獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

総括:コロナワクチン その2 安全性はどうだったのか?

2024-02-29 01:16:43 | 反ワクチン・陰謀論

新型コロナウイルスも度重なる変異を繰り返すことで弱毒化し、国民の多数が感染やワクチン接種による免疫を得ることで、新型コロナの感染者数も落ち着いてきました。

反ワクチンの人々はこの間、いろいろ無責任なことを言ってきましたが、ここらへんで一区切りですね。総括しておきましょう。

 

d-マガジンで興味深い記事を読みました。
何回かにわけて引用します。


ニューズウィーク日本版 2月20日号

Special Report
VACCINE
HERE ARE THE FACTS
あなたが打った
ワクチンの真実
医療
コロナワクチンのせいで過剰に人が死んでいる? 
国内外のデータを基に誤情報と陰謀論を検証する
國井 修
(元長崎大学熱帯医学研究所教授)

(つづきです)


ワクチンが実際に防いだもの

実社会においてはどうなのか。さまざまな研究が行われてきたが、なかでも世界に先駆けてワクチン接種を全国展開したイスラエルで実施された大規模研究では、ファイザー製ワクチンの接種群と非接種群それぞれ59万人を比較したところ、2回接種により感染率を94%、入院率を87%、重症化率を92%下げていたことが分かった。
米疾病対策センター(CDC)の報告ではモデルナ製でも似たような高い有効性が示され、イギリスからの報告ではアストラゼネカも1回接種の発症予防効果は73%と悪い結果ではなかった。
しかし、ワクチン接種が増えても流行が続き、接種しても新型コロナに感染した人の話を聞くと、「ワクチンは本当に効いているのか」と疑問に思った人も多いのではないか。
実際、新型コロナワクチンには2つの難しさがあった。1つはmRNAワクチンの免疫誘導力は強いが、その自然減衰も速いということ。ファイザー製ワクチンでは接種6カ月後に抗体価が約10分の1に低下してしまうとのデータもある。
2つ目は新型コロナウイルスの変異速度が速いため、変異株に対してはワクチンの有効性が下がる傾向にあることだ。特にオミクロン株には起源株で開発したワクチンを接種しても感染してしまう「ブレークスルー感染」を引き起こし、イギリスのデータではオミクロン株に対する発症予防効果がファイザー製で8.8% モデルナ製で14.9%と大きく下がっていた。
日本の調査でも発症予防効果はほぼ半減との結果だ。さらに最近では XBB1.5やEG.5、JN.1などオミクロン株の亜系統も出現し、起源株によるワクチンの効果が下がっているとの報告もある。
ではワクチン接種は意味がないのかというと、そうではない。3回目の追加接種をすることで2回接種に比べて発症率を75%、入院率を80%下げるとのイギリスの報告をはじめ、入院率を93%、重症化率を92%、死亡率を81%下げるとのイスラエルの研究結果もあり、追加接種の高い有効性を示している。
また、4回目の追加接種により、3回接種に比べてオミクロン株流行下のブレークスルー感染率を3分の1程度に抑え、発症や重症化も半分から3分の1に減少させるとのデータのほか、60歳以上では発症率を55%、入院率を68%、死亡率を74%下げる、という研究結果もある。これ らのエビデンスにより、多くの国で特にリスクの高い人々に対する追加接種が推奨されているのだ。
さらに起源株のワクチンだけでなく、BA.1やBA.4-5などオミクロン株に対応したワクチンの有効性も示され、アメリカの研究では発症予防とともに、73%の入院予防効果を示した。
オミクロン株の出現で30歳未満の若年層も多く感染し、さらに起源株ではあまり見られなかった5歳未満児の感染・重症化が目立つようになった。特にアメリカでは新型コロナによる子供の1日当たりの死亡数がオミクロン株流行後は10倍に増加し、子供へのワクチン接種も推奨されるようになった。5~11歳の子供を対象としたアメリカの研究では、ワクチン接種群は非接種群に比べ感染率を74%、重症化率を76%、集中治療を要する入院率を85%下げている。
ワクチン接種によるパンデミック収束を期待していた人々にとっては劇的な効果に見えなかったかもしれないが、世界のさまざまなデータを基に推計すると、20年12月からの1年間だけでワクチン接種によって世界で1980万人の命が救われたとの推計もある。
つまりワクチンがなければ今の5倍以上に死者が増えていた可能性がある。京都大学の西浦博教授らの研究でも、ワクチンがなければ日本国内の21年2~11月の死者は約36倍に増えていた可能性が指摘されている。
では安全性はどうだったのか? 
まずワクチン接種で留意すべき副反応はアナフィラキシーショックである。急性のアレルギー反応で、軽いものは蕁麻疹程度だが、くしゃみ、吐き気、下痢など複数の症状が現れ、重篤になると呼吸困難や動悸、さらに血圧と意識が低下して命に関わることもある。これらがわずか30分以内に起こることもあるのだ。


