獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

『居場所を探して』を読む その4

2024-07-31 01:19:38 | 犯罪、社会、その他のできごと

友岡さんが次の本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。
一部、引用します。


■第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
 ■第1部「福祉との出合い」
 □第2部「司法と福祉のはざまで」
 □第3部「あるろうあ者の裁判」
 □第4部「塀の向こう側」
 □第5部「見放された人」
 □第6部「更生への道」
 □第7部「課題」
□第2章 変わる
□おわりに 

 


第1部「福祉との出合い」

=2011年7月2日~8月2日掲載=

(つづきです)

4)出所
  初めての支援に戸惑い

昨年の七夕の日。伊豆丸剛史(35)は、事務所に郵便で届いた封筒を開けた。「特別調整等依頼書」。差出人は長崎保護観察所だ。「調整」が必要な受刑者の氏名欄には「高村正吉」とある。同封の個人資料には「知的障害が疑われる」と記されていた。
常習累犯窃盗罪で懲役3年の実刑判決を受け、長崎刑務所に入所。服役中に母を亡くし、帰住先はなし。2ヵ月後に満期出所―。書類に目を通しながら、伊豆丸はため息をついた。
「2ヵ月しかないじゃないか。忙しくなるな」

伊豆丸は、県地域生活定着支援センターの職員。社会福祉士の資格も持つ福祉のスペシャリストだ。
センターは全国に先駆けて2年前にできた。「累犯障害者」の対策として、国が各都道府県に設置を進めている。手助けが必要な累犯障害者を、刑務所から福祉につなぐ「橋渡し役」を担っている。
「身寄りがない」「障害がありそうだ」―そんな受刑者が刑務所にいると、保護観察所を通じてセンターに「特別調整」という依頼が入る。対象者と刑務所で面談し、必要に応じて障害者手帳などを申請。出所後すぐに、福祉サービスを受けられるよう手配するのが伊豆丸の仕事だ。
関わった累犯障害者は40人を超える。ある受刑者の言葉が頭にこびり付いている。初老の男は「刑務所を出るのが怖かった。刑務所を出れば、罪を犯すか、死ぬしかないと思っていた」と言った。
自分が長年やってきた福祉とは何だったのか―と打ちのめされた気分だった。この仕事が「天命のようなもの」だと感じるようになったのは、それからだ。

高村正吉(60)=仮名=とは出所日までに数回面会した。刑務所内で行った知能テストの結果はIQ28。小学校低学年並みだった。質問に対して的外れな答えが返ってくるし、態度も落ち着きがない。「間違いない」と伊豆丸は確信した。
「高村さん、刑務所を出たら福祉の支援を受けてやり直しませんか?」
伊豆丸は尋ねた。
高村は不思議そうな顔をして聞き返した。
「福祉って何ですか。規則があるんですか?」
これまでの人生で福祉の恩恵はおろか、他者から手を差し伸べられたことさえなかったのかもしれない。伊豆丸は胸が熱くなった。
「大丈夫です。あなたを支えますから」


(つづく)

 


解説
知的・精神障害があるのに、福祉の支援を受けられず、結果的に犯罪を繰り返す人たち……
福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」たちの多くは、社会で孤立し、生活に困窮した挙げ句、罪を重ねている。

福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」を支えるのは、法律でしょうか。
制度や組織でしょうか。
ボランティア活動でしょうか。
宗教でしょうか。
友岡さんは、どういうアプローチができると考えていたのでしょう。

 

獅子風蓮


『居場所を探して』を読む その3

2024-07-30 01:12:23 | 犯罪、社会、その他のできごと

友岡さんが次の本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。
一部、引用します。


■第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
 ■第1部「福祉との出合い」
 □第2部「司法と福祉のはざまで」
 □第3部「あるろうあ者の裁判」
 □第4部「塀の向こう側」
 □第5部「見放された人」
 □第6部「更生への道」
 □第7部「課題」
□第2章 変わる
□おわりに 

 


第1部「福祉との出合い」

=2011年7月2日~8月2日掲載=

(つづきです)


