佐藤優氏を知るために、初期の著作を読んでみました。
まずは、この本です。
佐藤優『国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて』
ロシア外交、北方領土をめぐるスキャンダルとして政官界を震撼させた「鈴木宗男事件」。その“断罪”の背後では、国家の大規模な路線転換が絶対矛盾を抱えながら進んでいた―。外務省きっての情報のプロとして対ロ交渉の最前線を支えていた著者が、逮捕後の検察との息詰まる応酬を再現して「国策捜査」の真相を明かす。執筆活動を続けることの新たな決意を記す文庫版あとがきを加え刊行。
国家の罠 ―外務省のラスプーチンと呼ばれて
□序 章 「わが家」にて
□第1章 逮捕前夜
□第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
□第3章 作られた疑惑
■第4章 「国策捜査」開始
□収監
□シベリア・ネコの顔
□前哨戦
□週末の攻防
□クオーター化の原則
□「奇妙な取り調べ」の始まり
□二つのシナリオ
□真剣勝負
□守られなかった情報源
□条約課とのいざこざ
□「迎合」という落とし所
□チームリーダーとして
□「起訴」と自ら申し出た「勾留延長」
□東郷氏の供述
□袴田氏の二元外交批判
□鈴木宗男氏の逮捕
□奇妙な共同作業
■外務省に突きつけた「面会拒否宣言」
□第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
□第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ
□あとがき
□文庫版あとがき――国内亡命者として
※文中に登場する人物の肩書きは、特に説明のないかぎり当時のものです。
第4章 「国策捜査」開始
外務省に突きつけた「面会拒否宣言」
6月5日、夜の取り調べ中に、拘置所職員がやってきて、「接見等を一部解除し、6月6日午前9時に外務省斎木昭隆(さいきあきたか)人事課長、大菅岳史(おおすがたけし)首席事務官との面会を許可する」との連絡があったので、私はその場で「面会を拒否する。そんな許可を俺は必要としない。今更なんだ。来るのが遅い」と凄みをきかせて述べた。
西村検事が「わかりました。すぐにこちらから外務省に佐藤さんは会う意思がないということを連絡しておきます」と言って、その場を納めた。職員が立ち去るとただちに西村氏は検察事務官を呼び、留守を頼み、十分程して戻ってきた。
「外務省に電話しておいたよ。『佐藤さんは会いたくないと非常に強い意思をもっておられるようです』と伝えておいた」
私は西村氏から「会うように」と説得されると思っていたが、そのようなことばは一言もなかった。
翌6月6日、朝いちばんで緑川由香弁護人との面会を終え、待合いボックスに入ると、拘置所職員が「1095番、一般面会、外務省、斎木課長他一名」と言ったので、私は「面会拒否」と答えた。暫くして、年輩の責任者が来て、「もしよかったら、面会拒否の理由を聞かせて」と尋ねるので、「面会拒否の理由の説明も拒否。半蔵門法律事務所の大室征男主任弁護人と接触してくれ」と答えた。
その夜の取り調べで、西村氏は「あなたはほんとうに先例のないことばかりするんだから。役人で検察庁の呼び出しに応じないのも初めてだし、起訴後、役所の人と会わないのもはじめてだ。前島君は会ったんだけれど、あなたから聴聞ができないので、さて外務省はあなたたちにどういう処分をかけたらいいのか困っているね。しかし、僕はこの問題に関しては中立」と笑いながら言った。
私は「外務省の人たちとは会わなくても、検察庁の任意取り調べには応じる」と答えると、西村氏は「御協力ありがとうございます」と言ったので、二人で笑った。
検察官と被告人の基本的利害が対立しているのに、心理的には妙な雰囲気になってきた。強制取り調べ期間が終わって、お互いに気が緩んでいる。検察官のペースに巻き込まれないようにと言い聞かせた。