「重篤な副反応」疑いの例

CDCによると、ファイザー製ワクチンの初回接種によるアナフィラキシーの発生頻度は100万回接種して4.7例、モデルナ製では2.5例、日本ではファイザー製で100万回接種当たり3.6例、モデルナ製で1.6例が報告されている。
適切な問診と処置をすればアナフィラキシーによる死亡はめったに起こらないが、アメリカではカンザスシティーに住む68歳の女性などがアナフィラキシーの疑いで死亡している。世界14カ国にわたるの研究では新型コロナワクチンによるアナフィラキシーは7942例、うち死亡は43例だった。
インフルエンザワクチンによるアナフィラキシーの発生頻度は接種100万回当たり1.3例で、それに比べるとやや多いが、食物によるアナフィラキシーを経験したことのある小中高生は日本で100万人当たり約6200人、食物によるアナフ ィラキシーで死亡する人が毎年3人ほどいることを考えると、新型コロナワクチンのアナフィラキシーが必ずしも多いとは言えない。
ワクチンに関連する重篤な副反応の疑いとして心筋炎や心膜炎もある。メカニズムは不明だが、ワクチン接種による発熱や免疫反応の活性化により心筋などの炎症が引き起こされる可能性が考えられている。世界中から報告があるが、日本ではワクチン接種後に10代男性で起こる心筋炎の発生頻度はファイザー製で100万人当たり3.69件、モデルナ製で28.8件である。
一方、新型コロナの感染自体による心筋炎の発生は100万人当たり220件、特に新型コロナに感染したアメリカの平均19歳のスポーツ選手では2.3%、100万人当たりにすると2万3000人に心筋炎が発生する計算になる調査結果もあり、心筋炎・心膜炎はワクチンによって起こるリスクよりも、ワクチンを接種せずに新型コロナに感染して心筋炎にかかる可能性のほうが圧倒的に高いことが示されている。
さらに、ワクチン接種によって起こる心筋炎や心膜炎のほとんどは回復するが、感染に伴う場合は「コロナ後遺症」として長期に症状が続くケースも多い。
顔面神経の機能不全で顔の片側の筋肉が突然動きにくくなったり動かなくなるベル麻痺も、特にmRNAワクチン接種後の発生が報告された。通常でも毎年100万人当たり150~300人の発生がある疾患だが、アメリカの600万人以上のデータを含む調査研究ではワクチン接種による過剰な発生は見られていない。
四肢の脱力、しびれ感が急速に全身に広がるギラン・バレー症候群(GBS)も、ワクチン接種後の副反応疑いとして報告されている。
GBSは一般的に風邪や下痢などの症状から発症するが、時にインフルエンザやポリオなどのワクチン接種や抗ウイルス薬、抗癌剤などの医薬品による副反応としても発症する。アメリカでの報告数は新型コロナ以前で年間100万人当たり10~20例で、インフルエンザワクチン接種によるGBS発生は100万回で1~2例であった。
新型コロナに対するファイザー製とモデルナ製ワクチン接種後のGBSの報告数は、アメリカで接種100万回当たり10例と自然発生率とほぼ同じだったが、ヒトのアデノウイルスをワクチン成分のベクター(運び手)に利用するジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)ワクチンではその15~30倍の発生率と高く、チンパンジー由来のアデノウイルスをベクターに利用するアストラゼネカ製ワクチンでも接種100万回当たり10例前後の超過発生が起こるとの研究結果もあり、注意が必要だ。
一方、新型コロナ感染によってもGBSは発症するが、イスラエルの研究ではその発症リスクが非感染者の6倍と高いため、mRNAワクチンで感染を予防したほうがGBSの発症リスクは低いと考えられた。
ウイルス感染後やワクチン接種1~4週間以内に起こる脳・脊髄の疾患に、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)がある。
人口100万人当たり8人ほどが罹患するまれな病気で、子供に多い。発熱や頭痛、吐き気などから始まり、意識障害やけいれん、手足が動かしにくい、目が見えにくい、しゃべりにくい、ふらつくなどの症状が現れる。多くは数日以内に回復し、6カ月以内にはほとんどの人が回復すると言われている。
新型コロナワクチン接種後の副反応疑いとして、世界で20件の研究報告から54症例が報告されたが、発生頻度は100万人当たり0.2例程度。これをワクチンによる副反応とするには頻度が低く、むしろ新型コロナ感染後に発生するADEMのほうが多いとの報告もある。

(つづく)


解説
世界に先駆けてワクチン接種を全国展開したイスラエルで実施された大規模研究では、ファイザー製ワクチンの接種群と非接種群それぞれ59万人を比較したところ、2回接種により感染率を94%、入院率を87%、重症化率を92%下げていたことが分かった。

実社会においても、ファイザー製コロナワクチンは、きわめて高い有効性を示しました。


実際、新型コロナワクチンには2つの難しさがあった。1つはmRNAワクチンの免疫誘導力は強いが、その自然減衰も速いということ。ファイザー製ワクチンでは接種6カ月後に抗体価が約10分の1に低下してしまうとのデータもある。
2つ目は新型コロナウイルスの変異速度が速いため、変異株に対してはワクチンの有効性が下がる傾向にあることだ。

しかし実際には、このようにワクチンには、2つの難しさがありました。

 

ワクチン接種によるパンデミック収束を期待していた人々にとっては劇的な効果に見えなかったかもしれないが、世界のさまざまなデータを基に推計すると、20年12月からの1年間だけでワクチン接種によって世界で1980万人の命が救われたとの推計もある。
つまりワクチンがなければ今の5倍以上に死者が増えていた可能性がある。

このことは、了解しておく必要があります。

 

安全性はどうだったのか?
(中略)
心筋炎・心膜炎はワクチンによって起こるリスクよりも、ワクチンを接種せずに新型コロナに感染して心筋炎にかかる可能性のほうが圧倒的に高いことが示されている。

アナフィラキシーの発生頻度は他のワクチンに比べてやや高かったことは事実だが、ワクチン接種現場で適切な処置が行われればめったに死亡することはありません。
心筋炎や心膜炎は重篤な副作用ですが、ここに書いてあるように、ワクチン接種せずに新型コロナに感染した場合のリスクの方が高いのです。

ギラン・バレー症候群(GBS)についても、同じような考察がなされています。

 

獅子風蓮


総括:コロナワクチン その1 ワクチンは本当に効いていたのだろうか?

2024-02-28 01:42:20 | 反ワクチン・陰謀論

新型コロナウイルスも度重なる変異を繰り返すことで弱毒化し、国民の多数が感染やワクチン接種による免疫を得ることで、新型コロナの感染者数も落ち着いてきました。

反ワクチンの人々はこの間、いろいろ無責任なことを言ってきましたが、ここらへんで一区切りですね。総括しておきましょう。

 

d-マガジンで興味深い記事を読みました。
何回かにわけて引用します。


ニューズウィーク日本版 2月20日号

Special Report
VACCINE
HERE ARE THE FACTS
あなたが打った
ワクチンの真実
医療
コロナワクチンのせいで過剰に人が死んでいる? 
国内外のデータを基に誤情報と陰謀論を検証する
國井 修
(元長崎大学熱帯医学研究所教授)

超スピードで開発された新型コロナウイルスのワクチンは、2023年末までに世界で約136億回接種された。一方で、国内外の一部ではその危険性を訴える声が拡散し続けている。本当のところ、ワクチンの有効性と危険性はどうなのか。世界の感染症対策をリードしてきた医師の國井修氏が国内外のデータを基に検証した。そこから見えてきたコロナワクチンの真実とは?(本誌編集部)