3)母の死 
  ただ一人の味方失う

「二度と来るなよ」
刑務所を出所する日には刑務官が見送ってくれた。刑務作業の報酬に当たる「作業報奨金」も一緒に渡される。月数千円。3年服役しても8万円ほどにしかならなかった。
身寄りも、定職もない受刑者が自ら衣食住を調え、社会復帰するには到底足りない。高村正吉(60)=仮名=はしかも、解放感に任せて、出所するとすぐにその金をパチンコで使い果たしてしまった。
自暴自棄とは少し違う。「金を使っちゃダメだって頭では分かってるんです。でも、自分ではどうしても止められなくて」。高村は、子どもが叱られたときのように首をすくめた。出所後はいつも、無一文からのやり直しだった。

高村は20代半ばから、五島市の母の実家で暮らした。父を早くに亡くしてからは母と2人暮らし。実家に戻っても働き口は見つからず、母のわずかな年金が生活の糧だった。金が底を突き、後先考えずに、近所の家に盗みに入ったこともある。
実家の近くに住む男性は今も、高村に対する嫌悪感を隠そうとしない。
「貯金箱を取られたり、香典を持って行かれたり。みんな被害に遭った。昔はのどかな集落だったのに、あいつが来て変わってしまった。もう二度と、ここには戻って来てほしくなかね」
誰も、高村の障害や貧しさなど知る由もない。「生きたい」ともがくほど、疎まれ、周りの人たちは離れていった。貧困、孤立、そして犯罪―。「負の連鎖」を断ち切るすべは、高村にはなかった。

長崎刑務所で11度目の服役中だったある日。刑務作業で風呂掃除をしていた高村に、刑務官が近付いてきて言った。
「おふくろさんが亡くなった」
刑務所や拘置所に度々面会にやって来ては、着替えやお菓子を差し入れしてくれた母。わずかな年金から搾り出したのだろう、刑務所に時々、一万円札が2枚ずつ届いた。たった一人の「味方」を失った気がして、高村は独房で、布団をかぶって涙を流した。
悲しげな母の面影ばかりが浮かんで、また泣いた。
「罰が当たった」と自分を責めた。
見知らぬ男が面会にやって来たのは、ちょうど失意に沈んでいたころである。 面会室で向き合ったスーツ姿の若い男は、
「長崎県地域生活定着支援センターの者です」 と名乗った。

(つづく)


解説
知的・精神障害があるのに、福祉の支援を受けられず、結果的に犯罪を繰り返す人たち……
福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」たちの多くは、社会で孤立し、生活に困窮した挙げ句、罪を重ねている。

福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」を支えるのは、法律でしょうか。
制度や組織でしょうか。
ボランティア活動でしょうか。
宗教でしょうか。
友岡さんは、どういうアプローチができると考えていたのでしょう。

 

獅子風蓮


『居場所を探して』を読む その2

2024-07-29 01:02:41 | 犯罪、社会、その他のできごと

友岡さんが次の本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。
一部、引用します。


■第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
 ■第1部「福祉との出合い」
 □第2部「司法と福祉のはざまで」
 □第3部「あるろうあ者の裁判」
 □第4部「塀の向こう側」
 □第5部「見放された人」
 □第6部「更生への道」
 □第7部「課題」
□第2章 変わる
□おわりに 

 


第1部「福祉との出合い」

=2011年7月2日~8月2日掲載=

(つづきです)

