獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

対話ブログ・ステージⅡ:論客ウトロさん登場(6)

2021-11-29 01:03:14 | 対話ブログ

■の文章は、シニフィエさんの対話ブログからの引用です。


■もう一度、功徳ついて考える       投稿日: 2013年8月24日

さて、せっかく意義ある対話が続いていたところでちょっとつまずいた感がでてきましたので、仕切り直しということでいきたいと思います。
もちろんこのブログのコンセプトはそのままに、誰にでも対話の機会を開くというのもかわらず、ここで交わされる対話は批判のための批判や、相手を貶めるための攻撃ではなく、お互いの理解を深めることを目的として行われることを前提にコメントをいただきたいと思います。一方的な批判なら誰にでもできることだし、そのことによって意義あるもの生まれることはないと思います。
管理人である私の立場、つまり創価のまちがいに気づいた人間がつくっているブログなので、私と立場を同じくする方が多く集まることは当然ですが、先日までのように現役の創価学会活動家さんや法華講さんのコメントもぜひいただきたいと思います。
そこで、前回は「芸術と宗教」というテーマで、特定の宗教の教義によって芸術を否定してしまうと、何も残らないのではないかという素朴な疑問から、みなさんのコメントをいただき、これはこれで創価の矛盾を考えるひとつの基準になったような気がします。
芸術と宗教についてはある程度考える基準みたいなものが見えてきましたので、次のテーマに移りたいと思います。次のテーマは何がいいだろうと考えたのですが、できるだけ素朴な疑問からでてきたものが、より多くの人がわかりやすいと思います。このブログの最初の当たりにも私の疑問は書いたのですが、あらためて「功徳って何だろう?」ということについて、みなさんの考えをお聞きできればと思います。
以下は去年の1月12日にこのブログに書いた「功徳って何だろう?」という文章です。
(以下省略)


解説
対話ブログが非公開になったため、これについたコメントを参照することはできません。
論客ウトロさんの秀逸なコメントがあったように記憶しています。
詳細を書けず、残念です。
是非、シニフィエさんには、対話ブログを再開していただけることを望みます。

獅子風蓮