ワクチンにはデマや誤情報が付き物である。古くから「ポリオや麻疹などのワクチン接種で HIVに感染する/不妊になる/自閉症になる」などがあったが、現在でも「新型コロナウイルスやインフルエンザのワクチン接種で過剰に人が死んでいる/闇の政府が絡んでいる」などの言説がSNSなどで広がっている。パンデミックにちなんで、こうしたデマや誤情報が広がることをインフォデミック(infodemic)、陰謀論が広がることをプランデミック(plandemic)と言う。
私はこれまで30年以上、主に途上国の感染症対策や母子保健に従事し、現在は結核やマラリア、顧みられない熱帯病などの感染症の研究開発支援をしているが、さまざまなワクチンに関し、多くの国で同じようなデマや誤情報が広がるのを見聞きしてきた。そうして人々の間にワクチン忌避が広がり、感染や死者が増える現実も目の当たりにしてきた。
本稿では新型コロナパンデミックを振り返り、実際にワクチンは有効だったのか、それによるワクチン後遺症や死者はどれほどいたのか、今後、新型コロナに限らず、ワクチンに対してどのような情報を信じ、どのように対処したらいいのかを国際的データを使いながら考えてみたい。
新型コロナワクチンには、2020年12月2日にイギリスで世界初の緊急使用許可を得た米ファイザーとビオンテックが共同開発したmRNAワクチンを筆頭に、WHO(世界保健機関)が緊急使用リストに入れたものが16製品ある。世界で研究開発が進められたワクチン候補は240を超え、その臨床試験は80カ国800件以上実施された。そこから選ばれた16製品は、研究開発の方 法、製品の品質・安全性・有効性・免疫原性(抗原が免疫反応を引き起こす能力)・効能などの観点から厳しい審査を通過したものと言える。
新型コロナワクチンは23年末までに世界で約136億回接種され、初回ワクチン接種と追加接種はそれぞれ世界人口の7割、3割をカバーしたとされる。ただし、国民のほぼ100%が接種している国もあれば、5%に満たない国もあり、その格差は大きい。ちなみに日本は、24年2月6日時点で4億2200万回以上が接種され、1回目接種は人口の8割超、特に高齢者は9割超、3回目接種も人口の約7割をカバーし、接種率は世界のトップクラスだ。
この新型コロナワクチンは本当に効いていたのだろうか?
ワクチンの有効性は病原体やワクチンの種類によって大きく異なる。例えば天然痘や麻疹のワクチンであれば、1~2回の接種で100%に近い感染予防効果を示し、その効果は一生続くため、接種率を上げれば感染者や死者数を急速に減らすことができる。天然痘が根絶できたのも、麻疹による死亡が急減したのもワクチンの役割が大きい。
一方、新型コロナについては、世界でワクチン接種が広がりながらも、なかなか流行が止まらず、増加したように見える国もあった。そのため、有効性を疑問視する人が少なくない。


そもそも「有効性」とは何か

ここで有効性とは何か、いかにそれを測定するかを整理したい。有効性には大きく分けて、①感染・発症の予防 ②重症化・死亡の予防の2つがある。この有効性の評価方法には、①ワクチンで誘導される免疫力を血液で測る ②臨床試験で接種群と対照群に分け、発症率・重症化率・致命率などを比較する ③ワクチン普及後に目的の感染症の発症や死亡が実社会でどのくらい減少したかを測る、という3つがある。
まず免疫力は、ウイルスと闘う中和抗体などの物質がワクチン接種によってどれだけ増加するかを測るが、日本で承認されているワクチン全てで大幅な上昇を示し、なかにはこれらの抗体価が50倍以上に上昇したものもある。
次に臨床試験での有効性だが、20年11月に公表されたファイザー製ワクチンの臨床試験データの最終分析結果には世界が驚いた。発症予防の有効性が95%というのだ。
誤解しやすいので説明しておくと、これは100人がワクチンを受けて95人が感染しないというものではない。ワクチンを接種したグループと接種しないグループの間で感染・発症や重症化を比較して、どれだけ予防できたかを示すものだ。
例えば1000例にワクチン、1000例にプラセボ(有効成分や害のない偽薬)を接種し、プラセボ群で100例、接種群で5例が感染した場合、プラセボ群の感染リスクは 100/10000=0.1(10%)、接種群の感染リスクは5/1000=0.005(0.5%)となる。
接種群の感染リスクをプラセボ群の感染リスクで割ったもの(0.5/10=0.05)をリスク比と呼び、プラセボ群に比べてどれほど接種群に発症リスクがあるかを示し、1-リスク比(1 - 0.05=0.95)は逆にどれだけリスクを回避したかを示す。これが有効性95%となる。
ファイザーの臨床試験には接種群2万1720人、プラセボ群2万1728人が参加。新型コロナを発症したのは接種群で8人プラセボ群で162人であり、各群の発症リスクからリスク比を求めると4.9%、従って有効性は95%とされた。ちなみに重症患者はワクチン接種群で1人、プラセボ群が9人で重症化予防も約90%と高い有効性が示された。
同じmRNAのモデルナ製も似たように高い発症予防効果(94.1%)を示し、mRNAではなくベクターワクチンであるアストラゼネカ製も約70%の効果だった。ワクチン開発前、WHOや米食品医薬品局(FDA)では予防効果が50%以上であることをワクチン承認の条件としていただけに、いずれのワクチンも高い有効性を示したことになる。

(つづく)


解説
この新型コロナワクチンは本当に効いていたのだろうか?


一般的なワクチンの有効性の求め方について分かりやすい説明がありましたね。

初期の新型コロナの株については、mRNA型のワクチンに関していえば、90%以上の高い有効性を示していたことは事実です。


獅子風蓮


藤圭子へのインタビュー その23

2024-02-27 01:35:43 | 藤圭子

というわけで、沢木耕太郎『流星ひとつ』(新潮社、2013年)を読んでみました。

(目次)
□一杯目の火酒
□二杯目の火酒
□三杯目の火酒
□四杯目の火酒
□五杯目の火酒
□六杯目の火酒
■七杯目の火酒
□最後の火酒
□後記


七杯目の火酒

   4

__あなたは、お母さんがとても大事で、話をしてると、どうしてもお母さんが、多く出てくるよね。

「うん、そうだね、自分では気がつかないけど、そうかもしれないね」

__かりに……かりにだよ……お母さんと男と……あなたが惚れちゃった男がいて、そいつとどちらを選ぶか、という局面に追いこまれたとしたら……そんなことは起こりえないのかもしれないけど……そうしたら、どうする?

「うーん」

__そんな深刻な局面はありえないかな?

「いや、そんなことないよ。あたしも、どうするだろうって、考えたことある、それと同じことを」

__へえ。

「もし、嵐になって、船が転覆して、ボートに救いあげてもらえるとき、あとひとりしか乗れないとしたら、どっちを先にしてもらうかな、って。お母さんか好きな人か、って。やっぱりお母さんかな。もし、あたしもその人も助かったとしたら、生き残ったあとがつらすぎるからね。それに、あたしって、男の人を見る眼がないから、自信持てないよ」

