限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

百論簇出:(第274回目)『多面的な観点から考える自然科学論の授業』

2023-08-06 09:50:49 | 日記
前回述べたように、この9月の秋学期から某大学でリモートで2科目を教えるようになった。国際関係論については前回述べたので、今回は現在の自然科学の授業について述べよう。

「国際関係論」同様、自然科学論について他大学のシラバスをウェブ検索してみたところ、2通りの構成案があることが分かった。一つは自然科学とは言い条、視野をかなり限定した形式だ。もう一つは、複数の教官がオムニバス形式で、それぞれ自分の専門の分野について輪番に話す形式だ。これら両方とも、かなり予想された結果だ。その理由について説明しよう。

先日のブログでも触れたが、昨年(2022年)私は日立評論のWebサイトに科学技術史の記事を合計17本連載して頂いた。そこでも述べたように、私が科学技術史に興味を持ったのは今から20数年も前に遡る。

私は小学生のころから工作が大好きであった。高校では物理が一番得意で、二番目が数学と英語であった。そのまま大学の工学部に入学し、物理現象について多く学ぶことができた。ただ、当時の工学部の授業には科学史がなかったので、私の得た自然科学の知識は、今から考えると自然科学の中でかなり偏っていたといえる。いわば広大無辺の自然科学のごく一部だけを詳しく知っているに過ぎなかった。もっとも、社会人となって技術者として立っていくにはそれでも不都合は全く感じなかった。

ところが、20数年にたまたまルネ・タトンが編纂したフランス語の科学技術史の大著『一般科学史』"L’Histoire Générale des Sciences"の端本を古本屋の軒先で見つけてから事情が変わった。この時、同時に、『ダンネマン 大自然科学史』(安田徳太郎・訳,三省堂)も入手し、遅まきながら「科学史ことはじめ」を始めたのであった。これら2冊は大部で、読むのに1年以上かかった。

とりわけ、ルネ・タトンの方は、フランス語で3000ページ以上もあるので、てこずった。しかし、苦労の甲斐あって、この2冊を通読することで初めて、西洋だけの自然科学ではなく、全世界的な自然科学の発展の経緯の全貌をつかむことができた。

ところが、読んでいるうちに気づいたのであるが、これだけでは科学技術史のうち半分の「科学史」でしかなく「技術史」がないのだ。そこで技術史の本を探してみて分かったのは、技術史の本は科学史に比べて個別性が高いせいもあり、技術史全体を通鑑した本がなかなか見つからなかった。それでもしつこく探していると、チャールズ・シンガーが編纂した『技術の歴史』(筑摩書房)という全14巻の大部の本に巡り合うことができた。日本語訳もでているが、技術の専門用語の原語を知りたいと思い、英語版をアメリカから取り寄せた。私の学生時代と異なり、インターネットの発達した現在、この本のように数十年前の古書でもいとも簡単に入手することができた。

さて、数ヶ月かけてこのシンガーの大著をあらかた読み終え、私はようやく、エンジニアとして備えておくべき、基礎教養としての科学史・技術史の全貌を把握することができた。そして、感じたのは、科学史、技術史のどちらにしても、数学的、理学的、科学的な専門的訓練を受けていない一般の素人がとても手を出せるものではないなあ、ということだった。私はともかくも工学部の授業や卒論・修論などで専門分野の論文をかなり読み込んできた。それで専門分野と多少異なる分野でも専門的な探求方法論は理解できる。しかし、そういう訓練を受けていなければ、たとえ大学を卒業しました、といっても、文科系であれば、科学史や技術史の記述法についていくのはとても難しいのではないか、と感じた次第だ。

一方で、理科系を卒業したといっても、関心がなければ、科学や技術に関しても、自分の専門外の分野についてはほとんど知識は蓄積されないだろう。残念ながら、現在の理科系の大学の研究体制は、特定の狭い領域の問題を扱っているため、大学の教官といえども「自然科学全般」について語ることは難しいのではないだろうか。

これから分かるように、「自然科学についての講義」のシラバスは冒頭でも述べたように、一人の教官が担当するとなると、その人の専門分野に限定された話となる。それでは、学生にとって面白くないだろうからと、分野をひろげると数人の教官がオムニバス形式で担当することになる。



私は自分自身の内なる好奇心から科学・技術のかなり幅広い分野について、いろいろな本を読んできた。学生時代には、工学や数学に関しては専門書を読むことがほとんどであったが、社会人となってからは、特に近年は、新書から科学・技術に関する知識を得ることが多い。学生時代、新書といえば、講談社のブルーバックスや一部の岩波新書を除いては、ほぼ人文・社会系しかなかったが、近年は特に科学に関してはかなり高度な内容の良質の本が数多く出版されている。

現在、これらの新書の情報とともに、ウェブから得られる文字情報や画像情報を統合することで、自然科学全般に渡ってかなり突っ込んだ内容を知ることができる。そういう訳で、私の自然科学の授業に対しては、イギリスの詩人、アレクサンダー・ポープの有名な句
 Fools rush in where angels fear to tread.
(天使も踏みこまぬ所に愚者なればこそ)

にあるように、良心的な教官であればしり込みするような分野に敢えて、無謀にも踏み込んでみようという心意気である。
コメント
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