限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

沂風詠録:(第304回目)『良質の情報源を手にいれるには?(その9)』

2018-06-17 18:24:06 | 日記
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A-2.ギリシャ語・語源辞書
A-2-2 Hjalmar Frisk, "Griechisches Etymologisches Wörterbuch"

ギリシャ語の語源辞書を探して、神保町の洋書専門店に入った。現在では、Webなどで日本国内はもとより、諸外国の古本屋の在庫が簡単に検索できるが、当時(2002年ごろ)はまだそこまで情報が普及していなかった。それで、この手の本を探す時には、いつも神保町の洋書専門店をのぞいていた。神保町には、崇文荘、一誠堂書店、北沢書店、明倫館書店、田村書店、小川図書、大島書店、などがあり、それぞれの店はオーナーの好みに従って強いカラーがある。

明倫館書店は、今はそれほどでもないが、大部の辞書や百科事典が店頭にど~んと置いてあり、値段も非常にリーズナブルであった。ある時、ここで見つけたのが、中学生の時( 1970年)家まで販売員が売りに押しかけてきた Encyclopaedia Britannica であった。当時の私の英語力ではとても難しすぎて手出しがでないので、買わなかった(それに、高すぎて買えなかった)が、それでもクリーム色の上品な装丁はよく覚えていた。数十年してそれと対面したが、見た瞬間に当時のことを思い出した。値段をみると、なんと全巻(24巻)で 6000円だった! というのは、このうちの1巻の数十頁にちょっとした「しわ」があるとのことだった。私にとっては、そのような微細な瑕疵など全くないのも同然なので、喜んで購入した。(ただし、送料は3000円かかったが)この Britannica は、14改定版である。私はそれ以外にも最新の 15版や、歴史的評価の高い11版ももっているが、このクリーム色の 14改定版の大項目制の体裁とその記述内容には使う都度感心している。一番信頼のおけるバージョンだと思っている。

田村書店は、一階は和書専門で、洋書はすこし傾きかけた階段を用心しながら登らないといけない。狭い(一人しか登れない)階段の途中にも、売り物の洋書が置いてあるので、これもチェックしながら二階に入ると、店主の好みであろうと思うが(小川図書とは対極で)英語の本は少なく、フランス語とドイツ語の本がかなり多く置いてある。本もどちらかというとかなりの年代物が多い。ここでもかなりの洋書を購入したが、印象に残っているのは、フランス語の大辞典である、Grand Robert を購入したことだ。それまで、Petit Robert は学生時代から持って使っていたが、フランス語がそれほど得意でもない私には、これでも十分すぎる位の内容だった。ところが、Petit の10倍ぐらいのボリュームのある文字通り Grand (1976年版)が何と数千円で売っているのをみて、衝動的に欲しくなり、買った。「何故、これほど安いのか?」との疑問は使っている内にすぐに分かった。6巻+補1巻、計7巻の内の1巻にわずか数十頁ほどの重複ページがあったのだ。落丁であれば、問題だが、重複しているだけなので、そこだけホッチキス止めすれば、全く問題ない。私にとっては、全くお買い得商品で、たまにフランス語の難しい単語の由来などを調べる時に使っている。英語でいうと OED(Oxford English Dictionary)に該当する Grand Robert ではあるが、正直、OED より内容の充実度からいうとかなり劣るが、それでも私には貴重な情報源である。



このような昔話をしているときりがないので、本題のギリシャ語の語源辞書の話に戻すと、ある時、崇文荘の2階の棚に、 Frisk の3冊本が置いてあるのに目が留まった。崇文荘は当時は、よく行っていたので、多分、随分と前から置いてあったのだろうが、関心がない時には目につかなかったのだろう。背表紙のタイトルに引かれて Frisk を手に取ってみると、欲しいと思っていたギリシャ語の語源辞書そのものであった。値段は多少高かったものの、思い切って購入した。Frisk の本で syrinx の語源を説明している部分を下に示す。



始めに単語の説明があるが、syrinx には「管やそれに類した形状のもの」という一般的な意味の他に「地下通路」(unterirdischer Gang)という意味もあると、通常の辞書並みに、かなり詳しく説明する。

語源の説明では「地中海か中東由来の言葉かも」(mediterranen order orientalishcen Ursprung nahelegt)という説があることを述べる。

この Frisk は、Web でチェックしてみると、欧米の古本屋でも相当の値段のする代物であることが分かった。さらに言うと、 2018年現在でも、ドイツのAmazon サイトではまだ新本が販売されている。
 ISBN-13: 978-3825306526、ISBN-13: 978-3825306533、ISBN-13: 978-3825322038

ところで、この本は、元来1960年と1970年に出版されているので、すでに50年以上も前の本になるが、それでも内容が全く変更されず(unverändert)出版され続けている。当時のドイツの古典学のレベルの高さに驚くと同時に、金儲け主義的な軽薄な本ではなく、誠意のこもった立派な本を作る重要性をしみじみと感じる。

有り難いことに、このFriskの本は、ドイツでは既に版権が切れているらしく、Web では、同書の html 版、pdf 版を無料で見たりダウンロードすることができる。このような点において、日本は過去の文字情報に関する文化遺産の活用は、かなり遅れていると強く感じる。

続く。。。
コメント
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