__ハハハッ、見る眼がないのか、あなたは。

「感情に流されて、いつも失敗ばかりしているから」

__いつも、失敗しているの?

「うん。でも、自分が悪いんだから、納得してるけど」

__ハハハッ、納得しているの。

「そうなんだ……」

__今度も?

「えっ?」

__今度の、ほら、野球をやっている人の場合も?

「ああ……うん、そう。見る眼がなかった、あたしに」

__そして、そうやって納得してるわけか。

「そう、納得してる。納得してるけど……そんなにアッサリはできなかったけどね、いまみたいには」

__そのときは……いろいろあったわけですか、彼とは。

「そうだね……そうなんだ。あたし、ヒステリーを起こしたんだよね」

__誰に?

「お母さんに」

__いつ?

「4月頃」

__どこで?

「クラブで。クラブの楽屋で」

__あなたみたいな人でも、人並にヒステリーを起こすんですか?

「起こすんですよ、これが。すごいヒステリーを起こしちゃった」

__そんなにすごかったの?

「ここ10年で最大のヒステリー」

__ハハハッ、10年来のヒステリーか。でも、仕事をやる前はヒステリーなんか起こしたことなかったでしょ? それなら、10年来ということは、生涯最大のヒステリーということになるよね。史上最大のヒステリー……。

「そんなに馬鹿にしないでください。真剣だったんだから、ほんとに」

__ごめん。

「お母さん……あっ、またお母さんだけど……びっくりしたんだって。血の気が引くような思いをしたんだって。そのヒステリーの起こし方がとてもお父さんに似ていたらしいの。そっくりだったんだって。ああ、この子にもやっぱり、あのお父さんの血が流れているんだろうか……」

__そうか、それは血の気が引いたようになるのも、無理はないかもしれないね。泣いたり、喚いたり、物を投げたりしたんだね、きっと。

「エヘへ。そうなんだ」

__可哀そうに、お母さん。原因はどんなことだったの?

「営業で、ひどいクラブが続いていたんだよね。ほんとにお粗末なクラブなんだ。それでも我慢してやっていたんだけど、ある日、楽屋で爆発しちゃったの」

__どうして、そんなところにお母さんがいたの?

「それはね、一度舞台に出て歌ったんだけど、あまりお客さんがひどいんで、途中で引っ込んでしまったの。でも、そのまま帰るわけにいかないし……帰ったら困る人がいっぱいいるし……もう一度出て歌い直そうとしたんだ。でも、同じ衣裳じゃ出られないじゃない。もう一着、お母さんとお手伝いさんに急いで持ってきてもらったんだ。そんなふうに、一生懸命我慢していたんだけど、どうしても気分がたかぶって抑えようがなくて……ついに爆発しちゃったの。そういうことが続いていたんだよね。安っぽいキャバレーで……心が痛んでいるときに……変な客がいて、ヤクザみたいのとか、酔っ払いとかが、舞台に上がってきて……」

__それが直接の原因だとしても、もっとほかに、いろいろあったわけだね、心が痛む、何かが。

「うん」

__どうして?

「えっ?」

__どうして心が痛むようなことがあったの、その、野球をやる人との恋愛で。

「……」

__どうして?

「……」

__なぜなんだろう……。

「……裏切られたんだ」

__えっ、珍らしい台詞を吐くね、あなたにしては。

「裏切られたっていっても、怨みとか、そういうんじゃないんだよ。ぜんぜん、そういうんじゃないんだ。自分の思いがね、自分で勝手に思い込んだ、その思いが、裏切られちゃったと言ってるの。それが、それが……痛かったって言ってるの。心がね、痛んだっていうのは、そういうこと」

__自分の思い、ってどういう思いだったの?

「男の人を尊敬したいって思ったんだ。女がどれだけ頑張っても、やっぱり女なんだよね。できることなら、女は、やっぱり男に支えられて、そうやって生きていくことが幸せなんじゃないか、と思ったの。尊敬できる男の人と、一緒に生きていきたいと思ったんだ……でも……駄目だった」

__その人と、一緒に生きていこうと、思っていたの?

「うん……結構、真面目に考えていたんだよ……結婚を」

__結婚?

「そう……」

__それは意外だね。だって、その前に付き合っていた人、グループのボーカルをやってた人、その人のときには、結婚しようなんて思わなかったんでしょ?

「うん」

__相手も?


「うん……でも……すぐにというんじゃなかったけど、しばらくしたら、みたいなことは言ってたけど」

__まあ、一緒に住むということでよかったわけだ。あなたも彼も。それなのに、なぜ、次の人とは結婚しようと思ったの? あなたが結婚したかったの?

「正直言うとね、どうして一時期にしろ、熱くなって、惚れたかというとね……最初はあまり好きじゃなかったんだ、あたし。好きじゃなかったから、初めのうちは、むしろ惚れられたりすると、ややこしくなって困るなって思ったくらいなの。それがそそっかしくてこっちが惚れちゃったんだけど……」

__ハハハッ。

「笑わないでよ、そんなことで。悲しい話をしてるんだから」

__ハハハッ。

「それがどうして必要以上に熱くなっちゃったかというと、みんなでハワイに行ったんだよね。遊び仲間の人たちと一緒にハワイで一緒に時間をすごしているうちに情が移っちゃったんだ。どうしたって移るよね。移っちゃって、日本に帰ることになって、帰ってきたとき……成田で気がついたわけ。そうだ、ここであたしたちはバラバラになるんだ、この人は家に帰るんだ、家には奥さんがいるんだって気がついたの。そうだ、そうなんだ、って。そう思うと急に寂しくなったんだ。それに、やっぱり、人間ってさ、自分のものじゃないというと、欲しくなったり、そういうことってあるじゃない。それがあったから、一時期、そんなふうになっちゃったんじゃないかな」

__あなたが執着したの、結婚に。

「ううん、向こうが女房と別れるからって言い出したんだ。別れて、あなたと……あの人はあなたじゃなくておまえというんだけど……おまえと結婚するというわけ。奥さんがいて、子供がいるのに、それほどまでしてくれるというなら、なんて思ったことは確かにある。第一印象は悪くて、なんだろうこの人は、なんて感じがして……。でも、最初の印象って、正しいんだよね、いつでも」