2)記憶
  いじめと空腹の日々

つらい記憶が、高村正吉(60)=仮名=にはある。
佐賀県の寒村で生まれ育った。8畳1間のあばら家に両親と弟、妹の家族5人で暮らした。川から水をくみ、おけ風呂を沸かすのが日課。破れた風呂敷に、教科書を包んで学校に通った。
小学校時代は特殊学級、今で言う特別支援学級に在籍。父も、母も読み書きはできなかったし、勉強ができなくても、叱られた記憶はない。教師からは「自分の名前ぐらいは書けんといかんぞ」と諭された。
よくいじめられた。父親が在日朝鮮人だったことで「チョーセン」「バカ」とののしられ、石をぶつけられた。頭から血を流して帰ると、母親は黙ってヨモギで止血をしてくれた。母の手は震えていた。いじめられるのも、母が悲しむ姿を見るのも、同じぐらいみじめだった。
小学校を卒業後、佐賀県にある全寮制の知的障害児施設に入所。当時、指導員として高村を受け持った林田悦男(76)が振り返る。
「あのころはまだ『療育手帳』の制度もなかった。社会に出た後、行政とのつながりが途切れ、福祉から置き去りにされた子どももいたのかもしれません」
高村がそうだった。彼に療育手帳が交付され、再び福祉につながるのは何十年も後のことである。

15歳で施設を出て、工事現場や工場で働き始めてからも、さげすまれた。「何でこんなこともできないんだ」と小突かれ、真冬の池に落とされたこともある。長くて半年、短くて1週間。逃げるように職を変えた。
初めて盗みをしたのはそんなころ。福岡県の家具店で住み込みで働き始めてすぐ、店の金を何千円かくすねた。1ヵ月でクビになった。迎えにきた父親を見ると、泣きたい気持ちがこみ上げて「お菓子が食べたかった」と言うのがやっとだった。
それから、2回少年院に入り、成人してからは11回服役。合わせて25年もの歳月を塀の中で過ごした。
「飯が食いたい」「たばこが吸いたい」「パチンコがしたい」。盗む理由はその時々で違ったが、罪悪感はさほどなかった。生きるためにはそうするしかないと考えていた。

厚生労働省の研究班がまとめた累犯障害者に関するこんなデータがある。全国の刑務所で服役している知的障害者の7割が再犯者。3人に1人が3ヵ月以内に再び罪を犯し、刑務所に逆戻りしていた。動機で最も多かったのは「生活苦」。約半数が「帰る場所がない」と答えた。
高村もまた、貧困と孤立から抜け出せずにいた。

(つづく)

 


解説
知的・精神障害があるのに、福祉の支援を受けられず、結果的に犯罪を繰り返す人たち……
福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」たちの多くは、社会で孤立し、生活に困窮した挙げ句、罪を重ねている。

福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」を支えるのは、法律でしょうか。
制度や組織でしょうか。
ボランティア活動でしょうか。
宗教でしょうか。
友岡さんは、どういうアプローチができると考えていたのでしょう。


獅子風蓮


『居場所を探して』を読む その1

2024-07-28 01:46:26 | 犯罪、社会、その他のできごと

前回、友岡さんが次の本を紹介していました。

『居場所を探して-累犯障害者たち』(長崎新聞社、2012.11)

出所しても居場所がなく犯罪を繰り返す累犯障害者たち。彼らを福祉の手で更生させようと活動する社会福祉事業施設の協力で、現状と解決の道筋を探った。日本新聞協会賞を受賞した長崎新聞の長期連載をまとめた一冊。

さっそく図書館で借りて読んでみました。
一部、引用します。


■第1章 居場所を探して―累犯障害者たち
 ■第1部「福祉との出合い」
 □第2部「司法と福祉のはざまで」
 □第3部「あるろうあ者の裁判」
 □第4部「塀の向こう側」
 □第5部「見放された人」
 □第6部「更生への道」
 □第7部「課題」
□第2章 変わる
□おわりに 

 


