限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第303回目)『良質の情報源を手にいれるには?(その8)』

2018-05-06 21:40:11 | 日記
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A-2.ギリシャ語・語源辞書

A-2-1 Georg Curtius, "Grundzüge der Griechischen Etymogolie"

これまでは、ギリシャ語の辞書を説明したが、これからはギリシャ語の語源辞書について説明しよう。

たいていの方は、「ギリシャ語にも語源辞書などあるの?」と不思議に思われるであろうが、現在、世の中にはかなりしっかりとしたギリシャ語(だけでなく、ラテン語も含め、数多くのインド・ヨーロッパ語族)の語源辞書が存在している。それと言うのも、ウィリアム・ジョーンズが 18世紀末にサンスクリット語がギリシャ語やラテン語と似ていると気付いてからすでに200年近くもわたって、ヨーロッパ語の単語が隈なく調べ尽くされた結果に他ならない。

この時、好都合だったのはギリシャ・ローマではかなり多くの石に刻まれた碑文が残っていたことだ。碑文から各年代ごとの単語の綴りの遷移が分かる。さらにギリシャ語の特徴でもあるが、各地の方言がそのまま文学作品となり残されていたことだった(ように私には思える。)確信はないが、数多くの方言のお蔭で、ギリシャ語の単語の音韻変化に関する規則を導くのに役立ったように感じる。

さて、今を去ること約20年前の1999年に私が一念発起して、ラテン語とギリシャ語を独習し始めた当初は、単語や文法規則を覚えるのに手一杯でとてもこれらの単語の語源などを調べようという気にはならなかった。しかし、その内に知っている単語が増えてくるに従って、次第に派生語から語源に遡りたいという欲求が強くなってきた。語源の意味を知るというのは、英語の単語でもそうだが、単語がもつ根源的なニュアンスを正しく捕まえるのに非常に役立つ。語源を知らずに単語の意味を理解しようとしても ― 四字熟語を使って言うと ― どことなく「隔靴掻痒」的な感じが免れない。語源の意味が分かると「なるほど、この単語の本来の意味はこうで、それからこのいう意味が派生して来たのか」と納得できるのである。

当時はまだギリシャ語の本格的な語源辞書があることなど知らなかったので、ギリシャ語の語源に関しては、

Georg Curtius の "Grundzüge der Griechischen Etymogolie"と

いう本(半分、辞書のような本)を使っていた。



これは、ラテン語の辞書 "A Latin Dictionary" L&S (Lewis and Short) でラテン語化されたギリシャ語の単語を説明するのにしばしば引用されていたからである。権威あるL&Sに引用されている位だから、由緒正しい、良い本なのだろうと当たりをつけた。

ところが、日本国内の古本屋のWebサイトを調べてみてもこの本は見つからなかった。それで、ドイツの古本屋のサイトで探すと、何冊かが売りに出ていた。少し高かったが、思い切って購入した。届いてみてびっくりしたのは、出版年が 1879年というから、明治 12年、つまり100年以上まえの本であるにも拘わらず、紙質と印刷が非常に良いおかげで、読むのに全く支障がないことであった。

その後、いろいろと調べると、この本は売れ行きがよいので、何度か改定(バージョンアップ)されたらしく、その都度増補されている。それで、バージョン毎にページ数が異なるのであるが、以前のページ数も振られている。流石、ドイツ人の律儀さが良く表れている。以前、カントの「純粋理性批判」をドイツ語で読んだが、この時も、増補前のページ数もきっちりと振られていた点には感心した。

日本ではこのような点に関しての配慮は ― 少なくとも、私の知る限りでは ― 皆無である。私も本やブログで文献を引用する時には、出典をなるべく記載する方だが、その時、いつも気になるのが、私の使っている本と異なる版を使っている人にはページ数などは無用(あるいは混乱)の元になるかもしれないと思うことである。科学は言うまでもなく、文化の進展にも、些細な点ではあるが、こういった気配りが必要だと私は考える。

さて、Curtiusの本で syrinx の語源を説明している部分を下に示す。



この本が出版されたのは、William Jones が印欧語の関連を発見してから既に100年近く経っているので、ラテン語はもちろんのことサンスクリット語も引用しながら、説明が付けられていて、それなりに納得できる説明になっている。単に、ギリシャ語の辞書を引いて、意味を知るだけでなく、他の言語の単語との根源的なつながりをしることができ ― 少々高い買い物ではあったが ― 知的好奇心が満たされる思いを抱いた。

(もっとも、このような古い本は、著作権が切れているため、現在では、Google Books など、いくつかのサイトからPDF形式で無料でダウンロードできる。)

当初は、ギリシャ語の派生語から語源を知りたい時にはこれをよく引いたものであるが、本来がこれは辞書ではなかったため、探している単語が見つからないケースがかなり多いことがあり、不満が残った。それで、他にギリシャ語の語源辞書はないものかと探し始めた。

続く。。。
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