__いまごろ、そんなことを言っても遅いんですよ。

「エヘヘ」

__まったく、阿呆なんだから……。

「最初ね、変わった人だな、と思って呆れて見てた」

__どうして知り合ったの?

「去年のオフにね、泉ピン子ちゃんたちと呑んでたら、ジャイアンツの若い人たちが呑んでるから来ないかって誘われて、みんなで行ったの。そこにいたんだ。変な人でね、女の人と見ると、すぐチークで踊りたがるの。ピン子ちゃんの付き人の人でもなんでも構わず、チークで踊るんだ。馬鹿にして見てたの、あたしは。でも、それから、そのグループで、よく会うようになって……ちょうどその頃、前に暮してた人と別れたすぐあとで、苛々してたんだよね。誰もいなくて、寂しかったんだね。馬鹿だね、あたしって」

__まったく。

「結婚して、子供さんがいるというのに、そんな人と恋愛するなんて、女のくせによくないよ。いくら好きになったんだから仕方ないといったって、好きになる前に、そういう行動を取らなければいいんだから、やっぱりよくないよ。ずいぶんひどいことをしたなあって、本当に後悔しているの。理屈で考えても、許されないことだよね。馬鹿と言われようが、何と言われようがしようがない。だから、かりに結婚したとしても、幸せになれるはずがないよね」

__これがぼくの妹かなんかだったら、馬鹿、とか言うんだろうけど、男と女の機微なんて、当人同士でなくちゃわからないことだろうし。でも、聞いているのが、ちょっとつらい話だなあ。

「そう? やめようか?」

__うん、やめよう。もう、その話はやめよう……どういうふうに最終的に決裂したのか知らないけど、なんとなく想像はつく。それもつらそうな話のような気がするから。

「うん……」

__別れたあとだね? クラブの楽屋でヒステリーを起こしたっていうのは。

「うん……でも、いま考えてみれば、悩んで、苦しんで、ノイローゼになるほどの相手じゃなかった。非常につまらない人でね。悩む必要のない、つまらない、薄っぺらな人で……自分の付き合っていた人を悪く言うのは、自分のくだらなさを言うことと同じだけど……ほんとなんだ。ほんとに、信じられないようなひどい言葉を投げつけられて、それで終ったんだけど……でも、別れる前に、気がつくべきだったんだよね。自己中心的な人で知り合ったはじめの頃、付き合ってる女の子が妊娠しちゃったらしくてどうしよう、なんて言ってて、産みたいって言うの、って訊いたら、冗談じゃない、あんな女に産ませるもんか、ぼくの子供を、って言うんだ。絶対に堕ろさせる、って。そういうことはいくらも見たり聞いたりしてたのに、気がつかなかったあたしが馬鹿だというだけ。そうなんだ……」

__……。

「いま思えば、むしろ、よかった。あのまま、もしか、うまくいってても、不幸だったと思う。男の人にチヤホヤされて、いつもそうだったから、あたし勘違いしてたんだと思う。男の人って いうものを。勉強になった」

__ハハハッ、勉強になったってのも、おかしな言い方だね。

「でも、やっぱり、勉強になった。あたしがいやで、逃げ出したい逃げ出したいと思っている世界へ、その人は近づきたくて仕方がなかったの。華やかっぽい、芸能界とか、そういうとこへ近づきたくてしょうがなかったんだ。ファンの集いなんかで舞台に上げられて歌なんか歌わされるわけ。見ていて可哀そうだな、なんて思うわけ。きっと居心地が悪いだろうな、って。すると、歌って戻ってくると、どうだった、俺うまかった、なんて訊くんだよね。ほんとに、困ったことがある」

__そうか……。

「お母さんが言うんだよね。純ちゃんの周りには、とても立派で素敵な人がいるのに、どうしていつも、よりによって……」

__ロクでもないのばかり好きになるんだろう、って?

「そう。変なのを選って恋愛してる、って」

__変なのを選(よ)って、というのは面白いね。選ってるの?

「まさか。でも、確かに、立派な人はいるんだけど、そして好きなんだけど……どうしても恋愛感情だけは生まれなかったんだ、どういうわけか」

__惚れるのは、いつも変なのばかり、か。

「そう」

__しかし、惚れるだのなんだのっていうのは、筋書どおり、理屈どおりにはいかないからなあ、実際……。


「そうなんだよね」

__くだらない、駄目な男ほど、女の人にとっては魅力があるものなんだろうし……。

「そうなんだろうね、たぶん」

 


解説
「もし、嵐になって、船が転覆して、ボートに救いあげてもらえるとき、あとひとりしか乗れないとしたら、どっちを先にしてもらうかな、って。お母さんか好きな人か、って。やっぱりお母さんかな。もし、あたしもその人も助かったとしたら、生き残ったあとがつらすぎるからね。それに、あたしって、男の人を見る眼がないから、自信持てないよ」

だめんずウォーカーな藤圭子さんですが、「男の人を見る眼がない」と自覚はあったようです。
つまらない男と同棲を解消したあと、妻子ある野球選手と付き合うようになります。
でも、その男に裏切られて……

__惚れるのは、いつも変なのばかり、か。

DVのひどい父親を持ったことと関係があるのかもしれません。


獅子風蓮


藤圭子へのインタビュー その22

2024-02-26 01:33:46 | 藤圭子

というわけで、沢木耕太郎『流星ひとつ』(新潮社、2013年)を読んでみました。

(目次)
□一杯目の火酒
□二杯目の火酒
□三杯目の火酒
□四杯目の火酒
□五杯目の火酒
□六杯目の火酒
■七杯目の火酒
□最後の火酒
□後記


七杯目の火酒

   3


__3年間一緒だったという……暮していたわけ?

「別々のときもあったけど、あとからは一緒に暮してた」

__どこで?

「あたしの……」

__マンションで? お母さんも一緒に?

「うん、そう」

__へえ。その彼は、何をする人だったの?

「歌を歌う人だったんだ。無名だったけど、とてもうまい人でね。グループを組んでボーカルをしてたりしてたの」

__どういうキッカケで知り合ったの?

「その人が歌っている店に行ったのかな……」

__それで、すぐ好きになったわけなのか。

「どうなんだろう……。きっと、そうなんだろうね。あたしって、好きな人ができたら、一直線にそっちに向かっちゃう人間なんだよね。好きな人の傍にいれば、それでいいわけ」

__でも、その感じと、さっきの前川さんとの対応の仕方は、かなり違うような気がするけど。

「うん、そうなんだ。前川さんのときは、大事にされて、与えられて、それが当然と思っていたとこが少しあったんだ。でも、やっぱり、こっちから与えなければっていう感じになったの。あたしは、好きになって、愛さなければ駄目なんだっていうことがよくわかってきたんだ。よく言い合うじゃない、女の子同士で。愛した方がいいか、愛された方がいいか、なんて。相思相愛の場合は問題ないけど、どちらか片一方の場合、どっちがいいかって。あたしは、自分が愛せなければ苦痛なんだよね。それがよくわかってきたんだ。もちろん、相手からだって愛してほしいよ、それは、絶対に」