第1部「福祉との出合い」

=2011年7月2日~8月2日掲載=

1)孤立 
  窃盗は生き延びるため――生活困窮、服役11回

4年前の8月。五島市の人けのない山道。初老の男が汗を滴らせながら、自転車をこいでいた。潮風でさびた車体が、時々嫌な音を立てる。かごに入れた袋には、神社で盗んだ供え物の缶詰が数個。この日の「戦利品」だ。
「これで当分は食いつなげる」。ペダルを踏みながら、高村正吉(60)=仮名=は思った。腹が減り、たばこが吸いたくなると、島の神社を回ってはさい銭箱をひっくり返す、そんな日々を送っていた。
仕事も、金もなかった。どん底の生活から抜け出す方法もまた、分からなかった。唯一の生き延びるすべは「盗むこと」。盗みをした後は、だから、罪悪感よりも安堵感が先に立った。
不意に目の前で1台のパトカーが止まった。警察官がいぶかしげな表情を向ける。「袋の中を見せてもらえるか?」。職務質問だ。高村は首を振った。鼓動が早鐘を打つ。こんな時はいつもうまく言葉が出てこない。
しどろもどろになった末、観念して袋を開けた。警察署に連行され、神社荒らしをして缶詰やさい銭を盗んだことを自供。その日のうちに逮捕された。罪名は「常習累犯窃盗」。10年間に3回以上実刑判決を受けると、罰則が重いこの罪が適用されるのだ。
高村は10代のころから、盗んでは捕まる、出ては盗む―を繰り返してきた。人生の半分を、刑務所の中で生きてきた。

「累犯障害者」と呼ばれる人たちがいる。
知的・精神障害があるのに、福祉の支援を受けられず、結果的に犯罪を繰り返す人たちのことだ。毎年、新しく刑務所に入る受刑者の4分の1、6千~7千人は知的障害の疑いがある人たちだ、とさえ言われる。
福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」たちの多くは、社会で孤立し、生活に困窮した挙げ句、罪を重ねている。
彼らの存在が注目されるようになってから、まだ日は浅い。行政や福祉も動き始めたが、人知れず今も、多くの障害者が、刑務所と福祉のはざまで漂っている。
「刑務所を出て、社会に戻るのが怖い」とある障害者は言った。彼らを塀の向こうに追いやったものは何なのか―。本紙長期連載「居場所を探して―累犯障害者たち」は、罪を犯した障害者たちの姿を追いながら、福祉や社会のありようを考える。第1部では、県内で暮らす3人の障害者の実像に迫る。

同じ年の10月。懲役3年の判決を受けた高村は、長崎刑務所(諫早市)に送られた。前回の罪で満期出所してから、まだ9ヵ月しかたっていなかった。
小さな背中を丸めて塀をくぐった高村に、顔見知りの刑務官があきれたように言った。
「また来たとか」。高村は愛想笑いを浮かべ、何度も頭を下げた。「またまじめにつとめます」
この日、生涯11度目の服役生活が始まった。


(つづく)

 


解説
知的・精神障害があるのに、福祉の支援を受けられず、結果的に犯罪を繰り返す人たちのことだ。毎年、新しく刑務所に入る受刑者の4分の1、6千~7千人は知的障害の疑いがある人たちだ、とさえ言われる。
福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」たちの多くは、社会で孤立し、生活に困窮した挙げ句、罪を重ねている。

福祉の網からこぼれ落ちたこうした「障害者」を支えるのは、法律でしょうか。
制度や組織でしょうか。
ボランティア活動でしょうか。
宗教でしょうか。
友岡さんは、どういうアプローチができると考えていたのでしょう。


獅子風蓮


友岡雅弥さんの「地の塩」その32)累犯障がい者について……

2024-07-27 01:26:10 | 友岡雅弥

友岡雅弥さんは、執筆者プロフィールにも書いてあるように、音楽は、ロック、hip-hop、民族音楽など、J-Pop以外は何でも聴かれるとのこと。
上方落語や沖縄民謡にも詳しいようです。
SALT OF THE EARTH というカテゴリーでは、それらの興味深い蘊蓄が語られています。
いくつかかいつまんで、紹介させていただきます。

 


カテゴリー: SALT OF THE EARTH

「地の塩」という意味で、マタイによる福音書の第5章13節にでてきます。
(中略)
このタイトルのもとに書くエセーは、歴史のなかで、また社会のなかで、多くの人々の記憶に刻まれずにいる、「片隅」の出来事、エピソー ド、人物を紹介しようという、小さな試みです。


Salt55 - 罪に問われた障がい者

2019年2月11日 投稿
友岡雅弥
               

2018年12月3日に、マラソンの世界選手権元代表選手のHさん(女性)に、懲役1年保護観察付き執行猶予4年の判決が出ました。

懲役1年。

何をしたと思いますか?

