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限りなき知の探訪

50年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第293回目)『「以血洗血」を学ばない愚者、トランプと金正恩』

2017-10-01 21:16:41 | 日記
先日(2017年8月1日)私にとっては第5冊目(単著)となる
 『世にも恐ろしい中国人の戦略思考』(小学館新書)
を上梓した。この本は、当初の予定より随分出版が遅れてしまったが結果的には遅れたことが逆に良かった。というのは、編集者の岡本八重子さんの適切な編集と、暖かくもポイントをついた指摘により私自身では思いつかなかった追加項目を盛り込むことができたからである。以前の4冊の出版の時もそうであったが、つくづくと本というのは編集者と著者の2人の共同作業だと思う。

私の好きなプラトンになぞらえるとソクラテスは「自分は魂の産婆だ」と言い、青年の魂に智(sophia)を孕ませ、産みださせると言ったが、まさにそれと同じく、良き編集者は著者に新しい着想を孕ませ、産みださせる。今回の本でいう「新しい着想」とは、今まで以上に、資治通鑑から現代中国政治の動きを解き明かすという点を明確に打ち出したことである。

始めの本『本当に残酷な中国史』(角川新書)にもこの視点は入っていたのだが、今回は私が見過ごしていた、合計で20箇所ほどに、再校の段階で手を加えることができた。これによって、資治通鑑という本が読者にとってより一層身近に感じてもらえるものと期待している。

さて、この『世にも恐ろしい中国人の戦略思考』(P.36)に習近平の汚職摘発に関して次のように述べた一節がある。

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資治通鑑に描かれているこれら一連の生死をかけた政治闘争を見ても分かるが、中国において、汚職政治家が摘発されたからといって、政界が浄化されるわけでなく、後釜に座った政治家が同じようにまた賄賂政治を行うだけの話なのだ。「血をもって血を洗う」(以血洗血)という言葉をもじっていうと「汚水で汚水を流す」のが、中国の伝統なのだ。
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この「以血洗血」は旧唐書(巻127)に見える語句である。回紇の酋長である突董ら4人が唐の役人に殺されたので報復のため、使節としてやってきた源休を殺そうとした。しかし、武義成功可汗は「それでは『以血洗血』ことになり、紛争が絶えない、ワシは『以水洗血』ことで、事態を収拾したい」と述べた。



「以血洗血」という言い回しは、歴史をさかのぼれば、かつてギリシャのぺロポネス戦争を叙述したトゥキディデスの『戦史』(5-65)にも似たような文句がある。


(cure one evil with another)

この文句が発せられたのは、BC418年にアルゴス軍とスパルタ軍が戦った時、その前の戦いでチョンボをして市民から糾弾されたスパルタ王のアギスがここぞとばかりに名誉を挽回しようと、アルゴスの砦に無理な攻撃を仕掛けようとした。この時、これを見ていたスパルタの長老が「お前は禍を禍で癒すつもりか」と怒鳴ったのだ。その言葉の意味を理解したためか、アギスは突進するのを中止し別の作戦に変えた。結局、この転戦が功を奏し、スパルタ軍はこの戦い(マンティネイアの戦い)では大勝利を収めることができた。

いづれのケース(武義成功可汗、アギス)も、冷静になって状況を見極めて賢明な対応をした。こういった智慧者が過去にはいたが、昨今の北朝鮮とアメリカの舌戦は、いみじくもロシアのラブロフ外相が「幼稚園児の争い」と形容したように、誠に下劣なものだ。先ず、トランプ大統領が金正恩のことを「ロケットマン」とこき下すや、金正恩はそれまで聞いたことのない古めかしい単語を引っ張り出してきて「dotard」(老いぼれ)と罵倒した。それだけでなく「史上最高の超強硬対応措置断行を慎重に考慮する」と脅迫文言の逆王手をかけた。

ビスマルクは「愚者は経験に学びび、賢者は歴史に学ぶ」(注)と言ったそうだが、この言い方が正しいとするなら、「以血洗血」の歴史を学ばないこの2人は、どうやら賢者ではないのでは?(もっとも今更、始めて気づいた訳でもないのだが。。。)

(注)但し、ビスマルクの言葉 「愚者は経験に学びび、賢者は歴史に学ぶ」
"Nur ein Idiot glaubt, aus den eigenen Erfahrungen zu lernen.
Ich ziehe es vor, aus den Erfahrungen anderer zu lernen, um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden."

の意味は、『社会人のリベラルアーツ』(祥伝社)P.60、にも書いたように正しくは次のように解釈すべきである。「ビスマルクは歴史書を読めとだけ言っているのではなく、他人の経験を知ると智恵が増し、失敗を避けることができると言っているに過ぎない。」

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