__それで、あなたは、その彼に……惚れたわけだ。

「一緒にいることが楽しかったんだよね。いつでも、どこにも、一緒に行って、一緒に遊んでた。それが嬉しかったんだ、とても」

__その始まりはいつ頃?

「5年前……くらいかなあ」

__というと、あなたが23のときか。遊びたい盛りということになるかな」

「そうだね」

__5年前と言えば、パリでぼくがあなたを見かけた頃だよね。そのときはすでに知り合ってたの?

「まさか。そうだったら、一緒に行きますよ」

__大胆な発言ですねえ。週刊誌の恰好のネタになる。

「それはそうですよ。好きな人がいれば、どんなときだって一緒にいたいし、その人にも、人目なんか気にしないで、楽しそうに話していてほしいし……そうじゃないのかなあ、ほかの人も」

__ということは、パリから帰ってから始まったわけなんだね?

「そうだね、そういうことになるね」

__毎晩、一緒に遊びまわっていたわけか。

「うん。呑みに行ったり、映画を見たり……それに、あたしは、仕事があるから」

__彼、仕事は?

「あまり、やってなかったんだ」

__そうか、それであなたのマンションで暮すことになったのか。あなたは、彼が仕事をやっていなくてもよかったの?

「それは仕方ないと思ってた。世の中に認められないっていうことはよくあることだから。あたしは、とても歌がうまいと思ってたの。あたしより、4歳かな年下なんだけど……」

__ほんと。

「うん、でも、とてもいい声をしていて……いつか、きっと、世の中に出られるんじゃないかと信じてた。出る出ないはどうでもいいんだけど、このまま埋もれはしないと思ってたんだ。しかし、そう思ってたのは、あたしのひいき目だったのかもしれないんだけどね。そのときは、絶対にそうじゃない、客観的に見て才能があるんだ、と思ってた。でも、そうとばかりは言えないのかな。人の歌を歌っていても、はまるとうまいけど、そうじゃないとどうしてこんなにと思うほどへただった。それを頭のどこかで感じてたからね」

__でも、ひとり、誰かが自分の才能を信じてくれているということはとても心強いことなんだよね。彼にとっては、ありがたいことだったろうな。

「そうなのかな」

__そうだと思うよ、ぼくは。とにかく、同棲してあなたは幸せだったんでしょ?

「うん……」

__そうでもなかったの?

「お母さんと、うまくいかなかったの」

__そうか。

「お母さん、嫌いだったの」

__しかし奇妙なもんだな。結婚ならわかるけど、同棲にお母さんのいるところで暮すなんて……。

「でも、あたしは、お母さんと別に暮らせないし……」

__お母さんにしてみれば、気に入らないのは当然だと思う。その彼は、ろくに仕事もしていないのに娘に絡みついて、いわば転がり込んできた男なんだからね。でも、それは当然なんだからあまり気にすることもなかったのに……。

「でもね、お母さんばかりじゃなくて、長くいてくれているお手伝いさんも嫌いだって言うの」

__どうしてだろう?

「うん……」

__理由はなく?

「あの人は、純ちゃんが家にいるときと、仕事でいなくなっているときの態度が、まるで違う人だよ、って言うんだ」

__なるほど。

「あの人はコロッと変わる人だよ、いまはいいけど、もし自分が成功でもすれば、人が変わったようになるよ……」

__お母さんには、そう感じられたんだ。

「お手伝いさんも、同じようなことを言うんだ」

__そうか……。

「でも、それでも、あたしは構わなかったの。そのときがとても楽しかったから。一緒にいてくれたから」

__あなたが仕事から解放されると、いつも彼がいてくれたわけだ。

「そう」

__遊びに行っては、あなたが金を払い……。

「そんなことしないよ、そんな面子をつぶすようなことしっこないじゃない」

__だって、彼には稼ぎがなかったんでしょ?

「うん、だから前もってお金を渡して、それで連れて行ってもらったの」

__そうか、なるほど。男にとってはありがたい女性ですねえ、あなたっていう人は。

「そんなことないよ。ただ、そうしたかっただけ」

__そんなにうまくいってたのに、どうして別れてしまったの?

「お母さんだけじゃなくて、周りの人からもいろいろ言われたんだよね。あんなのと一緒にいたら駄目だとか、あいつはヒモ気取りだからとか。でも、いいって思ってたわけ、あたしはいいんだって。ところがね、3年目に、デビューすることになったの。グループを組んで、彼はボーカルで。それで合宿を組むとかいって、名古屋に仲間と行ったんだ、1ヵ月くらい」

__ああ、そうか。そのとき、例の詐欺男と知り合ったんだ。

「そうなの。初めて別れ別れになったから、寂しかったのね。それまでは、ほかの男の人と呑むなんていう時間がなかったわけなんだ、いつもその人と一緒だったから。でも、その合宿から東京に帰ってきても、うちに戻らなかったの。デビューするからと言うんで、プロダクションがアパートを借りてくれていたから、そっちで生活すると言うんで。彼も急に忙しくなってきたんだよね。デビューしたばかりのときって、誰でもキャンペーンとか、挨拶まわりとかで忙しくなるもんなんだけど……電話しても、ぶっきら棒で、何か感じが変わっちゃったの。お前の相手なんかしていられない、っていう調子の言い方になってきて……一度、喧嘩しちゃったんだ。お互いに、さようなら、って感じになって。でも、その翌日、電話したの、ごめんなさい、って」

__あなたが?

「うん、あたしが。昨日はごめんなさいって。いままでだったら、それで仲直りができたんだけど、そのときは、なんでいまさら電話なんか掛けてきたの、別れようということだったろ、って言われて……終っちゃったわけ。いままでだったら、向こうからごめんといってきて、仲直りしてたんだけど……ほんとに、変わっちゃったんだ」