万引きです。

万引きをした、元世界的アスリート。

けしからん!

トップ・アスリートだともてはやされて、傲慢になって、転落したんだ!


そうでしょうか?

いくら万引きしたと思います?

スーパーで、382円のお菓子です。


彼女は再犯でした。

一年前(2017年)2700円相当の化粧品などをコンビニで万引きしたからです。
懲役1年、執行猶予3年の判決がでて、執行猶予中の382円の万引きで
した。


再犯の場合、とてつもなく、刑が重くなるのです。

 

震災の前、累犯障がい者・高齢者の社会生活再開に、何らかのお手伝いができないかと、長崎が先進的なので、その支援の仕組みを調べたり、その活動の中心だった、ある社会福祉法人とか、長崎新聞社とかの、お話を聴きに行ったりしてました。

地域に、累犯障がい者(「詐欺」)のご夫妻がいらっしゃるので、とりあえず、具体的なご支援の経験も積めるかなと思ってました。

でも、東日本大震災にかかりっきりになり、また自分自身うつになってしまったので、まだ果たせずにいます。


服役中の知的障がい者の7割が再犯です。

詳しくは、到底、書ききれないので、長崎新聞のこの本をご覧ください。

『居場所を探して 累犯障害者たち』
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あえて、 Amazonとは別にしました。


この問題を一番最初に大きく採り上げたのは、民主党の衆議院議員で、政治資金規制法違反で、一年半の実刑判決を受けた山本譲司さんです。


栃木の刑務所に入り、そこで累犯障がい者のあまりの多さに驚いた彼は、そこで触法障がい者、累犯障がい者の世話を積極的に行い、またヘルパーさんの資格をとって、出所後も、触法障がい者、累犯障がい者の支援を行っています。


今、触法障がい者問題に支援者としてかかわっている人の多くが、山本譲司さんの本で、この問題の根深さを知った人たちだと、実感しています。

山本さんも、何冊も本を出しているので、是非、ご覧ください。演歌歌手とは、文字が違うので、ご注意を。


僕の知っている累犯障がい者のかたの例を言いますと、とてもいい人なんです。偽っているわけでもなんでもなくね。

で、障がいをお持ちなので、働いていらっしゃるけど、充分な給料があるわけではないのです。

お金がギリギリ足りなくても、普通に、普段通りの生活を続けるわけです(ただ、言っときますが、贅沢とかではないですよ。普段通りの生活を続けると、何日でお金がなくなる、という予測が立ちにくいのです)。

そこで「ギリギリの生活で、じっと耐えている人がいるぞ。お前も耐えろ」と言っても始まりません。

それで、「寸借詐欺」をしちゃうのです。知りあいに「お金貸して」とね。

それからもう一つ、他人の家に行って、たまたまそこにお金があったら、「それは自分のもの」と思っちゃうのです。実際、主治医にも確認しましたが、ほんとに思っちゃうのです。

それで、詐欺とか、窃盗で、つかまっちゃって、刑務所に入る。

刑務所に見学に行ったことがありますが、僕ならば、三日ぐらいで耐えられないです。かなり、人間性を捨てなければ生きていけない。

でも、そのかたは、どこでも「自分の生き方」ができるのです。

だから、自宅でも刑務所でも同じ。

出てきても、罪の意識がないので(繰り返しますが、障がいなんです。悪人ではないのです)また繰り返す。

累犯になってしまうので、入ってる期間はどんどん長くなっちゃう。

でも、どこか憎めない人なんですよ。


へらへら笑いながら、訳の分からん法律を成立させるエライさんのほうが、刑務所にはいって欲しいです。

 

 

 


解説
詳しくは、到底、書ききれないので、長崎新聞のこの本をご覧ください。『居場所を探して 累犯障害者たち』

さっそく勉強してみたいと思いました。

 

友岡雅弥さんのエッセイが読める「すたぽ」はお勧めです。

 


獅子風蓮