西村氏からは、「前島君と三井物産との関係であなたにも聞きたいことがいくつかでてきたんだけど、協力してほしい」ということなので、私は実態について特に警戒心ももたずに話していた。
6月7日も三井物産の話が続くので、私が「再逮捕でも考えているのか」と尋ねると、西村氏は「今のタイミングでは何とも言えないね。全体像を見てからの話だ」と答えた。西村氏の尋問も、背任事件のときとは異なり、形だけ聞いてみるという感じだったので、私としてもこの件で再逮捕される可能性については考えていなかった。むしろ中央アジア絡みで私と鈴木宗男氏を絡める事件を作ろうと西村氏が知恵を巡らしているのではないかと疑っていた。
しかし、週明け、6月10日月曜日の大森一志弁護人が伝えてきた新聞記事の内容で、私は認識を全面的に改めることになる。
大森弁護人は「8日付日経新聞朝刊に、佐藤さんの指示で前島が三井物産に国後島ディーゼル発電機供与事業の入札価格を漏洩したという記事がでているんですが、気味が悪いです。ソースは特捜と思われるので、十分に注意してください」と言う。
私は、週末の西村検事による取り調べについて説明した。
その日の夜の取り調べで、私は単刀直入に切り出した。
「土曜日(6月8日)の日経新聞に、僕が三井物産に入札価格を漏らしたという記事が出ているんだけれど、新聞に出すのは最終段階だよね。これが特捜のやり方なのかな」
西村氏は怪訝な顔をして「なあに、その話」と答える。
私が記事の内容について述べると、西村氏は事務官を呼び、一時退席した。戻ってきた西村氏は、憤慨した口調でこう言った。
「ほんとうに知らなかった。いまディーゼル班に文句を言ってきた。『僕はいま、佐藤に日経新聞の記事についてどうなっているのかと詰め寄られているんだぞ、いったいどうなっているんだ』と。あなたには正直に言うが、ディーゼルと僕のやっている外務省関連事件は班が違うんだ。僕は完全情報をもっていない。だからどういう構成で事件を作ろうとしているかわからないんだ。僕だって「ガキの使い」じゃないんだから、こんな取り調べはやらない」
事実、その後、1週間、西村氏は三井物産絡みの尋問をしなかった。私は、「任意取り調べ期間に、西村さん以外の検察官から要請が来ても断る。再逮捕になった場合も西村さん以外が担当ならば、房籠もり、仮に強制取り調べになっても、完全黙秘をする」と伝えた。
西村氏は「そういうこと言わないで。別の検事が話を聞きたいと言ってきても、一回だけは取り調べに応じて。そうじゃないと僕があなたを囲い込んでいると思われる」と冗談半分に答えた。
弁護人は毎日面会に来る。東京拘置所の面会室は全体で二十室あまりで、その内、弁護人用は半分しかない。弁護士にとって、刑事被告人を抱えるということは、実は面会のために半日を潰すということである。しかし、弁護人はそのような恩着せがましいことは言わない。私を独房に戻す途中、拘置所職員が私に耳打ちしてくれた。
「佐藤さんの弁護士さん、毎日、2時間も3時間も待っているんですよ。ほんとうに熱心です。私たちは見ていてわかるんですよ。弁護士さんがどれくらい一生懸命やっているかは……」
私は弁護人に対して、毎日の取り調べ状況を詳細に説明した。弁護人の反応は興味深かった。
「佐藤さん、検察官も人間ですからね。被疑者から『あなた以外の取り調べには応じない』などと言われると嬉しくなっちゃうんですよ」
「検察官をしていると、ときに被疑者のファンになって、共犯事件では自分の被疑者のために『よい席』を取ろうと他の検察官と争ったりすることがあるんですよ。そこには検察官しか知らない人間ドラマがあるんです」
さて、三井物産問題を巡っては、検察の舞台裏では何が行われているのかと私は想像をたくましくした。
【解説】
第4章 「国策捜査」開始 は、今回で終了です。
goo blog の終了に伴い、今後は はてなブログに記事を引っ越しする予定です。
タイトルと内容はなるべく変えないつもりですが、作業にどれだけの時間がかかるか分かりません。
新しいブログに移ったあとも、よろしくお願いいたします。
獅子風蓮