__何が彼を変えてしまったんだろう?

「わからない。そういう人だったのかな、お母さんの言ったとおり。でも……」

__でも……そうだとすると、ちょっと悲しいね。

「うん」

__結局、彼のグループは売れたの?

「うまくいかなくて、解散した。そんなことがあって、もう一度、戻りたそうだったけど……うまくいかなくて」

__彼が?

「うん」

__そいつは情ないな。それまでのことは、男と女のことで、ありうることで、どっちが悪いってことはないと思うけど。そいつはだらしないなあ、いやだね、ぼくは。

「あたしも、やっぱりやさしくなれなくて……別れた」

__別れたのか……。

「うん、別れた」

__そうか……。

「でも、ふっと、いまでも気になるんだよね。どうしてるのかな、うまくやってればいいんだけど、幸せなら嬉しいんだけど、って」

__そう感じる?

「うん」

__それは、ずいぶん男性的な感性だね。別れた女が気になる……男の思い方と同じような気がする、あなたの感じ方は。

「そうなのかな。幸せならありがたいな、あたしも楽になるな、そう思う。向こうは、きっと、なんとも思ってはいないと思うけど」

__あるいは、ね。

「向こうは向こうで勝手にやって、幸せになっててくれたら、救われるな、あたしも」

__どうして? どうして、救われるの?

「もしかしたら、あの人を駄目にしたのは、あたしかもしれないから……」

__どういうこと?

「デビューして、もう2、3年の頃からそうだったんだけど、あたしには収入があるわけ。並のお金じゃない収入があるわけ。あたしっていうのは、どういうんだろ、持っていると人にあげたくなっちゃうの。どんなものでも与えたくなっちゃうの。その人が欲しいというものなら、それがいま、自分のうちで使っているテーブルでもあげちゃう。人に何かしてあげたくなっちゃうんだよ。それが、相手が男の人でも、そうしちゃう。結果的にはそれが悪いんだって人に言われるんだけど。よくない言葉で言えば、貢いじゃうんだ。男の人に支えられるというより……なまじ生活力があるもんだから、逆にしてあげちゃうわけ。その人の場合にも、好きなものを買ったり、みんな自由にしてもらっていたの。でも、いま考えると、そういうこと……働かないでお金だけ自由になるなんていうことを、男の人にさせてしまったっていうのは、よくないことだったんだよね。それは、ほんとに、悪かったと思ってるんだ。あたしが、そんなふうにしなければ、もっと違ってただろうなあって思う」

__あなたの考え方は、実に男っぽいね。

「いけないのかな?」

__いや、いい。実に、いい。愚痴っぽく、メソメソして、男のせいにばかりするより、その方がはるかに恰好いい。しかし、あなたは、なんと、恐怖のプレゼント人間、なのか。

「フフフッ、そうなんだ。自分が必要なのに、なくて困っているなんて聞くと、持っていっていいよなんて言っちゃってすぐ、車で取りに来られて、仕方がないから、翌日、それと同じものを買いに行ったりして……馬鹿みたいなんだ。ステレオなんて何台あったかわからないんだけど、気がついたら一台もないんで、しようがないんで、番組にでも出て、貰おうかなんてことに なって、物まね番組に出て、貰ってきたりして……」

__ハハハッ、馬鹿ですねえ。

「ほんと馬鹿ですねえ、われながら」

__彼は、いま、どうしているの?

「六本木で弾き語りをしているらしいけど……」

__あっ、そうか。女性セブンで、藤圭子再婚か、とかいう記事が出た、その相手っていうのは……。

「そう、その人なんだ。いやだね、もう、何もないのに」

__会うつもりもないの?

「うん。だって……もう……」

 


解説
離婚後、好きになって同棲したつまらない男の話。
藤圭子さんはどうも、だめんずウォーカーの素質があったようです。


獅子風蓮


藤圭子へのインタビュー その21

2024-02-25 01:31:52 | 藤圭子

というわけで、沢木耕太郎『流星ひとつ』(新潮社、2013年)を読んでみました。

(目次)
□一杯目の火酒
□二杯目の火酒
□三杯目の火酒
□四杯目の火酒
□五杯目の火酒
□六杯目の火酒
■七杯目の火酒
□最後の火酒
□後記


七杯目の火酒

   2


__そういえば、いつだったっけ、あれ、ほら、詐欺の犯人と芸能界の連中とが付き合いがあったとかなかったとか問題になったとき、週刊誌にあなたの名前が挙がっていたような気がするんだけど、あれはどういうことだったの?

「うん、あれか……あれはね……そう……その人はね、カルーセル麻紀さんの知り合いだったんだよね。ある晩、麻紀さんの家で麻雀をやってたの、千点二百円くらいの安い麻雀を。そのとき、その人から麻紀さんのところに電話がかかってきたわけ。遊びに来いと言ってるらしいの。麻雀してると言ったら、そんなのうちでやればいい、さみしいからみんなで来ないかって。麻紀さんが十年来のお客さんで決して変な人じゃないから行ってくれないか、と言うわけ。別にどこでやっても麻雀にはかわりないんだからというんで、みんなでその人の家に行ったんだ。それが知り合ったきっかけなの」

__どんな人だったの。

「ドツキ漫才で庄司ナントカというコンビの人がいたでしょ、そのひとりの男の人をもっと不細工にしたような、ボヤッとした人だった」

__それが詐欺師だったわけか。

「そうなの。でも、麻紀さんが変な人じゃないと言うし、大阪のビル会社かなんかの息子だということで……確かにうすぼんやりした人なもんだから、金持ちのボンボンだとばっかり思ってた」

__銀座で凄まじい金を使ってたんだって?

「そうなの。それはすごい金のばらまき方なんだ。今日は金を少し持ってきたからなんて言って、財布に300万くらい入れて銀座に出てくるわけ。ところが帰るときには3万しかないの」

__ほんと?

「ほんとなの。あたしが一回、実際に見てるんだから、ほんと。それを連日、3ヵ月くらいにわたってやり続けたんだ」

__それじゃあ、何億かになるね、使った金は。

「そう、あの人は何億か銀座に落としているはずだよ」

__一緒に呑んだの。

「うん、何度か呑んだ」

__どうして、そんな風采のあがらない男と呑んでいたの? まさか金じゃないだろうし……。

「とんでもない、あたしがそんな女に見える? 失礼しちゃうなあ。お金ならいくらだって自由になるわ。……そうじゃなくて、可哀そうだったの」

__その人が?

「うん、とても可哀そうだった。呑むの付き合ってくれませんかって頼まれたときも可哀そうだったけど、銀座で呑んでいる姿を見たら……もっと可哀そうになっちゃった」

__札ビラ切って、大尽遊びをしてるんでしょ?

「そう、銀座の一流のクラブに行ってワッとやると、いろんなのが群らがり寄ってきて、その人からお金をふんだくっていくっていう感じなの。しかも、風采のあがらない人だからみんなが馬鹿にしてるの。そのことが横で呑んでいるとよくわかるの。口先ばかりで調子のいいことを言って、軽蔑してるの。30分いて、勘定を30万なんて、平気で取るんだよね。そんな店を6、7軒はしごして、店から店までのタクシーに1万円札をあげるんだよ」

