押しつぶされる危険さえ感じ取れる。もはや先に行った筈の庄吉の姿を探すのさえも困難であろう。
「あたしはのしゃばりお紺だよ。出張ったからにはきっちりと見届けるさ」。
「何を自慢してやがる。思っていた以上の燃えようだ。後は親方に任せてお前ぇたちは火除け地に行った方が良い」。
「あたしもそこに上るよ」。
言うが早いか、朝太郎の居る屋根の天辺まで這い上がった。下では重蔵が心許なそうに見上げているが、幼い頃からおてんばのお紺に反し、重蔵はからっきしなのである。
「重さん。そこよりこっちの方が安心だ。上っておいでな」。
群衆に飲まれる恐れのある道よりも、むしろ高い屋根の方が安全なのだが、重蔵に果たして上れるだろうか。幼い頃、近所の柿の木に上って実をもいだのはお紺で、重蔵は下でそれを受ける役目だった。
「上っておいでな、ほら手を貸してあげるよ」。
お紺は右手を差し伸べるが、重蔵は頭を横に振る。
「おいらが上りてえのは屋根じゃなくって、岡場所よ」。
未だ冗談は言えるらしい。
「幾ら上りたくっても、今夜は暖簾を仕舞っちまってるさ」。
仕舞っているのではなく燃えている。
「ああ」。
重蔵は力なく口の端を緩めると、日除け地に行くと去って行った。
大方、女郎の赤いけだしでも見ようといった魂胆だったのだろうが、予想を遥かに超えた火事の規模に当てが外れたのだろう。
「あの纏は、確か南三組じゃないかえ」。
燃え盛る火の海の中で、ぽかりと白く浮かんで見える。
「ああ、三組だ」。
絵筆を巧みに動かしながら、朝太郎が答える。
「確か、この辺りの縄張りは二組だったと思うけど」。
「これだけの火事だ。深川中の火消しが出庭っても可笑しかねえさ」。
「なら、おとっつあんだったら、火消しの争いも書くだろうよ」。
「んだな。江戸っ子は火消しの話がでえ好きだからな」。
「朝さん。だったら火消しがお女郎さんを助け出して梯子を下りている絵姿を描いておくれな」。
お紺は、はたと閃いた。
「良いけどよ。良く有る絵柄だぜ」。
「うん。絵柄は良く有っても、その火消しを三組の若頭にするのさ。ほら、覚えているだろう。お武家のお嬢さんが大川に飛び込んだのを助けた」。
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「あたしはのしゃばりお紺だよ。出張ったからにはきっちりと見届けるさ」。
「何を自慢してやがる。思っていた以上の燃えようだ。後は親方に任せてお前ぇたちは火除け地に行った方が良い」。
「あたしもそこに上るよ」。
言うが早いか、朝太郎の居る屋根の天辺まで這い上がった。下では重蔵が心許なそうに見上げているが、幼い頃からおてんばのお紺に反し、重蔵はからっきしなのである。
「重さん。そこよりこっちの方が安心だ。上っておいでな」。
群衆に飲まれる恐れのある道よりも、むしろ高い屋根の方が安全なのだが、重蔵に果たして上れるだろうか。幼い頃、近所の柿の木に上って実をもいだのはお紺で、重蔵は下でそれを受ける役目だった。
「上っておいでな、ほら手を貸してあげるよ」。
お紺は右手を差し伸べるが、重蔵は頭を横に振る。
「おいらが上りてえのは屋根じゃなくって、岡場所よ」。
未だ冗談は言えるらしい。
「幾ら上りたくっても、今夜は暖簾を仕舞っちまってるさ」。
仕舞っているのではなく燃えている。
「ああ」。
重蔵は力なく口の端を緩めると、日除け地に行くと去って行った。
大方、女郎の赤いけだしでも見ようといった魂胆だったのだろうが、予想を遥かに超えた火事の規模に当てが外れたのだろう。
「あの纏は、確か南三組じゃないかえ」。
燃え盛る火の海の中で、ぽかりと白く浮かんで見える。
「ああ、三組だ」。
絵筆を巧みに動かしながら、朝太郎が答える。
「確か、この辺りの縄張りは二組だったと思うけど」。
「これだけの火事だ。深川中の火消しが出庭っても可笑しかねえさ」。
「なら、おとっつあんだったら、火消しの争いも書くだろうよ」。
「んだな。江戸っ子は火消しの話がでえ好きだからな」。
「朝さん。だったら火消しがお女郎さんを助け出して梯子を下りている絵姿を描いておくれな」。
お紺は、はたと閃いた。
「良いけどよ。良く有る絵柄だぜ」。
「うん。絵柄は良く有っても、その火消しを三組の若頭にするのさ。ほら、覚えているだろう。お武家のお嬢さんが大川に飛び込んだのを助けた」。
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