしいんだよ。太助さんを好いているものだとばかり思っていたんだけどねえ」。
「どういうことだい」。
「おや、知らないのかい」。
びっくりしたように目を見開いた娘は、一段と可愛らしい。
「太助さんを諦め切れずに、頭の娘さんと取り合ったのは知っているよ」。
娘は大げさに頭を横に振る。そして右の手で、宙を掴む様な素振りを見せ、心かしか声色も高くなったようだ。
「そうじゃなくてさ、あんた、本当に知らないのかい」。
「えっ、何かあったのかい」。
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