本日は!
本日も、
日本神話 の話。
高祖山に天降った
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと) は
「この地は韓国(からくに)に向かい、
笠沙(かささ)の岬まで
真っ直ぐに道が通じていて、
朝日のよく射す国、
夕日のよく照る国である。
ここはとても良い土地である」
と言って、宮殿を建てて住むことにしたという。
今宿には 笠掛 という地名がある。
笠沙=笠掛 と仮定して、
この物語を今宿の地図上で読み解くと、
いろいろなことが符合する。
まず 「韓国に向かい・・・」 とは、
笠掛 から真西方向を向くと、
可也(伽耶)山 があり、
古代朝鮮までの道程(航路)と重なる。
「笠沙の岬・・・」 とは
古代の海岸線がもっと内陸だったことから
笠掛 から今宿上町方向に伸びる
岬だったと思われる。
「朝日のよく射す国、夕日のよく照る国である。」
とは 志登神社 を基点とした、
一年を通した太陽の動きを
計れる地であることを表しているのでろう。
太陽が、
どの位置から太陽が昇り、
どの位置に太陽が沈むのかを観測すれば
最も強まる 夏至の日 と
最も弱まる 冬至の日 が判り、
1年の暦ができる。
農耕社会において
季節を知る術は必須条件である。
また、
可也山 から 志登神社 を通る東西の軸線には
伊覩神社
丸隈山古墳
今宿笠掛(笠沙の岬)
大塚古墳
二宮神社(旧)
などが不思議と一直線上に並ぶ。
たぶん、
一年を分ける春分・秋分の太陽のラインと
関係があるのだろう。
瓊瓊杵尊 が建てたとされる宮殿とは
今宿五郎江遺跡 なのかもしれない。
その後、
瓊瓊杵尊 は 笠沙の岬 で、
木花之開耶姫(このはなのさくやひめ) という
美しい女性と出会い結ばれる。
木花之開耶姫 はやがて、
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと) を産む。
彦火火出見尊 は 山幸彦 のことで、
今宿今山(夷魔山) に残る
山幸彦 が弓で 夷魔 を射平らげたと
伝えられる話につながってゆく。