__馬鹿な。

「千円札を持たない人なんだよ。だから、あたしとか麻紀さんが一緒のときはオツリをしっかと取って、ポケットに入れてあげたりしてね。でも、いま考えれば、そんなことあの人にとってはどうでもよかったんだろうね」

__……。

「さみしい人なんだろうな、といつも思ってた。呑んでいると、ふっと財布から写真を出してあたしに見せるんだよね。可愛いだろって。子供が奥さんに抱かれて写っているんだ。可愛いだろって……」

__少しは変だと思わなかったの?

「うん、思わなかった。すごくぼんやりしてそうだったんで、まさか詐欺ができるような人に見えなかったし、それに物のよしあしがすごくわかっていた人なの」

__物?

「男物の服でも持物でも、女物のバッグや靴でも、グッチとかディオールとか誰でも知っているようなブランド品じゃなくて、本当の金持しか身につけないようなものについてよく知っていたんだ。そして、その人もそういうものしか選ばなかった。ああ、やっぱり金のある家に育ったからかな、なんて思えて……」

__本当はその逆なんだけどね。

「そうかもしれない」

__そんなにボンボン然としていたの。

「でもね、みんなには馬鹿にされていたけど、二度くらいこの人は頭がいいんじゃないんだろうか、馬鹿なふりをしているだけなんじゃないのだろうかって、一瞬、思ったことがあった」

__どういうふうに?

「どうしてだったんだろう。そう思ったことだけしか覚えていないんだ」

__あなたは一緒に呑んだだけ?

「もちろん。一緒に呑むと、ベロンベロンになって、わけがわからなくなるらしくって、あたしにも5万とか10万とかくれようとするの。ホステスさんと間違えるらしくって。だから怒ったことがあるの、そんなハシタ金をもらうために一緒に呑んでいるんじゃないんだよ、そんなつもりならもう呑むのはやめにしよう。そうしたらゴメンナサイと言うけど、また次は同じことを繰り返すんだ。銀座から六本木に来れば、店の弾き語りに何万かやり、取り巻きのタレントさんに金品をばらまき……」

__麻紀さんやあなた以外にも知り合いのタレントがいたのか……。

「タレント好きの人だったんだろうね。麻紀さんを通したりして、いろんな人と知り合っていたみたい。いろんな人がいろんなものをもらってたみたい。何百万円もするような時計をしていたけど、つかまる直前には2万円くらいのセイコーしか持っていなくて、それすらもどっかのタレントにせびられて、何もはめていなかったらしい、捕まったときは。ひどい奴がいるよって、麻紀さんが怒ってた」

__あなたは、なんとなくその人に同情的だったわけだ。

「アル中なんだよね、朝から呑むんだけど、呑む前は手が震えてるんだ。恐かったんだろうな。その恐さを紛らわすために、あんなに呑んで金を使っていたんだと思う。いつだったか、麻紀さんたちと麻雀をやっているところにその人がいて、見ていたんだ。そうしたら、その人が、そんな友達同士で金をとったりとられたりなんてやめなさい、というわけ。どのくらいのお金をやりとりしてるのというから、2、3万かな、と言うと、じゃあこの10万をみんなで分ければ取り合いをしなくてもすむわけだ、といってテーブルにお金を置くの。そういうことのために麻雀をやってるんじゃないんだって言って続けたけど、急に阿呆らしくなってみんなシラケてやめたことがある」

__ハハハッ、そいつはいいや。

「だけど、みんなあの人から、金をむしり取っていたなあ。あたしも一度だけ、プレゼントだと言われてブラウスを買ってもらったからえらそうなことは言えないけど……」

__そのくらいなら、人と人との付合いの中じゃよくあることさ。気にするほどのことはない。しかし、その人はいったいどんな詐欺をしていたの?

「よく知らないんだけど、一種のネズミ講らしいよ。人から十何億かの金を集めて、そして関西から東京に逃げてきていたらしいんだ。でも、いい人だった。詐欺をされた人には悪いけど、あたしは憎めない。捕まる3日前に、どうしても会いたいって電話してきたの。まさかそのときは詐欺師だなんて知らなかったけど、とても必死そうだったんでどうにか時間を作って会ったの。そうしたら、近くパリへ行くと言うわけ。日本にいると大変だし、少し疲れたので外国にいって少し遊んでくるって。そう、それもいいね。そうしたら馬鹿なお金の無駄づかいをしなくてもすむと思ったから、それもいいねといったんだ。そうしたら、その3日後に麻紀さんから電話が掛かってきて、大変だ、あの人が指名手配されてる、ごめんなさい変な人を紹介して……」

__そいつは驚いたろう。

「驚いたよ。でも、もっと驚いたのは、その人が捕まって、その直後に週刊誌や何かに出た、銀座のママやホステスさんのコメントよ。どうも変だと思ってた……悪いことをしているんじゃないかとうすうす感じてた……あの客はむしろ店には迷惑な客だった……馬鹿だ阿呆だと言うわけ。それには腹が立ったなあ。あの人がどれほど金を使ったか、あの人からどれほどむしり取ったか、それをほっかぶりして、ひどいことばかり言うんだから」

__しかし、その人は、どうして、まだ手元に何億かあるうちに、外国に高飛びしなかったんだろう。

「ほんとだね、それで一生、生きていけないことはなかったのに……3ヵ月で使い果してしまったんだからね、まったく」

__狂ったように使ってみたかったのかな。

「どうなのかなあ」

__でも、使ってても、虚しかったろうな。

「うん、とても虚しかったと思う。誰にも愛されないで、ただ金だけのために、人に寄って来られたんだからね」

__しかし、彼もそのことはわかっていたんだろうね。どうでもよかったんだよ。タクシーの運ちゃんに1万円やろうが千円やろうが同じだったんだよ。同じように無意味なことだったんだろうな。

「そうかもしれないね。そういうことだったのかな。悲しいね。奥さんにも見離されて、子供の写真を胸に入れて……詐欺して……」

__それはいつのことだったの?

「去年の4月」

__一年半前?

「どうしてそんなにはっきり覚えているかと申しますと、そのときちょうど、3年間一緒だった人と別れたんだよね。別れたというより離れたんだ、必要があって……だから……」

 


解説
銀座で、ちんけな詐欺師と一緒に飲んだりしていたころの話です。
金遣いは荒かったけど、みじめな哀愁のただよう男だったようです。


獅子風蓮